救う相手を明白にしなければ、誰にも届かない。
「………………」
雲一つ無い晴天の元、私は消えていく呪霊を眺めながら無言で地面を眺めていた。別に怪我を負った訳ではない。どころか最近は力がついてきたからか任務で負傷する回数も減ってきたのだ。徐々にだが。
では何故ぼうっとしているのか。それはニーゴでの出来事であった。
先日新曲を投稿したのだ。それはそれはとてもクオリティの高いもので、私自身もあれは過去最高の出来ではないだろうかと感じる程であった。
その代償として祓ったのが連日の徹夜なのだが。呪霊を祓いながらのサークル活動は思ったより精神的にも肉体的にもダメージが大きかったようだ。
けれど瑞希は私と共に徹夜したのにも拘わらず元気に新曲作成を楽しんでいたのだった。
「Amiaって、もしかして体力馬鹿な訳? 私結構しんどいんだけど」
「体力馬鹿とは失礼な! こんな可愛い可愛いぼくになんて事を……!」
「本当に体力馬鹿じゃない」
私の発言に、Amiaはそう声を張り上げた。どうやら馬鹿と言う言葉に地雷があったようだ。けれどそんなAmiaの気力に付き合える程の体力は私にはなかった。
その時、無言で作業をしていた奏は雪の不在に気が付いた。
『……雪は?』
その言葉に、私と瑞希は静かになる。確かに先程からまふゆの声が聞こえない。いつもならただ無言で作業をしているだけかと思っていたのだが、この間の事もある。余計に心配になった。
画面を見る。ログインはしているようだが、暫く待ってみてもまふゆの声は聞こえない。もしかして、また思い詰めているのではないだろうか。
『……雪、いたら返事して』
『──いるよ』
然し、私達が心配しているのをどうでも良いと言うように、まふゆはそう淡々と言葉を発した。
「……雪。居るんだったらちゃんと返事して。また居なくなったんじゃないかって心配するから。返事をするくらいあんたにもできるでしょ」
『次からそうする』
分かっているのかいないのか。そんなどちらとも分からない返事を、まふゆはした。
──大丈夫なのか? こんな調子で。
然しまふゆがそうすると言った以上、こちらからは何も言えない。まぁ、まふゆの事だ。分かったと言えば次からはきちんと返事をするだろう。
そうして全員が居ると分かると、奏は新曲のデモを流した。冷静に考えれば前の曲が投稿された瞬間に次の曲を作るなんてどうかしている。普通はもう少し期間を開けて良い筈なのだが。まぁ、そんなことは奏にとって無意味な時間なのだろう。
奏は父親の事もあり人を救う事に固執している。だから空白期間を作る時間があれば曲を作っていたいのだろう。
けれど律儀にも一曲ずつの打ち上げには参加をしているらしい。まふゆの変化を見る為と言うのもあるのだろうが、奏にとってそれが良い気晴らしになればと思わずにはいられない。
──因みに何故この情報が〝らしい〟と他人事なのかと言うと、私自身が打ち上げにあまり来れていないのが最もな理由であった。私だって出来ることなら皆と一緒に打ち上げに参加したい。けれども任務がある以上、それを投げ出すことも出来ない。行ける日には出来るだけ行くようにはしているが、それでも三人と顔を会わせる回数が極端に少ないのだ。
本当に、嫌になる。折角瑞希が提案をしてくれていたのに、意味ないじゃないか。
そんな事で落ち込んでいると、ヘッドフォンからオルゴールの音が聞こえる。どうやら、これが新曲のデモらしい。
奏の曲は悲しくて、重くて。けれども優しくて、暖かい。私は奏の曲が好きだった。
──けれど、今回の曲は何か違った。いつも通りの曲の筈なのに、何かが足りない。なんだろうか、この違和感は。いつもなら感激で感情が高ぶる筈なのだが、なんだか──。
気が付くと曲は終わっており、私の耳には余韻が残っている。
無言の空気。私が言葉を発そうとした瞬間、それは瑞希の声によって搔き消された。
『すっごい良かったよ! 聴いてるだけで色々イメージが浮かんできた! サビのところとか、エフェクトでいっぱい遊びたいなー』
「……ね。流石Kだよ」
