消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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SIDE:F

 

()()()()()、学校行く前にご飯食べてかない?」

「いらない、弁当も自分で作る」

 

 親は、好きじゃない。

 リビングを経由せずに玄関から出て、眩しすぎてムカつく空を見ながらそう思う。

 

 子供の頃は共働きだなんだって言ってほっといて、休みの日もどこにも連れて行かなかったくせに、いざこの歳になれば擦り寄ってくるのが本当に無理。

 追い詰められて引きこもった時だってドアを破ろうとかも考えず、幼馴染に任せてなんとかしようとしてたのを思い出して更にムカついてくる。

 その度、家の前でたむろしている猫を見て落ち着かせるわけだ。

 

 しかし、季節的にはまだ春。

 だというのに太陽は燦々、熱気はライブハウスといい勝負で、今日使う予定だから持って来ざるを得なかったギターが肩掛けの紐を肩に食い込ませる上に、背中との間で強烈な熱を保持する。

 だから持ってきたくなかったのだが、いかんせん今日使うとなれば仕方がない、予定はそんなに都合よく行くわけないんだから。

 

「岡野さん、おはよう」

「ぉはよ」

 

 誰だか名前の知らない子に挨拶され、テキトーに返す。

 宮益坂女子学園。

 通っている学校だが、世間一般ではイイトコの女の子が行くお嬢様学校的な印象を受けている通り、同級生もクラスメイトもいい子ばっかりでちょっとした疎外感を感じる。

 綺麗すぎるんだよな、なんて思いながら下駄箱を上がれば、目の前をちっさいピンクが通り過ぎた。

 思わず呼び止め、少し足早にソレの前に立つ。

 

「ぉはよ、えむ」

「あっ、双葉ちゃん!! おはよーっ!!」

 

 鳳えむ。

 かわいい。

 

「ほら、ちょっとこっち来ぃ」

「うん!」

 

 無邪気なその笑顔を抱きしめると、子供くらいの体温が感じられて、思わず顔が軋んで癒される。

 マジで元気な小動物みたいで可愛くて、私にクラス替えの権限があるなら知らない奴を1人うちのクラスから外して、えむを入れたいくらいには可愛い。

 ま、鳳家の令嬢にこんなことしていいのかって考えはよぎるけど、拒否されてないからべつにいいんでしょ。

 その体を離して両手でハイタッチすれば、温かさが冷たい手のひらへ伝わってきた。

 

「うし、今日も健康な体温。

 脱走は程々にしときなよ」

「えへへー!」

 

 あの元気でどっかの高校に昼休みは脱走してるらしい。加えて実家が経営してる遊園地でショーキャストとして働いてるんだから、あの見た目でなかなかどうして真面目なところがまたギャップだ。

 ......今度、見に行こう。

 

 そう思いながら教室に向かい、ギターケースを机の横に置いてイヤホンをスマホに刺し、音楽ファイルから流し始めるのは今日の夜に演奏する曲の音源。

 練習は重ねてきて、今では大した緊張もなく弾き切れる程度の練度ではあるが、それでも耳に覚えさせる工程を怠ることはいいことじゃない。

 指でトントン、とリズムを取りながらホームルームを待てば、鋭く感じ取ったのは前からの視線。

 そう言えば今日はまだこはねの頭を撫でていなかったな、と思い出し、その視線かと思って前を見れば、こっちを見ているのは知り合いってわけじゃない子。

 花里...... みのりだったか。

 組んでいた足を解いて立ち上がり、チラチラとこちらを見て気づかれていないと思っていない顔を両手で優しく掴む。

 

「ひゃあ!?」

「──なんか用?」

 

 座ってる相手に対して見下ろすような形。

 髪型が崩れないように頬に手を添える形で問うが、顔を見て結構可愛いことに気づく。

 ......そーいえば、アイドル云々で何かやってるってクラスメイトが話していた。

 なるほど、アイドル。

 それならまぁ可愛いのも許容範囲内だな、とほっぺたを揉めば結構柔らかめ。今のところこはね、えむに続いて3位ってとこ。

 

