呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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貴女が自由でないのなら、私は一体なんなのだろうか。


第六十八話 突きつけられる痛み

「え? ミクって、あの? いやでも待って。言われてみれば確かにそれっぽいけど……ほんとに? だとしたらすごくない!?」

 

 興奮したように、瑞希はそう言う。私も瑞希同様、内から湧いてくる驚きを隠せないでいた。

 

 まさか、あのバーチャルシンガーの〝初音ミク〟であろうか。俄には信じ難いが、風貌、あのツインテール。その全てが初音ミクだと訴えている。ただ一つ違う点は、髪色が緑ではなく灰色だということだ。それだけで別人と見えるのだが、よく見てみるとあの私が知っている初音ミクと瓜二つである。

 

 ……それにしては目が死んでいるのだが。

 

 一瞬呪霊かと思ったが、すぐにその可能性は捨てた。呪霊は本来非術師には目視出来ず、確かに死の淵に立たされれば見える事もあるのだか、今はそう言うのではない。極限の状態でないこの状況で見えていると言うことは、少なからず呪霊ではないのだろう。

 

 呪霊でない事は分かっても、警戒は引き続き強めるのだが。

 

「……あなた達を待ってた」

「待ってた……?」

 

 思わず復唱をしてしまう。

 

 何故初音ミクは、私達の事を知っているのだろうか。何故私達の事を待っていたのだろうか。それだけじゃない疑問が沸々と湧いてくる。私だけなら兎も角、奏や瑞希の事を知っているとなるとなんだか不気味だ。

 

 私は家系的に私が知らない人が私の事を知っていると言うのは日常茶飯事なのだが、恐らくこれは、そう言うのではないのだろう。

 

 ミクからは呪力を感じない。非術師でも多少なりとも呪力かあるのだが、ミクからは一ミリたりとも呪力が漂って来ないのだ。それだけじゃない。行動、存在。全てが現実世界の人間とはかけ離れている。

 

 ──最早呪霊と言われたほうが何倍も納得出来る。

 

「ミクは……わたしたち達の事を知っているの?」

「うん」

 

 奏の疑問に、ミクは頷く。それはまるであっさりした様子であった。

 

「へえー。じゃあもしかして、ボク達をここに呼んだのもミクってこと?」

「……半分、そう。呼んだのは、わたしと……そしてあの子」

 

 ……あの子?

 

 瑞希の問に答えたミクの言葉に、今度は私が首を傾げる。此処にはミク一人だけかと思っていたのだが、どうやらミクの他に誰か居るらしい。確かに私、瑞希、奏の他にもう一人気配を感じる。

 

「それがこの世界の創設者ってわけ?」

 

 私はここに漂う空気を感じながら、そう聞いた。確かに彼女は此処の住人なのだろう。けれども彼女の雰囲気と、此処の雰囲気と彼女の雰囲気は違う。この世界に比べてミクは暖かすぎる。

 

 逆に此処はあまりにも冷たい。全てを拒絶しているような、けれども何か探しているかのような、そんな空気。私はこれを、何処かで感じたことがある。

 

 ……いやまさか? でも、それだと様々な辻褄が合う。

 

 ミクは驚いた顔をし、頷く。

 

「そう。ここはあの子の想いでできた場所。──あの子のセカイ」

「想いでできた場所?」

「ボク達がいた場所とは違うってことはなら、やっぱ異世界ってことだよね」

「……そう。セカイはあなた達の暮らす場所とは、違う。あなた達のいた世界とこのセカイは『Untitled』で繋がっている」

 

 一瞬誰かの領域展開かと思ったのだが、それは違いそうだ。抑も領域には端があるが、此処はずっと歩いて辿り着かないのだ。それに発動するには大量の呪力を消費する。こんな長時間領域を展開してしまっては術師の脳が焼ききれてしまう恐れがある。

 

 それにしても、『untitled』か。まさかその音楽ファイルが此処を開く鍵になっていたのか。まぁ最初から分かっていた事だが、事実として出されると訳が分からない。

 

 試しに自分の怪我をしている手の甲を強く押す。痛みは健在であり、どうやら夢ではなかったようだ。

 

「じゃあ此処から出るためにはこの『Untitled』を止めれば良いって訳だね」

「ちょっと絵名ー。ボク達パソコンがないから帰れないんだけどー! 置いてかないでよ!」

「置いてかないわよ。こんな何があるか分からない所に」

 

 抱きついて縋ってくる。少し鬱陶しいが、まぁ何処かに行かれるよりかは傍に居てくれた方がましだ。

 

「──お願い、あの子を見つけて」

 

 そう、ミクは呟く。ミクの顔には焦燥、悲しみが滲み出ていた。

 

