何度聴いても、やっぱり貴女の曲が好きだった。
聞けばどうやらKはセカイに言っていたらしい。あの訳の分からない不気味な所に──である。よくもまああんな所に行けるなと深く感心した。けれども感心したのはそこだけではなかった。
Kは──奏は、雪の為に曲を作ると言い出したのだ。雪を救う為に、曲を作ると。一瞬、何を言っているんだと問いただしたかったが、奏は本気らしい。その圧に負けて、私は何も言えなかった。
『……そっか。ミクと話したんだね。本当は消えたいなんて思ってない……か』
奏曰く、雪は消えたいとは思っていないらしい。じゃあ何が本当の想いなのかはまだ分からないらしいが。
……消えたいなんて思っていない。それを聞いて、少しホッとした。まだ、あの子は心のどこかで生きたいと、希望を持っている。だとしたらやり方次第で雪を救う事が出来るかもしれない。それを、奏は曲を作ると言う形で成そうとしているのだ。
『ねぇ、K。ボクも一緒に連れてってよ』
『え?』
『もちろん、ボクが行ってもなんにもなんないし、雪のことは雪にしかわかんないけど。でも、ボクの感じた気持ちを伝えたっていいと思うんだよね。……雪がいなくなったら、寂しいって気持ちはさ』
「…………」
瑞希はそう言って、笑った。それは少しだけ寂しそうな声であった。
雪が居なくなったら寂しい……か。確かにそうだ。私はあの場所で四人一緒に曲を作っていたから楽しかったのだ。きっとだれか一人でも欠けていたら、私は抑もニーゴに入っていなかっただろう。
だからAmiaの言っている事は、とても理解できた。
けれど──。
『……えななんは、一緒に行かない?』
「……行きたいのは山々だけど、ごめん。暫く時間は作れないかな」
『そっか。えななん、本当に忙しそうだもんね』
本当に、出来る事なら私も一緒に同行したい。けれども今私は怪我で入院をしている身。勝手に病室から居なくなったら看護師さんだけじゃない。病院全体が混乱に陥るだろう。最悪本家の方にも話が行ってしまう。それはどうしても避けたい。
それに、それ以上にからだの節々が痛いのだ。今迄受けてきた傷が一気に広がり、激痛が私の身体全体を襲っている。最早立っているのもしんどい程。そんな私が雪を説得しに言ったところでだったらお前はどうなんだと言われたら私は何も言い返せない事は目に見えているのだった。
情けない。あれだけの啖呵を切っておきながら、いざ雪の所に行こうってなると自分の身体の限界に直面してしまうのだから。
何度反転術式の効かない身体を恨んだか知れない。
「……ごめん。二人に丸投げしちゃう形になるけれど」
『ううん。気にしないで。話を聞いてくれてありがとう、えななん』
「……お礼を言うのは、何か違うでしょ」
それから私達は軽い話をして、そのまま私は通話を抜けた。奏も雪を救う曲を作るのに忙しくなるだろうし、雪が居なければニーゴの活動をしても意味がない。
私はリモコンで部屋の電気を消し、ベッドに深く身体を預ける。途端に眠気が一気に遅い、私は意識を手放した。
雪は、今もまだ一人で曲を作っているのかなと、そう考えながら。
♢
目覚ましの音で、目を覚ます。この窓の一つもない病室では昼か夜か分からず時間感覚も狂ってしまうが、私のスマートフォンは朝の六時半を表示していた。早く普通の病室に戻りたいものだ。まぁ、と言ってもこの病室に連れてこられた原因は私なのだが。
身体に走る激痛に悶えながら、私は体制を変え横になった。まだ、朝食はやってこない。
奏は、今も曲を作っているのだろうか。それとも寝落ちて夢の中か。雪を救う曲を作る行為は否定しないが、少しでも良いから自分を大事にはして欲しい。
ぼうっと考えていると、突然勢い良く病室の扉が開いた。吃驚して扉を見ると、其処にはバスケットを片手に下げた綺羅々と、何やら紙袋を持っている金次が立っていた。
「……病院の面会時間って六時半からだっけ」
「よ。元気そうじゃねぇか」
「もう、心配したよー」
そう言いながら、二人は我が物顔で部屋に入ってくる。確か病院の面会時間は午後からが多い筈だが、何故彼等が此処に居るのだろうか。
「これを見て元気そうって思ってんなら眼科受診をお薦めするわ」
「そんな軽口叩けるなら大丈夫だな」
「よっこらせ」と、まるでおじさんのように金次はパイプ椅子に座った。綺羅々はそれを見て「私は金ちゃんの膝に座っちゃおう」と、金次の膝に座る。
……この光景に、慣れてしまっている自分が居る。
