消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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とどけかた

 

  怖いって、なんだろう?

  ふとした疑問であると同時に、ある意味では僕自身の根幹を揺るがす疑問でもある。

  机の上で立たせたマイクの上に顎を乗せ、デンモクに映るお笑いライブだとか映画だとかのコンテンツに目を通しながら、なんとなく考えていた。

 

 怖いというのは、感情。

 何かを感じる、目から情報として受け取るなどの中で、対象に何かしらの感情を持つことで発露する一種の拒否反応みたいなものだと僕は理解している。

 漠然と考えれば幽霊や暗闇などがそれに当てはまり、極端なものとなれば恐怖症として病気と判断されるほどのダメージを受けてしまう──

 防衛反応でもあり、自身の心身を傷つけるものでもあるのだ。

 

 そしてこれは別の話だが、歌とはなんだ?

 

 歌とは、感情の表現を第一とした芸術や娯楽の一種であり、「語り」とは似て非なる存在。

 世に出回っている歌の数多くは例外なく、思いを届けるものであるのだ。

 それはカラオケでの歌唱も変わらない。

 ストレス発散で歌うのも、悲しい心を紛らわせようと歌うのも、上手くなりたいから練習を兼ねて歌うのも。

 どれも根幹には思いを乗せてリズムに合わせ、声に心を乗せるという様式があり、それを否定できはしない。

 

 話を戻して。

 そうなるのならば、おかしいのは先ほど玲央さんが残した言葉である。

 

 一曲を聴き終えて、ちゃんとした姿勢で少し悩んだ後、彼女はこう言ったのだ。

 

「......怖い」

 

  怖いと、一言だけ。

  悪気はないんだと思う。じゃなかったら悩む様子なんて見せずに断言すると思うし、きっと色んな感情が乗った歌の中で1番大きく彼女に届いたもの── それが恐怖で、怖いって感想が出ただけ。

 受け取り方の問題ではなく、おそらくは僕の想いの乗せ方に問題アリってところだろう。

 

 しかしそうなると難しい。

 だって今回の歌い方、別に怖いとかの感情を持ってはいなかったのだ。

 恥ずかしさとかも薄れて消えてしまっていて、これまでで最もフラットな感情で歌えたはずなのに、伝えられた感想はソレ。

 ......どうすればいいのだろう。

 

 大きなため息を吐き、持ってきていた飲み物を一息に飲み干す。

 ──少なからず僕の中には希望みたいなものが芽生えている。それは彰人くんとの交流とか、みのりちゃんへの秘密の吐露とか、それこそnoisEでの活動の中で3人と繋がる感覚とか、そういう小さくて大きな積み重ねがあって作り上げられた若葉。

 しかしそれを届けようとして、それでも排除しきれなかった恐怖がまるでカビのように全てを包み、他人に伝わらせてしまうのならば、僕に出来ることはあるのだろうか?

 すでに根幹として根付いてしまった、あたり一面無差別な恐怖。

 これでは最善の形で歌を届けることもできず、せっかく積み上げた自信や楽しさも、まるで失敗しただるま落としのように崩れていく。

 

 たった1人の言葉でジリジリと崖に追い詰められていく...... よくない傾向だ。

 かけられた言葉ひとつひとつをちゃんと考えるのは自分の美徳、得手だと認識していて面接シートにだって書いた事があるが、それはそれとして深く受け止め過ぎて自分自身を傷つける結果を呼び込んでしまう事も多い。

 長所は得てして短所となり得る。

 学校に入学して保健室に行って早々、保健室の先生に言われた言葉を思い出しながら荷物をまとめて立ち上がり、自動精算機の前で財布を開く。

 フリータイムで入った以上、よほど混雑しない限りは追い出されたりなんて事はないが...... どうにも、今は元気よく伸びやかに歌を歌おうか、なんて気分ではない。

 お代はだいたい1000円かそこら、サッと取り出してしまおうと思えば、小銭入れの中には大量の100円。別に両替をしたというわけではなくて、音楽スタジオを借りるたびに長田さんや中尾さんにお金を渡そうとしても、その度に突き返される。

 ならせめて半分でも受け取ってくれ、と言えば──

 

「──言ったね? いま半分でも良いって言ったね?」

「いやそういうわけじゃ......」

「問答無用ッ! 学生2人からの徴収金は500円固定とさせていただくッ!」

「俺もって、長さんそれはちょっとやり過ぎ」

「ざーんねん、もう決まった事だから変えられんよ!

