呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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取れなければ取れないで、何だか悔しい。


第五十一話 打倒、クレーンゲーム

「えー! そんな面白い事になってんだったら言ってよー!」

「何であんたに言わなきゃいけないのよ。任務だったでしょ?」

「そうだとしてもー」

 

 そう言って教室の机に突っ伏す綺羅々。それを私と金次はため息をつきながら見ていた。四時間目が終わっての昼休み。私たちは二つの机を引っ付けてお昼ご飯を食べていたのだった。

 

 あの件から見事に結成された『25時、ナイトコードで。』──通称ニーゴは本格的な活動に入り、夜の三時まで絵を描いていたのだった。けれど寝不足という訳でもなく、普段の睡眠時間もそれくらいなのであまり変わりはなかった。

 

 意外にも私達の動画は若い層に人気であり、SNSではひっそりと話題になっていたのだった。

 

「つーか。俺も音楽サークルに入ったなんて今聞いたしよ。たったあんだけの言葉で分かるわきゃねーんだよ」

「そりゃ、言ってないからね。安定するまで言わないって決めてたの」

「どうりで夜中まで話声が聞こえる訳だ」

「え、嘘!? 聞こえてたの!?」

 

 あまりの衝撃に思わず立ち上がる。失敗してしまった。女子棟に私しか居ないと油断していた。まさか一つ上の階に居る男子棟にまで声が届いていたとは。穴があったら入りたいなんてレベルの話ではない。もういっその事埋まってしまいたい。

 

「うっそでしょ……ほんとごめん。結構うるさかったでしょ?」

 

 私の申し訳なさとは裏腹に、二人はまるで気にも留めていないかのようにあっけらかんとしていた。

 

「別に? 元気だなーって思ってそのまま寝た」

「私は絵名の話し声をBGMにしてスキンケアしてたー」

「やめてよー。めっちゃ恥ずかしいんだけど」

 

 そう言って今度は私が机に突っ伏した。ネットの知り合いとの会話を聞かれるのは思ったより恥ずかしいものであった。しかもBGMにされるくらいに大きい声だったとは。確かにAmiaとの話し合いは白熱していたが、まさかそこまで大きかったとは。

 

 吸音材でも買おうか? いや、絵を描くだけなのにそれはコストが高すぎる。だったら画材や絵の参考書を買い漁った方が何倍もマシである。

 

「ま、良いんじゃね?」

「何がよ。話を聞かれて何が良いのよ」

 

 恨めがましい目を向けて、金次を見る。金次は少し穏やかな顔をしていた。

 

「別に?」

「はぁ? ほんと何なのよあんた達は」

 

 煮え切らない答えに、思わず顔を顰める。金次と綺羅羅が何を言いたいか、私にはとんと理解が出来なかった。もう考える事も疲れ、私は食べていたサンドイッチの袋をまとめてゴミ箱へ捨てる。今日は珍しく三人非番の日で、午後には体術訓練がある。

 

 本当に、三人揃うのは久しぶりであった。

 

 最近なんだか嬉しい事が続いており、何だか逆に嫌な予感がするのだが、まぁ、今の所は何も考えないでおこう。そうした方が都合が良い。

 

 椅子に戻りながら、昨晩Kから送られてきた曲を頭の中で再生する。Amiaとも話し合ったが、矢張りあの曲は優しく、暖かい曲だから淡い絵が良いだろう。

 

 あのオルゴールの音は何だか懐かしい記憶を思い出している様な感じに聴こえた。この感覚は、私も覚えがある。

 

 覚えがある?

 

 ──何一つ、思い出せていないのに?

 

「──……な。絵名! 聞いてる?」

「へ? あ、ごめん。聞いてなかった」

「ちょっとー。何ぼやりしてるのさ」

 

 綺羅羅の声でハッと我に返る。どうやら綺羅羅は私に喋りかけてくれていたようで、綺羅羅は頬を膨らませながら可愛らしく私を睨みつけていた。しまった。無視するつもりはなかったのだが。どうやら私は考え出すと他の声が聞こえなくなってしまうらしい。

 

「今日の放課後、制服でゲーセン行こうって話してたんだよ。来てくれるよね?」

「ゲームセンターね……。長らく行ってなかったわね。良いよ。一緒行こ」

 

 私の言葉に、綺羅羅は「やったあ」と嬉しそうに笑っていた。それを見て、私はどこか後ろめたさの様なものを感じてしまっていた。

 

 正直言って、ゲームセンターに行った記憶がないのだ。昔は行ってたのだろうが、どうもそれが思い出せない。けれど行っていたと言う確信はある。

 

