呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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暴かれた想いは、こんなにも醜いものだった。


第六十九話 溢れ出した激情

「記憶が一気に流れ出て、脳味噌が混乱しているのでしょう。暫く安静にしていれば大丈夫です」

「……そう」

 

 病院のベッドに寝ながら、私はいつもお世話になっている担当医の話を上の空で聞いていた。思考が上手く回らない。

 

 あれから私は通り掛かった通行人によって、救急車でこの病院へ搬送されたのだ。この辺りで大きな総合病院は此処しかないのだが、逆にそれが良かったのかもしれない。結局私が目を覚ましたのは、翌日の真夜中であった。時刻はもう0時を回っており、もうすぐで25時である。

 

「本当に、御当様へは連絡しなくて良かったのですか?」

「良いのよ。あんただって、彼奴の怖さを知っているでしょ?」

「……そう、ですね」

 

 私の主張を分かってくれたようで、先生は目を逸らしながらそう言った。こんな所まで乗り込まれたらたまったものではない。恐らく私のストレスが最高潮に達し、胃に風穴が開くかもしれない。

 

 それから簡単な症状を聞いて、先生は部屋から出て行った。それをを確認して、私は寝返りを打つ。着替えは……どうしようか。両親が来てくれるとは到底思えないし、綺羅々と金次は……男だし。まぁ、真希ちゃん辺りに持ってきて貰うとするか。

 

 なんだか、私が体調を崩す度に色んな人へ迷惑を掛けてしまっているような気がして居たたまれない。私のメンタルやら体調が強くなれれば良いのだが、如何せん記憶障害と反転術式が効かない体質を持っていると他の人と同じようにはいかなかった。別に病弱と言うわけではないのだけれど。早く記憶も体質も戻して、普通に戻りたいものだ。

 

 ……普通、か。

 

『……別に。言う必要がなかったから、言わなかっただけ。雪じゃない私は、あなたと話したいことなんてないから』

「……はっ。何なの、それ」

 

 思わず出た言葉。今思えば、あのセカイから強制的に追い出されて良かったのかもしれない。でないとあのまま私は暴れに暴れて、取り返しが付かない事になっていた。

 

 私は、術式を発動しようとしていた。非術師である雪に……である。いくら核心を突かれた事を言われたからと言って、それはあまりに軽率で、最低最悪な事であった。もし私が数時間前に戻れるのなら自分の立場を考えろとぶん殴っていたかもしれない。

 

 自分の術式の恐ろしさは、私が一番良く理解しているのに。

 

 それ程までに、我を忘れてしまいそうだったのだ。

 

 ……本当は気付いていた。雪が私の絵について本心で称賛していないことに。外面の、空っぽな言葉だということに。それは私が今まで受けてきた世辞であった。〝東雲〟という名前に媚び諂い、都合良く煽てて自分も甘い蜜を吸おうと言う魂胆。雪にはそう言う意図がなかったのかもしれないが、今までの経験を経てお世辞そのものが嫌いになってしまったのだ。

 

 だから、見ないふりしていたのだ。気付いてしまったら、本当に雪を嫌いになりそうだから。醜い私が出て来てしまいそうだから。

 

 けれど今こうして目の前に突きつけられてしまって、自分でもどうしていいか分からないのだ。

 

 確かに、雪が私に言った言葉を許すことは出来ない。傷を抉られたのもそうだし、何より私が一番して欲しくない事をしたのだから。

 

『私はもう、消えるしかない』

「………………」

 

 怒りと、葛藤と。その二つが渦巻いて可笑しくなりそうだ。

 

「……あんな曲が書ける才能があれば、凡人には興味ないってわけ?」

 

 ポロリと、言葉が出た。それをきっかけだとでも言うように、私の口から次々と溢れんばかりに悪態が漏れ出る。

 

「たった一人で二十再生稼げるから、もう、私達は要らないって事? 馬鹿にしやがって……。私の……私の絵になんか、本当は興味無かったくせに……!」

 

 ガタガタと、部屋の中が揺れる。地震のようなその揺れは次第に大きくなっていき、飾られていた花瓶が音を立てて罅割れた。けれど今の私にはそれすらも思考を割けていなかった。

 

「なんで! ……なんでよ! どいつもこいつも……! 才能があるからって、馬鹿にしやがって!」

 

 もうこの激情は、自分では抑えきれなかった。溜めていたものが一気に溢れ、それが形となって布団を血で汚していく。いつの間にか私の傷と言う傷から血が溢れており、全身に激痛が走った。この手を濡らしている腋体が涙か血か最早分からない。