「ほらほら、言わないと分かんないけど?」

「ふぇ、えっと──」

 

 みのりが何か言おうとした時、鐘が鳴ると同時に先生が教室に入ってきて、座るように促された。

 ......まあいいか。

 『はーい』と気だるげに返事を返し、するっと髪と頬の隙間から手のひらを抜いて自分の席へ戻り、スマホの音楽を止めた。

 

 どうせ大した事じゃないでしょ、人を見る理由なんて。

 

 

 

 

 学校が終わり、電車に乗って夜の街。

 肩にかかる重さに辟易としながらもライブハウスの扉を開けば、テーブルの周りではすでにミーティング中のバンドメンバーが揃う。

 

「遅いよ、双葉」

「おばあちゃん助けてたら遅くなった、仕上げてきてるから許して」

「いい子か〜?」

「あへ、へへ、さすがふたばちゃん......」

 

 真面目なドラムの亜子(あこ)、何考えてんのか分かんないベースの結衣(ゆい)、コミュ障二十代後半のギター、真木(まき)

 お互いがお互いを都合のいい存在だって認識していて仲間意識の低いバンドではあるが、まあ、音を合わせてみればなかなか気分のいいメンバーではある。

 そんな気分で一緒にいるだけのこのバンド、Garden(ガーデン)だが、今日は何度目かのライブである。

 ま、前座だが。何もできないよりはマシだろう。

 

 何事も段階を踏むことが重要。

 それはメジャーデビューを目指す中でも変わらなくて、いつかは自分たちが前座を引き連れて全部ぶっ飛ばすくらいの音楽を奏でるという気持ちは変わることなく胸の中にある。

 ......それ以上に、苛立ちの変換先として音楽は丁度いい、というところもあるけど。

 

 真木が不平不満をぶつけるように。

 結衣が奥にある見せたくないものを消化するように。

 亜子が抑圧された自分を解放するように、私もまた、親に対する苛立ちや不満をここで音として消化したい。

 ライブの始まる時間が来てステージに上がり、基本的な準備を終えて亜子がMCをしている間、耳たぶにくっついてるピアスを撫でると、ざらりとした感触が指と心を削る。

 思い出すのはこの前、その辺のライブハウスであった優樹のこと。

 

『ひっ......』

 

 ......そんな目で見るなよ。

 あの頃はこんくらいの距離だったし、あんな風にお互いズバズバ言ってたはずなのに、すっかり丸くなっちゃって、可愛らしくなっちゃってさ。

 しかも何、あの男。

 イケメンはお呼びじゃないし、せめてもっと可愛い女の子とかとつるんでてくれれば気が楽だったのに、細かく震えてそんなに私が嫌いになった?

 

「......チッ」

 

 このバンド、そこそこにファンはいる。

 亜子も真木も美形だ、音じゃなくて顔でみにきてる奴もいて、私もまた、その例外に当てはまる。

 今日はそんな顔も見たくない奴らが前の列にいてムカつくから── 全部、乗っけてやる。

 

 苛立ち、不満、それらマイナスのエトセトラ。

 前座で腹一杯にさせてやるって意気込んだ音を──

 

 

 

 

 

「んじゃ、次の練習は来週?」

「ん。

 真木さんの仕事が忙しいんだってぇ〜」

 

 そこそこに盛り上がったライブを終え、今後の予定表を結衣から受け取って帰ろうとすれば、ばったりとベースを持った同級生に出会う。

 

「......いたんだ」

「私、ここのバイトだから」

「ふぅん、お聞きいただきありがとうございました、従業員の志歩さま」

 

 日野森志歩。

 ベースの上手い席が隣の同級生。

 日野森っつったら有名なのは親父さんとか、それこそ姉の雫先輩がアイドル的な方面で名を売ってる印象になるけど、この子もまあ、上手い。

 それこそ、今日の真打だったバンドにいるベースとかウチの結衣よかずっと上、技術面はプロ級だと自信を持って言えるくらいには。

 

