「うーん」
アンプに繋いでいないギターの弦を弾きながら、毎回同じフレーズで首を傾げて何度もやり直す。
セカイの焚き火の前、電気が繋がっていないからこその仕方ない策ではあるが、そうでもしてまで確認したかったことがあった。
楽譜と弦を交互に見て、これで何度目かの睨めっこ。
気になるのは── ラスサビ前を筆頭とした一部フレーズにおける、一体感の
「そんなに気になってるわけ?」
「うん。みんなで集まって演奏する分には全く問題ないんだけどね......」
覗き込むテトの口に焼いたマシュマロを突っ込みながら返答すれば、あふあふと口の中を火傷しそうな熱と満足感のあるねっとりとした甘さを楽しむ彼女の声。
そう、このブレは皆で集まる分には生まれないもの。
こうやって1人で練習する時、スマホから音を鳴らしてやる時にしか感じることのできない、言語化が難しく気付きづらいものなのだ。
多分だけれど、みんなここの部分を演奏する時だけ楽譜を無視しているのではないか、とは思う。
それは僕を含めてで、合わせようとしているからこそ気付かない。合わせた結果気付けない。
アドリブの弊害というか、まあ、そのまんまやっても問題はないと言われればないのだけれど、どうしても気になってしまった。
カバンから取り出した晩御飯を口に含みながら何度目かのリプレイをしてみるが、やっぱり、という感じ。
「ふわぁ...... 」
「......ふふ、やっぱり飽きるよねぇ」
何度も聞いていれば飽きるのも仕方がないもので、焚き火を挟んで向こう側の椅子に座っている彼女のあくびに微笑む。
すれば、それが失礼なことだった、と思ったのだろう。髪も肌も真っ白な彼女は、長すぎて手の見えない袖を使って口元を隠す。
「ご、ごめんなさい!」
「気にしなくっていいよ、僕もちょっと飽きてきたところだし」
別にそんな事はない。けれど、変に気遣わせたくなかったから嘘をついた。
すると彼女は── 文字通り、この森のように真っ白な初音ミクは、椅子の上で体育座りをしてくるりと丸まってしまう。
恥ずかしかったか、こちらの嘘を見抜かれたか。
女の子の心はわからない。
──この白いミクを連れてきたのは、今もその辺りで警備のバイトをしているネル。
聞けば、最近はメイコのところへ降ろしている手作りの笛がよく売れていると聞き、購入者に会いたかったのだと。
つまりあの不思議な笛を作ったのは目の前のミクで、ある種の命の恩人であるというわけなのだが、どうにもその見た目に驚いてしまって。
白いミク、と言われて思い浮かぶのは、北海道とかの北日本の特産品を広告する際によく使われる雪ミクとか、そのあたり。しかも雪ミクと言っても白いのは服とか髪の先端くらいな物で、実際そこまで真っ白けなのはどうにも初めてだ。
ま、そういう物なのだろうが。
気を取り直してギターに集中しようとすれば──
「きゃっ!」
「わあっ!?」
ドサドサッと、雪のクッションに何かが落ちる音。
聞き慣れないその声とキャンプの近くに人が落ちてくるという珍しさのダブルパンチに驚き、振り返りながらステンレスカップの中に入れたお茶を飲めば、そこには今までにない人数と、たった1人綺麗に着地する見慣れた顔。
「日野森さんだ! さっきぶり!」
「えっ、志歩、知り合いなの?」
「......まあ、そう」
だんだん説明するのも面倒になってきたが、ここでソレをサボって変なことが起きてもいい気持ちはしない。
ある程度簡略化しながらもこのセカイについて説明を終えれば、現れた4人もまた、いつものようにセカイの中にできた穴から落ちてきたのだと。
ただ今回違っていたのは、穴への落ち方。
彰人くんやみのりちゃんは足を滑らせて落ちた結果ここに来たのだが、彼女たちは約一名、進んで穴の中に飛び込んでみたのだと。
「椅子あったかな......」
「あっ、お気遣いなく。私が立ちますから......」
「お客様を立たせたままにさせるわけにもいかないし、別にタメ口でも大丈夫ですよ。
