「おっ、キタキタ!
中尾さん、優樹くん、練習始めようぜぇ!」
「はい」
「ああ」
「......? なんかテンション低いな?」
中尾さんに双葉ちゃんとの事を話して、翌日。
思ってたよりも予想外だったのか、中尾さんにも話した僕にもダメージが残る中で練習に出れば、さすがに長田さんも気づく。
「2人で映画見てね。
あんまり内容が良くなかったんだ、テンションも下がるだろ......?」
なんとも無理くりな言い訳ではあるが。
「えぇ!? 俺も中尾さんと優樹くんと映画見てぇ〜!
今度の休みでもどうですかぁ!?」
「今度、今度な......」
......なんとかなるんだ。
まあ、中尾さんの人徳がなせる業だろう。
「そんじゃ、前やったとこから初めてこうか!」
確かに気分は下がっているが、それでも練習をおろそかにする事はできない。
各々修正点などはありつつも全体的に洗練されてきて、僕の個人的な課題だった4人での合わせに関しても、福田さんに教えてもらったことやライブハウスで練習し続けてきた成果などもあり、改善の兆しが見えてきている。
思考よりも先に指が、身体が動く感覚──
それに楽しさを感じながら、細かなミスはありつつも一曲弾き終えると、長田さんの優しい目がこちらに向けられる。
「はーっ、やっぱ目に狂いは無かったね!
この才能があれば──」
「?」
「......いや、何でもない。
それじゃあある程度形になったところで、ライブにおいてめっちゃ大事な事を話しましょうか!」
首を振り、3人を集めた長田さんはフライヤーを取り出す。
それぞれに書かれているのは近場のライブハウスで行われる予定のイベントで、つまるところ、僕らはこれに出るという事。
不安と楽しみがどっと押し寄せる。
「ま、出れるのは予定的にこのうちふたつ。
それで重要なのは、
ボーカル。
まあ言って仕舞えば、歌を歌う人。
大概のバンドでは楽器と兼任だったり、余裕があればボーカルだけの人もいたりとさまざまな在り方をライブハウスで見てきたが、noisEではその辺りをどうするのか、という話。
僕はそこまで歌に自信がない。
そもそもギターだけで結構手一杯だし、それこそ声の印象強さで言ったら福田さんになりそうなものだが──
「「「......」」」
「......もしかして」
周りを見れば、みんなこっちを見て申し訳なさそうな顔をしている。
特に長田さんはやばい、泣きそうな顔で断られたらすぐさま土下座をするんじゃないかというくらいの気迫だ。
......この人たち、今までどうやってライブしてきたんだ?
「バックバンドとかでねー......
俺たち全員あんま上手くないんだよ、歌」
「カラオケで何回90点とったっけ?
俺2回、玲央3回で...... 長田は?」
「ゼロ!」
「俺はそもそも大学居るだけで、声楽科じゃないんで」
さあっと顔が青くなる。
つまり──
「お願いできない?」
俺が、歌わなきゃダメなんだ。
帰り道、大きなため息を吐けば、福田さんが冷たいコーラを頬に付ける。
驚くような気力も湧かずにそれを受け入れれば、彼は少し驚いてから、心配そうな目つきでもう一度、今度はこっちの胸にソレを押し付けた。
「悪いな、ボーカル押し付けて。
できたら変わってやりたいけど、音の質を下げるのもな」
「いえ、それは全然...... 誰かがやらなきゃいけない事ですし、やるとなったら折れないで頑張るだけです。
ずっとそうしてきましたから」
「にしてはでっけーため息。
なんかあったな?」
そう、このため息はボーカルになった事がどうこう、ではない。
双葉ちゃんとどう向き合うか、というところへのものである。
「幼馴染と会って。
その子と...... 出来れば仲直りしたいんですけど、久しぶりにあったら怖くて、言葉も出せなくて。
出来もしない事は諦めた方がいいのかな、とは、時折思います」
「そっ......か。
仲直りってのは...... まあ、
2人で見上げれば、空に星は見えない。
それでも夜空は綺麗で、そよ風の涼しさは彼の口から、優しい言葉を引き出す。
「俺も喧嘩した人はいるし、仲直りもしたいよ。
でも変なプライドとか、怖さがあって言えないんだよな。『受け入れて貰えなかったらどうしよう』ってな」
「わかります。逃げてるのは自分なのに......」
「そうなんだよ! ......そうなんだよ。
歳を取れば取るほど、年齢を重ねるほど、ごめんの一言が言えなくなる。
