呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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どうか貴方だけは、幸せでいて。


第五十四話 進路

『先日ご逝去された鳳幸之介氏に変わり幸之介氏の孫に当たる鳳慶介氏が鳳家の業務を引き継ぐ事となり、株主の間ではこれからのフェニックスワンダーランドの動向を懸念する声が上がっています』

 

 画面の向こうで、まるで機械かのなんの感情もなく、アナウンサーが取り上げている。もう一週間も経ったと言うのに、テレビは未だ鳳家の話題で持ち切りだ。私はそれを、ホットココアを飲みながら呆然と観ていた。人間というのはどうしてこうも人の不幸に群がりたがるのだろうか。今はそってしてやれば良いのに。

 

「これからフェニランどうなるんだろう。まさか潰れたりとか……?」

「流石にそれは無いでしょ。フェニランは歴史ある遊園地だからね。すぐに解体はないよ」

 

「そっかー」と、分かっているのかいないのか分からない声を出す綺羅羅。その姿に、私は何も思う事もなく肘を付いた。半年経てばもう慣れてくる様で、軽いテンションの綺羅羅にも、今現在パチンコに行っている金次にも、今はもう何も思わなくなってきた。それは決して呆れとか諦めの類などではなく、私自身、この空気に居心地の良さを感じているのだった。

 

 談話室の窓から外を見る。外はもう暗くなっており、辛うじて見える木々が風に靡かれて揺れていた。今談話室は暖房が効いていて暖かいが、それでも一度外に出れば冷たい風が身を切り裂くかの様に吹いている。お葬式に行った日が如何に暖かかったかが思い知らされる。

 

 えむちゃんは、大丈夫だろうか。

 

 あれから出来るだけ連絡を取ってはいるが、えむちゃんの感情を全て汲み取れる訳ではない。ああ言う子は自分の気持ちを押し殺してしまう傾向がある。私ぐらいとまでは言わないが感情を露わにしても罰は当たらないだろう。

 

「もう十一月か……早いねぇ。こんな時期まで生き残っていられるなんて、私達相当運が良いんじゃない?」

「運だけじゃこの先厳しいわよ」

「へへ。辛辣ー」

 

 そんな事を言いながら、綺羅羅は机に寝そべる。綺羅羅の言いたい事は分かるが、それでもその運を実力にしなければこれから先生きていく事は不可能だ。

 

 彼らには、生きていて欲しい。そう思う。金次や綺羅羅は強い。だからこそ、一級に上がれる可能性はゼロではない。けれど一級に上がってしまえば今よりもっと危険な任務を振り分けられるだろう。

 

 生きて欲しい。強くなって欲しい。そんな矛盾した想いが、私の中に混在している。

 

「でもま、運も実力の内っつーからな」

 

 ふと、声がする。振り返って見ると、パチンコから帰ってきたであろう金次がソファの背凭れに腰掛けていた。

 

 吃驚した。全然気配を感じ取れなかった。これだけ近づかれても気付かないなんて、私は相当疲れているのかもしれない。

 

「金次。おかえり。なんか当たった?」

 

 私の言葉に、金次は穏やかに笑う。

 

「絵名。ギャンブルってのはな、当たるか当たらないかが重要なんだ」

「あぁ、負けたのね」

 

 溜息を吐いて、手摺りに肘を付けた。今度はどれくらいお金を掛けたのだろう。何度か金次に付き合ってパチンコやスロットを打ちに行ったが、それでも楽しみは決して分からなかった。ただ己のお金が増えたり、お菓子が貰えたりするのは確かに嬉しいが。と言うかもうお金はたんまりあるのに増やす必要なんてないのに。

 

 ──まぁ、お金は沢山あるに越した事はないのだが。

 

「……あ、そう言えば」

 

 思い出したかの様にそう呟き、私は自分のスマートフォンを見る。確かKが曲のデモが完成したと言っていたなと思い出した。見るとナイトコードのチャットに曲のデータが添付されていた。今すぐに再生したいが、それはグッと我慢。確かに綺羅羅にはニーゴの事は言ってはいるが、それでもおいそれと誰かに良いものではない。どうせなら全てが完成した後に見せたい。

 