同年代なわけだから...... あった!」
自分の座っていた分、そして白ミクの座っていた椅子を借りて4脚。
焚き火の前に置いたそれらの椅子に彼女たちを座らせ、カイトほど美味しくないにしても、おもてなしのお茶を入れてそれぞれのサイドテーブルへ差し出す。
話を聞けば、彼女たちは幼馴染でバンドを組んでいるのだと。
その名は『
......なんかかっこいいな。いかんせん僕たちのバンド名がシンプルすぎるからか、意味はよくわかっていないけど他人のバンド名がかっこよく感じる事は多々ある。
他に知っているところだと、バイト先によく来る『STANDOUT』とか。
「でも運が良かったと思うよ。
変なところに落ちてきたりすると、このセカイでは獣に襲われたりするから」
「獣って...... ひゃんっ!?」
ほら、襲われた。
そういうふうに微笑みかけて星野さんの足元を指差せば、すっかり懐いてこの辺りに遊びに来るようになった獣。
まあ、ポメラニアンだ。
彼女もまたポメラニアンにとって懐く対象だったのだろう、その足を舐め、抱っこしてと言いたげに足元をうろついている。
結局、慌てる星野さんの代わりに抱き上げたのは、セカイに1番最初に落ちてきた天馬さんだった。
「もっと怖い獣もいるから...... コレ。
このミクが作ってくれた笛を吹けば、獣は一目散に逃げ出すから。
もしまた来る時は持ってきてね」
「その...... うん、私が作った」
よっこいしょ、と僕の後ろに隠れていた彼女を胸元まで持ち上げると、いくらか恥ずかしげな顔で4人に視線を向けた。
小さめだからかこういう扱いも容易で、なんだかこうしていると可愛らしい。
そんなこんなで一通りを終え、ゆっくりして行って、と伝えてから自分の課題に戻る。
──いや、解決方法はわかっているのだ。
軽ーくメッセージグループに、疑問として楽譜のここがおかしくないか、と送ればいいだけ。
そうすれば優しいみんなはある程度僕に対して同調してくれるだろうし、たとえ間違いであっても『これがこうだから、コレは間違ってないよ』と懇切丁寧に説明までつけてくれるかもしれない。
でも、どうしてもためらう。
自我を出す事、そして、そもそも経験値的には圧倒的な格上の3人に対して物申すこと。
それを僕がやっていいのか、というためらいが心の中を支配している。
この感覚、獣にしたらコウモリとか。
ここまでは息を潜めて対等な関係のように振る舞えていたのに、いざ発見して意識すればその存在がかなり明確に行動を阻害してくる感じ。
メッセージだけ打ち込んで送信ボタンを押そうとして、押そうとした指を引っ込めて。
送っちゃえば楽になる。
でも経験の深いみんながなにも言わないって事は、僕の考えは杞憂で、演奏の仕方をミスってるだけなんじゃない?
確かに音楽に触れてきた時間は長いけれど、こうしてバンドマンとして過ごし始めたのはほんの数日前。
経験の差は天と地ほど。
首を傾げすぎてフクロウみたいになりそうだ。
一度スマホの画面から目を離し、焚き火でも見ようと横を振り向けば、柔らかい感覚と共に暗くなる視界。
びっくりしてすぐさま後ずさると、心配そうな顔をした天馬さんと、そんな天馬さんに前足を掴まれて肉球をこちらの目に触れさせていたポメラニアン。
どうやら難しい顔をしすぎていたようだ。
「大丈夫? アタシ、良かったら相談に乗りたいな!」
「いや、でも──」
「間違ってるかもしれないところを、他のメンバーに相談するか迷ってるんだって」
流石に僕の問題。
他人に相談するほどのものでもないだろうとその申し出を断ろうとすれば、それを遮って全て言ってしまったのはなんと白ミク。
そんな自我を出すようなタイプではなかっただろうと思いながらその顔を見れば、『1人じゃずっと迷っちゃうよ』との痛い言葉。
......まあ、それもそうか?
それもそうか。
そうして、ここまで悩んでた事を話してみれば、ふむふむとリアクションをとってどこか納得した表情の天馬さん。
思い当たる節があったのだろうか?