なんだか、一気に賑やかになってしまった。暫く一人で色々考えていたかったのに、今日はもう無理そうだ。この二人と居ると碌に考え事も出来ない。まぁ、それに救われている部分も、確かにあるのだが。
横目で見る。私のお見舞い品として持ってきたのかと思っていた林檎やお菓子は、何故か二人が嬉々として食べている。それは私の為ではなかったのか。
日下部先生が二人とも私の事を心配していたと言っていたが、本当にそうなんだろうか。この姿を見ているとどうにもそうは思えない。抑も綺羅々と金次は良い意味で他人の事なんて気にしないマイペースであり、二人が誰かを死ぬ程心配するなんて想像がつかない。
「で、何で急に
「……疲れが溜まっただけ」
矢張り気になるのだろう。問う金次に、私はそう言うしかなかった。ここ一年は体調も安定していたのに、二年に上がった直後まるで今迄の負責とでも言うようにガタガタと崩れていっている。まぁ、今回の要因はもう分かっているのだが。けれど日下部先生同様、二人にも本当の事を言う訳にはいかない。
私の言葉に、金次は怪訝そうな顔をした。けれどもそれ以上は何も聞かず、「そうかよ」と言いながらお見舞い品で持ってきていた林檎を丸齧りした。……だからそれは私に持ってきてくれた物ではないのか。
問い質しても時間の無駄だと理解して、私は溜め息をついてスマートフォンを見る。ニーゴのチャットは何も動いておらず、最後のメッセージは雪で終わっていた。
あの時の私は何も考えず、呑気にニーゴの活動をしていた。今思えば雪の違和感を見ないふりせず無理矢理にでも踏み込めば良かったと後悔せざるを得ない。私がそうされたくないからと言って、相手がそうとは限らないのに。
……今更手を差し伸べても遅いのかもしれない。なんなら雪からしたらあの主張通り何もかも邪魔なのかもしれない。
けれど──。
『本当は消えたいなんて思ってない』
奏の話によると、雪はまだ希望を棄ててはいないらしい。それが本当だとするとまだ突破口は残されている。ただ、肝心なのは雪にそれを自覚させる事だ。悲観になって自分が絶望の縁に立たされていると思い込んでいる人間に易い言葉を伝えても何も響かない。何なら言葉で救おうとするのさえ傲慢なような気さえする。
まぁ、それは奏がどうにかしてくれるだろう。押し付けている形になってしまうが、今の私に出来るのは遠くから応援をするだけだった。
「ねぇ、二人とも」
「あ?」
「ん? どうしたの?」
私の言葉に、金次と綺羅々は二人の世界から私に意識を反らす。二人の関係性は同級生の私でも分からない。意識的に考えないようにしていたと言う方が正しい。そこを深く考えてしまったら気不味すぎて高専を退学し、あれだけ忌み嫌っている本家に戻って籠るかもしれない。まぁ、本人達から言われたら否が応なく受け入れざるを得ないのだが。
「……二人は救いたい人って居る?」
「あ? んなの居ねぇよ」
「私もー」
「……そう」
聞いた私が馬鹿だった。まぁ確かに二人は誰にどうしたいと言うより自分がどうしたいかで決めているのだ。
少しだけ、羨ましいと思ってしまうのは、傲慢なのだろうか。傲慢なのだろう。彼等だってこんな私に羨ましがられても困るに違いない。決して私だけが家に縛られている訳ではないのだから。
現に、雪が壊れてしまっている。
「なんだ? 救いてぇ人間でも居るのかよ」
「別に。ただの雑談」
二人に助言を求めるつもりではないが、それでも何も手掛かりが望めないのであれば何も聞くことはない。二人にこれ以上迷惑も掛けられないし、本当の事を言える訳でもない。
そんな私の心情を察したのか、それともただの気紛れなのか。金次は林檎の芯を弄びながら「でもまぁ……」と言った。
「お前は良くも悪くも愚直だからな。そんな悩むのなんて向いてねぇんじゃねぇか」
「馬鹿にしてる?」
「まさか」
そう言って、笑う。その笑いは決して馬鹿にしているものではない。目を細めて、静かに口角を上げた。それを見て、何故だか居たたまれなくなり目線を外す。
同意するように、綺羅々は金次の傍を離れ、私のベッドに腰かけた。
身体がゆっくりと引き寄せられる。気が付くと私は綺羅々の腕の中に居た。綺羅々はまるで赤子をあやすかの様に優しく頭を撫でた。
「絵名は凄く凄く優しいからね。私も、金ちゃんも。ううん。私達だけじゃない。色んな人もきっと絵名に救われているんだから」
「この地獄の中で、絵名みたいな優しい子が居ると言うのは、救いになるものだよ」と、綺羅々は本当に優しい声でそう言った。
