消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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皮を破れず

 

「おはようございます」

 

 ライブハウス『creator』

 僕がバイトをさせてもらっているライブハウスで、時折有名らしいバンドが来て賑わったり、ここを贔屓にしていたバンドがプロになったりと割と有名な場所。

 ()()()()()()()()()学校終わりの足でその扉を開け、既にバンドメンバーが首を揃えている方を見れば、そこでは長田さんと店長が何やら笑顔で世間話に花を咲かせていた。

 

「いやぁ、noisEがこの令和に復活だなんてねぇ。

 ちゃんとメンバー揃えて来るのなんて何年ぶりになるのさ?」

「ゆうに10年ぶりとか、そんなところですね。

 店長が覚えててくれて嬉しいですよ、あの頃のことを」

 

 基本的にだが、店長は音なく入ってきてもすぐに気付くくらい来客への反応がすごい。いつもならどこにいたってこちらに挨拶を返してくれるのだが、今回はそれよりもずっと長田さんとの会話に夢中なようだ。

 まあ気づいていないならそれでも構わない。

 音を立てないようにすり足で中尾さんの横に近づき、2人と彼の間で視線を交互に移動させれば、察したのか小声で囁いてくれる。

 

「......noisEは元々、かなり人気のバンドだったんだ。

 それこそレーベル所属も秒読みかってくらいに。

 ウン10年前に当時のギターとドラムが抜けて、それから人気は萎んでしまったけど...... それを残そうと頑張ってきたのが長田で、あの店長はそんなnoisEのライブを見てた()()()ってところだろう」

「それじゃあ、今回のライブがトントン進んだのって」

「積み重ねの結果だろうね。

 もちろん次のライブもだ」

 

 そう言って長田さんを見つめる中尾さんの目は少し悲しげなようにも、後悔を映しているようにも見える。

 憧れとはまた違う渦巻くものが見えて、あまり触れるべきではないかとすぐに目を逸らした。

 

 すると話が終わったのか、長田さんは店長に見せていた真面目な顔とは一転して朗らかな、良く言って少し能天気なような笑顔を見せながら僕たち3人の肩を順番に叩く。

 

「うし。そんじゃまあ、合わせていきましょうかぁ!

 ......あと優樹くん」

「えっ、はい?」

「そのだね...... 今日のライブ、碧さん来るっぽいんだ。お互いブン殴られないように頑張ろうね......?」

「あの人来るんですか?! 今日仕事だって......!」

「早く終わったから来るってさぁ、さっきメッセージ届いてさぁ...... まあとりあえず頑張ろうね!」

 

 ......まあ、頑張るけれども。

 あの人は毎回毎回唐突なんだ、それに暴力的だし。

 ともかく全力── そう、今の僕にできる全力を持って届けることを意識すれば、きっと上手くいく。

 上手くいくはず、だ。

 

 ギターから伸びたストラップを肩に掛け、最初に比べると早くなったチューニングに自分自身で成長を感じながら、開かれたカバンの中にクリップチューナーを投げ入れて弦を押さえる。

 

「いけます」

「よし、じゃあ最初から通しでやって、気になるところを詰めたら本番だ。

 妥協なしで行くよ、ついて来い」

 

 顔から遊びが消えた長田さんの一声を合図に、小さめの個室の中に音が溢れ出す。

 今回披露する曲名は『キリフダ』。

 長田さんと玲央さんの作った音に中尾さんの歌詞がマッチして、高い水準で響いて来る曲に仕上がったソレは、それぞれの楽器にしっかり出番があって新生したnoisEが此処に在ると示すには最適なものだ。

 合わせの時点で緩み掛けている頬をしっかり引き締め、ほんの少し削れているピックが激しく弦を弾き、緊張や恥ずかしさがブレーキにすらならない歌をマイクに乗せる。

 

「──♪!!」

 

 喉の調子も当社比で悪くない。

 自画自賛のようになるが言わせて貰えば、上手くいっている。

 ......しかし油断は禁物、ここはまだ練習なのだ。ここで緩んだ心を持って本番でミスをすれば、それこそ他のメンバーにだけでは無い、盛り下がった観客相手に演奏しなければならなくなる真打ちにすら迷惑が掛かる。

 調()()()()()()()()()()()()()()

 僕にその権利はないと頭の奥で声が響きながら、一曲を弾き終える。

 

「んー......」

 

 長田さんは息を切らす事なく顎に手を当て、自分の手元を見てから周りを見渡した。

 何かミスをしただろうか、なら遠慮無しに言ってほしい。

 しかしどうやらその表情は杞憂だったようで、パァッと悩んだ顔が明るい表情へと変化する。

 

「いいね! でも本番はもっと熱いし、目線も多いよー? だからここで満足しないで、本番ではもっともっともっとアゲてこうぜ!!」

 

 ほっ、と胸を撫で下ろす。

 ミスなく終えられた事が嬉しくてつい取った行動だったが、そこに視線を感じて振り返れば玲央さんの目。

 どうしたのだろうと見れば、何でもない、と何でもないわけがない顔で言う。

 首を傾げるが、その真意を知ることはなく本番の時間が訪れてステージ上に上がる。

 

「──こういう気分なんだ」

 

