消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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がんばります


壊れていく雑音

 

「2人とも、『crossing(クロッシング)』ってライブハウス知ってる?」

「ああ、時折BAD DOGSとしてイベントに呼ばれたりしていた。

 設備も充実していて、ビビッドストリートの中でもかなり力の入っている印象を受けたな」

 

 ある日のゲームセンター、クレーンゲームのレバーを握りながら狙うのは詰め合わせのお菓子。

 言わずもがな、僕は金欠である。

 ギターは月々で借りているだけだし、なんだかんだで残るお金というのは少なくて、近頃は満足にお菓子だったりを買って小腹を満たすこともできやしない。

 安く済んで、かつお腹を満たす方法...... うどん屋に行くとかもあるだろうが、ある画期的な方法を思いついて冬弥くん達を連れ、この場所に来ている。

 

 題して、クレーンゲームで詰め合わせ取れば買うより安く済むんじゃないか説、だ。

 

「──ああ、そこを狙うのがいい」

「わかった...... おおっ」

 

 冬弥くんからアドバイスを受けて落としたのはチョコ棒、なんと驚きの30本入り!

 大体500円で取れたので得なんじゃないかと思っていれば、彰人くんから告げられる悲しい真実。

 

「それ、送料込みで450円で通販できるぞ」

「え゛え゛っ?!」

 

 

 

 

「......やっぱりね、苦労して取った物だから値段とかつけられないですよ。

 得とか損とかないんです、頑張ったんだから!」

「ほとんど冬弥だったじゃねえか。

 ......で、ライブハウスについて聞くってことは、今度のライブは()()()の方でやるってことか?」

「うん。

 スパンの問題で新曲は作れなかったけど、レベルの高いところでどれだけ通用するのか見てみたいって長田...... うちのリーダーが」

 

 小脇に抱えたチョコ棒の袋を開けて一口に食べ切ると、そのまま開いたスマホの画面には中尾さんからの会場が決定したというお知らせ。

 先ほど話題に上げたライブハウスの名前があり、事務的な内容でこそあれ、やる気の伝わってくる文面が綴られている。

 

 言ってしまえば当たって砕けろ、が今回のテーマ。

 もちろん失敗するつもりだとか、絶対通用しないなんて考えてライブに挑むようなバカは存在しないにしても、今の僕たちからしてみればビビッドストリートの、それも力を入れているライブハウスでのライブだなんて相当頑張る必要があるだろう。

 

 正直、僕自身は燃えている。

 言ってしまえば困難であるが、少しずつ勇気を持って自信があると言える様になってきた歌と演奏が、どこまで客の胸を掴めるか。

 エゴになってしまうけど、ライブの成功よりもそこが気になり始めているところだ。

 

 しかし、浮かないところがあるのも事実。

 

「どうした、急に萎びて」

「んー、心配事がね...... ドラムの人、ここ最近あまり調子が良くなさそうだから、大丈夫かなって。

 それに...... 僕自身このまま、漠然とバンドでやってていいのかな、とは思ってる」

 

 結局、新たな大目標、というところの結論は出ていない。

 バンドというところで言えばプロになるとか、ワンマンライブとか、それこそおっきな所で言えばドームライブやツアーなんてところ。

 しかし僕はそれらに惹かれているわけではないのだ。

 プロの事なんて考えた事もないし、ワンマンである事に執着もしていない。

 

「だから色々見て考えたいなって。

 その点で言えば、RAD WEEKENDを超えるっていう明確な目標のある2人が羨ましいな」

「......ま、お前なら見つかるだろ。

 ただ妥協はすんなよ、もし本気でやりたい事が見つかったらな」

「ああ。俺も彰人も、天里の歌には刺激をもらった。

 微力だが応援している」

 

 すでにメッセージで受け取っていた感想。

 しかしこうやって直接言われると嬉しいものがあって、だんだんと湧き出てくるやる気についつい笑顔をこぼした。

 せっかく取ったチョコ棒を2本くらい上げてしまう程度には嬉しい物だ。

 

 

 

 

 そして数日。

 全員揃って訪れたライブハウスは冬弥くんから聞いた通り設備が充実し、ハコとしての大きさもいつもお世話になっている場所より広く、まるで異世界の様な感覚すらある。

 