──思わず目頭が熱くなる。綺羅々の声が、私の中にストンと落ちてくる。そしてじんわりと広がっていき、胸を苦しくさせた。
いや、違う。違うよ綺羅々。本当に優しいのは私などではなく、そんな泣きたくなる事を言ってのけれる二人だよ。
そんな事なんて言える訳がなく、ただ私は唇を噛み締めるしかなかった。けれどいくら目頭が熱くなったところで、泣きたくなったところで、涙なんて出てこなかった。そんな自分に悲しくなり、泣きたくなる。けれども矢張り視界が滲むなんて事はなかったのだった。
♢
二十四時を回っても、私は眠ることが出来ず寝返りを打っていた。別に寝床が変わったからと言って寝れない程繊細でもないのだが、何だか落ち着かないし、寝れない。きっと昼間動いていないから体力を消費出来ていないのだろう。体内時計と言うものがあるが、私の場合動いていないと寝れない身体になってしまっているのだった。
何もすることも出来ず、スマートフォンを起動した。
「……へぇ、新宿に新しいコスメショップが出来たんだ。行きたいなあ」
ピクシェアでは最新のコスメや今トレンドである服などが公開されていた。どれもこれも私好みであり、キラキラと輝いていた。今度愛莉あたりを誘って行ってみようかな。
──なんて、私自身いつ暇になるかも分からないと言うのに何を言っているんだ。
気分がまた沈んでいると、ピコンと通知が鳴る。見るとそれは私が開いているピクシェアの通知であった。どうやら昨日に投稿した写真に、未だ『いいね』が付けられているらしい。こんな写真なんかに『いいね』を付けるより、絵を投稿しているアカウントに付けて欲しいとは思っているが、まぁ、それはフォロワーにとっては知る由もないことだ。
私が絵を投稿して約二年が経とうとしている。依然として私の投稿に『いいね』が付くどころかフォロワーすら増えない。何の為に投稿をしているのかと分からなくなる事もあるが、それでも私は歯を食い縛って描いて、描いて、描きまくった。それが例え、なんの意味も成さなくても。
けれど目に見えてこう認められないとなんだか落ち込んでしまう。今更絵を描くことを辞めはしないのだが、モチベーションと言うものがあるのだ。
ふと、ナイトコードを見る。この時間じゃあ誰も居ないかと思っていたのだが、以外にも瑞希と奏がログインをしていた。雪の事に関して、何か話しているのだろうか。それとも、曲がもう出来たのか。
どちらなんだろう。どちらでも良いか。
私は無心にナイトコードへログインする。私がルームへ入室したのに気付き、瑞希は『えななん?』と言葉を発していた。昨日から思っていたことだが、ネット上ではいつも通り
『起きてたの?』
「……ちょっと寝れなくてね」
本当は作業をしていたかったのだが、パソコンもない、ペンタブもない。スマートフォンで絵を描く為に動かす指すら痛いのだ。
「K、曲出来たの?」
『うん。えななんも聴いてくれる?』
「良いけど」と言ったと同時に、個人チャットで音楽ファイルが送られてきた。何だ、私が了承をするにしたってしないにしたって曲を聴かせる気満々ではないか。
少しだけ笑みが溢れ、そして音楽を再生した。
聞こえてくるのは重低音のベースの音。それから切り裂くようなギター。訴えてくるドラムに、涙の如く儚げなピアノの音。そして優しいオルゴール。絶望の中に居るかのような音なのに、手を伸ばしているような、そんな訴えてくるかのようなその音楽に、私は目を細めた。
「……やっぱり、Kの曲は暖かいね」
『ありがとう』
今回の曲も、今までの曲も。どちらも心に刺さり、泣きたくなる。この曲を聴いて、矢張り私はKの曲が好きなんだと自覚する。
この曲なら、雪にもきっと届くだろう。根本的な救いにならないかもしれないけれど、消えようとしている雪を引き留める事は出来る筈だ。
「……行ってらっしゃい。ちゃんと、帰ってきてね」
『もっちろん! それじゃあ、行こうK!』
『うん、──会いに行こう、雪に』
そう言って、二人の声が消えた。きっとあのセカイと言う場所に向かったのだろう。私はナイトコードにログインしたまま、寝かせていた身体を起き上がらせた。
『絵名は凄く凄く優しいからね。私も、金ちゃんも。ううん。私達だけじゃない。色んな人もきっと絵名に救われているんだから』
脳裏に、綺羅々の言葉が過る。
優しい……か。私は、そうは思わない。思えないのだ。今だって何だかんだ言い訳をして逃げているような状態である。
Kの曲を聴きながら目を瞑る。心の中に蔓延っている自責の念は消えることがないが、それでも心が軽くなり、優しい気持ちになる。この曲が雪に届けば良いなと、心の底から思うのであった。
