呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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乗せられたものは期待。その重さで崩れたのは他でもない自分なのだ。


第七十話 のし掛かる期待と崩壊した自我

『そう言えば、えななんは大丈夫? 一昨日……と言うか、日付変わってたから昨日の夜中だけど、あれから連絡なかったし』

「あー……寝落ちちゃっただけ。大丈夫」

『なら良いけど……』と、瑞希は何処か煮え切らない様子であった。

 

 ……冷静に考えればセカイとか言う場所を持っている雪より、私の方が圧倒的に隠し事が多い様な気がする。怪我の事とか、呪術師の事とか。そろそろ嘘を付くのも限界なのだが、正直に話すと言う選択肢は絶対に取りたくない。セカイと言う訳の分からない場所が実際に眼前に現れた今では話しても信じてくれるのだろうが、今は雪の事でいっぱいいっぱいの二人に追い打ちのようにそんな情報を開示出来ない。

 

 疑念を抱きながらも、『本題に入るけど』と瑞希は言葉を続ける。

 

『ボクさ、聞いちゃっただよね。雪と雪のお母さんが話してるの。雪のお母さんって、ナチュラルに価値観押し付ける感じの人でさ、でも、雪は全然気にしてないって感じで受け止めてたんだ。雪がいいならそれでいいのかなって思ったんだけど、……でも、セカイであんな感じになっちゃってたでしょ? だから、雪はお母さんのために、無理に〝いい子〟になろうとしてたんじゃないかーって』

「…………」

 

 確かに、それは頷ける。子供と言うのは本来、親の期待に応えたいのだ。それが行き過ぎて苦しくなってしまっていたのかもしれない。

 

 ──価値観を押し付けてくる親……か。今迄そんな親は数え切れない程見てきた。呪術界に於いて、それは珍しくも何ともない。だからと言ってそれを我慢すると言いたい訳ではなく、溢れ返っているからこそ、辛い気持ちが痛い程分かるのだ。

 

 それで今生を絶った人間の話は、私も幾度となく聞いている。その世界に生まれ落ちてしまった人間は耐えられずにそのまま命を絶つか、順応して堕ちていくかのどちらかだ。ごく稀に反発を起こして呪詛師に転する者もいると聞く。

 

 だからこそ、雪は耐えられなかったのだろう。

 

 普通の世界より厳しい世界で生きている人間が耐えられないものを、一般人が耐えれる筈がない。雪は、限界が来てしまったのだろう。母の期待に応えようとするあまり、自分の神経を擦り減らしてしまった。そして自暴自棄になり、あんな事に──と言う流れなのだろうか。まあ実際の所私自身実際に雪と雪の母との会話を聞いた訳ではないから断定的な事は言えないのだけれど。

 

 私も周りの大人達に呪術師を強要されて仕方なくやっているが、それでも湧いてくるのは「皆んなが喜んでくれるし」などと言う自己犠牲精神ではなく、未だに運命を受け入れても「何で私がこんな事」と言う不満は心の何処かに存在している。まあ、私がそう考えた所で何が変わる訳でも無いしその感情は無視する事が多いのだが。

 

「……雪は、きっと弱いのよね」

『え?』

「か弱くて、お人好しで、普通の子。だから、壊れちゃったのかもね」

 

 きっと、私だったら誰かに決められた道は意地でも歩かないのだろう。けれど雪はそうではない。雪は、何の力も持たないただのか弱い女の子。だから抵抗出来ずに全てを飲み込むしかなかった。抵抗した先の未来が怖いから。

 

 ……親に嫌われるのが怖いから。

 

 だから必死に、解れた糸の上で平穏を保っていたのだ。自分一人が我慢をすれば丸く収まると思って。けれど真っ先に壊れたのは解れた糸でもなく──雪自身だった。

 

『……えななんって、時々難しい事を言うよね』

「何? 私の話は分かり辛いって?」

『言ってない言ってない! えななんは頭良いねって話!』

 

 本当にそう思っているのだろうか──と言う疑問はこの際おいておくとして。私はスマートフォンを耳に押し当てながらベッドへ倒れ込んだ。

 

 ……期待に応えたい……か。その気持ちは分からなくもないが。私も恩師である五条先生や夜蛾学長、そして大変お世話になっている家入さんに報いたいとは思っている。けれどそれはあくまで出来るだけであって、そんな病的になる程はない。

 

