消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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借り物

 

 学校、昼休み。

 今日は忘れてこなかったお弁当を取り出しながら楽しみにしていた袋の封を開けようとすれば、購買で追加購入して来たのだろう菓子パンを食べる彰人くんから視線を受ける。

 振り返って見れば、その興味はどうやら僕の持って来たギターケースにあるみたいで、ちょっと珍しい好奇心を見せた彼に対する優先順位を弁当よりも上へ。

 壁際に立てかけていたそれを胸前へ抱きしめるように持ちながら、視線を返した。

 

「──気になる?」

「なんだよ、やけに聞いて欲しそうな顔してんなって思っただけだ」

「なんだ、別に気になるわけじゃないんだ。

 まあ聞いて欲しかったのは、そうかもね。僕だって自慢のひとつくらいしてみたいから」

「それで? 抱えてるソレ、いつものギターじゃねえのか?」

 

 よくぞ聞いてくれました。

 言葉に出さず表情だけで語り、ケースの横に取り付けられているジッパーを開けて中身を引っ張り出せば、勿論そこに現れたのはギターだ。

 ただしアコースティックではない。

 リアとフロント、2基のピックアップが取り付けられた、いわゆるテレキャスターと呼ばれるタイプのエレキギター。

 彼にはどう映っているか分からないが、自分目線ではめちゃくちゃかっこいいやつ。

 

「へえ、何処のだよ?」

「えっとね、知らない」

「はぁ? 知らないって...... お前のだろ、それ」

「借り物なんだよね」

 

 アンニュイな表情を作ってポロロン、と弾くような動きだけをとれば、なんだか可哀想なものを見る目が向けられる。

 だって仕方ない。

 バイト代が出たのはつい先日、だいたい40,000円くらいとして、一万は保護者に、もう一万はバンドでスタジオを借りる時の費用に。

 そしてもう二万は定期券とか食費とかの雑費に消えてしまうのだから、そうそう新しいギターなんて買えやしない。

 

 そもそも、なんで新しいギターが欲しいのかって言われれば、兎にも角にもライブの為だ。

 アコースティックでもライブ自体はできなくもない。マイクで音を拾ったり、ソレ専用の設備を使えばドラムやベースに食われないような音を響かせることだって出来るだろう。

 でもそういう対策をしたとして、ライブ中に音楽以外で気をつけなければいけない事が増えるのは雑音でしかないのだ。

 マイクがちょうど良く音を拾ってくれる位置を保つのはなかなか難しいし、そっちに意識がいって自分のパートでミスをするっていうのは避けたい。

 結果、アンプに繋いでさえいればその辺はあまり気にしなくてもいいエレキギターが欲しくなった、ってわけ。

 

 もちろんお父さんから貰ったものだ、アコースティックの方を捨てたり売ったり、使わなくなったりはしない。

 ただライブを見据える以上、基本はこっちの方で練習がしたいなーって。都合がいい持ち主もいた事だし。

 

「結局保護者(碧さん)に借りてるだけだからね、いつかは返すし、自分で自分のものを買いたいな」

「......ま、タダならそれもありか」

「有料だよコレ」

「おいマジかよ、ぼったくられてねぇか?」

「お古を1ヶ月でごせんえーん。

 壊れたら弁償。

 でもなりふり構ってられないからね、それでも僕はこのギターが良かったんだ」

 

 そう、なりふり構ってられるほど、僕は余裕がない。

 

 ──花里さん、改め、みのりちゃんに僕の昔話を話した時、正直に言って拒絶されても仕方がないと思っていた。

 何故、とか言わなくてもわかるだろう。

 普通に考えて罪に問われてなくても、そういう騒動のあった人間とうまく付き合おうとする人なんて何処にもいない。

 一度会ったことは今後も起こりうる事で、僕が伸ばしていないだけの牙が、自分に向かないとは限らないのだから。

 それで彼女に拒絶されたとして、そこに後悔はない。

 中尾さんの時のように抜けると困るという予防線を張ったわけじゃ無く、単純に僕がソレを話したいから話したのだ。

 被害者が集まって傷を見せ合うセラピーよりもずっと清々しい気持ち。 ......僕の自己満足に付き合わせてしまったみのりちゃんには申し訳なかったが。

 

 しかし、彼女が握ってくれた手は離されない。

 それどころかさらに強く、確かな意志を持って握られる。

 

「──向き合おう!