「わかる〜! アタシも演奏してる時、こっちの方がもっといい感じに聞こえるんじゃないかな〜って思う時あるもん!」
「どこでも、やっぱりそうなんですね」
「うん! だから私はすぐ、いっちゃんとかしほちゃんに相談するよ!
もしかしたら違うかも...... って考えててもしょうがないもんね!」
彼女たちにとってはそういうもの、なのだろう。
信頼の形というか、幼馴染として昔から積み重ねてきたものの結果というか。
なんだか羨ましい。
僕たち、そこまで積み重ねがあるわけではないから。
「確かに、みんなで良いところと悪いところ、どう思ったかを共有するのは大事だよね。
私も自分じゃわからないクセとか、一歌ちゃんに教えてもらったりするから......」
「ほなちゃんもそう思うよね!」
「みんなで共有して、曲をより良くしていく......
私たちがそうである様に、天里くんにもその考えを持って欲しいんじゃないかな?」
星野さん、望月さんの言葉を受け、送信しようとして止まっていた指が少し前に進む。
そう、曲を良くするためのことならば、きっとそこに経験の差はあまり関係がない。
だから言ってみるべきなんだ。
そう思って勇気を振り絞ろうとした時、日野森さんがこちらの肩を叩き、ささやく。
「ちゃんと言うのも、信じることだよ」
......信じる。
ゆっくり息を吐いて、送信ボタンを押せば、すぐさま付いたのは3件の既読。
早すぎる確認に驚きながらも返信を待っていると、急に電話がブーッと鳴って驚き、危うくぶん投げそうになってしまいながらも、4人に見守られながらその着信を通話に切り替えれば、機嫌のいい長田さんの声が森に響いた。
「もしもし、優樹くん?」
「あ、もしもし......」
ゲームセンターにでもいるかのような雑音の中で、凛として聞こえてくる声。
どうやら後ろに中尾さんや玲央さんもいるらしく、やれ繋がったかだの俺に変われだのとヤジが飛び交う。
「送られてきたやつ、ちょうど3人いるから、さっき確認してきたんだよ。
マジ迷惑だったろうけどソコの部分だけ、知り合いのとこにあった楽器で。したらさ、確かに言った通りだった!
勝手に合わせる方向でやってたから全然気づかなかったよ、サンキューね!」
「あ、え、あ! ありがとうございます!」
「いやいや、お礼は俺と玲央よ!
作ってんの俺らだからさ! いいじゃん、これからもこんな感じで自我、出してこうぜ! 自我を出してこそライブってのは成功するからさ!
そんじゃあねー!」
「はい!」
通話が切れ、安心感に心が染まってヘニャヘニャとその場にへたり込む。
結局、彼女らの言う通りだった。
向こうからの信頼に気づかず、もしかしたら受け入れられないかもと悩み続ける事こそが不信頼の証。
ステージを共にするのなら、まずそこはクリアしなければならないと。
「ま、良かったんじゃない?」
「しほちゃんもありがと...... あっ、日野森さんも......」
「別に言い直さなくていいよ......」
レオニード。
信頼を教えてくれた彼女たちを、僕は応援したい。
「いっちゃん、ほなちゃん、咲希ちゃんにしほちゃんも。いろいろありがとう!」
「それじゃあ、また!」
帰っていく彼女らを見送り、咲希ちゃんの呼び方がうつってしまったな、なんて思いながら焚き火の前まで戻ると、テトやネルと楽しげに話していた白ミクがこちらへ駆け寄ってくる。
この子がいなければ相談もできなかったと考えると、感謝しても仕切れない。
とりあえずありがとう、とまずは簡単な礼を伝えると、彼女は小さく首を振った。
「私は
助けられる事があれば助けるし、誰もひとりぼっちにさせちゃいけないの。
黒は悪で、白は善。
そういうふうに決まってるから」
「ふうん、そういうもの?
よく分からないけど、それでもお礼は受け取って欲しいな。ゼンとかアクとか無く、ミクはミクじゃない?」
「......うん。じゃあ、どういたしまして」
──じゃあ、黒もどこかにいるのかな?