消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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殺人、直接的ではないですが性描写、強姦描写があります。
苦手な方、受け付けない方はこの話数だけ飛ばす、または見るのをやめることをお勧めします。


情けない話

 

 途切れ掛けた意識の中。

 痛みと恐怖の檻の中に閉じ込められた感覚というのには懐かしさを覚え、心地よさこそ無いもののじんわりとした、()()()()()というものに息が漏れる。

 

 頑張れば叫び声とか、助けてって声も出せるだろう。

 でもそれで助けて貰えた事はない。

 その経験が諦めを助長させる。

 

 なんとかなるはず。

 そう思い続けてきた、思い続けなければ折れてしまうであろうと逃げ続けてきた心に牙が食らいつき、過去がのしかかり、じっくりと捻じ曲がっていく感覚。

 前を向いて、進んで── その実、その行動も()()だった。

 果たさなきゃいけないことから目を背けて、自分のことを受け入れたり、見てくれたりする人がいるかもしれない暗闇に逃げ続けたことに対する報い。

 

 まったくお笑いだ。

 そのくせに失うことを恐れて、少し関係性を深めただけの彰人くん達には話さず、2度3度顔を合わせただけの必要としてくれている、僕がいなくなれば迷惑する受け入れざるを得ない中尾さんにだけバラして。

 

「──正直、そこまでだとは思ってなかった。

 君に起こったことは、物事としては理解できるけど、1人の人間としては理解できない。

 ちょっとやり過ぎだろう?」

 

 果たして理解されない事が嫌なのか、それとも信じて貰えない事が恐れなのか。

 喫茶店で一通り話した後、中尾さんに言われた言葉が染み付いている。

 

 力が抜けてハンマーが手のひらからすり抜ける瞬間、ふと、カイトが抱えていった花里さんのことを思う。

 助けられてよかったな、とか、今後もアイドル活動を頑張ってほしいな、とか。

 何よりも、謝れてよかった。

 その謝罪を『いつかやろう』で先延ばしにしなかった事は、僕の成長だった。

 

 キャパシティを超えそうなくらいに流れ込んでくる恐怖の波に頭痛が限界を迎え、意識が途切れそうな狭間で── 鼓膜から脳まで痺れるほどに響き渡ったのは、強烈な高音の笛の音。

 

「──っ!?」

 

 それは充満した恐怖をたった一瞬でも吹き飛ばすほどに強烈で、意識がはっきりすると同時に両側から食いつかれていた牙が、獣の飛び退いた拍子に抜ける。

 支えとなっていたそれが外れた事で崩れ落ち、ぺたんと気を背もたれにして座り込んだ姿勢から見えたのは、メイコから貰った笛を頬を膨らませるほどの空気を含んで吹く花里さん。

 

 カイトはどうした?

 なんで戻ってきた?

 

 そんな疑問符をかき消し、絶えず聞こえてくる音に獣も辟易としたのか、木々の間を通り抜けて去っていく。

 命拾いした、というやつなのだろう。

 

「よ、よかったぁ......!」

 

 震えて立ち上がることすらままならない足腰を奮い立たせ、もはや這いずるような形で体を動かし、力が抜けて座り込んだ彼女の下へ向かう。

 綺麗だったその服にはところどころに土汚れが付着し、少しだけ見える手のひらには出血こそしていないものの擦りむいていて、自分ほどでは無いにしてもボロボロだ。

 

「──きゃっ!?」

「......なんで、逃げなかったの?」

 

 衝動のまま両肩を掴み、問う。

 助けてくれたことにお礼を言うよりも先に頭の中を満たすのは疑問。

 だって変だ、僕は大丈夫だって言ったし助けてなんて一言も喋っていないし、それに危険だからと言うことは彼女もわかってたはず。

 

 ──その問いは恐怖の共有でもあった。

 あんなの怖いだろう、という見解を擦り合わせようとした、姑息な言葉だった。

 でも── 彼女は少しキョトンとしてから笑った。

 ()()()

 

「わたしがこの笛を持ってたから、もしかしたら助けられるかもなって!」

 

 顔が歪む。

 つまり、何か?