 ここで学生に大人の強さを見せつけてやるのさ!」

 

 こんな調子だ。

 いや助かるのだが...... お釣りの500円が100円5枚での配布なせいで、ただでさえ小さな財布を尋常でなく圧迫してしまっている。

 後ろに人が並び始めた為、さっさと会計を終わらそうと100円を使って払おうとすれば、財布を持つ手がつるりと滑った。

 そうなって仕舞えばもう説明は不要だろう。

 

 「あー......!」

 

 地面に散らばる銀の行く手は四方八方。

 そこそこの量入っていたものがぶちまけられ、赤い床材の上を転がっていく姿にため息混じりの声が漏れた。

 ひとまず拾い集めようと屈み、それからどうするべきかと思案する。

 後ろの人に順番を譲ろうにも、すでに会計機の読み込み口にレシートを読み込ませてしまった為、そうすることはできない。だからと言って千円札で払おうにも、今どき珍しい新札対応できていないタイプも会計機だ。

 そして僕の財布にある千円札は全て新札、使うことは不可能。

 ちょうど店員さんも席を外しているし、助けを呼ぶこともできずにすみませんすみませんと小さく謝りながら小銭を集めるが、やはり1人では限界がある。

 もう10枚適当に集めて払って、それ以外はそこに置いて逃げてしまおうかなんて最低な逃げの発想が浮かび始めた時。

 

「──その、どうぞ」

「えっ、あ、ありがとうございます......」

 

 後ろに並んでいた、ラフなジャージ姿の女性が周りに落ちたものを数個拾い集め、手渡してくれた。

 立っているだけでも地面に擦りそうな銀色の髪の毛。

 それを地面に付けることを構わずに。

 するとグループで来ていたのだろう他の3人も、同じように集め始める。

 

「──ありがとう...... ございます」

 

 とりあえず受け取った10枚そこそこで会計を終え、余りの数枚を戻した財布はついさっきまでのようにパンパンに膨れ上がる。

 なんというか、優しい心遣い。

 少し前のモヤっとした気持ちが嘘のようにこの出来事が嬉しくて、彼女らに深々と礼をした。

 

 「ううん、大丈夫。それじゃあ......」

 

 特にお礼をせびることもなく去っていった姿。

 その姿と去り際の声からは、心からの安堵というか、『よかったね』って感じの心が伝わってくる。

 きっと僕に足りないのはそういう揺らぐことのない、心からの一念と言うものなのだろう。

 ......いつかそれが、僕の心の中に現れる日が来るのだろうか。

 

「......がんばるぞ」

 

 決意を新たに自分も店を出て、空を見上げた。

 少し暗くなったが太陽はまだ顔を出し、こちらを照らす。

 

 ......とはいえ、まあ、少し不安は残るわけで。

 

「あ、優樹くーん!」

 

 おしゃれなカフェのテーブル。

 そこからブンブンと大きく手を振るみのりちゃんに小さく振り返し、そのテーブルにそそくさと早歩きで近づくと、周りを気にしながら小さくなって席に着く。

 見慣れた笑顔の真正面から視線を横にそらせば、そこには知っているけどよく知らない2人の顔が並んでいて、その圧につい顔が固くなりながらも笑顔を保つ。

 別に怖いってわけじゃなくて、存在の規模がまた違うのだ。

 

「こちらご存じ遥ちゃん! そして雫ちゃんだよ!」

「こんにちは〜」

「こんにちは......」

 

 まあご存じ、有名人。

 それぞれ一度は別のアイドルグループに所属していて、紆余曲折ののちにモアジャンのメンバーになったと言うことは聞いた。

 桃井さんと会った時までなら、この2人を前にしてもここまで緊張、あるいは存在感に気圧される事もなかったろうが、いかんせんふたりの詳細はウィキペディアなんかにズラッと載せられている。

 気になる子の隣にいる人がどんな人なのか、調べたくなったりするだろう?

