呪術のセカイ   作:猫山紅葉

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初めて対面した。けれども矢張り、初めての気はしなかった。


第七十四話 戻ってきた日常

「じゃあニーゴの〝初〟オフ会を記念して……かんぱーい!」

 

 そんな瑞希の音頭に、私達は無言でグラスを各々掲げた。無気力な私達を見て、瑞希は「ちょっとー、テンション上げてよー」とぶうたれていた。私自身はそんな気力はないのだが、それでも瑞希だけがテンションが高いのは何だが申し訳ないので、「はいはい」と瑞希のグラスに自分のグラスを優しくぶつける。すると瑞希は嬉しそうに笑った。

 

 私達は、渋谷のファミレスに居た。瑞希曰く色々の打ち上げがしたいらしい。今迄の曲をアップした分もあるのだろうがら雪のあの一件も含まれているのだろう。確かに私自身も本当の意味で骨を折った事件であったから瑞希の言い分も理解ができた。

 

 それに雪の安否確認の意味もあったことだろう。それに付き合うのは吝かではなかった。私も気にならないかと言われれば気になるのだ。だから今目の前で紅茶を飲んでいる雪を見て、ホッとした。

 

「初って言っても、セカイで会ったじゃん」

「まぁ、あれはノーカンでしょ。それにあれから一ヶ月経ったんだし、久しぶりの意味も込めてさ」

「それは……申し訳ないと思ってるけど」

 

 セカイでの一件から、一ヶ月が経った。私の身体はあれから少しだけ癒え、包帯の数も少なくなった。けれどもそれも()()であり、私の身体には依然として最低限の包帯やガーゼが宛てがわれていた。

 

 それに、退院した直後に任務が立て続けにあったのだ。まるで休んだ分を流し込むかのように。その分の上乗せでまた傷も増え、前程ではないが矢張り身体が痛くなる。

 

 まぁ、結果的に私の都合に皆んなを付き合わせてしまっているのは事実だ。そこは本当に申し訳ない。

 

「でも、不思議な気分だよ。確かにセカイでも会ったんだけどさ、本当に三人とも実在してたんだなーって」

 

 それは私も瑞希の言葉に同意であった。

 

 あれはまるで夢現のようで、今思い出してもあれは夢だったのではないだろうかと錯覚してしまう程だ。

 

 けれど、あれは紛れもなく現実だ。あのセカイと言う場所だって、雪が消えたいと吐き捨てた事だって、全てが現実である。

 

 まぁ、そんな現実だってすぐに忘れてしまうのだろうけれど。

 

「じゃあ次は自己紹介タイム! まずはボクだね。暁山瑞希。瑞希って呼んでね! はいじゃあ次はえななん!」

「……東雲絵名。なんだか変な感じ。改めて自己紹介だなんて」

 

 私の言葉に、瑞希は「そうだねー」と同意する。

 

「この中で絵名の存在が一番謎めいてるからねー。本当に居たんだって実感できたよ」

「なにそれ」

 

 確かに私は隠し事が多いが、それでもミステリアスだなんてキャラではないだろう。何ならそんなものとは真逆に居る。私程感情に忠実な人間はそういないだろう。

 

「次、K」

「あ……うん。宵崎奏」

 

 私の言葉に、奏は思い出した様にそう言った。今気付いたのだが、〝宵崎〟と言う苗字は非常に珍しいのではないだろうか。暁山もあまり聞かぬ名前なのだが、それでも宵崎の名前はあまり聞いたことがなかった。東雲だってそんな他にない性と言う訳ではない。

 

 なんなら宵崎の方が異質感が満載だ。

 

「雪は?」 

 

 奏の言葉と共に、三人の視線が雪に降り注ぐ。雪は奏が飲んでいる烏龍茶を一口飲んで、ゆっくりと口を開いた。

 

「……朝比奈まふゆ」

「まふゆ……だから、雪って名前だったんだね。これから宜しく、まふゆ」

「うん。……迷惑かけて、ごめん」

 

 奏とまふゆの遣り取りを見て、私は少しだけ溜め息をついた。

 

「それ、本当に思ってる?」

「……どうなのかな、自分でもよく分からなくて」

「ま、そうなるか」

 

 思っていないなら言わなくても良いと、簡単には言えなかった。形だけでも謝罪すると言うのはこの世を生きる最大の処世術だ。()()()であるまふゆには問題ない話なのだろうが、何も知らない、赤子のような感情を持っているまふゆに対してそれを言うのはあまり良くないような気がした。

 