 彼女は僕がいつだかに言った『自分にしか出来ないこと』をしただけだと。それが前はライブで笑顔を見せたように、今回は偶然笛を持っていたからカイトに降ろしてもらって、転びながらも戻ってきて、そっちに襲いかかるかもしれないのに笛を吹いたと?

 手に触れれば揺れている。小刻みに、僕のものでは無い震えがそこにある。

 

「優樹くん......?」

 

 何も言えなかった。

 ただ俯いて、その温もりが胸の奥まで染み渡る感覚だけを感じて、しばらくを過ごす。

 あの時偉そうなことを言った割には情けない表情で、笑顔を向けて、小さくありがとう、と。

 

「......情けない話をしても、いいかな」

 

 たとえ何かを失うだけの蛮勇でも、それが本当に前に進むことに繋がるなら。

 僕は少しだけ、後ろを振り向いてみる。

 

 

 

 

 ──小さい頃の話になる。

 双葉ちゃんと僕は、まあ、何度も言っているように幼馴染の関係にあった。

 家が近くて、同い年で、向こうの両親が共働きで遅い日は僕の家で過ごしていたから、もう半分くらいは血の繋がっていない兄弟のテンション。

 

 時折お父さんと彼女の3人でキャンプに行ってはギターを教えてもらったり、公園で遊んだり、よくあるような幼馴染として過ごした。

 

「──ほら、遊びいくよー」

「またぁ? ここのところ毎日だよ、僕だって他に友達作りたいよ......」

「何? わたしを独りぼっちにしたいんだ?」

「そういうんじゃ無いってば」

 

 唯一の文句は遊びの頻度が多かったことくらい。

 体力が持たないだけで嫌では無かったし、強いて言えば、という程度の話ではあるが。

 あとはまあ、可愛いもの好きなくらい。

 そう言うと花里さんはなんとも言えないような、自分の中にあるものと擦り合わせるのに苦労しているような、微妙な表情を浮かべた。

 

「うぅん......?」

「イメージと合わない?」

「違うの、双葉ちゃんとはクラスメイトなんだけど...... その、ちょっと怖い表情をずっとしてるから......」

「それなら気にしなくていいよ。

 彼女、可愛いものを見た時は難しい顔をするし、そもそも基準が緩いから。

 もしかしたら花里さんのこともそう思ってるかもね」

 

 そんな彼女ではあるが、一度だけ心を病んだ事があった。

 親が自分を蔑ろにするから、もう自分なんて誰にも必要とされてない── たしか、そんな言い分で引きこもってしまったと彼女の親から相談を受けたのを覚えてる。

 

 反抗期だったからなのか、それとも積み重なっていたものが溢れてしまったのか。

 一度だけドアを開けた隙間から見えた彼女の顔は疲弊しきっていて、手首には何度もつけられた切り傷が痛々しかった。

 それでも当時の僕はなんというか、その辺の感覚に疎かったというか冷たかったというか。

 そもそもその行為に走ってしまったのは親が放っておいてしまったからであって、そこに僕を挟んで解決したとしても、彼女の両親は今まで通りの対応をするかもしれないと思えば、どうにも手を貸す気にはなれず。

 様子だけを見て帰ろうとしたとき、ドアの向こう側から声が聞こえてくる。

 

「......見られるくらいなら、死ねばよかった」

 

 ──今なら、感情を抑えたりとか、取り繕う事もしただろう。

 優しく諌めたりも。

 

 でもそうは出来なかった。

 自分の心に嘘もつけないし、やりたい事にリミッターも無かったから、その言葉を聞いてすぐに家に帰って──

 

「おじゃまします」

 

 

 

「──ハンマーで鍵壊して、部屋に入った」

「ええっ?!」

 

 

 玄関のドアならともかく部屋の鍵はなんとかなって、部屋に入れば当然双葉ちゃんは驚いているし、机の上を見れば上着を捻って作ったロープ。

 実行されていないことに安堵しながら、そこで初めて、人に対して怒りをぶつけた。

 

「死ぬの?」

「あ、え、なにして、えっ......」

「独りぼっちなら別にやってもいいんじゃない?