「で、今回のウチはどうだった?」

「もう1人のギターが走りすぎてるし、ユニゾンが上手くいってなかった。

 ......何かあった?」

「ふぅん...... 参考になりまーす。

 ま、何かあったっちゃあったけど、志歩が気にするようなことじゃないよ。私自身の個人的なところでムカついてただけ。

 それよりバンド組んだんでしょ、頑張んなよ」

 

 それだけ言った帰り道、少し後悔していた。

 危うく優樹のことに触れられるのではないかと思って、少し過敏になりすぎたか。

 せっかく話したんだから、もっと激励の言葉を送っておけばよかったかと思いながら家に辿り着き、鍵が壊れたままの自室へ戻れば、大事にしておいたはずのものが机の上に無いことに気付く。

 焦りはあった、あったが──

 

「あっ、双葉ちゃ──」

 

 すぐにリビングに行き、大きめのゴミ袋に手を突っ込んで、その中に入っていた金属を掴んで引っ張り上げる。

 バツの悪そうな顔をする母親を尻目に握った手を開けば、そこには優樹が昔壊して、シリンダーごとドアから外れた鍵穴がある。

 どうせこんなことだろうと思った。

 咎める気も起きずに自室へ戻ろうとすれば、母親は望んでもいない弁解を饒舌に話し始める。

 

「だってそんなもの、ゴミでしょう?

 あの子はその、()()()()なんだから、双葉ちゃんがそれを大事にする必要なんて......」

「──黙ってて」

 

 私から話す言葉はもう無い。

 自室へ戻り、あるべき場所に思い出のものを戻して、ベッドに倒れ込む。

 

 どうすればあの頃のように戻れるだろうか。

 お互い無邪気だったあの頃。

 今ではお互いすっかり変わってしまって、優樹は私に怯えてるし、私もアイツをこれ以上怖がらせるのは本意じゃない。

 同じ痛みの序盤を共有してるから、わかる。

 ()()、最後までヤられたのだとしたらなんで生きてられるのかわからないくらいだ。それくらいの恐怖を植え付けられた上で── 人の最期を見せたく無いと、目を隠せるくらいの優しさがよく保てたもの。

 

「──私じゃ無理、か......」

 

 何回部屋の前で呼びかけても、どれだけ心を伝えようとしても、優樹の深いところには届かなかった。

 結局私は鍵を壊して突入するほどの気概もなく、すっかり痩せ細って虚ろな目をしていた彼の両親にもなんの言葉もかけられず。

 今音楽をやっているのだって、そんな自分に対しての反逆、反骨の意味合いが強い。

 届けたい相手に届けられなかったのだから、せめて顔も名前も声も心も知らない相手にぐらい、届けられる女になってやるって。

 せめて、音で誰かの隣に居続けてやる。

 

 人間生きていく上で、1人では居られない。

 誰かに助けられたり、誰かを助けたりして世界は回ってる。

 ──私は変わった。

 優樹に助けられてそう思うようになって、音楽でその気持ちを届けて、変わり続けていたらいつのまにか遠く離れてしまって。

 今更隣に居させて、なんて言えない。

 でも仲直りくらいはしたいよ。

 

「いいんじゃない、私は好きだよ」

 

 ......何の肯定?

 スマホから急に聞こえてきたその声に驚いてゆっくり体を起こせば、身体中を光が包む。

 眩しくて目を瞑り、次に開いた時には自分の身体はなぜか、テントの中に入っていた。

 すぐ横ではランタンの光を頼りに読書をする女性がいて、ほんの少し驚いたこっちの様子を見て小さく微笑む。

 

「あんまり驚かないんだね、思った通り」

「......何処ここ?」

「ここはね、セカイ。それで私は初音ミク、それだけ。

 せっかくだからゆっくりしていったら?」

 

 ......なるほど?

 

 

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