 さて、みんな自己紹介が終わったところで、各々頼んだものに箸を着けていく。瑞希はフライドポテトとカレーライス。まふゆと奏は烏龍茶とワンタン麺。そして私はチーズケーキとアイスティー。こんな場ではみんなに合わせてがっつり注文するべきだろうが、任務で走り回っていた為、お昼が遅かったのだ。それにまた夜の七時から任務が入っている。その前にはまた何か食べよう。

 

 瑞希と奏の話し声を横目に、私はスマートフォンを見る。画面にはいつも使っているアプリの他に、音楽ファイルが新しく追加されていた。そこには『悔やむと書いてミライ』と書かれている。

 

 これが、あのセカイに通じている音楽ファイルであった。

 まふゆの本当の想いが見つかり、名前が不明だったあのファイルは、名前を持ったのだ。それは他の三人も同じなようで、セカイから帰ってきた私達はその話題で盛り上がったのだ。

 

 あのセカイは相変わらず殺風景なようで、けれどミクは奏や瑞希が来てくれてとても嬉しいようであった。

 

 先程から〝ようである〟と恰も他から聞いたかのように言っているが、本当にこれは又聞きであった。と言うのも、あの一件以来セカイに行けていないのだ。

 

 任務で行けなかったと言うのもある。けれどそれ以上に他人が作った領域と言うのもあり、少しだけ居心地が悪かったのだ。奏や瑞希は落ち着くと言っていたが、あんな端も見えない薄暗い場所にずっと居たら気が狂いそうになる。

 

 だから、瑞希がオフ会の予定を組んでくれた時は心底ホッとした。あのセカイに行かなくて良いと言うことに、安心したのだ。ミクに会えないのは寂しいが、まぁ、ミク自身も元気なまふゆを見れればそれ以上は求めないだろう。だったら私が行かなくても問題ない。

 

「そう言えば、絵名は何で入院してたの?」

 

 ふと、ワンタン麺を食べている奏がそう聞いてきた。思いもよらない攻撃に、私はアイスティーを吹き出しそうになる。まぁ、冷静に考えればあれを無視する方が無理があった。まふゆの一件で書き消されたと思っていた私が、心底甘かったのだ。

 

「まぁ……うん。色々あったんだよ。色々」

「……どうしても話してくれない?」

「ごめん。今のところ何も言えない」

「分かった。……でも、いつか教えてね」

「…………うん」

 

 嘘を吐いた。本当は一生言うつもりはない。文字通り、墓場まで持っていく。その墓場が明日になるか今日になるか分らないけれど。

 

 そんな私に気付くことなく、深く突っ込んでこない奏に感謝しつつ、それでも私の中に湧いてくる罪悪感に目を逸らす様に、チーズケーキを一口含んだ。心地好い甘さな筈なのに、吐き出してしまいたかった。

 

 

 

 

 結局寮に帰って来たのは日を跨いでからだった。寮の廊下は真っ暗であり、私の足音が響く程、静まり返っている。私は皆を起こさぬよう、慎重に廊下を歩いていた。最初の頃は寂しさや何やらで結構しんどかったのだが、それでも慣れてしまえばなんてことはなかった。

 

 お風呂は……うん、今日中に入っちゃおう。また緊急で早朝に任務が入ってしまったらシャワーなんて浴びる余裕もない。まずはシャワーを浴びて、傷の手当てして、それから軽く勉強をしてから絵を描こう。一ヶ月入院していたからニーゴのイラストがまだ出来ていないのだ。急いで描かないと締切に間に合わない。

 

「……高菜?」

「へ?」

 

 ふと、声が聞こえた。こんな時間に誰か起きているなんて思っていなかった。見るとそこにはラフなTシャツに身を包んでいる狗巻くんが目を見開いて立っていた。誰にも会わないと思っていたのだろう。口元には何も付けられておらず、狗巻家の紋様がはっきりと見えた。

 

「狗巻くん。起きてたの?」

「おかか……」

 

 そう言って狗巻くんは眠そうに欠伸をした。どうやら寝ていたけれど目が覚めてしまったらしい。

 

 ……私が起こした訳ではない……よね。

 

「眠いのなら早く部屋に戻って寝たら?」

「……明太子」

「へ? あぁこの怪我? 大丈夫だよ。いつもの事だし」

 

 狗巻くんは心配そうに私の身体を見ていた。まぁ、当たり前か。こんな怪我だらけの人間が疲れきった顔で歩いていたら誰だって吃驚するし、優しい狗巻くんなら心配もするだろう。

 