 双葉ちゃんと、ちゃんと!」

「......でも、僕はごめんって一言も、会えた時に言えなかった」

 

 一瞬呆気にとられて、それから自分に出来なかったことを吐き出す。

 どうにもダメなのだ。

 自分の部屋の前まで来て、声をかけてくれていた彼女の手を、一時の感情で振り払ってしまった感触が心臓の裏を撫でるようで。

 でも、それでも伝えたい言葉はあって──

 

 そうやって考えはじめようとした時、木の裏から現れたカイトが、いつもより険しい顔で言い放った。

 

「──歌だ。

 君には、届けるための歌と、音を奏でる仲間がいるだろう?」

 

 歌。

 そう── そうだ。

 ライブハウスって暗くて見えづらくて、もし客席に双葉ちゃんがいたとしても認識さえしなければ、僕がダメになる事もないはずだ。

 その環境の中で、僕の想いを歌に乗せて届ければ、向き合うための第一歩になるかもしれない。

 そのためにはまず彼女をバンドでやるライブに誘わなきゃならないっていう最大の難所があるわけだけれど、少なくとも道は見えた。

 

 彼女の手を握り返し、深々と頭を下げて礼を言う。

 

「ありがとう、みのりちゃん、カイト!

 頑張ってみる!」

「ファイト、だよっ!

 助けて欲しいことがあったら、もっと相談に乗るからね!」

「ああ、俺たちも。

 ......さて、じゃあそろそろ君の脇腹に刺さってる牙を抜こうか?」

「あっ」

 

 やる気に満ち溢れて血色の良くなった顔が、カイトの放ったその一言ですぐさま青く染まる。

 なっさけなく逃げる事もできるが......

 

「え、えっ?」

 

 女の子がいる前でそんなことをするのはちょっと。

 仕方なくみのりちゃんの肩を掴み、震える声で願いを絞り出せば、困惑しながらも尋常じゃない事が起きようとしていることに、彼女も気づいたようだ。

 

「出来れば...... 抜けるまで、手を握るか応援するかのどっちかを頼んでもいいですか......!」

「う、うん! 頑張れーっ!」

「それじゃあ行こうか......」

 

 

 

「ゔぁぁぁぁぁ!!!!?」

 

 

 

 ......まあ、というわけ。

 もちろんライブならいつでもいいってわけじゃない。

 目標は近いうちに行うライブ。

 そこまでに自分にできる全身全霊を込めて双葉ちゃんへ僕の想いを届ける事が、いまの僕を突き動かす燃料。

 今日はダメだった、仕方ないからまたいつか。

 そんなので伝えられる思いがあってたまるか。

 明日も明後日も、来月も来年も、人がそこにいてくれる保証なんて何処にもないからこそ、命をかけるのは()しかない。

 

 当たり前の明日なんて、訪れる保証は何処にもないのだ。

 

 だから今を噛み締め、昔を焼き付け、未来へ踏み出す。

 後悔を極限まで減らすように。

 

「いい顔してんな」

「そう?」

 

 いそいそとエレキをケースの中に戻しながら、彰人くんの言葉に首を傾げてベタベタと顔を触ってみる。

 自覚はないけれど...... いい顔、と言うやつになれたのは、きっと色々吐き出せたから。

 いつかみのりちゃんに恩返しができればいいな、なんて思いながら今度こそ弁当の中身を取り出せば、またも向けられる怪訝な瞳。

 おかしなところは何処にもないだろう、シンプルなおにぎり一個なのだと言うのに。

 

 握って、蒲焼きのタレをかけて、海苔で包んだ手作りのヤツ。白飯と晩ごはんは保護者が金を出してくれているのだから、こういうところで節約していくのは別に悪い事じゃないだろう。

 何も食わずに放課後まで耐えたあの時と比べれば、何にしてもマシだ。

 

「ああそうだ、正式にライブが決まったら見に来てよ。

 彰人くん達に負けないくらい頑張るから!」

「あー、行けたら行く」

「えー...... それ来ないやつじゃん。

 まあいいや、それじゃあ来れたら来て、ね」

 

 手を取り、互いの小指を絡ませて指切り。

 彰人くんはライブ、並びに大人数の前で歌うことに関しての先達だ。もし来てくれるなら、見せるライブの良かったところと悪いところを教えてもらおうと思っていたが、『行けたら行く』ではそれも難しいか。

 まあそれはそれ。

 

 おにぎりを食べながら落とした視線の先にはエレキギター。

 まずはコレに慣れなくては、どうにもならないだろう。幸いにも今日は早めに帰れそうな時間割でライブハウスも空いてそうなので、たまには従業員の特権を使ってみようと思う。

 

 今からギターをかき鳴らすことに楽しみを覚えている、バンドメンバーとのセッションに面白さを覚えている自分が、だんだんと変わってきていることを実感して──

 少しだけ、心が満たされる感じがした。

 

 

 

 

 

 







 バンドとかやったことないんでギターとかわからん......
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