あの時引き留めれば良かったと、後悔した。今となっては全て遅いのだけれど。
『みんな、居る?』
『居るよー! 今日も頑張ろうねー!』
KとAmiaの声が聞こえ、私は急いでミュートを解除する。今日の夜は珍しく何の任務も用事も入っておらず、久しぶりに25時に間に合ったのだった。それがなんだが嬉しくて、私は今の今までペンタブに向かって没頭していたのだ。
「K、昨日言ってたイラスト完成したよ。見てくれる?」
私はそう言って、先程完成したイラストを全体チャットに送る。直前の直前まで修正をしていたから少し心配ではあるが。
『うん……あれ? 雪は?』
ふと、Kがそう口にする。そう言えばAmiaとKの声がするのに雪の声が聞こえない。どころアイコンすらないのだ。
ドクンと、私の心臓が嫌に響く。なんだか、嫌な予感がする。なにか、このまま放っておいたら取り返しのつかない事になる。そんな予感が。けれどもそんな予感に確証付けるものなんて存在せず、私の心臓ばかりが煩いくらいに響いていた。それは宛ら、警報の如く。
『あれ? ほんとうだ、いないね。夕方はいたのに』
「……寝ちゃったんじゃない? 学年も上がって環境の変化もあるし、疲れてたらそういう事もあるでしょ」
『うーん。また夜にねって言ってたんだけどなぁ……。ま、雪だって寝ちゃう時もあるか』
Amiaは私の言葉が腑に落ちない様子だったが、それでも自分の中で納得をしたのか、最終的に頷いていた。
けれどKは納得していない様子で『そう、なのかな……』と呟いている。
「ま、先に初めてようよ。K、送ったファイル見ててね」
ここでどうだこうだと話してもどうしようも出来ない。私は雪に『疲れているんだったら無理してログインしなくても大丈夫だよ』と軽く連絡をしてまた駅タブに向かった。
未だ渋っていたKだったが、私の言いたいことを理解したようだった。
『……うん、そうだね。じゃあ、Amiaも進捗報告お願い』
その言葉と共に、私達は作業に入った。
今思えば、あの時無理にでも連絡を取って、ナイトコードに引き摺り出せば良かった。だったらあんな事にはならなかったはずなのに。
♢
それから、一週間が経った。私自身任務で忙しくあまりナイトコードにログイン出来ていなかったのだが、Amia曰くこの一週間雪はログインしていないらしい。それを聞いて、私の中の騒めきがより一層濃いものとなっていった。私は任務帰りの道の中、一人悶々と考え込んでいた。
まさか事件とかに巻き込まれているのではと補助監督に頼んで直近一週間に起こった国内外の事件、事故、そして呪霊の被害者を調べたのだが、雪らしい名前は一切なかった。……まぁ抑も雪の本名を知らない訳で。今思えば無謀な事をしたものだ。
流石に一週間もログインしていないと、心配にもなる。私自身ニーゴの皆んなに最初っからあまりログインを出来ないと言っている為私が一週間以上──最悪一ヶ月以上ログインしていなくとも心配はされないと思うが、雪は普通の高校生だ。この場合、何かあったかと思う方が自然であろう。
何か手掛かりになればとチャットのログを見返しているのだが、それも空振りに終わった。抑も雪は自分の事を話さないタイプだ。当然である。
八方塞がりとはこの事を言うのだろうか。東雲の力を使えば雪の本名、住所。個人情報から周辺の人間関係まで調べ上げる事は可能なのだが、極力東雲を使いたくはない。それは最後の最後。どうしようもなくなった時の最終手段に取っておこう。
何か、雪に関する情報は……。
「…………何これ。音楽ファイル?」
ナイトコードに、覚えのない音楽ファイルがあった。今まで気付いていなかっただけなのか、それとも今泡のように出て来たのか。
どちらも有り得る。この世界に居ると、超常現象が良く起こるのだ。
もしかして、これは雪が作ったのだろうか。Untitledも、題名を付け忘れたとか。
……いや、どれも腑に落ちない。何か大事な事を見落としている。そんな感じがした。
ここでごちゃごちゃ考えても埒が明かない。たった一つの手掛かりを頼りに、私はUntitledを再生した。
瞬間、モニターが光った。それは尋常ではない光であり、私は思わず目を瞑った。暫く目を瞑っていても明るさは消えなかったが、やっと光が消えたのだろう、私の視界は完全に暗闇が広がっていた。それと同時に肌に刺さる空気の変化。私はゆっくりと目を開ける。
「…………!」
先程とは違う風景に、思わず私は腰に携えている小刀に手をやる。
此処は……何処なのだろうか。何かの領域? それにしては呪力を感じない。
私は人気のない夜道を歩いていた筈だ。それが何故、鉄骨やら何やらが地面に突き刺さった殺風景の世界に来てしまって居るのだろうか。頬に当たる空気は、暖かいものとは言えない。
酷く、寂しい場所だ。仮に此処が誰かの領域内だとしたら余程空虚な心を持った人物なのかもしれない。
私が辺りを見渡して警戒をしていると、背後から足跡が聞こえてくる。小刀を引きながら振り返ると、其処には桜色の髪を左側に束ねている人物と目が合った。
誰た? まさか此処の領域の人物か?