 少しすれば共演相手のバンドが現れ、その中でもリーダーらしき人が長田さんと軽い挨拶を交わした。

 どうやら知り合いらしく、なんとも言えない顔で長田さんは顔を合わせている。

 

「久しぶりですね、周平さん。

 いつぶりだか...... ああ、()()()()()()()()()()()()()()

 

 挑発じみた視線が向けられ、それと同時に中尾さんの手が抑えるように僕の方に乗せられる。

 いやいや、舐めないでほしい。

 いくら若いからって簡単な煽りに乗って怒るような精神ではないのだから。

 

「はは、でもみんな才能があるからね」

「そうでしょうね、貴方が選んだメンバーなんだから。

 ......才能侍らせたくらいで今回の対バン、勝てると思わないでくださいよ」

「それで勝てると思ってないし、だからって負ける気で来たわけじゃないのはご存じでしょ?

 まあまずは見てもらってから── ってぅぉあああ?!」

 

「──玲央! 玲央ちょっと落ち着けぇ!!」

「あいつ長さんバカにしただろ! 1発ぶん殴ってやる!」

「違う違うマイクパフォーマンスみたいな物ですから! 

 そんなガチに捉えなくても大丈夫ですから、あ゛ーっ!?」

  

 何故か玲央さんが暴走した。なんで?

 ともかく煽りに反応してしまった彼女を丁重に引っ張り戻し、抑えている中尾さんを尻目に2人で相手のリーダーに頭を下げる。

 

「まあとりあえずよろしくお願いします」

「なんだ、君は結構冷静なんだな」

「はは、まあ──

 勝利宣言は始まる前にしか言えないですけど、負け惜しみは終わった後にいくらでも言わせられますから」

 

 

 

 

「......あれ、相手なかなか効いてたぞ」

「あれがぁ?!」

 

 雑談しながらも気になるのは、やはり玲央さんのことだ。

 やはりおかしい。本来あそこまで感情的になるような人じゃ...... 多分、なかったはずで、それこそ長田さんが恩人だったとしてもブチギレ過ぎだと思う。

 なんと言えばいいか、力が入り過ぎているような感じ。

 

 やはり嫌な予感は拭えなくて、さっさと解決しなければまずい事になりそうな予感がし始めた頃、先に演奏していたバンドがはけて次は僕たちnoisEの番。

 いくらか足どりが重そうな玲央さんの背中を叩き、いつも通りで構わないと微笑みかけた。

 

「ミスってもリカバリするから大丈夫なんで、とにかく全力で行きましょう!」

「......うん。ありがとな」

 

 マイクの前に立ち、息を合わせて第一音。

 客の反応を見る限り掴みは上々で、先に盛り上げられていたとは言え自分たちの演奏が通じる、という事実に高揚する。

 それは周りも同じようで、いつもの練習よりも脂の乗った演奏が質のいい音でライブハウスを満たしていく。

 

 向けていた心配もなんのその、玲央さんもこの空気の中で気圧される事なく我を出して、心臓を掴まれるような演奏が届けられそうだ。

 

「──♪!!!」

 

 サビに突入し、ギターの音が更に強烈に響き渡っていく。

 自信を持って喉を震わせ、楽しさに塗れて興奮が絶頂にまで達しそうな中、振り返れば──

 

「──っ!?」

 

 練習と同じように、彼女の手からすっぽ抜けたスティックが顔のすぐ横を掠め、危うく客席にまで飛んで行こうという所。

 ギリギリ左手で掴むことができたものの、思わぬハプニングに玲央さんの手が止まり、観客席からも疑問の声がかすかに聞こえてきた。

 

「......すっぽ抜け?」

「今めちゃくちゃ危なくなかった?」

 

 これはまずい。

 今はドラムがあまり目立たないパートだから良いものの、この後すぐにドラムの音がなければ成立しない箇所へと突入する。

 どこか放心状態の玲央さんを引っ張り戻す方法を考えて考えて、思いついたのはたった一つ。

 

「玲央さん、2()()()()()()()!」

「え、あ、うん!」

 

 偶然読んでおいたドラムの楽譜。

 頭に入れていたそれを呼び起こし、彼女の左手役をちょうど良いところまでやり切るしかない。

 