そう、言うしかなかった。瑞希がこう言っているのだ。いくら私が違和感を憶えたところで間違っているのは私の方なのかもしれない。
私達二人の言葉に、奏は『ありがとう』と感情の無い言葉で返した。まるで上の空のようだ。まぁ、最初から奏の返事は期待していない。
奏の思考は、まふゆに全て寄せられていた。きっとまふゆの感想が気になるのだろう。
けれどまふゆの反応はいつまで経っても返ってこず、無言の時間が過ぎる。私はそんな空気に耐えられず、思わず口を開いた。
「雪。どうだったの?」
『……どうって?』
「どうってって……。この曲を聴いて何か感じなかったの?」
『別に……Kの曲だなって思った』
……そう言うことじゃないんだけどな。
「……そうじゃなくてさ、良いとか悪いとか、好きとか嫌いとか無いの?」
『……嫌いじゃないと思う』
何だその曖昧な返事は。
私が呆れ返っていると、フォローするように瑞希が『じゃあ好きなんじゃない?』とまふゆに問いかける。けれど思った通り期待する答えは返ってこなかった。
『……それも違う、かな。そういうふうに感じるはずでしょう? そういう感覚はなかったの』
『そう……』
まふゆの言葉に、奏は悲しそうにそう言った。
……居たたまれない。まふゆの為に一生懸命曲を作っている奏が報われないのは見るに耐えなかった。まふゆもまふゆだ。どうしてこうどうでも良いかのような反応が出来るのだろう。
自分の為に一生懸命になってくれる人間なんて、そうそう居ないと言うのに。
「まふゆさ。言い方をもうちょっと気を付けようと思わないわけ? 自分を演じなくて良いのと失礼な態度とって良いは同義じゃないからね。まふゆが救われようとしない限り奏も暖簾に腕押し状態なんだから」
『……? どう感じたかって聞かれたから、素直に答えただけだけど』
「あのねぇ……」
『大丈夫だよ、えななん。雪、ありがとう。素直に言ってくれて』
『……うん』
「…………」
煮え切らないものはあったものの、奏がこれ以上言及しないのであれば私からは何も言うつもりもない。言いたいことが山のようにはあるが。
それから私達はすぐに新曲作成へ取り掛かっり、まふゆがログアウトしたのは二時間経った後であった。私はまふゆが居なくなったのを確認して深く息を吐く。何だか解放された気分であった。
正直、まふゆの相手は疲れる。こっちが強く言っても相手はなんのそので空振り状態。私の周りが強気な性格が多いが故にまふゆみたいなタイプはどう接していいのか分からないのだ。何が正解で何が間違いなのかも本人が分かっていなければ此方も対処の仕様がない。けれどまふゆは気付いていないのかもしれないが、まふゆには明確な地雷が存在しており、プラスの感情は分からないけれど悲しみや怒りなどのマイナスの感情は備わっているらしい。
……もういっその事引き算方式でやっていったほうが確実ではなかろうか。なんて、それはただまふゆと向き合わず逃げているだけだ。そんなのは方法ではなくただの投げやりと言うのだろう。
「……………」
『あー。えななんが面倒くさいって雰囲気出してるぅ。やーい、陰険承認欲求女ー』
「……それ、どういう意味?」
『だってえななん、風景とかパンケーキとか、服とかの流行りものを撮ってピクシェアに上げてるでしょ? 承認欲求承認欲求ー。それになんか語録良くて可愛くない?』
バレていたのか。まぁ瑞希辺りには知られているだろうなと薄々感ずいていたのだが、それでもその疑惑は確証に変わった。まぁ変な写真とかを出していないから恐らく大丈夫だと思うが。
「その言葉を可愛いと思うのならあんたの美的感覚を疑うんだけど。てか、別に面倒臭い何て思っていないし。私達が無理を言ってまふゆを引き留めたんだから最期まで向き合うのが責任ってものでしょ」
『……ボクそこまで考えてなかったな』
瑞希の言葉を他所に、私はコーヒーを飲む。
とは言ってもまふゆを救う手掛かりはまだ掴めていないのだが。まぁ始まったばかりだ。焦らずゆっくりとやっていこう。
ゆっくり?
明日死ぬかも知れないのに?