お前はそうなるなよ。
俺みたいに情けなくなるな」
「──情けなくなんて、無いですよ」
空に向けられていた顔がこちらに向く。
頼れる先輩だ、どうか自分を卑下しないでほしい。
「......お前、セクシーだって言われた事ない?」
「なんですか急に、ヘンですよ?」
「ヘンか、まあヘンか。
だよな、うん」
なんだセクシーって。
そう思いながら家に着き、メッセージアプリに入っていた通知を見てからセカイに入れば、そこでは僕の椅子に座っている花里さんがいた。
カイトにお茶をもてなしてもらいながら、こちらに気づくと小さく手を振ってくれる。
「こんばんは、前のライブ見たよ」
「ありがとう! わたし、自分にしかできない事、見つけられたよ!」
そう話す花里さんの表情は本当に嬉しそうで、心なしかその顔を見ているだけで気分が浮ついてくる。
彼女は誰かに何かを届けられる人で、その手伝いがほんの少しでも僕にできたのなら、それはとっても喜ばしい事だと思う。
......でも、そろそろ彼女に伝えなければならないことがあるわけで。
空いている椅子に座り、ちょっとだけ神妙に語り出そうとすれば、彼女もまた何かを感じ取って背筋をピンと伸ばした。
「......実はね?」
「う、うん?!」
「その、初めて会って、助けた時......
お腹だけじゃなくて胸も触ってしまいました......」
「──き、気にしてないよ!」
「いやぁでも、年頃の女の子にそんな事しちゃうのはちょっと自分が許せなくて......」
「それならその、わたしだってあの時──」
『はは、やんちゃな食べ方だなぁ』
「──ちょっとえ、え、えっちだなって思っちゃいました!!!」
「えっち!?!? ええ!?!?
エッ...... ええっ!???」
「俺は何を見せられているんだい?」
「あ、ああ、ごめんねカイト......」
「はぅう〜......」
まあ、聞いての通りである。
本当にセカイの中でよかった、外でこんな話をしていたら何かしらの法に抵触して僕が捕まるところだった。
にしても、今日はセクシーがどうたらと言い、よく
なんとも言えない感情になるが、まあ、ちょっと、うぅん......
──花里さんに言われるのは悪くない、のか?
もちろん福田さんに言われるのもだけれど...... というかそんなセクシーか?
思えば、昔っから可愛いとは言われていたけど、あれは子供特有のアレってだけじゃあ......
ともかく。
一度咳払いをし、もう一度向き合って花里さんに礼を伝える。
彼女がいなければ、勇気は出なかったのだから。
「その、配信の最後で言ってくれた言葉、すごい勇気が出たんだ。
あれがあったから僕はその、バンドに入ったし、バイトしたりとか色々頑張れてる。
だからありがとう」
「ううん、わたしこそ!」
このお礼が言いたかった。
少し満足して椅子の背もたれに寄りかかり、お茶の入ったステンレスのコップに手をつけようとした時──
「──危ないッ!」
森の向こう側に見えたゆらめく影。
その視線の先には花里さんがいて、すぐさまその視線の間に体を飛び込ませれば、これまで見た獣よりも素早くナニカが体にぶつかり、すぐさま木に押し付けられる。
幸いにも噛まれる前に口の中へハンマーを突っ込んだのが功を奏し、カイトが彼女を抱えて逃げる隙を作ることができた。
「優樹くん!」
「大丈夫だから!」
いつも通りなら何とかなる。
そう思ってハンマーをその口から外し、噛まれるのを覚悟して叩こうとした時、脇腹へ痛みが走る。
あり得ざる痛みだ。
牙の所在は目の前の顔面、よっぽどのことが無ければ、この状況で噛まれることなど──
「手が、口......?」
その、言葉通りである。
二足歩行の獣、その両手は小さな口になっていて、すでに両脇腹に噛み付いている。
すぐさま引き剥がそうとハンマーを取って殴ろうとするが、流れ込んできた恐怖の源泉がそれを良しとはしなかった。
「──双葉、ちゃん......!」
この獣は、僕の彼女に対する恐怖が作ったもの。
彼女自身ではないにしても、その擬人化に近しい獣を殴ることはできない。
『なんで? なんでこうなる前に助けてくれなかったの?』
『どうして出てきてくれないの? 約束したのに』
『......お客さま、下を向いてはステージが見えませんよ』
『ごめんって言って見せてよ、あの頃みたいに──』
もうこれ以上、傷つけたくは無かった。
「──ごめんね」