「──ふぅん、へぇ、ふぅん......」
「セカイがどういう場所か、わかった?」
狭いテントの中、初音ミクと言うにはあまりにも髪が黒く、何だか拘束具のような服に身を包んだソレの話を聞いた。
想いで出来た場所で、他にも来てるやつがいるって所までは簡単に飲み込めたし、別に焦るようなこともない。
だって現実ですら目を疑うことが起こるのに、今更こんな異世界みたいなところがありまーす、なんて言われたところでそこまでショックなわけじゃないし。
テント出入り口にあるジッパーを開けて外へ這い出て見れば、そこに広がるのは一面の白い木々と、少し冷たいが水分を感じない、まるで偽物の雪。
文字通りの白い森だ。
目が痛くなる。
......というか、帰り方はどうすればいいのか。
外へ出てサクサクと音を鳴らしながら雪を踏んで歩いてみるが、今のところこの場所から出られそうな感じはしない。
「女の子が1人で歩いたら危ないよ」
そう言ったミクの声を無視して進んでいれば、木々の裏から聞こえて来る唸るような犬の声。
反応してからすぐ飛びかかって来たそれが胸に衝突し、いつもえむに突撃されている時のように受け止めれば、そこにいたのはハスキーっぽいヤツ。
......何だか、こう、ずんぐりむっくりしたタイプの。
ハスキーって言ったらもっと図体がデカくてカッコ良さのあるイメージだが、今胸に飛び込んできたヤツは小さくて可愛らしい。
一瞬びっくりしたが、こんなのなら大歓迎だ。
強く抱きしめると、首筋の辺りにベロが触れてくすぐったい。
「......面白くなーい。
もっとびっくりしてくれるのかと思ってたのにねぇ、ハス太郎?」
「こんなんでめちゃくちゃって程びっくりする訳無いじゃん。
つか、この犬全然あったかく無いんだけど。
生きてるの?」
聞けば、この犬含めた森の獣は、恐怖の擬獣化なのだと。
だから生きている訳じゃない。
しかし犬とか猫とか、私にとっちゃご褒美以外のものでも無い。
怖いか? 普通に。
「というか、なんでこの場所に私を呼んだわけ?
本当の想いってやつもよく分からないし、探すお手伝いをするのが私たちっていう話ならさ、その中身くらい教えてくれる?」
「趣がないなぁ。
......まっ、いっか。このセカイはね、双葉ちゃん達の
反発心。
世間からのイメージとか、周囲の人からの圧力に対して抵抗するような事。
言われて見ればまあ、私の源泉だって反発心が始まりかって言われたら、確かにそうだ。
両親が夫婦仲をこの歳まで悪くさせずにいるのは私がいるからで、その理由としては事あるごとに私を貶して共通の捌け口にしているから。
都合のいいカカシなんだ、私。
それこそママ友についた嘘を本当にするために習い事をさせられたりとか、他人を上げるためにいちいち私を連れて来て不細工でしょう、なんて言ったりとかはあったし、勝手に部屋入って化粧品を物色しては色気付いたなって2人談笑している時もある。
別に好きにすればいい。
子は宝、なんて誰が言ったかは分からないが、その文字通り私は親にとって
家やショッピングモールに置き去りにされることも、勝手に物を捨てられることも、相手が自分に付き従う可愛い物だと思うからこそなんだろう。
だから抗う。
私を1人の女の子として扱ってくれた優樹のために、そして優しくキャンプに連れていってくれた彼のお父さんに胸を張れるように、私の中にあるものの中で1番の得手である音楽で。
メジャーデビューを目指すのだってそれが理由だ。
だってデビューできれば、それはつまり多くの人に認められたってこと。
何処で私を馬鹿にしても、貶しても、貶めても、2人の言葉には絶対に『多数派ではない』という考えがまとわりつくようになる。
自尊心だけは立派な人たちだ、私が認められるほど自分達が小さくなっていく状況をじっくりと味わってもらう。
それが私の反発。
そして、復讐。
「
それがこのセカイを産んだ想いで、みんなの心の中にあるモノ。それに気づいて受け入れてるのは、今のところ双葉ちゃんだけだね」
「褒めてる?」
「もっちろん!」
「──
頭の中で何かが切れ、首を力の限り掴んで押し倒そうとすればミクは受け入れたような薄ら笑いを浮かべたまま、その減らず口を閉じない。
それが意味すること、これから何をされるか分かっているのに。
「いったあ、本当のことでしょ〜?