そんな私の警戒とは裏腹に、その人物は一瞬目を見開いたと思ったら安堵の表情を見せた。
「よ、良かった! 人居た! もしかして貴女も此処に迷い込んだ人ですか? ボクもなんです。一体此処何処なんですかね?」
「……もしかしてその声、Amia?」
「…………へ?」
マシンガントークを繰り広げるその人物の声は、私が良く知っている声であった。ヘッドフォン越しであったが、それでもAmiaの声は特徴的な声であった。低すぎもせず、高すぎもせず。私には出せない声。
Amiaは目を見開いて私を見ている。あれ。もしかしたら人違いだったか?
「もしかして……えななん!?」
そう良いながら、Amiaは遠ざかる。通話していた時から思っていたのだが、Amiaは愉快な人物らしい。その圧倒的なコミュニケーション能力に、私は思わず引きぎみになった。
けれど、Amiaも居るのか。これは単なる偶然とは思えない。もしかしたら此処にKや雪が居るかもしれない。
──なんて、こんなだだっ広い所で人探しなんて無謀にも程があるのだが。
そんな事を思っていると、ふと視線を感じた。見るとAmiaがまじまじと私の方を見ている。見ないふりをしても良かったのだが、目が合ってしまってはもう逸らせない。私は首を捻りながら問い掛ける。
「……何?」
「へ? い、いやぁー、何も……」
Amiaは気不味そうに目を逸らす。一瞬訳が分からなかったが、私の体を見て納得する。そうか。真っ黒な服で包帯まみれの人間はまともな人間にとっては異端に映るのだろう。
けれどこれを説明するのは至難の技である。申し訳ないが、知らないふりをさせてもらおう。
「取り敢えず、他に誰か居るかさがそ。もしかしたらKだけじゃなく雪も居るかもしれないし」
「そ、そうだね! おーい! 誰か居たら返事してー!」
そう言って、Amiaは大声でそう叫ぶ。私は思わず面食らって目を見開く。けれど冷静に考えれば当然だ。これが人を探す最適解である。普通の人間だったら殆どが今のAmiaのように叫ぶだろう。私みたいな足音を殺して、気配を消して捜索する人間はマイノリティ過ぎる。
けれど私の悪い予感は外れ、Amiaの声に応えるように、誰かの気配がした。Amiaにはその気配は読み取れていないようだった。
「はぁ。だーれもいないねぇ。てゆーかこれ、異世界転生モノの冒頭みたいじゃない?」
「……なに? その異世界なんちゃらって。それにこの状況で良くそんな呑気なこと言っていられるよね」
Amiaの言っている事は分からないが、最近流行っているものだろうか。そんなジャンルがあるのはしっているが、詳しくは分からなかった。
気配は段々と近くなっていき、遂に私の背後を捉えた。私は再度警戒を上げ、小刀に手をやる。
「ねぇ」
その声には攻撃性は見受けられなかった。それより、Amiaの時と同様、聞き馴染みのある声であった。
振り返る。其処には困惑した表情をした銀髪の少女が立っている。その服から覗く手足は心配に成る程細かった。
気配に気付かなかったAmiaは跳び跳ねて驚いていた。
「わわっ! だ、誰!?」
「……えななんと、Amiaでしょ?」
「え? あ……その声! もしかしてK?」
「うん」
想像した通り、銀髪の少女はKであった。Kは私を見て目を見開らく。
「あなた、あの時の……」
「…………えっと、私達何処かで会ったっけ?」
覚えのない顔に、私は思わず首を傾げる。どうしよう。何も憶えていない。もしかしたら何処かで会ったかもしれないが、私の断片的な記憶では思い出すことが出来ないでいた。
そんな私の姿を見て、色々察したのだろう。少し寂しそうな顔をした。
……申し訳ないな。そんな顔をさせてしまって。けれど今の私では知らないのに知っているふりをするのは出来なかった。
寂しそうな顔をしていたKだったが、すぐに切り替えてAmiaと私の顔を交互に見る。
「……状況を確認させて。ふたりとも、どうやってここに来たの?」
「どうも何も、あの〝Untitled〟って曲再生したら、急にパソコンの画面がピカーって光って、まぶしい! ってなって……そしたらここにいたって感じ」
「私はスマホでナイトコードのチャットログ見てたらUntitledって音楽ファイルがあって、それを聞こうとしたら此処に居た。スマホのGPSもあまり宛にならなそう」
先程確認したらGPSは飛ばされた場所から動いていなかった。GPSが可笑しくなっているのか、それとも此処はもう現実世界から隔離された場所なのか。
……帰る手立てがない以上、今此処で上層部や東雲家から連絡が来たら大変だなと、まるで他人事のように考える。イレギュラーな現象が続き過ぎて、思考がショートしそうである。
「あーあ。ボク達、帰れるのかな? そもそもここは本当にどこなんだろ?」