 それは双葉ちゃんの権利だし。でも独りぼっちじゃ無いのにその死を使って、誰かを悲しませる権利はどこにも無いよ。

 ──傷つけないで、溜め込まないで、ふさぎ込まないで...... 隣にいる僕に話してくれよ、辛いんならさ!」

 

 それからはずっと、お互いにべったりだった。

 彼女は自傷行為に走る事は無くなったし、嫌なことや気に入らない事があればすぐさま僕に愚痴を吐きにくるようになって、別に僕もその時間は嫌いでは無かった。

 今、僕が付けているピアスもこの時に開けてもらったものだ。

 『お互いを独りぼっちにしない』という約束を忘れない為に、彼女が望んだ目に見える約束。結局それが最後まで果たされる事はなかったが。

 

「それから......」

 

 と、次のことを話そうとするが、体がそれを拒否するように喉がキュッと閉まり、息が詰まる。

 やっぱり怖い。

 心の奥底、見えないくらい深い場所で渦巻くものが警鐘を鳴らし、その音を止めようとしてもどこにあるのかすら分からない。

 どうにか話さなければ、さっきの僕の気持ちすらふいにすることになってしまうと焦りを顔に浮かべれば、花里さんの手のひらが僕の手のひらに重なる。

 

「無理はしないで」

 

 触れて温もりが染み渡り、太陽のような輝きに心の深いところすらも照らされる。

 進まなければ。

 

「......それから、今はもう無い公園で遊んだんだ」

 

 その日、珍しく思ったのは母親から遊ぶ場所を指定されたこと。

 いつもは適当に、どこに出かけてくると言っても行ってらっしゃいという見送りの言葉しかくれなかった母親が、である。

 どこどこの何公園。

 別に当時はどこで遊んだって変わらなかったし、木が多くて落ち着く公園だったから、文句のひとつも出なかった。

 

「う...... ちょっと、トイレ......」

「わかった、待ってるね」

 

 一通りボールで遊んでいれば、少し恥ずかしそうに小さな声で宣言した双葉ちゃんが公衆トイレへと向かい、取り残された自分は背の高い草むらを背にしたベンチに座り、ひたすらに帰ってくるのを待っていた。

 彼女が割とトイレが長い事は付き合いの中で知っていたから、目を閉じてこれからのことに想いを馳せていたと思う。

  

 次のキャンプはどこかな、いつかな。

 テストあんまり上手くいかなかったな、中学では友達できるかな。

 ギター、やってみたいな。

 

 暖かな陽気と、人が居なくて静かな空間。

 少し気分が良くなって気を緩ませ、足元のボールをコロコロ転がして暇を潰していれば── 急に体が浮き上がり、草むらの裏側へと持ち上げられると、かなりの強さで芝生のある地面へと叩きつけられる。

 声も出せない程に急なことだった。

 

「いっ...... んぐ、えぇ!?」

「声出すな」

 

 布を口に突っ込まれ、ハサミが頬の皮を切ってほんの少しだけ血液が露出する。

 怖いとか、痛いとか、そんなことを考える暇も感じる時間もなく、さっきまでのうたた寝をしてしまいそうな陽気は体から抜け落ち、今あるのは目の前で影を作る男の人と状況に対する震えだけ。

 知らない手が体をまさぐって、ぬめりのある舌が傷だけにとどまらずに(ねぶ)って。

 

「はは...... 30分くらいかな」

「そんな、こと......」

「まあ、オブラートに包んで言えば()()()()()()()()()、だよね」

 

 終わって男が逃げて、しばらくして服をもう一度着て草をかき分けて見れば、すでに帰ってきていた双葉ちゃんがボールを持ってこちらを探している。

 そりゃそうか、という諦めだ。

 喉が切れそうなほど『助けて』って叫んでも、それだけ離れて壁もあれば聞こえはしなくて、なら、それなら助けを呼ぶ意味なんてない。

 自分だけで全てを──

 

「あ! どこ行ってたの勝手に── って、どうしたの......?」

「......うん、ああ、うん。

 ()()()

 

 家に帰って風呂に入って、ご飯は食べないで寝て、朝起きて、学校に行って帰ってきて宿題もやらずに寝て。

 何度も何度も繰り返して、頬の傷が跡として残りながらも痛みが消えた頃、脳裏に叫び声が聞こえてくるようになった。

 

