消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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ねずみがいっぴき

 

 土曜日、セカイ。

 重要な物事を控えながら、ほぼ同タイミングでセカイに入って来た2人がいた。

 それぞれはそれぞれのミクの前に立ち、片や優しく手を振って、片や面倒臭そうに視線を外す。

 離れてこそいるが考えることは同じで、心を落ち着かせるために訪れたことに変わりはなく、地面に座って空を見上げる。

 

「今日、だったよね」

 

 白ミクが優樹に問い、静かに首を縦に振る。

 彼女の見た想いの持ち主はいつもと違う、どこか儚げで崩れ去ってしまいそうな脆さと、ふとすれば心の奥にまで突き刺さって抜けなくなってしまいそうなほどに色気を漂わせる目線を感じた。

 何があったのか、何が起こるのか、それを知る由はないにしても──

 

「いたっ!?」

 

 まるで叩きつけるように手製のブローチを胸に取り付けさせ、頑張れと背中を押す。

 その足元にはネズミが1匹。

 目を細め、頭を足元に擦り付けている。

 

 不器用な激励、ほんの少しの勇気をもらって優樹はその表情を緩め、リハに向かおうと星空観察もそこそこに立ち上がった。

 

「そういえば、ミクは白いけど...... 黒いミクもいるの?」

「......いるよ」

 

 

 

「──ふぅん、アンタ以外にもいるんだ」

「当然。

 ......私たちは表裏一体、2人で1人。白は善で無ければいけないし、(わたし)は悪でなくっちゃわたしじゃない。

 心当たりあるでしょ?」

「......まって、じゃあ白じゃなくて黒が私といるって事は、私は悪人って事?」

 

 双葉の言葉に対してそう言う考えもあるか、という表情を見せた黒ミクは半笑いで首を横に振り、手のひらをひらひらと振りながらスマホの音楽ファイル、その再生を止めた。

 

「面白い考えじゃん、図々しくて好きだな。

 ()()()。私たちはそれぞれ、その対極にある根幹の思考を持つ人にしか見えない」

「はぁ? じゃあ──」

 

 双葉が疑問を口に出そうとした直前、音楽ファイルが止まった事でセカイから消えていくその姿を見送りながら、黒ミクはなんともいえない表情で足元を這う蛇を優しく撫でる。

 

「誇っていいよ、双葉。

 貴女は自分の行動を罰することも、時折正当化はしちゃうけど正しいことと悪いことも分けてちゃんと見れてる。

 どちらかと言えば善だから」

 

 

 

「じゃあ僕は悪いんだ。

 別に文句は無いけどね」

 

 そう言ってセカイから消えた優樹の背中に手を振りながら、白ミクはぺたんと椅子に座った。

 肩にはネズミ。物憂げな表情を心配するが、指の腹で頭を撫でられすぐさま目を細めてしまう。

 

「......頑張れ。

 自分の中の悪をちゃんと見られれば──」

 

 

 

 

 ライブハウスの前に置かれた傘立てにビニール傘を畳んで突っ込み、今度は全くの躊躇いもなく扉を開く。

 すれば既に臨戦体制のメンバーが揃っており、やる気に満ち溢れた佇まいから発されるプレッシャーをその身に受けると、優樹の口角がほんの少しだけ上に向いた。

 

「やる気だねぇ」

「もちろんですよ」

 

 挨拶もそこそこ、さっさとリハに向かい、合わせの最終チェックをする中で考えるのは不安要素。

 ちゃんと寝ろって言われていたのに前日あまり眠れなかったとか、みのりちゃんがチケットはちゃんと渡したと言ってくれたが、この雨の中で双葉が来るのかどうか。

 そして、もし観客の中に双葉を見つけた時、この調子のままで演奏ができるのかどうか。

 

 演奏する楽曲は複数。

 その中には初めてのライブでも歌った『キリフダ』と、完全な新曲も入って来る。

 問題はこの新曲。

 長田さんと玲央さんが作っている最中にテンションが上がってしまったらしく、なんと馬鹿げたことに途中決して短くは無いギターソロのパートが入っているのだ。

 無論、やれないわけじゃない。

 それこそ練習であればミスも殆どなく演奏をできるくらいには仕上げているし、ライブの状況によっては少し崩したりアドリブを意図的に入れることだってできる。

 しかし本番となればそうはいくまい。

 故に約束として取り付けられたのは、『やれる時はアイコンタクト無し、無理そうならアイコンタクトあり』という指示。

 アイコンタクトをすればそのパートはギターソロじゃないバージョンに切り替わるという寸法になっている。

 

 もちろんできる限りギターソロのまま進めるのがベストではあるのだが。

 

 全体の合わせを終え、肩からかけたエレキギターの調子も問題無し。

 あとは本番、僕たち人間次第だ。

 

「ふぅ...... 時間余ったねぇ、何しよっか?」

「円陣でもやる? けっこう気合い入るぞ、アレ」

「いいですね、やりますか。

 長さん俺の横、んでそっちに中尾さんで......