 マイクスタンドの前に立ち、暗くてよく見えない観客の方を見れば、ついその言葉が漏れ出てしまった。

 ライブというものはたくさん観てきた。

 このライブハウスでのバイト中、彰人くん達のやってるビビッドストリートでのライブ、そしてみのりちゃん達の配信。

 見る側から見られる側に変わり、そっちの方を見れば期待する視線を送る自分自身がどこかにいるんじゃないかって気分になって、すぐさまそんな事はありえないよなと首を振った。

 でも驚いたのは、思ったよりも緊張というものがない事。

 ステージ上には皆んないる。だからこれはいつもの練習のようで、重ねたものがのしかかる緊張を破壊してくれる。

 

「──どうも、noisEです!」

 

 マイクスタンドからマイクを外してMCを始めた長田さんから視線を外し、曲に入るタイミングを他の2人とアイコンタクトして見計らう。

 あくまでも念のためだ、MCがスベったら問答無用で曲に入れと言われている。

 小さく息を吸って吐いて、興味なさげに下を向いてスマホを見る客の方は向け、MC終わりと同時にエフェクターを思い切り踏み込んで心臓まで揺らす音を響かせた。

 

 僕はこの演奏を楽しまず、緩まず、ただ一心不乱にソッチ側の耳に届けるから──

 

「──♪!!!」

 

 僕の代わりに、思いっきり楽しめよ。

 

 

 

 

「──あざっしたー!」

 

 汗を拭い、解放感と同時に溢れる疲労に腕を振るわせながらも礼をして、盛り上がりを見せたステージを真打ちに引き継ぐ。

 最終的なところで言えばスマホを見る客は居なくなり、皆こちらの方を見て楽しもうとしてくれたのだから、きっとこのライブは最高と言っていい。

 玲央さんも長田さんも嬉しそうで、中尾さんも顔には出さないにしてもライブを終えた瞬間にガッツポーズしたのを僕は見逃していない。

 

「いや、気持ちよかったねぇ!」

「疲れました......」

 

 何よりもミスなく終えられた事。

 それが何より嬉しくて、控え室に戻ると同時にソファに誰よりも早く座り込んだ。

 ......きっと、もっとやれる事はあった。でも今の僕にはこれが限界で、その限界値でお客さんを楽しませられたのなら、それで──

 

「邪魔する」

 

 と、急に控え室の扉が開かれる。

 そこにいたのは仕事帰り、スーツ姿の碧さんで、その後ろには店長の姿。

 おそらくは感想を言いにきたのだろう。流石に殴られはしないだろうと思いながら立ち上がり、少し早歩きで近づいてくる彼女を待ち受けると、俯いていたその顔が上がると同時に見えたのは()()()()

 

「いっ」

 

 そして次の瞬間に走ったのは、左頬への鋭い痛みである。

 

「──ナメた歌い方したらブン殴るって言ったよな?」

「......何が気に入らないんですか?」

 

 確かに彼女は僕にそう言ってた。

 嘘をつく事はあまり無くて、冗談も言えるような人だとは思ってないから、きっとこの痛みは僕の歌に本当の不満があったからなのだろう。

 受け入れるべきだ。

 でも、それでも、納得が出来ず、反論する。

 

「お前はライブが終わってどう思った?

 楽しかったか? 達成感があったか? 歌を届けられてよかったか? それとも結果に満足できなくて不満か?  

 違うよな? ライブ終わりに見せたお前の顔はそうじゃない、やっと終わったっていう隠さない疲労とミスるのが怖かったっていう()()なんだよ! それが歌から伝わってきてるから殴ったんだ、満足か?

 ミスるのを恐れて、それで楽しむことをやめたらソレはもう音楽じゃない、ただの心に残らない音だ!」

「......っ、楽しめるわけないだろ。

 どこかがズレたらみんなに迷惑が掛かるんだ、それに僕だって音に恐怖を乗せたかったわけじゃない。

 この1週間ずっと...... ずっと何とかできないか模索して、友達に教えてもらったりもして、玲央さんに頼んで聞いてもらったりして、その上で...... ()()()()()()()()

 

 努力は、した。

 それでも、何度やっても恐怖は消せなくて、時間は過ぎて、いつの間にか今日だ。遅れたのだってこのまんま行っていいのか、ドアの前で迷っていたから。

 碧さんがどれだけ歌に想いを乗せていて、それがどんなものかはわからないけれど── 僕の限界はここだったってだけなんだ。

 

 しかし碧さんは長いため息をひとつ吐くと、一度店長に目配せをしてからこちらの首を掴み、体ごと壁に押し付けた。

 苦しさと痛みの中、声が聞こえて来る。

 

「違う。

 お前のソレは、本当は消せる方法があるのを知ってるくせに逃げてるだけだ。

 首絞められて苦しいだろ、助けを求めても無理ならどうすればいいか、1()()()()()()()()()()()?」

 

 ──()()()()()、と。

 

 右手を握り、肘を曲げ、振りかぶる。

 

「それでいい、傷つけろ。

 傷付けて傷付いて迷惑かけてかけられて、それすら出来ない()なんて脱ぎ捨てれば、お前は──」

 

 ......でも、出来なかった。

 フラッシュバックは血まみれの両手で、何も持っていないはずの手のひらには、なぜかハンマーが縫い付けられているように感じて、力無く振り上げた腕を下ろすと舌打ちと共に首を掴む手から力が抜け、彼女は背中を向けた。

 

「──腑抜けが」

 

 

 

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