『動画を撮られてたぞ』

『誰かに言ったらネットに流すって』

『手慣れてた』

『ずっとお先真っ暗だ』

 

 ──夢を見る。

 大切な人(おとうさん)友達(双葉ちゃん)の横で焚き火を見ながら座り、音楽を聴きながら熱いお茶を飲んでリラックスしている夢。

 温かな空間で心を休めていれば後ろから手が伸びてきて、引っ張られて、どれだけ助けを求めても2人は気付かずに視界が閉ざされる、そんな夢。

 その日から何日も、どんな時に寝ても、いつまで経っても、今でもその夢を見続けている。

 理性を失い、()()()()()には十分な痛みだ。

 

「お父さん、僕、しばらくキャンプには行かない」

「......そうか、わかった」

 

 行きたかったけど、行かない。

 そう言えばお父さんはキャンプ用品を特定の場所に集めてしまうし、そのしまった場所に鍵はかけられないから、その中からペグハンマーを一本取り出す。

 

 都合が良かったのは、双葉ちゃんから相談を受けたこと。

 

「なんか変な人をよく見るようになったんだ。

 いっつもこっち見てるし...... 親は頼りにならないし、何かいいアイデアとか無い?」

「......今度の休み、僕の服を貸すから双葉ちゃんの服を貸してよ。

 お互いがお互いに変装して、僕が様子を見てみる」

 

 あの日からご飯を食べれていないせいで細くなった体と伸びた髪は、服さえ合わせれば彼女と同じシルエット。

 だからその相談は本当に都合が良くて、家に帰って鏡を見ればそこには口だけ笑っている天里優樹(けもの)がいる。

 僕じゃないけど、僕だ。

 

 翌日、フラフラと公園の中を歩く。

 少し遠くのベンチからはトイレで着替えてきた双葉ちゃんがこっちを見ていて、いつその男が接触してくるか注意深く観察している。

 肩からかけたカバンの中にはハンマー、既にタガはどこかへ消し飛んでいる。

 

 似たような事が誰かから通報されたのだろうか、公園の周りには見回りの警官がいて、流石に来ないだろうかという時──

 

「きゃっ」

 

 小さく声が聞こえてきて、彼女の方を向けばそこにはおらず、草むらが少しだけ揺れた。

 おそらくは()()()()()()()()()のだろう、予想の浅はかさに反吐を吐きながら手をカバンの中に突っ込んで──

 

 一瞬、獣から人間に思考が戻る。

 周りには警官がいて、きっとここでハンマーを出して仕舞えば何かしら、誰かしら身近な人に迷惑がかかってしまうのかもしれない。

 そう考えた時、足が止まる。

 震えが復活して──

 

『一度決めた事、そんな事でやめるの?』

 

 また、獣に戻った。

 他人を顧みず、自己の未来を見ず、今の欲を満たし切るために草の向こうへと入ってハンマーを取り出せば、そこには頬に傷をつけられた彼女と知っている男。

 逃げようとしたその脇腹少し上、肋骨の位置に向けてかち上げるように振り抜く。

 

 重みのある鉄が何かを砕く感触。

 叫び声をあげたから、多分すぐに警官が来るだろう。

 のたうち回っている男の片足、脛へ、ハンマーでペグを叩く側とは逆のペグを抜く為の部位を突き刺せば、更なる大音声。

 ズボンに、シャツに、漏れ出たものが染み込んで色を変えていく。最後に男の頭を視線の中へ入れた時、聞こえてきたのは泣き声だった。

 

「なんで......?」

 

 怖さから啜り泣く声。

 一度振り返り、人に戻ってしまって震える手を伸ばした。

 彼女の着ていた上着をその辺から取って、目を塞ぐように頭に巻いてぎゅっと結ぶ。

 見せたくなかった。

 せめてこの瞬間だけは。

 

「──ごめん」

 

 ハンマーを両手で振り上げる。

 助けてくれって命乞いが聞こえてきて、でも、もう止まるわけには行かなくて。誰に助けを求めても助けてもらえない寂しさを味わってもらいながら振り下ろす。

 警官が止める声が聞こえる中で、何度も何度も──

 

「ん゛ん゛んんんッ!!」

 

 歯を食いしばりながら。

 

「僕は、人を殺しました」

 

 

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