 ほらクソガキ、隣に来いっ」

「なんか久しぶりにクソガキって言われましたね」

「1番年下なんだからいいだろ、それじゃ掛け声お願いします!」

「あ、俺!?」

 

 俺も何も、リーダーは長田さんなのだからそんなに驚かないでほしい。

 こういうのはサッカーでも野球でもキャプテンが声を出すものだ、それはバンドだって変わらないだろう。

 すれば長田さんが4人の視線が重なる一点に手のひらを伸ばし、その上に中尾さん、玲央さん、そして僕と重ねると、4人分の熱が体の中に流れ込んでくるようだ。

 

 このメンバーでここに立つこと、そしてそれぞれの想いを胸に込め、長田さんの声に耳を傾ける。

 

「偶然集まった4人です、俺ら。

 たまたまそれぞれがギターとベースとキーボードとドラムが出来て、たまたまこのライブハウスがこうやって協力してくれる場所で、たまたま予定が空いてた人が観客として見に来てくれてます。

 こんな最高の偶然、きっと2度と無い!

 一回きりのこのライブ、この偶然を逃さずに盛り上げ切っちゃいましょう!!

 せーのっ、行くゾォー!!!」

「「「おおっ!!」」」

 

「......はははっ、俺だせぇ〜」

「いいと思いますよ、僕は好きです」

 

 恥ずかしそうに耳を真っ赤にしている彼の背中を叩きながら、控え室を出てステージへ上がる。

 僕たちは今回も前座だが、前と違うのは既にひとつ前のグループが軽く盛り上げた後なところ。

 暗くなったステージ上から見える観客達はこちらにそこまで興味がない様子で、やっぱり真打目当ての人はスマホを見たりだとか、時折ぼそっと聞こえるのは──

 

「noisE? お前知ってる?」

「知らねぇ、つかあんま興味ねぇな」

 

 ......こんなところ。

 正直なところ、そんなことを言われたところで僕は同様とかするわけじゃない。だって実際どんな風な活動をしていましたか、なんて聞かれたらどう答えればいいのかわからないから。

 むしろダメージを喰らうのは長田さんだ。

 僕は真ん中でマイクスタンドの高さを調節しているわけだが、なんか背後の方で『うっ』て小さな呻き声が聞こえて来る。

 ほらね?

 

 セッティングを終えて準備完了、ゆっくり息を吸って吐いて、暗い中で目を凝らしながら観客の方をもう一度見る。

 メンバー全員のチケットノルマのうち、雨の中でも来たのは7割ってところ。 

 見たところ大人2人の知り合いが多くて、そのほかで言えば結構前の方で彰人くん達が陣取っていて、かなり嬉しい。

 チケットを買ってくれた時は『行けたら行く』なんて言っていたが、その文言で実際に来るのなんて彼くらいなものだろう。

 そして端っこの方には志歩さんがいて──

 

「あっ」

 

 ......みのりちゃん達と来ていた雫さんに連れて行かれて、モアジャンのグループに吸収された。

 結構衝撃的で、つい言葉が漏れてしまう。

 というかモアジャンは全員来てる。手を振ってくれてるみのりちゃんにニヤつきそうになるが我慢だ、我慢。

 というか嬉しいけれど、他の3人はいつチケット買ったんだろう? まあ普通に来て買ったのか。

 そして── 双葉は、まだ来ていない。

 

 ......それならそれでいいさ。

 来ないなら、来てもらえるまで頑張るだけ。

 

 暗闇の中、お互いの視線を合わせる。

 吸い込んでいた息を吐いて、止めて、叩きつけるようにピックを振り下ろせば轟音と共にステージをライトの輝きが照らし出し、僕らのステージが......