 ……あまり時間がないと言うことか。

 

「……あの子は、このままじゃダメ。本当の想いに気付けないと、あの子は……。あの子を見つければ、あの子を救える。あの子はきっと本当の想いに気付ける。そうしたらその想いから──あの子の歌が生まれる」

 

「えっと……難しくて良く分からないんだけど……」

「あの子を見つけると、あの子を救える……?」

 

 理解しようとすればする程、分からなくなる。呪術がこの世で一番難解だと思っていたのだが、今此処でその認識が更新されたような気がした。

 

「……救う……」

 

 その言葉に一番に反応したのは奏であった。

 

 あぁ、そうか。奏は誰かを救うことに異様なほどに執着しているのだった。

 

 この調子じゃこのセカイの主を救うまで気が済まないだろう。

 

「……ミク?」

 

 ふと、声が聞こえる。瑞希の声でもなく、奏の声でもない。況してやミクの声な訳がない。

 

 では誰か。

 

 振り返ると紫の髪をした少女が此方を見ていた。その少女は気怠そうに私達を見ていた。

 

「その声……雪?」

「…………!」

 

 瑞希が驚いたように少女を見る。けれど私は驚くどころか冷静に少女を見据える。

 

 矢張りか。

 

 此処に来た時から何となく分かっていたのだ。此処に雪が居ると言うことは。このセカイに流れている空気と、雪が纏っている空気には、どこか似通っているものを感じる。

 

「……ミク、どうしてここに人がいるの?」

「…………」

 

 ミクは何も答えなっかった。どうやら雪には何も伝えずに私達を此処に連れてきたらしい。まぁ救ってほしい人間に「あなたを救うために人を呼びますね」なんて言えないだろう。

 

 ミクの最大の誤算はその救いが望まれていないものだった事である。

 

「……その声、K?」

「うん、そう」

 

 この反応で、目の前に居る少女が雪である事は確定した。

 

 それにしても、随分キャラが違うものだ。温度差で風邪を引きそう。

 

「じゃあ、そこに一緒にいるのはえななんとAmia?」

「よかった! 無事だったんだね、雪! 連絡とれないから心配たったんだけど、ほっとしたよー! もしかして、ずっとここにいたの? あ、帰りかたがわからなくて困ってたとか?」

 

 そんなわけないだろうと言う言葉を飲み込んだ。けれどそんな現実より、Amiaは雪への心配の方が勝っていたのだろう。私もAmiaと同じだ。雪を見つけた瞬間、安堵で抱き付きそうになった。このセカイが、雪によって作られたと分かりつつも。

 

 雪はAmiaの言葉に何も答えない。まるで無視するかのように黙っている。あまりの態度に、私は思わず怒鳴ってしまった。

 

「ちょっと雪! 心配してんだからなんか言いなさいよ! そう言うの失礼だと思わないわけ?」

「……うるさい」

「……あ?」

 

 思わず低い声が出た。まさかそんな暴言が出るとは思わなかったから。

 

 けれども雪は私の声なんて聞いていないかのように淡々と喋り出す。

 

「このセカイに来ないで。ひとりにさせて」

「どう言うこと?」

「……今言ったでしょ? 私は、ここにひとりでいたい」

「じゃあ、これから私達と一緒に曲を作る気はないって事ね」

 

 まるで冷戦のように冷たい空気が私と雪の間に流れる。呪術師には面倒臭い人間がわんさか居るが、雪は今まで出会ってきた中でトップクラスに面倒臭い人間かもしれない。

 

 ここで見捨てて現実世界に帰っても良い。ぶっちゃけ私には関係ないし、救ってあげる義理もない。

 

 けれど、どうしてだろうか。腹が立つ筈なのに目の前の見るからに私絶望していますという風貌の少女を放っておけないのは。

 

 私は何か言おうと口を開く。けれど私よりも先に口を開いたのは、奏であった。

 

「じゃあ、雪は、ひとりで……OWNとして曲を作っていきたいの?」

「──OWN?」

 

「え?」と言う言葉が口から溢れた。

 

 それは、まったくもって想定外であった。いや、予感をしていたのだが、それでも見ないふりをしていたのだ。

 

 確かに、OWNの曲を聞いた時、真っ先に雪が思い浮かんだのだ。冷たくて、苦しくて。どうしようもなく藻掻いているその雰囲気は、何処か雪と似ていたのだ。

 

 あぁ、気付いた。同じなのだ。このセカイと。この全てを拒絶する感じが一緒なのだ。

 

「……根拠は?」

「……根拠はない。でもわかる。ニーゴで作ってる曲と傾向は全然違うけど、間違いない。そうだよね、雪」

 

 そう言った奏の瞳には確信めいたものを感じた。

 