「私、そろそろ部屋戻るね。あんたもちゃんと寝なさいよ」

「いや、それ絵名が言う?」

 

 綺羅羅の冷めた目が、まるでナイフの様にグサグサと突き刺さる。まるで私が短時間しか寝ていないかの様ではないか。まぁ、否定はしないけれど。

 

 綺羅羅と金次簡単な遣り取りをして、私は談話室を出た。暖房を付けている談話室を出ると、突き刺す様な寒さが襲う。早く部屋に向かわなければ凍え死んでしまう。比喩表現だが、それくらい寒かった。

 

 廊下を歩きながら窓の外を見る。外は暗くて見えず、私の顔が反射されるだけであった。その顔はいつにも増して疲れた顔をしている。いつもは化粧で隠しているのだが、落とした途端にこれである。自分でも笑える程に可笑しかった。こんな姿、弟の彰人や親友の愛莉が見たらどう思うだろうか。きっと心配してくれるだろう。彼らは優しいから。

 

 そんな事を考えながら、右頬に触れる。少し前まで変色するくらいに腫れ上がっていたのだが、今ではその腫れは引き、ただ痛みを和らげる為に湿布を貼っているだけである。この時ばかりはその二人と違う学校で良かったと思わざるを得ない。

 

 彰人は、受験は大丈夫だろうか。器用だし容量は悪くはないのだが、頭が良いとは言えない。今頃机に向かって勉強しているところだろうか。

 

 ……いや、それは有り得ない。そんな時間があるのなら歌っていたい。と思っているのだろう。何故解るのか。それは彼が私の弟だからに他ならない。

 

「……少しだけ電話しても許されるかしら」

 

 携帯を見ながら呟く。確かに受験勉強に身が入っていなさそうだが、それでも勉強をしていないとは言わない。彼だって夢の為には嫌なことを出来る人間だと私は信じている。そんな彼の邪魔をするのは些か気が引けるが、少しだけ。ほんの少しだけだ。

 

 部屋に入り、暖房を付けてベットに腰掛ける。彰人とのトーク画面を見て、思わず笑みが溢れた。文面では生意気な事を言っているが、それでも優しさは隠しきれていない。それでも生意気な事には変わりないが。。

 

 通話ボタンを付けて耳に当てる。着信音が繰り返しなり、三コールくらいだろうか。漸く彰人が電話に出た。

 

「ワンコールで出なさいよ。ほんとトロいんだから」

『久しぶりに電話を掛けて来たと思ったら突然の罵倒かよ』

 

 あぁ、思い出した。彰人はこう言う喋り方だった。長らく喋っていないとどうしても忘れてしまう。本当、自分の記憶障害が嫌になる。

 

『で? 何の用だよ』

「別にー? あんたが受験勉強しっかりしてるか気になっただけよ」

『…………余計なお世話だよ』

 

 この反応からして、恐らく彰人あまったく勉強に身が入っていないのだろう。言葉の前に長い沈黙。それが全てを物語っていた。

 

「あんたねぇ。高校受験落ちたら歌どころじゃないわよ。しっかりやる事やって、成果を出さないと周りも応援してくれなくなるわよ。特に彰人のやっているストリート音楽なんて、周りの助力があってこそなんだから」

『………………』

 

 通話越しに、彰人の息遣いだけが聞こえる。彰人からしてみたら、私の言葉なんて説教染みていて耳を塞ぎたくなるだろう。けれど一回彰人に言わなければ分からないだろう。然しそれは決して悪いことで無い。彰人はまだ中学生。これからしっかり学んで行けば良い。

 

 ──なんて、私もまだ高校一年のお子さまなのだけれど。

 

『……分かってるって。クソ。お前にそんな事を言われる日が来ようとわな』

「はぁ? ほんと失礼な奴。折角助言してあげたのに」

『へーへー。ありがとうございましたー』

 

 そんな適当な言葉を聞いて、思わず溜め息を溢す。まあ彰人の事だ。私の言葉が響いていないなんて事はないだろう。あいつは勉強は確かに出来ないけれど、人の話は真面目に聞く人間である。

 