 

 僕のステージが、始まった。

 

「前のバンドがしんみりした感じで入るっぽいから、ここは歌からの入りでぶち上げるんじゃなくて、ちゃんとイントロから入ってこう。

 いきなり上げすぎるとついて来れない人が出てくるから」

 

 そう言ったのは中尾さん。

 だからこそ丁寧にしっかりと、浮いてしまっているこちらに興味のない客にも手を差し伸べるかの如く、きっちり気分を上げられるようにイントロから歌唱へ。

 

「──♪!!」

 

 結局のところ歌に自信持てたかどうかで言えば、全然自信はない。

 それでもちゃんとやって来た。

 だからどう思われようと声を伸ばせ、響かせ、永遠にも思える客と演奏者の溝を埋めるように届かせることがボーカルのやるべき事。

 

 指の動きも本番だからって鈍っていない。

 上手くいっていることが嬉しくて長田さんの方を見れば、彼も嬉しそうに少し歪んだような笑顔を浮かべながら、手の中で収まってるコードとの格闘中。

 中尾さんもちょっと怖い顔しながらキーボードと睨めっこ、玲央さんはちょっと辛そうだが、やっぱりその細椀じゃ思いっきり叩くのは大変だろうな。

 ──それでも、みんな楽しそうだ。

 

「──どうしても、嫌えない、僕は人が好きなんだってわかった。

 君を歌いたい──!」

 

 サビに突入し、すっかり慣れた目で観客を見る。

 興味無いって言ってた人たちはスマホをしまってこっちを見て、彰人くんはなんとも言えない表情で見てるけど杏ちゃんの様子を見る限りでは声が響いてる。

 志歩さんも雫さんに絡まれている時は恥ずかしそうだけど、そうじゃ無い時は楽しそうに優しい笑顔を見せてくれてるし、みのりちゃんだってのって来てる。

 

「強く、優しく生きてみるよ。もう一度、その手を繋げるかな?

 惨めな心も切り札なら、いいさ、いいさ──

 ──最高の一枚だ!」

 

 僕も楽しい。

 楽しいのに── 笑えない。

 

「......キリフダ、でした!」

 

 サビを歌い終え、アウトロまでを弾ききり、マイクを長田さんに任せて振り向いた僕の顔はきっと曇っている。

 何故か、という理由はわかっていた。

 やはり双葉がいて、想いを伝えることをモチベーションに続けて来た練習だ。彼女がいないのに僕が楽しんでは意味がないし、()()()()()()()()

 

 長田さんのMCが終わるまでの間に息を整え、もう一度客を見るが姿はなく。

 気分が落ち込みそうなまま、次の曲── 『ジョーカーに宜しく』が始まる。

 

 キリフダで盛り上げた空気を崩さずに維持するのならこれ以上ないと言える新曲、キーボードもドラムもベースも、それぞれに顔を出すシーンがある傑作だ。

 

「──ジョーカーなんて来ない!

 均等な不幸など、頼るな、縋るな、泥水でしゃんと目を覚ませ!」

 

 そして、まさに今の僕に刺さる。

 彼女は来ない。それだけだ。

 けれども歌いきれ、演奏をやりきれ。そうでなければいつかの次は来ないのだと自分に言い聞かせ、サビを歌い終えた時──

 ほんの少しだけ聞こえたドアの開く音。

 階段を降りて来る姿を知っていて、ラスサビに入るほんの少しの間。

 文字にして一拍、もしくは二拍、時が止まる。

 

 視線が交差して、いつぶりかの対面。

 あの時と違うのは、僕が彼女とちゃんと目を合わせて、その瞳の奥にある心を見れているところだ。

 

 申し訳ないと、もう一度会う資格なんてなかったと目で語る彼女に対し、僕は指を一瞬止めてしまう。

 前後左右、バンドメンバーからの視線が集まった。

 この次は件のギターソロ。長田さんの視線が語る、無理ならばアイコンタクトをしろ、と。

 汗が吹き出し、いまだに克服できていない過去の恐怖と彼女への怯えが体の中を満たして、僕は──

 

 

「──ふざけるな!!!」

 

 僕は初めて、自分自身に怒りをぶつけた。

 もちろん現実で声に出したわけじゃない。極限まで集中する中でスローモーションになった意識の中、真っ暗闇に向けて叫んだのだ。

 

 結局理性を保ってちゃ何もできやしないじゃないか、僕はその程度なのかと苛立ちを隠さず、いつのまにか握っていたハンマーを血まみれの手のひらに力を込め、さらに強く握る。

 腑抜けめ、自分で頭をかち割ってやろうかと思ったその時、視界の端に人影が映った。

 

「あの時の......」

 

 僕を犯した変態の男だ。

 すぐさまぼうっと立っているその男の頭に向けてハンマーを叩きつければ、その体はガラスのように割れ、その中から出て来たのは傷だらけの小さな自分。

 それを見て、フッと力が抜ける。

 

 ──僕は獣だ。

 そして、あの変態もまた、獣だ。

 

 何故獣に堕ちるのを嫌ったのか?