 その結果が今、悪い形で出てしまっている。

 

「聞きたい事があるんだよね?」

「あえ、はい。実は......」

 

 とはいえ本題を忘れるわけにはいかない。

 こちらの様子を見て会話の切り出しを担ってくれた桐谷さんに感謝しつつ、すうっと息を吸ってから身振り手振り、今日時間をいただいた理由についてを話し始める。

 

 想いを伝える歌。

 それが怖いと言われた手前、僕には2つの選択肢が示されていた。

 どうにかこうにか、なんとかしてその怖い部分を取り除く。もしくは今のままで僕の歌を貫き通す。

 もちろん楽なのは後者だ。結局いつも通り、恥ずかしがる事なく存分に歌えば良いのだから。しかし楽だからという短絡的な理由だけで決めるなどは愚の骨頂であり、その諦めを容易く受け入れるならばまずは足掻いてみるところから始めてみるべきだと感じた。

 そうすると、必要なのは自分以外で歌を使って想いを届けている人たちの意識している事、考えていることなどの情報収集。

 あくまで参考程度にしかならないだろうが...... それでも、何も知らないまま暗闇に進むよりはマシだと言う判断。

 

 それで最初に思いついたのはアイドル。

 歌の上手さ、盛り上げと言うところも重要視されるだろうが、彼女たちは何よりも誰よりも想いを届ける歌い方をする。

 となれば聞くのはみのりちゃんに決まり、というところで連絡をすれば、すぐ近くにまで来ていると言うことで合流させてもらったというわけ。

 身もふたもない事を言えばメッセージで教えて貰えばよかったのだけれど、ほんの少しぶりに彼女の顔が見たくなったから外かセカイで会えないか、と聞いたことは喋らない。結構恥ずかしいから。

 

 ──そして、聞いてみれば共通するのは大概幼い頃の話だ。

 

 みのりちゃんは昔テレビで見た桐谷さんに、桐谷さんも同じように幼い頃に見たアイドルに。

 それぞれ希望を与えられ、いつかは与える側になろうと努力した結果の今だと。

 そして届け方も...... 重ねた努力と想いを感情にして歌に乗せる、いわばシンプルなやり方。やはり地道にやっていくしかないのだろう、それだけ歌というものは難しい。

 

 難しいからこそやり甲斐がある── プラスに考えていこう。

 話を聞き終え、3人の時間をこれ以上邪魔するのも申し訳ないと立ち上がると、ちょうど机の上に置いていたスマホに明かりがつき、ロック画面の犬の下に現れたのはメッセージアプリの通知。

 すぐさまパスワードを入れて開いてみれば、そこには中尾さんからの重大なお知らせが載せられている。

 

「──ライブ日程が決定したのを伝えときます。

 来週の休みに前座で一回、再来週にもう一回あるから、やれることはやりましょう」

 

 ついに決まった── という感情よりも先に来たのは、このままではまずいという焦燥。

 足元から焼かれるような感覚だ。もう少し時間があればこの怖い云々の問題も穏便に解決したかもしれないが、残念なことに1週間なんていうものはどうしても一瞬で過ぎ去ってしまう。

 正味、ギターに関しては人に聞かせられる程度の演奏はできると自負している。それはお父さんに渡されてからずうっと弾いてきた積み重ねとか、それこそ他のメンバーから貰ったアドバイスなり激励があったからこそ。

 しかし歌はどうしようもない。

 もちろんできる限りのことはするが...... それでも無理だと感じたのなら、本当に不服だけれど今のままで突き進むしかない。

 

 滲み出る不安が止まらず、それはいつの間にかみのりちゃんにまで伝播していて、彼女の覗き込むような目がスマホと自分の視線の間を通り過ぎる。

 彼女もまた、不安げ。

 別に聞いた結果が不満だったというわけじゃない、これはこっちの問題でしかないのだと伝えようとして、言葉を選びきれず、とった選択はそのまま手に持っているスマホの画面を見せること。

 

「ら、らいしゅ── じゃない、再来週にライブがあるんだ。

 ......その、本当にやること無かったら見に来てね」

「──うん、楽しみにしてるね!」

 

 もっとまずくなった。

 まさか急な話をそんなノータイムで『いきます』って意思表示で返されるなんて思わなかったし、こんな事なら情けなく普通にライブが不安なだけだよって言えば良かったのに。

 変に格好つけようとして自分を追い詰めてしまってる。

 

 帰り道、人の少ない駅のホームを抜け、階段を登りながら固く右手を握り込む。

 

「が、頑張るぞ......!」

 

 






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