 けれど、これでも前より怪我をする頻度は減ったのだ。前は任務に行く度に骨折並みの負傷を身体全体に負っていたのだが、今は掠り傷くらいで済んでいる。運が良いのか、私の実力が上がったのか。後者だと思いたい。でなければこんな寝る間を惜しんで任務に出掛けている私があまりにも報われない。

 

「そう言えば、この一ヶ月間、何も変わりなかった?」

「しゃけ」

「そ。なら良かった」

 

 狗巻くんの言葉を聞いて、ホッと胸を撫で下ろす。私が居ない間に二年と一年が喧嘩していたらどうしようかと思っていたが、そんな心配はなさそうだ。そもそも私が居なかった時間であれだけ仲良く出来て居たのだ。心配するまでもなかったかな。

 

「……こんぶ」

「どうし……──!?」

 

 振り返る。すると眼前に狗巻くんの顔が迫っており、私は驚きのあまり後ろに飛び退いてしまった。その衝撃で壁に頭を盛大にぶつけてしまい、私は痛さのあまり踞って声にならない悲鳴を上げた。

 

 吃驚した。本当に吃驚した。

 

 狗巻くんはそんな私の姿に驚き、おろおろと私の周りをうろちょろしていた。……驚きたいのは私の方なのだけれど。

 痛む頭を擦りながら、立ち上がる。

 

「狗巻くん。あまり異性の顔に自分の顔を近付けない方が良いよ。吃驚するから」

「た、高菜ぁ……」

「……いや、私は大丈夫だけどさ。で、どうしたの? 突然」

 

 私はこれ以上狗巻くんを責めることができず、そう問うた。落ち込んでいる狗巻くんは何だか捨てられた子犬のようで、強くは出れなかった。昔っから、私はこの狗巻くんの表情に弱い。

 

 ──昔?

 

 昔っていつだ?

 

「明太子、こんぶ、高菜」

「……あぁ、一ヶ月間どうだったかって?」

 

 私の翻訳が合っていたのだろう。狗巻くんは勢い良く首を縦に振った。

 

 心配を、してくれていたのだろう。たかが一ヶ月。されど一ヶ月。人が追い詰められるのに充分な時間である。

 

 狗巻くんは、それを気にしていたのだろう。本当に、彼は優しい人間である。

 

「大丈夫だよ。何にもなかった」

 

 私は狗巻くんを安心させる為に、狗巻くんの頭を撫でながらそう言った。狗巻くんの髪はふわふわであり、触り心地がとても良かった。任務終わりの為手袋を着けたままだが、それでも手袋越しに伝わる毛質はとても手入れされていたものであった。

 

 狗巻くんの頭に置いている私の手を、狗巻くんは優しく掴み、己の頬に当てる。狗巻くんの長い睫が月明かりに反射して輝いている。

 

 

 ──とげくん!

 

 

「──っ。………」

 

 脳裏にノイズが走り、思わず声が出そうになる。けれどその肝心な言葉が出てこず、押し黙る。私は何を言おうとした? 何を一瞬、思い出した? 分からない。

 

 ……分かっている。狗巻くんと私が嘗て──私が記憶を失う前に出会っていることは。けれどもそれを言及出来ないのは、私の記憶に確証が持てないから。私の記憶が、何一つとして戻っていないから。狗巻くんに伝えるのは、戻ってからと決めていた。

 

 狗巻くんがどう思っているのか知らない。もしかしたら狗巻くんも忘れているのかもしれない。

 

 それでも、思い出したかった。この不安定な私の存在を、確かなものにしたかったのだ。きっと、私が忘れてしまった記憶は、私にとって大切なものの筈だから。

 

 そうしたら──。

 

 そうしたら何故私を無理矢理呪術高専に入れた母の顔があんなにも苦しそうだったのか、分かるような気がする。

 

 あれから、色々考えたのだ。今では進路の話し合いで一悶着あったと言うことは覚えているが肝心な内容まではさっぱり忘れてしまった私なのだが、それでも考えることはやめなかった。どうして両親はあんなことを言ったのか。どうして今迄呪術師の存在を隠していたのか。まぁ、考えても本当の事は両親本人にしか分からないのだが。

 

 決して、許した訳ではない。内容は思い出せないが、両親の事を想うと胸にムカムカしたものが沸き上がってくるのも事実だ。きっと私は、これから先も二人の事を許せはしないだろう。

 けれども、だからと言って向き合わない訳にもいくまい。許せないし、好きか嫌いかで言えば今のところは嫌い寄りなのだが、それでも理由もなくあんなことをする人間ではないのは確かである。

 だから、私はそれが知りたい。きっとその先に私の納得出来る答えがある筈だから。






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