 ……確かに奏には天性の才がある。それは自分で作曲するだけでない。数多の曲を聴いてきた奏の耳は、どんな音でも聞き分けることが出来るだろう。

 

 そんな奏の耳は、疑いようがない。

 

 意外にも雪は、あっさり認めた。それはあまりにもあっさりしすぎて驚く事も忘れてしまいそうだ。

 

「……うん、そうだよ。OWNは、私」

「マ、マジですか……」

 

 嘗て、私達はOWNについて語ったことがある。それはまだ半月前で、未だに鮮明に思い出される。私自身OWNを個人的に聴いていたと言うのもあり、その話題に物凄く食い付いたのを覚えている。

 

 それを、聞いていたのか。OWN本人が。そう思うと何だか言い知れぬ困惑が押し寄せる。

 

「……何であの時、言ってくれなかったわけ?」

「……別に。言う必要がなかったから、言わなかっただけ。雪じゃない私は、あなたと話したいことなんてないから」

「は?」

 

 いや、違う。これは困惑ではない。怒りだ。

 

 この不機嫌な態度に、私はどうしようもなく怒りを抱いているのだ。

 

 そう思ってしまっては、私自身も私の事を制御が出来なかった。気付けば私は怒りに任せて声を荒げていた。

 

「何それ……? 巫山戯ないでよ! 何も知らないで凄い凄いって騒いでいる私を、どういう気持ちで見てたの? 馬鹿だなって思ってたわけ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いてよえななん! 雪ももうちょっとちゃんと話そうよ。ね?」

 

 そう言って、瑞希は私を諌める。けれど私の中に湧いてくる怒りを鎮める事は出来なかった。ただ、手を出したい気持ちを抑えることで精一杯だ。

 

「ねぇ、雪がOWNだとしてもさ、OWNで曲を作りながら、ニーゴもやってくってのはムリなの? いくらなんでも急すぎるし、ボク達も……」

「私はもう、ニーゴにいる必要がない」

 

 瑞希の説得に、雪は被せてそう言う。

 

 ……何を、言っているんだ?

 

「……ニーゴにいても、足りなかったから」

「足りなかったって……」

 

 困惑気味に、奏はそう言った。そうだろう。ニーゴの設立者は奏だ。一緒に曲を作ってきた仲間にそう言われたら、思考が追い付く筈がない。

 

 そんな奏を追い詰めるように、淡々と、雪は口を開いた。

 

「初めてKの曲を聞いた時は、少しだけ、救われたような気がした。だから、Kの傍で探せば、見つけられるかもしれないって思った。でも……それじゃ足りなかった。見つけられなかった。Kと一緒にいても見つからないなら、もう、自分で見つけるしかない」

 

 そう言って、雪はミクの方を見る。ミクは困ったような、悲しいような。そんな何とも言えない表情をしている。

 

「……ミク、もうこれ以上、この人達と話すことはない。ここから追い出して」

「……そう。……あなたは、本当にひとりで見つけられるの?」

「…………ミクが、私が、まだ見つけられるっていうのなら、全部捨てても探し出す。……私には、それしか残されていない。もしそれでも見つからないなら、私はもう……消えるしかない」

 

 プツンと、私の中の何かが切れる音がした。

 

 ──〝残されてない〟?

 

 ──〝消えるしかない〟?

 

 だったら──私はどうなるの?

 

 全てが縛られた中で生きている私は、一体……?

 

「雪、一度ちゃんと話そうよ。雪もちょっと変だしさ」

「変? 私が変なら、あなた達だってそうでしょ。だって本当は、Kも、えななんも、Amiaも──誰よりも消えたがってるくせに」

「────!」

 

『お前に、画家になる才能はない』

 

『東雲家たるもの──』

 

『女の癖に!』

 

『化け物』

 

 いきなり、無数の記憶が流れてくる。頭痛と共に流れてくるその情報量に、思わず私はよろめいた。

 

 ……本当にこいつは、私の突いて欲しくない部分を的確に刺してくる。

 

 雪が、何かを言っている。瑞希も。けれども私の耳には届かなかった。ずっと過去の言葉が、まるで脳裏に有刺鉄線が巻かれているかのようにズキズキと痛む。

 

 何かが、私に触れる。目を開ける。眼前には悲しそうな顔をしたミクが私に対して手を伸ばしてきた。いつもだったら振り払えるのに、今の私にはそんな気力はなかった。結局私はミクが私の体に触れることを簡単に許してしまった。

 

 気付けば、私は元の世界に帰ってきていた。冷たい風が吹き、思わずその場に倒れ込む。体の熱が、地面のアスファルトに奪われていくのを感じながら、私は痛みに苦しみながら意識を手放した。

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