「──ねぇK。一つ良いかな」
『どうしたの? えななん』
私の言葉に、奏は少し上の空で答える。きっとまふゆの事を考えているのだろう。丁度良い。その事について私も少し話がある。
一度は気の所為と思ったのだが、まふゆの話を聞いて少し考えを改めた。
時間がないのなら、気になったことを聞くべきだ。
「Kはさ、今回何の為に、誰の為に曲を作ったの?」
『え……? それは…………』
そこで、Kの言葉は途切れる。
……矢張りか。
私の質問が分からないと言うように、瑞希は「え、え? どう言うこと?」と困惑した声を出していた。
「もしかして、まふゆの為じゃない?」
『そう……かもしれない。でも、それが何の問題があるの?』
「これは、私の憶測なんだけどね」
そう言って一先ず、コーヒーを飲む。そして言い聞かせる様に口を開いた。
「まふゆ自身、何が救いになるか分からないじゃない? あれだけ探しても自分が見つからなかった訳だし。実際まふゆが何を感じるのか分からなければ奏がどれだけ曲を作っていても空振りになる気がするんだけど。ほら、人の救済って人の数だけ存在するでしょ?だからまふゆを救う為にはまふゆの事をもっと知る必要がある……と私は思ってる」
『……まふゆを、知る』
奏は私の言葉を反芻して、考え込む。余計な事を言ってしまったか? けれどあのままでは私自身がモヤモヤしてしまう。私は考え込むのは苦手なのだ。
別に私の話を真剣に取り入れて欲しい訳ではない。話し半分に聞いてくれて構わないのだ。どうせ作曲もしない、絵を描くだけの人間の戯れ言。ただ私が少し違和感を持ったと言うだけの話なのだから。
『それでえななん。えななんの話は大いに共感出来るんだけど、それと誰かを考えて作ったってのは何の関係があるの?』
瑞希の言葉に、ああそうだったと我に返る。
これは私が一番違和感を覚えたものであった。その違和感は奏の反応によって確信に変わったものであるが。
……まぁ、これを言っていいのかどうかは分からないが。もしかしたら奏が追い詰められてしまうかもしれない。けれども言わなければいけない。これは無視してはいけないと私の中の何かが声を枯らして叫んでいた。
「……奏はさ、今回、まふゆの為に曲を作った訳じゃん? けどそれは現状まふゆには響かなかった。じゃあ万人には響くのかと言われればそれは否だと思う。だってそれはまふゆに作られたもので、他の人に向けて作られていないものなんだから。実際、私はさっきの曲を聴いて何も感じられなかった」
『………………』
「あぁ、勘違いしないでね。別に奏の曲が駄目とは言わない。実際、Amiaには響いていたしね。私自身もKの曲は大好きだし。今回はこの曲を作るとして、今後そういう所も切り詰めて行った方が無作為に作るよりマシかなって思っただけ」
奏は黙ったまま、何も言わない。まぁ私も冷静になって考えるとどの口がとは思う。もしかしたら余計なお世話だと思われたかもしれない。
けれどKは私を責めることなく「ありがとう、えななん」と言った。その声はどこか寂しげであった。
ここで回想終了。
それから私は奏やまふゆ、それから間に挟まれがちな瑞希について考えていたら一睡も出来ることなく朝を迎え、今に至る。私が一人で考え込んでも意味は無いという事は分かってはいるが、考え出すとどうしても止まらない。
気が付けば私の足元で転がっていた呪霊は綺麗に消え去っており、残されたのは崩壊した建物と私だけであった。今日もしナイトコードにログイン出来たら昨日の事を謝ろう。そう思うのであった。
♢
「え? 人形展?」
『うん。知り合いに貰ったんだけど、多分、私は行かないから』
なんとかナイトコードにログインが出来て、奏に謝ろうとしたところにそう言われた。奏から発せられた意外な言葉に、私は思わず反芻してしまった。
どうやら知り合いに貰ったは良いが、持て余してしまっているらしい。奏の発言に一番興味をもったのは瑞希であった。
『人形展かぁ。ってことはアンティークドールとかある感じ?』
『そうみたい』
『それなら行ってみたいかも! アンティークっぽいドレスとか、一回作ってみたかったんだよねー!』
『色々あるみたい。からくり人形とか、マリオネットとか』
『それ絶対おもしろいヤツじゃーん! もうだ、せっかくだしみんなで行こうよ!』
「はぁ?」
瑞希の発言に、私は思わず眉間に皺を寄せて声を漏らす。
人形展なんて、そんな時間あるだろうか。ただでさえ今は繁忙期で忙しいと言うのに、遊びに行っている暇は正直に言って無い。
「流石に四人分もチケットないんじゃない?」
『うん。もらったのは二枚だけだし……あ、一枚でふたりまで入れるみたい』
見事な奇跡に、瑞希は目を輝かせるように口を開く。