 結果で言えばそういうパフォーマンスだと誤認させる事に成功し、客も盛り上がってくれて終わったものの──

 

「はぁ、はぁ......」

 

 このままではまずいだろう、と3人でアイコンタクトを取り、いつもより激しく息切れする彼女を見る。

 

「やっぱりおかしいよ、一体何があったんですか......?」

 

 無理な動きをさせた痛みが鋭く走る左手を押さえながらへたり込む玲央さんの顔を覗けば、ひどく追い詰められたような目に浮かぶ涙。

 それでも彼女は何故そうなったのかを言おうとはせず、心配させまいと気合いで涙を引っ込めて弱々しくこちらを押し除ける。

 

「──ご、めん。長さん......」

「気にしないで、とりあえず落ち着いてみよっか。

 ......休んでいいよ」

「はい......」

 

 フラフラとライブハウスを後にするその背中がドアに隠れてしまうと同時に、静かになった控え室に長田さんの大きなため息がこだまする。

 ミスを咎めるようなものではない。

 むしろ、心からの心配が僕と中尾さんでも深く読み取れた。

 そうして差し出されたスマホの画面、そこに写るメッセージは、玲央さんからのもの。

 

「今日のライブが終わったら、少しの間休ませてください......

 なんとも、な。長田、これオッケーしたのか?」

「するでしょ。エンジョイバンドだよ? 俺ら。

 ......はぁ、仲間だっていうのに、俺は毎回こんな時に無力でね。辞めたりしないでくれると嬉しいんだけど」

 

 踏み込むことの怖さを知っているのか、2人は傍観せざるを得ない自分に無力感を感じて項垂れる。

 

 ......先日、玲央さんとの帰り道。

 普段帰る方向の違う彼女と一緒にいる、なんて事は珍しくて覚えている。

 駅で別れたとき、彼女が向かった方面は病院に向かう道だったはずだ。となれば、彼女に訪れたあの不調は、何かしら病院が関わっているのかもしれない。

 もしかしたら大事な人が── と、考え始めた途中で頭を左右に振り、不躾な思考を振り払う。

 

 結局、踏み込まれたくないから言わないわけで。

 彼女は幼馴染の双葉と違ってただの先輩後輩、言ってしまえば一緒にバンドをやっているだけの他人でしかない。

 首を突っ込んでも、彼女にとってそれがいい事になるとは限らないのだ。

 

「──とすると、次の練習日はどうしますか?」

「んー、まあ一応予定通りに優樹くんのバイト先かなぁ。

 中尾さんが繁忙期入っちゃうからね、そこくらいしかないんだ」

 

 とりあえずはメンバーが欠けていたとしても、練習まで欠かすわけにもいかず、次に関する情報を共有する。

 通用するという嬉しさ、玲央さんの事というもどかしさに心を搾られながらもギターを持って帰ろうとすれば、ここで重大なミスをした事に気づく。

 

 基本、ギターケースを持つときは左手だ。

 右手を空けておきたいから、というのはあるが、不用意に聞き手へ負荷をかけたくないというところもあり、そうしている。

 今持ち上げようとした時もそう思って、取っ手を左手で持ったわけだが──

 

「いって」

 

 そう。怪我してる。

 肉離れみたいな感じで、きっと数日後には治っているだろうが、顔を顰めたくなるくらいの痛みが絶えず左手に走り続けているのだ。

 そしてそんな左手に、重量のあるギターを持たせて仕舞えばどうなるか?

 

「あっ......」

「え? ヤバ音しなかった?」

 

 何かしらが弾ける音と共に、ギターケースが地面に叩きつけられる。

 ぶわっと冷や汗が飛び出してきて、走馬灯のように頭の中を駆け巡るのは碧さんとギターを貸し借りするときに交わした約束。

 

「1ヶ月5000円、壊したら弁償。

 もちろん新品価格でだ」

 

 すぐに右手でケースを持ち上げると、ほんの少し、かすかに聞こえてくるジャラっという音。

 ピックの擦れる音とは違うそれを受け、顔を押さえてため息を吐いた中尾さんの声が遠く聞こえる。

 

「......練習は延期だ、とりあえずな」

 

 ライブハウスから、家まで。

 確認できる機会は何度もあったが...... そんな勇気を出せるかと言われれば、NOである。

 

 

 

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