 部屋の段ボールの底に埋まってある愛莉とのプリクラの写真。それは恐らく、ゲームセンターに行った時の写真なのだろう。全く覚えていないが。それどころか中三に上がってから行った記憶もない。まぁ、祖父がそんな事許す筈がないのだが。そう考えれば屋敷を出て高専に入ったのは不幸中の幸いと言うべきだろうか。

 

 何をしようかと喋っている綺羅羅と金次。それを見て気が早くも放課後のゲームセンターが楽しみであった。

 

 

 

 

「あー、もう! このアーム弱すぎでしょ! 全然取れないんだけど! 何このクレーンゲーム!」

「ねー、もう五千円は注ぎ込んでるよー」

 

 綺羅羅の呆れる声を無視して、私は依然としてクレーンゲームに向かっていた。目指すは猫のぬいぐるみ。それを取りたくておよそ三十分格闘しているのであった。

 

「もうちょっと右にやったら良いんじゃね? そう、そっち」

「そっちってどっちよ! もうちょっと分かり易い説明してくんない!?」

「右だっつってんだろ」

 

 そんな遣り取りを大声てしながら、また私は百円を投下する。大声ではあるが、そもそもゲームセンターは大音量の巣窟。たかが私達三人が大声を出したところで迷惑どころか誰も気にも留めないだろう。

 

 アームが移動し、またぬいぐるみに落ちる。そしてアームはぬいぐるみを挟み、持ち上げる。けれどぬいぐるみは重力に従い勢い良く下へ落ちる。反動で今度は穴から程遠い所に落ちたのだった。

 

「…………」

「言っとくけど術式使ったら駄目だからな」

「……そんな事、しない、し」

 

 そんな事を途切れさせながら言う。確かに脳裏に過ったが、そんな無粋な事は絶対にしない。術式を発動してしまえば、それは負けを認めた事になる。

 

 どうやって取れる? 掴む場所は最適な筈だ。じゃあ矢張りアームが極端に弱いのか。

 

「あの、少し良いですか?」

 

 悶々と考えていると、ふと、声をかけられた。見ると青と水色を半分に分けた派手な髪色をした少年が私達を真っ直ぐと見つめていた。年は私達と同じくらいだろうか。ストリート系の格好をした美形な少年である。

 

 別に私自身が目立つと言う認識は持ち合わせていない。けれど私と一緒に居る金次と綺羅羅はお世辞にも親しみやすい容姿はしておらず、何なら不良というカテゴリーに分類されるであろう事は確かだ。そんな彼らに声をかける人間は限られており、肝の据わった人間か、余程の馬鹿だけだ。

 

 彼は、一体どちらなのだろう。

 

「……何ですか?」

 

 綺羅羅の言葉に、少年は「えっと……」と、どこか気不味そうに目を逸らした。

 

「三十分くらいずっと張り付いているので、もしかしたら困ってるのかなと思いまして。何か、力になれないかと声をかけさせていただきました」

 

 良く見ると少年の両手には沢山の袋が下げられており、その中にはぬいぐるみやお菓子などが入っていた。その全てが、少年の言葉の説得力を助長させていた。

 

「と、取れるの?」

「恐らく」

 

 私はその言葉を聞いて、台から離れる。それが合図だと分かったのだろう。少年はお金を入れて台に向かった。

 

 本当にできるのだろうか。そんな疑問を抱きながら、半信半疑で少年を見守る。金次達も同じ気持ちなのだろう。怪訝な顔でアームを追っていた。

 

 アームは、ぬいぐるみを挟まなかった。その代わり輪を通したのはタグをつけている紐であった。そんなんで持ち上げられるのかと言う疑問を抱く間も無く、ぬいぐるみは持ち上げられ、そして穴に落ちた。

 

 それは恐らく一分も経っていないだろう。私が三十分格闘したぬいぐるみを、小指を折るより容易く取って見せたのだった。

 

「えっと、こんなものでどうでしょうか」

 

 少年の言葉に、私達の間に沈黙が走る。そんな空気を察したのか、少年は少しばつの悪そうな顔をした。

 

 そしてその沈黙を破ったのは──三人同時であった。

 

「す、すっご! どうやったのそれ!? 私なんてめっちゃ時間かかってんだけど!」

「何今の! 魔法みたいでかっこいい!」

「お前やるな! 熱い男だぜ!」

 

 私達のあまりの気迫に吃驚したのだろう。少年は目を白黒させて驚いている。けれど私達の興奮は未だ冷めやらず、ずっと少年に語りかけていた。

 