 

 看護師や医者が一斉に部屋へ入ってくる。そして私を捕らえるかのように押さえつけた。遠くで何やら医者が叫んでいるようだが、私の耳には一切も入ってくることはなかった。

 

 

 

 

「入院が一週間でなくて一ヶ月になったぞ。何馬鹿な事してんだ」

「…………」

 

 恐らく医者に呼ばれたのだろう。パイプ椅子に座り、日下部先生は飴を舐めながら怠そうにそう言った。

 

 私が元居た病室は極端に破損はしていないが、それでもボロボロになってしまったようで、私は別な病室に移動させられた。地下室のような此処は窓がなく、四隅に呪力を込められた札が貼られている。それを見て、私は包帯を巻かれた自分の手を見る。

 

 呪力を練れない。どうやら此処は対呪術師用の病室なのだろう。まぁ、当然か。病院側としてもこれ以上暴れて貰っては困るだろう。

 

「本当に、今回は死傷者が出なくて良かったよ」

「……本当ね」

 

 日下部先生の言う通りだ。今回は運が良かったが、もしかしたら誰かが巻き込まれて死んでいたら取り返しのつかない事になっていたかもしれない。そうなったら私の家族だけじゃない。呪術高専や綺羅々や金次にまで迷惑をかけることになっていただろう。

 

「……で、何があった。お前がぶっ倒れるなんて。何か呪霊の影響か? 秤と星も心配してっぞ」

「…………そんなんじゃないよ。ただ疲れが溜まってただけ」

 

 本当のことなんて、言えるわけがなかった。想いで出来たセカイに連れて行かれて、サークルメンバーといざこざがあったなんて知れたら彼女達──私自身もどうなるか分かったものではない。

 

『ここは、想いで出来たセカイ』

「…………」

 

 あのセカイは、居るだけで息が詰まった。冷たくて、苦しくて、何も無いし誰も居ない。あれ以上あの場所に居たら気でも可笑しくなっていたかもしれない。五条先生の領域展開──には遠く及ばないが、それでも似たような感覚ではあったのだ。

 

 想いで出来たセカイ……か。だったら雪はどんな想いを抱いて居るのだろうか。彼女は消えたいと言っていたが、恐らくそれだけじゃないような気がする。

 

 ……あんな奴、ほっとけば良いのにと、私の中の何かが訴える。けれどもそれ以上に肥大化していくのは心のモヤモヤ。ほっとけばほっとく程、考えないようにすればする程雪の事が頭から離れないのだ。

 

「……ねえ先生」

「あ? 何だよ」

「…………なんでもない」

「……そうか」

 

 言いたい事があるのに、聞いて欲しいことがあるのに、どうしてか言葉が出てこない。

 

『東雲家たるもの。弱さを見せてはならん。常に強者であれ。誰かを内側に入れるなんて以ての外だ。全てを疑い、全てを支配しろ。自我を捨て、お前の全てを呪術に捧げるのだ』

 

 ……本当にくだらない。どうして今、祖父の言葉が思い出すのだ。きっとこの記憶も、明日になれば忘れてしまうと言うのに。

 

 歩けば崩れるこの記憶()が、途轍もなく恐ろしいものに感じるのだ。

 

「……日下部先生。私の鞄からクロッキー帳と鉛筆取って。絵を描く」

「は? いや、休んでた方が良いだろ。寝とけって」

「駄目。今すぐにでも描かなきゃ。私は、描かなきゃいけないのよ」

「……しょうがねーな。ほらよ。俺はもう帰るから好きに描け。……ただし、無理をすんじゃねーぞ。お前に何かあったら俺の首が飛ぶ」

「私は本家にそんな大事にはされていないよ」

「……そうかい」

 

 そう言って、日下部先生は私にクロッキー帳を渡す。何を言っても無駄だと気付いたのだろう。それから私は日下部先生を見送った後、クロッキー帳を広げた。

 

 描いてやる。描いて、追いついて、馬鹿にされた分見返してやる。

 

 力任せに描く私の姿は滑稽そのものだろう。この病室には監視カメラもなく、プライベートは確保出来るが、それでも他の看護師が見たら気でも触れたのかと思われる程には、机に齧りついているのだ。

 

 線を引く度に、これじゃない。これじゃないと消していく。どうして良い絵にならないのだろうか。パースば取れてるし、デッサンも破綻していない筈なのに。

 

「違う……こんなんじゃない……。違う、違う……!」  その瞬間、私は突如として気持ち悪さに襲われる。目が周り、お腹の中がぐるぐると言う。

 

 あぁ、恐らく無意識下に呪力を練ろうとしたのだろう。けれども此処は結界の中。呪力が巡る筈もなく、身体が混乱しているのだろう。

 

 ……描かなきゃ。描いて、描いて、描いたら、私だって……。

 

 私だって……私だって!