「……たしかに、早く帰り道を見つけなくちゃ。ひとまず、あたりを歩いてみよう」
Kの言葉に頷き、私達は歩きだした。此処は本当に殺風景な所であり、同じ景色がずっと続いている。
それから、私達は暫く歩き続けた。どれくらい歩き続けたのだろう。数十分な感じがするし、数時間の感じもする。それだけ途方もない時間同じ風景を見ながら歩いていると、どこかイカれてしまいそうだ。
「もう長いこと歩き回っているのに、何もないし、誰も居ないね……」
「でも、まだ一時間も経っていないはず。……この場所にいると時間感覚が狂う感じがするけど」
「こんな不気味な所に居たくないんだけど!」と言いたいのをぐっと抑える。訳の分からない気が狂いそうになる所に居るのは慣れているが、慣れているからと言って平気なわけではない。本当なら一刻も早くこの場所から逃げ出してベッドに入って惰眠を貪りたい。
「……不気味な所ね」
「そう? わたしは、居心地はそんなに悪くない」
絞り出して言った言葉に、Kはそんな事を言った。こんな所を居心地が良いだなんて、頭が可笑しいのではないか。まぁそんなこと、Kには言えないが。これがもし綺羅々と金次相手だったらそれ以上の言葉を言っていたに違いない。
「えー、悪いでしょ。ボク達以外に人なんていなさそうだし、ていうか何もないし……。あーあ、まさかこんな感じでオフ会するなんて思わなかったよやるんならファミレスとかカフェとかで集まって、本名教えてー? とかわいわいやりたかったのにー!」
それは私も同感だ。今は有無も言わさずこうして顔を付き合わせているが、もしAmiaとかがオフ会をしようと言っても、私はきっと断っていただろう。私と直に関わって、危険な目に合わせたくはない。
それを考えれば今すぐにでも此処から出て彼女たちから離れなければ。
そんな事を思っていると、ふと、思い出す。
「本名って言えば……Kって、奏って名前じゃない?」
「うん。でも、どうして知ってるの?」
「え? メールアドレスに『kanade』って入ってるから、きっとそうなんだろうなって」
そう、Kの登録しているメールアドレスにKanadeと記載されていたのだ。まだ私達だったから良かったものの、もし別の誰かだったら変なことに巻き込まれかねない。
……なんて、今ピクシェアで色んな写真を投稿している私が言えたことではないのだが。しかも東雲の私が。
私の言葉に、Amiaは声を上げて笑う。
「全然隠せてないじゃん! Kらしいなー。あ、じゃあボク、これからリアルで合うときはKのこと奏って呼ぼうっと。ボクのことも瑞希って呼んでね!」
「……これからリアルで合うつもりなの?」
「別に良いじゃん? ちなみにボクの名前は暁山瑞希! よろしくね、奏ー。で、えななんは?」
「え? し、東雲絵名だけど……」
なんか、どんどんAmia──瑞希のペースに飲まれて行っているような気がする。何故私の周りにはこういうゴーイングマイウェイが多いのだろうか。
然し、中々新鮮だ。自分の本名を言っても驚かれないのは、いつぶりだろうか。ずっとこうで良いのだが、まぁ、呪術界が有る限り無理な話だろう。
「わかった。瑞希、絵名」
「……な、なんかてれるけど……よろしくね、奏」
慣れない空気に緊張しながらも、そう言った。
「ふふっ。こんな状況だけど、ちょっと楽しくなってきちゃった。あーあ、雪も此処にいたら良かったのにな」
そう言って、瑞希は確かにそう言う。確かに此処に雪が居たらもっと面白くなっていたのだろうか。
「あれ……誰かいる」
奏の言葉に、私は振り返る。其処には灰色の髪をツインテールにした少女が此方に近付いて来ていた。
どうして気付かなかったのだろう。普段ならこんな至近距離に近づかれたら嫌でも分かる筈なのに。
私は二人を背に隠すように前へ出た。見た目は人畜無害そうだが、こう言うのは見た目じゃない。何があるか分からないのだ。
「……え? あなたは……あの時の映像の……」
「奏、知り合い?」
「知り合いっていうか、なんと言うか……」
だったら警戒レベルを下げても良いか……いや、それでも油断は出来ない。私はいつでも術式を発動しても良いように、目に呪力を流す。
けれど私の警戒を知ってか知らずか、少女は私達の目の前にやって来てじっと私達を見る。瞳の色は青と赤の非対称で、ツインテールの位置も上下バラバラだ。己で縛ったのだろうか。
口を開く。私はその一つ一つの動作を見逃さないように注視する。
「私は、ミク」
「ミク……あなたが?」
奏はそう言って、首を捻る。
彼女が来てから、この場の雰囲気が変わった。恐らく彼女が此処の主らしい。
私はミクと二人を交互に見る。どうやら私は、とんでもない事に巻き込まれてしまったらしかった。