 いや、これは誇張なしで凄い。まさかあのクソ弱いアームを容易くまるで自分の手の様に扱っているのだから。今までの苦労は一体何んだったのか。そんな悔しさを感じるより先に彼への賞賛が優っていた。

 

「お、お役に立ててよかったです。てっきり余計なお世話だったかと……」

「余計なんてとんでもない。お前が助けてくれなかったらあと一時間くらい此処に縛られる所だったぜ」

 

 そう言って金次は少年の背中をバシバシと力強く叩く。少年は痛さに顔を歪めながら、それでも少し嬉しそうに笑っていた。

 

「失礼な。あと三十分くらいで取れる予定だったのよ」

「嘘つけ。そんな予感欠片も感じなかったぞ」

「あーうるさいうるさい。やかましい男は嫌われるわよ」

 

 図星を突かれ、体ごと目線を逸らす。別に、嘘じゃないし。もしかしたら本当に三十分で取れたかもしれないのに。

 

 けれどそれを言ってもまた口論が長引きそうなのでここは話を逸らして軌道修正だ。

 

「ありがとう。助かったわ」

「いえ、此方こそ。喜んでもらえて嬉しいです」

 

 そう言いながら微笑む少年は、本当に美麗であった。確かに今まで会った人間で一番の美人は悔しくも五条先生な訳なのだが、それはどう抗っても覆せないのだが、それでも彼は五条先生に近い美形な様な気がする。

 

 ……なんて俗っぽい事を言っているが、私自身男の顔面には然程興味はなく、ただ一般的な認識の話をしているのだった。

 

「それじゃあ、俺はこれで」

「おう。ありがとな少年。気をつけて帰れよ」

「はい。失礼します」

 

 金次の言葉に少年は頭を下げてゲームセンターから出ていった。それを見届けて、そしてもう一度少年が取ってくれたぬいぐるみを見る。茶色い可愛い猫。別に特別欲しかったわけではないが、それでも人から取ってもらったら嬉しいものである。

 

「……あ」

「うん? どうしたの?」

「あ、えっと……何でもない」

 

 名前を聞き忘れたと思ったが、そもそも聞いても良いものか。例え聞けたとしても初対面で名前を聞いてくる不審者と思われても仕方がない。

 

 けれど叶うなら、また会いたい。そう思ったのだった。

 

 

 

 

『へぇ、ゲームセンター行ったんだ。良いなぁ、楽しそう』

「そうね。久しぶりに楽しんだわ」

 

 ペンを走らせながらそう言う。ヘッドフォン越しにAmiaは『ボクも行きたーい』と唸っていた。今ボイスチャットには私とAmia、そしてミュートにしているKが居る。雪は少し遅れると言っていた。

 

「長らく言ってなかったけど、ゲームセンターって、あんなに音が騒がしんだね」

『あー。もしかしてえななん一緒に行く友達が今までいなかったとか?』

 

 そう言うAmiaの声はどこか意地が悪かった。聞き流せが良いものを、ムッとしてしまった私はぶっきらぼうに言い返してしまった。

 

「そんなんじゃないし。ただ忙しかっただけだし?」

『えー? 本当かなー?』

 

 嘘ではない。中学三年に上がってからあまりにも忙しすぎて、放課後に寄り道とか土日に何処か友人と遊びに行くなんてことは一切なかったのだから。

 

 けれどそんな事正直に言える筈もなく、Amiaの言葉に押し黙るしかなかった。きっとAmiaの中で友達の居ないぼっちだと思われたのだろう。それは不服極まりないのだが、それでも私の正体がバレるよりはマシである。

 

「と言うか、Amia。動画のラフ出来てる? さっきから喋ってばかりだけど」

 

 ふと気になり、私はAmiaにそう問いかける。先程からAmiaの方から話し声は聞こえても、クリックやタイピング音等の作業音が全くと言って良い程聞こえてこない。この子は本当に作業をしているのだろうか。私ですらも手を動かしながら喋っていると言うのに。

 

 私の予想が当たったのだろう。Amiaは『あー……今休憩中なんだよねー』と誤魔化すようにそう言っていた。この子の休憩時間は一体どのくらい長い時間なのだろうか。

 

「そ。じゃあもう良い頃合いね。作業を再開しましょ」

『はーい。真面目にやりまーす』

 

 そう言ってAmiaの方からマウスを動かす音が聞こえる。Amiaにはこう言ったのだが、私自身Amiaとの会話が楽しかったりするのだった。まぁ、楽しいからこそこうやって話を途切れさせなければ延々と喋っていそうのなるのだが。

 

 ……いつか三人ともゲームセンターに行ってみたいな。そう思いながら、私は液晶に線を引いた。

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