「それで? 高校は何処に行くの?」

『無難に神高を考えてる。オレの学力にもあってるしな。校風は自由だし、融通も効く。より歌に没頭出来るしな』

「……そっか」

 

 意外にも彰人は考えているようで、比較的近場である神高──神山高への進学を希望していた。確かに彼処は新設されたと言う事もあり、自由度も高い。何度か神高生とすれ違った事はあるが、皆髪を染めたり制服を自分なりに改造していたりしていた。

 

 まぁ呪術高専も言えた事ではないのだが。私の服はスタンダードなのだが、それでも呪術高専は申請すれば好きにカスタム出来るらしい。だから綺羅羅や金次は制服を自分好みにカスタムしていた。私も事前に知っていればカスタムしたのにと悔しい思いもある。

 

 然し、神高か。確かに彼処は彰人の学力に合っているかもしれない。特に勉強には重きを置いておらず、彰人も歌の練習に没頭出来るであろう。いつか本当に、噂の伝説の夜を超えて欲しいものだ。

 

「良いんじゃない? 彼処なら彰人も受かるでしょ。でも、油断は駄目だからね」

『わあってるよ。お前はどうなんだよ。そっちで上手くやってるか? まさかハブられてねぇよな』

「されてないわよ。みんな仲良しなんだから」

 

 本当に生意気な弟である。本当に私の事を何だと思っているのだろう。中学時代だって少なかったけれど、友人は居た。それこそ親友の愛莉とか、二葉とか。それなりに友人は居た方である。二葉とはここの所連絡は一切取っていないのだが。

 

 二葉は、元気だろうか。元気だったら良いな。

 

『ふーん。だったら良いんだがな。……と、そろそろ切って良いか。観たいテレビがあるんだよ』

「何の番組?」

『世界で活動している音楽家の特集。その中にストリート音楽も出てくるからぜってぇに観たいんだよ』

 

 成る程。確かにそれは見逃せない。私だって画家が特集されていたら全ての任務を放り出して観に行くかもしれない。

 

「行っておいで。私だって何かあんたに用事がある訳じゃなかったし。ただあんたに茶々を入れてやろうとしただけだし」

『嫌な人間だな。お前』

 

 

 それはお互い様だろうと言う言葉を飲み込んだ。今時姉に暴言を吐く弟なんて流行らないわよ。

 

 通話を切り、そのままベットに寝転がる。

 

 夢……か。

 

 少しだけ、羨ましいと思ってしまった。歌を勧めたのは私だし、是非とも彰人には夢を叶えて欲しいと心の底から思っているのだが、それでも自由に夢を追いかけられる彰人に羨望しないかと言われれば、それはまた難しい話である。

 

 私が夢を伝えた時には頬を打たれたのにと、妬む心が混在している。そんなの、彰人には何の関係ない話なのに。

 

 けれど、矢張り夢を叶えて欲しいと、願うのだ。私の分まで、夢を叶えて、幸せになって欲しい。それだけが、私が求める最大の願いである。

 

 

 

 

 暗い部屋の中、光っている液晶を見ながら、彰人は呆然としていた。その目には絵名とのトーク画面が映し出されているだけである。

 

今の時間はまだ両親は起きている。どうせテレビでも観ながら談笑をしているのだろう。あの父親が笑っている姿は想像できないが。と、彰人は口角を上げながらそう思った。

 

 どうでも良い。そんな事は。彰人は立ち上がり、上着を着る。この時期の夜は寒い。いくら体を鍛えているからと言って寒空に薄着は体に毒であった。

 

 そしてそのまま、彰人は部屋の扉を開けず、窓から飛び出した。勿論、部屋に鍵は掛けたまま。別に両親は彰人の部屋を勝手に見る人間ではないが、用心するに越した事はない。

 

 地面に足を付け、ポケットから眼鏡を取り出す。縁が比較的薄い、四角型の眼鏡。それは度が入っておらず、眼鏡を掛けても視界が可笑しくなる事はなかった。

 

 それから彰人が向かったのは廃墟と呼ぶに相応しい荒れ果てたビルであった。其処は嘗て絵名と五条が任務で訪れた所であった。術師なら呪力の残穢で誰が此処に来たかは分かるが、彰人にはそれが感じられなかった。

 