『じゃあバッチリじゃーん! これはみんなで行きなさいって神サマが言ってるんだよ!』
そんな瑞希の様子に、私は静かに溜め息をついた。正直、人形はあまり興味がないのだ。たとえ四人で行ったとしても楽しめる気がしない。別に人形が嫌いなわけではないのだが、如何せん、本当に興味が持てない。
それに、別の問題もある。
ああ言う所は、
恐らくそこは薄暗く、じめっとした空気が漂っているのだろう。そう言う所は、呪霊が発生しやすいのだ。まぁ、正しくは薄暗くて狭い所は不気味だと言う人間から排出された負の感情のせいなのだが。
だからあんなところは任務以外で行きたくはない。居心地が良いものでもないし。
『ねぇえななーん。えなえもーん。行こよ。一人で行っても楽しくないよー』
「一人で行っても楽しくない所はきっと誰かと行っても楽しくないでしょ」
『そんなー……。そうだ、雪は行くでしょ?』
私に言っても無駄だと思ったのだろう。瑞希の標的はまふゆに切り替わった。ずっと無言で作業をしていたまふゆは自分に話しかけられるとは思っていなかったようで、抑揚は無いが少しだけ驚いた様に『私……?』と言葉を発した。
『作詞のヒントになるかもしれないし、案外楽しいって思えるかもよ』
瑞希……まふゆが食い付きそうな話題を出してきた。今自分を探すことに躍起になっているまふゆに、そんな言葉は甘い密も良いところだろう。呪術界に居ると狡猾な人間は沢山居るのだが、瑞希はそれに負けず劣らずの狡猾さを秘めているかもしれない。
なんて、三人が人形展に行っても関係ないか。どうせ私は行かないし。
『……雪も、一緒に行ってみない?』
意外にも奏がまふゆを誘っている。奏自身こんな所には興味がないのかと思っていたが、そんなことはなかったのだろうか。
……いや、もしかしたらまふゆの為かな。奏はまふゆが自分を見つけるのと同じくらい、まふゆを救うことに躍起になっている。まふゆ自身を見つけられる手掛かりがあればそこに飛び付くのは当たり前だろう。私だって自分の記憶が戻るなら如何なる手段をも厭わない。
けれどもそれとこれとは話が別である。恐らく私の失くした記憶達には人形はなかった筈だ。
『……どっちでもいい』
『じゃあみんなで行こーっ! いつ行く? 平日は雪とえななんは学校あるし……次の土曜はどうかな?』
『土曜は昼まで予備校があるの。それに、五時までには家に帰らないと』
『それなら、昼から五時の間なら行けるんじゃない?』
『……その時間でいいなら』
『オッケー! じゃあ土曜のお昼に集合だね』
そうか。まふゆも来るのか。まぁ確かにこの人形展がまふゆが自分を知るきっかけになったら良いのだが。
……待てよ。何か今の話は可笑しいぞ?
「ちょっと待って。何か私も行く流れになってない?」
『えななん? 因みに強制参加だよ。予定があっても開けて貰うからね』
瑞希に呆れながら、私は一縷の望みを掛けて予定表を見る。今週の土曜日。いつもは一日中任務が入っている筈だ。
確かに土曜日には予定が入っていた。午前中に任務。そして十八時から祖父と共に東京の政治家と会食。けれどその間にある昼間の予定がまっさらであった。
どうして、この日に限って。
誤解しないで欲しいのが、私は別に三人と遊びに行きたくない訳ではない。元来遊びに出掛けるのは大好きである。それに今迄ネット越しのメンバーと交流を深められるのはこれ以上に無い程の好機だ。けれども、場所が駄目だ。二年くらい呪術師をやっているが、美術館や博物館などの施設には人が集まるからか呪霊が集まりやすいのだ。
呪霊……か。
もし、本当に人形展に呪霊が居て、三人に危害が及んだら?
「……分かった。行くわよ」
『お、今回は折れるのが早かったか。もっと粘るのかと思ったけど』
「別に行かないで良いなら行かないけど?」
『あー! 嘘です嘘です! 一緒に行こう!』
茶化す瑞希に、私は意地悪くそう言った。まぁ、行くけれども。
三人に危害が及んだら。そう考えたら意外にも行く気になったのだ。自分の我儘と仲間の命を天秤にかけたら当然の結果である。行きたくないのは本当であるが、それでも三人が死んだり怪我をするよりはましであった。私だってそこまでして行きたくない訳ではないのだ。
美術館であったら我慢して行っていたかもしれない。けれども人形展となれば話は別だった。人形に興味がない上、呪霊が発生する。どう考えていてもメリットがない。
けれどまぁ、瑞希も行く気だし、まふゆも自分を知る良いきっかけになれれば良いし、それを見て奏もまふゆを救える手掛かりを掴めれば良い。私が押し込むだけでこんなにも周りにとってはメリットがあるのだ。だったら我慢して同行しよう。
そうして私の予定表に一つ、枠が埋まったのであった。