 単純なこと。ただ単に()()()()()()()()()だったのだ。

 

 ......そうだ、何も変わらない。

 欲に負けて小学生を襲う大人と、自分の事のためだけに人を殺した僕はどこも変わりはしない。

 過去は消えない。

 消そうとしても消えず、真っ白なシャツにこぼしたケチャップを布巾で拭いた時のようにむしろ広がっていく。

 それならば、と、ゆっくりと振り上げたハンマーを昔の自分に振り下ろし、割れたその中から出て来たのはセカイにいたネズミ。

 

 その辺にハンマーを放り投げ、指を立ててその体全体を鷲掴みにする。

 

「お前は...... 弱い僕だったんだ」

 

 だから苛立った。

 何もできないくせして出来ることをやりたく無いと否定する自分を掴み、頭上に持ち上げて、顔を上に向ける。

 

 僕は悪だ。

 何もできないネズミの皮に爪を立てれば、破れ、骨が折れた音が小さく鳴り、赤いものがたくさん見えて、諸々が混ざり合った固形物と水分のドロついた血のようなものが口の中へ滴り落ちて、などにへばりつきながら胃袋に到達する。

 

 糞尿と血、そして肉の混じり合った不快極まる過去の己の喰らいつくして、溢れてベトベトになった口周辺を乱雑に白シャツの袖で拭った。

 

 恐怖に怯える皮はもう無い。

 僕は── 僕の意思で、獣に堕ちる。

 

 

 

 ギターソロをやるのか、やらないのか。

 その判断ができる限界ギリギリまで待った長田さんの手が弦を弾こうとした時、全てを切り裂いてエレキの弾けるような音が鳴り響く。

 何回も何回も練習したパート。

 ミスらないのは最低条件で、どうせ楽しむなら更にここから──

 

「うおっ......!」

 

 中尾さんがチケットを売った彼のファンがこちらを見る。

 演奏の細かさ、大胆さ、それらを一段上に上げて『さあ、どうかな』と弾き終えて皆を見れば、乗せられてくれてその目は挑戦的なふうに様変わり。

 それでいい、と観客の方を見て声を張る。

 どうかな、この声に恐怖を感じたりする? 

 答えは盛り上がりで教えてくれて、既にこの歌声の中に伝わってしまうような恐怖は残っていない。

 

 あるのは── 楽しむ心と届ける想いだけ!

 

「結局誰しも、濁った心臓を打ち鳴らし──

 笑って、笑って、企んでんだ! こんなザマで終わってられっかって!!!」

 

 楽しみすぎて外れたリミッターが鼻血を垂らし、それを拭き取った手のひらを舐めれば水分と鉄の味。

 別に性的に見ればいいだろう、今の僕はもう気にして無いんだからって、双葉に見せつけるように。

 

「──ジョーカーなんて来ない!

 運命の包囲に、怯むな、縋るな、誰かの養分で終わりたいか!?

 甘んじてんじゃねえ! 最低ラインのユートピアに、いつかなんて来ない、計れEscape(エスケープ)!!!」

 

 我を出せ、奪い取れ。

 他の3人がどれだけ上手くても、ここは僕のステージだと、見せつけるように。

 

 

 

「──焦ったぁ!?」

「あはは、結果オーライだねぇ」

「肝が冷える...... 今後、ああいうことはするなよ」

「善処します!」

 

 全曲を終え、舞台裏に下がって笑い合う。

 本当だったら終わってすぐに出て行った双葉を追おうと思っていたが、あることに気付いたので焦ら無いことにした。

 ともかく、ライブは大成功。

 もしかしたら雨雲も吹き飛ばせるんじゃ無いかって盛り上がりを見せ、ライブハウスの店長にもお墨付きをいただいてしまった。

 嬉しい限りである。

 

 そして大人たちの矛先は打ち上げへと向かい、僕と玲央さんの知らないうちに予約されていた居酒屋へ行こうという話になる。

 本当に申し訳ないのだが、そういうのは事前にこっちの方にも話を通してくれないだろうか?