番外編 夢の中だとしても
正直自分の誕生日と言うのはあまり憶えていなかった。それは大前提記憶の所為と言うのもあるし、そもそも誕生日自体を私が好き好んでいないからかもしれなかった。
曰く呪術師になってから私はずっと本家で過ごしていたらしい。全国各地から私の誕生日を祝う為に政治家や名のある財閥の人間が集うと伊地知さんは言っていた。祝われるのは良い事な筈なのにどうしてかその話を聞く度に言い知れぬ嫌悪感と不快感が湧いてきて吐きそうになる。
滲み出る媚び。陰謀。取り入ろうとする魂胆。その踏み台にされてる気がしてならないのだ。まるで私が政治の道具として扱われているような、そんな感覚。それは果たして人間の扱いなのだろうか。
それが正しい人の在り方なのだろうか。そう考えて、それでもどうすることも出来ずに私は自分の誕生日であるこの日にまるで人形の様に黙って座っている。目の前には沢山の贈り物。けれどそれを開けようとする気が一切起きないのだ。なんならこんなつまらない日は早く終わって欲しい。そう思ってしまうのだ。
どうせならコンビニで安いケーキを買って高専で絵を描きながらひっそりと浸りたい。もしかしたら其処に綺羅々や金次が気が向いて祝いに来てくれるかもしれない。
けれどそんな二人は今この場には居ない。目の前にあるのは厭らしく下品に笑う大人たちと別に欲しくないブランド物のアクセサリーと高級な着物達。それでも嬉しそうにしなければ祖父に何て言われるか分かったものではないので下手くそな笑みを振り撒く。きっと今の私は誰がどう見ても下手くそな引き攣った笑みだったろう。けれどそれを気付く人間なんて此処には居ない。
あぁ、つまらない。本当につまらない。
誰が祝ってくれと頼んだ。誰がこんなにプレゼントを望んだ。皆私の祝い事にかこつけて自分の好感度を東雲家当主である祖父に見せつけたいだけではないか。
募る苛立ちとどうにも出来ないもどかしさでぐるぐると胃が気持ち悪くなっていく。
それから何時間経ったのだろう。止めどなく人が入れ替わり立ち替わりし、日が暮れて夜も更ける頃には私の目の前に積み重なっているプレゼント達が天井に付きそうなくらい高々と重なっていた。恐らく一つ取ると雪崩の如く崩れるのだろう。運ぶには相当な注意と集中力が必要になってくるだろう。
結局私が解放されたのは日を跨ぎ午前一時……25時になった頃であった。私は覚束ない足取りで自室に戻り寝巻きに着替えた後、敷いてあった布団にそのまま倒れ込んだ。
疲れた。本当に疲れた。またこれが来年もあるのかと考えると先が真っ暗だ。
疲れで全ての気力をなくしていると、繰り返し鳴るスマートフォンの通知に気が付いた。
誰だろう。まさかまたおすすめの通知ではないだろうか。良い加減私も怒るぞと思ったのだが、その主は意外な人物であった。
いや、良く良く考えれば意外でもなんでもないのだが、それでも彼女たちから連絡が来て驚いたのは事実であった。
『えななん誕生日おめでとーう!!! 今日は予定があるから誕生日会出来なかったけど、また予定を合わせてお祝いさせてね♪』
『誕生日おめでとう、えななん。今年もよろしくね無理はしないでね』
『おめでとう。えななんの絵、期待してる』
たった一、二文のお祝いメッセージ。けれど私を浮き足立たせるには充分な文章だった。
三人だけからではなかった。愛莉、彰人、えむちゃんからも祝いのメッセージが届いている。メッセージは朝からのものもあったが、さっきのものもある。どうせならすぐに返したかったなぁと、少しだけ残念な気持ちになる。
確かに今日はつまらない一日だった。けれども今この瞬間、私は報われたのだ。我ながら単純だと思う。けれどもそう思ってしまう程に私は彼女たちに対して情があると言うことだ。
それが正しいことか分からない。もしかしたらこの道が悲劇に繋がっているのかもしれない。けれどもせめて今だけでも夢の中にいさせて欲しいと、そう願うのだった。
夢の中に居れば、せめて私が産まれてきた意味が、見つかるかも知れないのだから。
そろそろ番外編を書きたいのでアンケートを募集させてください!
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掲示板風(5chみたいなの)
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閑話(一番番外編っぽい)