 雪の場合、それが過剰だったのだろう。過剰に、親の期待に応えようとして、そして親も親で過度に期待をしてしまう。最初はそれで噛み合っていたのだけれど、いつしかそこにズレが生じ、雪一人が苦しむ羽目になる。まるで二つのメトロノームのようだ。

 

『……お母さんのためだけじゃないかも。雪は、周りに合わせて自分を変えてっちゃったのかもしれない。みんなに慕われて、誰にも迷惑をかけない、みんなにとっての〝いい子〟にならなきゃって思って……そういうのがキツくて、全部わからなくなっちゃったんじゃないかなって。なんとなく、そんな気がするんだ』

「…………」

 

 私や瑞希の考察が正しければ、雪は相当難しい性格をしているのかもしれない。確かにその気持ちは頭では理解が出来る。けれど如何せん私の周りに居る人間が悉く好き嫌いを明確にする人ばかりで外面を気にする人はあまりいなかった。だからこういう時相手に何を返したら良いのか、どう慰めれば良いのか、抑も慰めは必要なのかが分からないのだ。私に言える事なんて、本当にあるのだろうか。

 

『……別にボクは、雪みたいないい子ってわけじゃないけど、なんとなくわかるんだよね。みんなに合わせなきゃいけないって空気がすごく苦痛だってことは、ボクも知ってるから』

「……そうねぇ」

 

 高専に居る間はそうでもないが、東雲家本家に帰った際、似たような感覚はある。同調圧力──と言った方が良いのだろうか。東雲家では祖父が右と言ったら一斉に右を向き、死ねと言ったら自らの手で命を絶たなければならない。それを拒否することなんて、許されなかった。

 

 それと似たようなものなのだろうか。流石に命とまではいかないが、言う事を聞かなければいけない空気が、そこにはあるのだろう。

 

「……って言うか、Amiaでそそう言う風に思う事あるんだ」

『まぁねー。って、ちょっとちょっとー! ボクでもってどういう意味!? ボクだってキツイ時はあるんですけどー!?』

「ごめんごめん。冗談」

 

 地に沈んでいた空気を和ませる為に、私はそんな軽口を叩く。その思惑は見事に的中したようで、Amiaは笑いながら「もー、えななんったらー」と言っている。

 

『そう言うボクも意外なんだんだよね。えななんがこんな親身になって話を聞いてくれるなんて。てっきり『雪なんてしらない。勝手にすれば良い』って言いそうだけど』

「まぁ、確かにそう思ってるけど」

『思ってるんだ!?』

 

 予想外の言葉をだっただろうか。瑞希は驚いたようにそう言った。なんなら今でも思っている。何で私がこんな事をしなければいけないのだろうと。

 

 けれど雪のいう〝消える〟は二度と目を覚ますことのない事を言うのだろう。

 

 元気を出せだとか、生きていればいつか良い事があるだとかは外野がいう事は簡単だ。けれど本人からしたらどうでも良い話である。もし私がそんな事を言われたら何も知らない癖にと激怒するだろう。そんな事を言うつもりはない。

 

 けれど、許せないのだ。自ら消えようとするのが。私が今まで救えなかった人間達も生きたかった筈なのに。まぁ、それを言ったところで雪にとってはどうでも良い事だと思うので本人に言いはしないが。

 

「でも、このままだと目覚めが悪いじゃない。一発張り手してやらないと気が済まないわ」

『……ふふ。そっか』

「何?」

『いや、えななんらしいって思って』

「…………そう」

 

 この話を聞いて私らしいとはだいぶ失礼ではないだろうか。確かに張り手したいと言うのは本心だが、私は今迄そんな暴力的な部分を見せた事がない筈だ。

 

 ……ないよね。

 

 そんな事はないと思いつつ、私の中に不安が湧き上がってくる。記憶障害を患っている手前、確信的な事は言えないのだ。もしかしたら知らず知らずのうちに本性を現してしまっていたかもしれない。

 

『……ボク、もう一回、雪と話したいな。あの〝Untitled〟って曲を再生すれば生けるんだよね。それなら……』

「……確かにそう言ってたけど、肝心の雪があんな感じじゃ会いに行ったところで話は平行線になると思うな」

『そうなんだよね。なんか話が出来る状況を作らなきゃ』

 