 値段の安いところでいいから......

 

「じゃあ、一回家に帰ってから行きますね!」

「ああ、また後でな」

 

 そしてここで一旦お別れ。

 鼻血まみれの服とギターを家に置くため電車に乗り込み、スマホを見てみれば来てくれたみんなからの感想が届いていて、つい嬉しくなって長文のお礼を書き込んでしまう。

 きっと明日になれば『キモいなこれ......』というテンションになってしまうだろうが、今だけはこの幸福感に包まれてもいいだろう。

 

 ......ふと、思い出すのは兄から貰った言葉。

 

『──父さんがいなくなったのも、母さんが辛くて泣いてるのも、全部お前のせいだよ。

 だからお前は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 重く受け止めていたが、今ならある程度は軽い気持ちで突っぱねられそうだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って。

 

 家に帰り、そそくさと着替えて部屋を出る...... のではなく、意を決して音楽ファイルを開き、セカイに入る。

 何故なのかと言われれば、僕が僕の中にある本当の想いに気づいたから。

 

 きっと僕の中の本当の想いとは、何かに強く反逆すること。

 自らを縛るソレに対して強く反発し、自分らしく自由にいることこそがこのセカイを作り出した本当の想いなのだ。

 

「あ...... お前......」

 

 セカイに入って早々出迎えてくれたのは、僕の中にあった双葉に対する恐怖の擬獣化。

 既存の獣とは一線を画すその姿が襲ってくることは無く、背中に乗れとでも言いたげにしゃがんでその背をこちらに向けている。

 お言葉に甘えて乗せて貰えば、猛スピードで向かったのは白い森の奥の奥。

 

 そこには小さなテントがあって、その横では顔見知りの人間が寝転がって空を見上げている。

 覗き込もうかとも思ったが、ここは横に寝転んで昔を思い出しながら星空を眺めてみることにした。

 

「......覚えてる? お父さんが教えてくれた星座」

「覚えてる。あれがうしかい座、おとめ座、かに座」

「すごいな、僕は覚えてない。

 えーと、アレがアレでしょ、夏の大三角形!」

「ざんねん、夏じゃないし......

 それじゃ、あの星座は? 当てずっぽうでいいよ」

「え? えー...... みずがめ座!」

「へびつかい座でーす」

 

 そんな会話をして、少し起き上がって彼女の顔を見れば、笑っているのに泣いているようなそんな顔。

 少しだけその表情を見て── すぐ、星座の方に視線を戻した。

 

「ごめん。

 ......絶対に嫌だったはずなのに、あんな時に手を掴んじゃって、ごめん。ごめんなさい......!」

「もう気にしてないよ。

 それで言うなら、僕だってごめんなさいだ。ライブハウスで会った時、もっとちゃんと話せてればよかった。

 約束を守れなかったこと、謝りたかったことは2人ともおんなじだったんだから......」

 

 僕らはもう、お互いに1人じゃない。

 ずっと隣に居続けることはできないし、いつかお互いのことを忘れて幸せに生きていくのかもしれない。

 だけど、この胸の痛みだけは...... ちゃんと解決しなきゃいけなかった。

 彼女も体を起こし、少し涙を拭いてから耳に取り付けていたピアスを外し、こちらの手のひらに乗せる。

 それは約束からの決別、そして新しい道に行くお互いへのエール。

 

「あげる。

 ......ちなみにさ、セカイは私たちの反発心で出来てるんだって。

 優樹は...... 何に対して反発してる?」

「僕は、僕に対して、だ」

「そう。じゃあ私もそうしよっと」

 

「──そうじゃん、言うの忘れてた。

 優樹、付き合う相手探すなら宮女の子にしときなよ! 性格良し、顔よし、体よしの子が揃ってんだから!」

「付き合う相手探してないし、別にそんなとこ心配しなくても......」

「心配するって、顔の左側はイケメンなんだから変な人が付いてくるかもしれないでしょ」

「人体模型みたいで悪かったね......」

 

 そう言って彼女の帰ったセカイは、いつもより真っ白で──

 

「......打ち上げいこっ」

 

 いつもよりも暖かかった。

 

 

 

 





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