「おう。早ぇじゃねーか」

 

 彰人がビルを黙って見上げていると、スーツを着た男が煙草を吸いながら歩いてくる。彰人はどうにもその匂いが苦手であった。

 

「……孔さん」

「何だ? 元気ねぇな。折角仕事持ってきてやったってのに」

「そりゃどうも」

 

 そんな彰人の素っ気無い返事を聞いても、男──(こん)時雨(しう)は愉快そうに笑っている。それを見て、彰人は怪訝な顔をする。孔の事は嫌いではないのだが、それでもこんな余裕綽々でこちらを舐めている顔をされると、どうしても腹が立ってしまう。

 

 そんなこと、今更言うつもりはないのだが。

 

「それで、今このビルの中にいるのが666の残党か」

「そ。雑魚集団だが如何せん数が多くてな。呪術師達は全て捕らえたと思っているがまだ残党が残ってやがる。然し今度は仲間内で内部抗争。それが煩わしいからお前に依頼が来たと言う訳さ」

「ふーん」

 

 聞いているのかいないのか。彰人自身は聞いてはいるのだが、夜中ということもあり彰人はビルを見上げながら怠そうに相槌を打つ。

 

 中で騒ぎ声が聞こえた。恐らく、内部抗争の一幕だろう。溜息をつきたくなる気持ちを抑え、孔を置いて中へ入る。

 

 中は薄暗く、彰人の足音だけが響いている。彰人は敢えて足音を抑えず歩く。どうせ盛大に足音を立てたとてこの騒ぎの中バレやしない。感情が昂っている人間程周りに対して敏感にも鈍感にもなる。特に今回の場合は己の事に集中しているから尚の事。

 

 件の部屋は、案外早く見つけた。分かり易く、此処がアジトですよと言わんばかりに見張りが二人。中の様子を気にしながら立っている。

 

 ビルの付近に二人と言わず複数人配置しておけば良いものを。そこの所が雑魚と言われる所以であろう。

 

 彰人に気付いた男達は顔色を変えてまるで輩のように睨みつけながら彰人に近づいた。

 

「おうおう。何のような坊主。此処はガキの来る所じゃねーぞ」

「もしかして迷子か? お巡りさんよん呼んでやろうか」

 

 ギャハハと下品に笑う男達を、なんの感情もなく見る。特にその男達に対して何の感情も湧かなかった。どうせ死ぬ人間なのだから。

 

「おう。何とか言ったらどう──ギィ?」

 

 彰人は片方の男の顎にナイフを突き立てる。ナイフと言うには些か太く、大きいが、それでもその刃物は男の顎から頭を貫通させていた。ナイフと肉の間から小刻みに血が噴き出ている。

 

 もう片方の男は何が起こったのか分からないと言うような顔をして刺された男と彰人を交互に見ている。その顔は無様と言っても差し支えない程に間抜けであった。その隙を狙い、もう一人の男の懐に忍び込み、丁度心臓の辺りを一突き。そして騒がれない様に喉元を掻っ切る。音を立てて男は崩れ落ちる。けれど中の人間達は外に気付く事はなかった。

 

 それから中に居る人間を全て殺すのにはそう時間は掛からなかった。五分もすれば部屋中は血塗れになり、彰人は部屋の椅子に力なく座っていた。明かりも付けず、真っ暗の中。

 

「相変わらずはえーな。もう立派なプロだな」

「プロもクソもねぇよ。こんなの」

 

 いつの間にか部屋の中に入ってきた孔は、冗談混じりにそう言った。外で待っている筈だと思っても、今更どうでも良かった。

 

「はは。生意気を言うようになったじゃねぇか。昔はこんなに小さくて可愛かったのになー」

「いつの話してんだよ」

「お前が呪術師殺しになってからだな」

 

 孔の言葉に、横目で睨む。何か言い返したいが、それでも何も言葉が出てこない。

 

 なぜなら、事実だから。彰人は押し黙るしかなかったのだ。

 

「『呪術師殺し』。その名を聞いて震えない呪詛師はおるめぇよ」

 

 孔はそう言って煙草の煙を吐く。それを見て彰人は目を瞑る。

 

 彰人はその名前が、あまり好きではなかった。

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