優樹くんを見かけて話しかけるだけならともかく、時間が経って自分が避けられていたのもわかってたのに昔のまんま話しかけにいくとか、自分から嫌がってくださいって言ってるような物なのにー」
「......黙れよ」
「きゃあ、暴力?
マウントとって嬲るなんて、まるで双葉ちゃんの大っ嫌いな──」
骨と骨が、肉を挟んでぶつかる音が森に響く。
「黙れって」
「やーだっ。そうやってすぐ黙らせようとするのって悪い癖だよ? 彼と約束した証のピアスだって、今じゃあ染めた髪と一緒に威圧感を提供して、自分の思い通りに進める都合のいい要素でしかないもん。
自分に嘘をつくためのっ、都合のいい虚像の自分っ!」
「うるっ...... さい!」
言われなくたってそんなの、分かってる。
何度も何度も殴って息が切れ始めた頃、ミクはこっちの足をぐいっと持ち上げ、体勢を逆転させてぱん、と反乱を封じるようにその華奢な手のひらで口を封じると、挑発的に『しー』と人差し指を自分の顔の前に持って来た。
「仲直りなんてできやしないって分かってるんでしょ? 仲直りできるほど、自分は許されてないって思ってるんでしょ?!
だからわざわざ時と場所を選ばずに彼を捕まえて、話しかけて、怖がらせた! 自分からずうっと離れてくれるように!
仕方ないよねぇ。
だって双葉ちゃんは、大っ嫌いな公園で自分と彼を襲った男の人と同じように──
──それは、あの日から少し過ぎた頃。
母親は世間体を気にして、やめろ、と言った。
父親は手をあげてでも止めようとした。
それでも私は助けられたことを忘れられなくて、目を塞ぐ直前の優樹に『なんで』としか言えなかった事が苦しくて、何度も何度も足を運んではドアの前で喋ってたことを思い出す。
今日、学校ではこんな事があった。
悪口言ってた奴は上から論破してやった。
だからいつでも戻って来ていいからね、って。
繰り返すことに苦痛はなくて、むしろ仄暗い感情すら芽生え始めた頃。
「──何だか、久しぶり」
そう言って優樹が下手くそな笑みを浮かべて、ドアを開けたことを覚えている。
ほっぺには付けられた傷を上書きするように、何度もカッターで刺したのだろう生々しい痕。悪魔にうなされたのか、眠れていないことをすぐさま分からせるクマとガラガラなのに優しさを感じる声。
その縮こまった姿が、弱々しい男が、ふわっと心の近くを漂って。
「あ、う、久しぶり......
一瞬頭を揺らしたような感覚が、目の前の餌の手を取らせる。
了解無く手を取る事が、その状態の優樹にとってどれだけ恐ろしく、全ての物事をフラッシュバックさせる事なのか知りながらも、その行為に及んでしまった。
幸薄ければそうであるほど、子供はよりアダルトな色気を放つ、なんてのは少年漫画よりもエグい描写をする少女漫画に書かれていたこと。
くらりとするようなその芳香は私の心を惑わせて、その後に残ったのは、振り払われた手と『ごめん』とだけ残してドアを閉め切ってしまった優樹の声。
「わかってんだよ、私が悪いってわかってんの!!
だから...... だから、突き放すしかないじゃん。
こんな
「......つまんな。
じゃあ願ってれば? 仲直り出来ないなんて決めつけを願ってれば、いつか流れ星でも降って来て叶えてくれるんじゃない?
いつのまにか泣いていた。
情けなくて、弱くて。
1番届けたい人に届けたい言葉を言えない自分を空に見ながら、ずっと、ずうっと。