 

『お前に、画家になれるほどの才能はない』

 

 私……私は…………私、には……。

 

 

『別に。言う必要がなかったから言わなかっただけ』

 

 

 …………あんな凄い作品………本当に、作れるの?

 

 私は……。

 

 そんな事を考えていると、スマートフォンに一個の通知が来る。そう言えばあれからニーゴの二人に何も連絡をしていなかったなと思い出した。案の定二人は私の事を心配していたかようで、未読メッセージ数が途轍もない事にはなっていた。

 

 私は二人に自分は大丈夫だと返信して、それからカメラを起動する。そして自分の体が入らないように、映える角度で写真を撮った。

 

 ……タグ、何でも良いや。自発で。

 

 適当にタグを付けて、投稿する。

 

「……あはは。コメント、すぐ付いた」

 

 すると瞬く間にインプレ数といいねが増えていく。中には私の事を心配する声も、矢張り写真の画角を称賛する声もあった。

 

 ……皆んな、こんな簡単に私の事を見てくれる。

 

 絵でも、呪術界でも、私の事を見てくれる人はいなかった。皆んな、私の向こうの父と祖父を見る。けれどインターネットでは私だけを見てくれる人が沢山居る。

 

「……………………」

 

 ……もういや、どうして私……。

 

 描かなきゃ……描かなくちゃいけないのに……。

 

 どうして、こんなになっちゃうんだろう……。

 

『誰よりも消えたがってるくせに』

 

 ……そうだよ。もうずっと消えたいよ。何であんたにそんな事が分かっちゃうの?

 

 でも、駄目なんだ。消えられないんだ。私が消えたら、一体どうなる? きっと〝東雲〟の手が、彰人に迫るかもしれない。それだけじゃない。私が消えた分、その他の呪術師にその分の任務が振り分けられる。それを思うと、そう簡単には消えたいなんて言えはしなかった。

 

 劣等感と、焦燥感と、責任感。その全部が混じり合って、絡み合って。身動きが取れない。

 

 依然として寄せられるコメントといいね。それを見て、唐突に羨ましくなる。

 

 あぁ、良いなぁ。何処へでも行けて、好きな学校に入れて。毎日死の危険に怯えていなくて。

 

 こんな、痛い思いをせずに。

 

 ……なんて、こんなのは八つ当たりだ。普通に生きている彼らだって人には言えない苦しみがあるのだ。それを良いなぁなど、一体何様のつもりなのだろう。

 

 自分の愚かさに気を落としていると、ナイトコードの通知が鳴る。見るとそれは個人チャットであり、それはAmia──瑞希からであった。

 

『えななん、少し話したい事があるんだ。できたら返信してほしい』

 

 全体チャットではなく個人チャットと言う事は雪の事だろうか。丁度良い。私も聞きたいことがある。

 

 私は瑞希のメッセージに返信せず、そのまま瑞希へ通話を掛けた。思ったよりも早く瑞希は通話に出た。

 

『びっくりしたー。えななん、大丈夫!? あれから何の連絡もなかったから心配したよ!』

「えっと……まぁ、色々あって。そんな事はどうでも良いじゃん。それより、話って?」

 

 痛い所を突かれ、私は話を逸らす。記憶障害の影響で頭痛を引き起こし、尚且つ感情の制御が出来ずに術式が暴走して怪我をしたなんて馬鹿正直に言える訳がない。

 

 ズキンと身体が痛くなる。見ると腕に巻かれている包帯が赤く変色していた。傷口が開いて血が滲んでいるのだ。医者を呼ぼうか。いや、そしたら瑞希と話が出来ない。少しくらいは我慢が出来るだろう。

 

 せめてもの応急処置として、鞄の中にある手拭いを傷口に巻く。血を止める事は出来ないだろうが、まあしないよりはマシだろう。

 

『そうだった。雪の話し何だけどね』

 

 そう言って、瑞希は話し始める。その内容は、あまりにも予想を上回るものであった。







本作も本格的にメインストーリーに入ったということで、番外編募集を行います!良ければ!

そろそろ番外編を書きたいのでアンケートを募集させてください!

  • 掲示板風(5chみたいなの)
  • 閑話(一番番外編っぽい)
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