 そんな事を話し合っていると、ポコンと携帯の通知が鳴った。それは私のスマートフォンと瑞希のスマートフォン、どちらからも聞こえた。何事かと思い見ると、それは動画投稿サイトの通知であった。

 

 私達が共通して登録しているチャンネルはニーゴと、あとはKが嘗て個人で作曲していたものと、あと一つ。

 

『──OWN!?』

 

 瑞希の声がスマートフォン越しだと言うのに病室に煩く響いた。けれども私はそんな瑞希を注意は出来なかった。

 

 私自身も、驚愕しているのだから。雪の情報が少ないこの状況下に投下された手掛かり。それを逃す訳にはいかなかった。

 

 新曲更新通知。それは一つだけではなかった。二曲、三曲と連続で投稿されている。確か前の更新は二週間前。それを考えれば尋常ではない速さで作曲している事が、曲を作っていない私でも分かる。

 

 私達は画面を共有して曲を再生する。

 

「……何、この曲。これまでよりずっと……」

『うわっ、ゾワゾワする……!』

 

 それは、今迄の曲とは比較にならない程におどろおどろしており、まるで悲鳴のようなその音は、今の雪を表しているかのようであった。

 

 ……これは、流石にまずいのではないだろうか。もしこれが雪の状況を物語っているのだったら、もう限界まで来ていると言うことだろうか。

 

 

『もしそれでも見つからないなら、私はもう……消えるしかない』

 

 

 ……本気、なのだろうか。

 

 いや、雪はずっと本音で話していた。消えたい事も、私達と話すことがない事も。取り繕う事も出来ない程、今の雪は追い込まれているのだろう。

 

「そう言えば、Kは大丈夫? この件で一番傷心してそうなのがKなんだけど……」

『それなんだけど、今まで以上に曲を作るようになっちゃって。それが楽しいって想いが起源になってるんだったらボクもそれで良いんだけど、当然、そうじゃないじゃん? それに歌詞やミックス、編曲い自分でやるとか言い出してさ、こっちの話を聞きもしないんだよ』

「Kも、だいぶヤバそうね」

 

 雪にばっかり気を取られていたが、Kも極限状態なのだろう。当たり前だ。あれだけ人の救済に執着しているKがあんなことを言われたら、下手したら精神が壊れてしまってたかもしれないのだ。

 

『あーあ、えななんが一緒に説得してくれたら何か変わってたかもしれないのになぁ』

「……しょうがないでしょ? こっちだって色々あるんだから」

 

 我ながら冷たい言葉である。けれど本当にしょうがないだろう。さっきまで意識を失っていたのだから。私だって叶うなら寄り添って話だけでも聞かせて欲しいのだ。

 

 そんな私に『……ま、そっか』と瑞希は少し寂しそうにそう言った。罪悪感が、募る。

 

 申し訳ないとは思っている。確かに瑞希の言う通り私も一緒にKを説得出来ればもしかしたら話しを聞いてくれたかもしれない。

 

 ……なんて、無駄か。創作に執着している人間の頑固さは私が一番知っている。仮に私がKの立場で休めと言われたら「邪魔をするな」と一蹴していたに違いない。私が口を出したとて暖簾に腕押し状態になっていただろう。どころか気持ちが分かると言って無理に止めない可能性がある。そしたら現状が更に悪化してしいかねない。

 

 けれど、放って置くことをまた悪手である。無責任に無理をするなと言うつもりもないが、じゃあ倒れるまで曲を作れと言うのも違う。それは単なる拷問になる。

 

「…………」

 

 むしゃくしゃして頭を搔き毟る。元来私はこんな悶々と考える事に向いていない。こうと決まればこう。その方に向かって一直線。けれどここ数年はそんな直感的に動けず、途轍もないストレスを感じているのだ。

 

 Kも、雪も。二人同時にとなると本当に厳しい。然しどちらかを見捨てるなんて考えは皆無だ。絶対に二人とも壊れる前に救ってやる。

 

 まぁ、だからと言って何か解決方法を思い付いたと言う訳ではないのだが。

 

 その瞬間、ポコンとナイトコードの通知が鳴る。見ると私と瑞希だけしかいなかったアイコンに、もう一つのアイコンが浮上した。それは、他ならぬKのものであった。

 

『……えななん、Amia』

 

「K!」

 

 私と瑞希の声が重なる。どうやら、Kに連絡する手間は省けたらしい。






そろそろ番外編を書きたいのでアンケートを募集させてください!

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