消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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焦熱とモルガナイト

 

「あの」

「なあ」

 

「「......」」

 

 何故か重苦しい空気の充満する食卓。

 向かい合い、同時に発した声はぶつかり合って消えてそんな空気に一際重さを加算させた。

 

 優樹の脳内ではどうやって破損したギターの話を穏便に済ませられるか、という思考が木の下を走り回ってバターになった虎のように駆けずり回っていて、味のしないご飯を口に含みながらチラチラ視線を送る。

 その先には説明に使わなければならないと自室から持ち出してきた借り物のエレキギターがケースの中にあり、その存在が彼の心を締め付けて千切らんとすら勢い。

 

 対して、そんな優樹と向かい合う碧。

 彼女もまた、バツの悪そうな顔を見せながらも麦茶で喉を鳴らす。

 その手元にあるのはスマートフォンで、片耳だけ接続されたワイヤレスイヤホンから流れてくるのはnoisEが行った2回目のライブと、優樹がギターを壊す原因となったビビッドストリートでのライブである。

 

 ──しかし、ここで生まれる疑問。

 何故来ていないはずのライブの、しかも映像を碧が持っているのか?

 それは長田と結んだとある約束が果たされたことを意味している。

 

「先輩、やっぱり優樹くんのライブってのは気になるでしょ?」

「......そうでもないよ」

「うっそだー、息子みたいな親戚の子の晴れ舞台、先輩なら絶対見たがるって分かってんだから!」

 

 最初のライブ前、飲みの席。

 耳を赤くした長田の言葉は、言葉少なに否定的な表情を見せた碧の深いところに差し込んだ上で強く抉る。

 素直になれないまま大人になった手前、誰かに大きな声で言うことこそ無いものの、彼女の中で優樹の存在が日常を過ごす活力になっている事は確かであり、息子のように思っている。

 

「強がっちゃってもー!」

 

 だから長田の言った様に、行けなかったライブも見てやりたいと思うのは、数年一緒にいる息子の様な子供に対しての至極真っ当な愛というもの。

 

「──うるせぇよ」

「はい...... すいません......」

 

 それはそれとしてムカついたので後輩である飲み仲間の頭を殴りこそすれ、否定しなかった彼女と長田の間で交わされたのは簡単な、かつ恒久的な約束。

 長田がライブを撮影させてもらい、それを碧が受け取る。

 すでに飲み仲間としての関係が崩れた今もソレは送られてきて、今回で何度目の再生になるかは本人としても全く覚えていない。

 

 初回とは全く違う、本人の良さが溢れる様に伝わってくる2回目のライブを耳で楽しみながら優樹に送る視線は慈しみ。

 そして同時に、不安の様なものも映る。

 

 noisEは決して悪いグループではない。

 それは彼女の弟、優樹の父親が所属していた頃にマネージャー業をやっていたからこそ彼女は知っていて、その上で彼に対して不安があるとするならば、()()()()()()()()()()()()()()

 

 歌に割り振られた才能。

 輝くものを持ちながら、優樹自身は先の見えない分かれ道にたった1人、貧弱な見識を持って踏み出そうとしている。

 決して才能に恵まれているとは言えないギターを担ぎ、ただ漠然と誘われたからという理由で続けることが彼のためになるのかを考えた末、碧が選択したのは今回限り手を差し伸べること。

 

 敵として厳しい言葉をぶつけ、才がしなやかに伸びていく事を願う彼女にとっては異例の選択だった。

 しかしネックなのは『敵として』という自分が選んだキャラクター。やり過ぎ、と言った長田の言葉が遅れて刺さり始める。

 

 ここ最近でお互いの会話は風呂を出た事を知らせた程度で、それも3日前。

 多感な時期の高校生、このタイミングでキツイ言葉をかけた自分が会話を切り出すべきなのか──

 極論で言えば息子と親の関係ではない2人の間、他人だからこその距離感というものを掴みあぐね、テーブルにスマホを置いて深いため息を吐く。

 

 すると、そのスマホ画面に興味を示したのは優樹。

 

「それ、前のライブ?

 ......どうだったかな、僕の歌は腑抜けのまま?」

「......良くはなってる。

 活かせる所をしっかり伸ばせてるし、もう少し知識をつけてけば次のレベルに行けるよ」

「本当? 安心したな」

 

 その会話は数日ぶりにしては淡白で、短くて、内容も多いわけではない。

 それでも2人を挟んで建てられた氷の壁を壊すのに必要な熱は持っていて、重苦しい空気もほんの少しだけ軽くなる。

 流れを逃さずいつも通りに、でも少しだけの安堵も含めながら、会話を止めない様に今度は碧が口火を切った。

 

「──歌、上手くなりたい?」

 

 耳に届いたその言葉を受け、優樹はほんの少しの間首を傾げる。

 なんて事はない、その言葉に対する肯定なぞ、口に出さなくても分かっていると思っていたからだ。

 音に触れる以上、歌を歌う以上、上を目指していくのは当然の摂理。

 むしろ碧こそがその思考の極致にある存在だと思っていたからこそ首を傾げたわけだが、だからこそこの質問には意味があるとして深く頷いてみせる。

 

「もちろん」

「そうか」

 

 またも淡白なキャッチボール。

 ふう、と息を吐いて覚悟を決めた様子の碧は耳に突き刺していたイヤホンをケースにしまい、大皿の上に乗せられたおかずの肉を箸で掴み、口を通して胃袋に押し込んでからスマホの画面をスリープさせ、画面の向こうではなく目の前にいる男へ目を向けた。

 責任を持って向き合う時が来た、と。

 

「なら、経験が必要だよ」

「経験? ライブとかなら──」

「違う。この経験っていうのは、音楽に対して幅広く触れていく事だ。

 バンドやライブだけじゃない」

 

 大なり小なり、血筋のもたらす影響というものはある。

 姉としての自分も、弟も、そしてその息子にも共通しているのは視野が狭いとか、目先のことすら見通せなくなったりとか。

 人間、一番辛いのは夢を持たない、もしくは持てなかった側の人間としてがむしゃらに向かいたい場所に走り続ける者を見ている時。

 自分は何故そこにいないのか?

 どうして自分の足はこんな所に根を降ろしてしまったのか?

 後悔のシャトルランだ。そんなモノが同じ血の流れている者の恒例行事なんて馬鹿らしくて、故にその螺旋を断ち切らんと彼女は有る。

 

 だから天里碧として、天里優樹の瞳を見つめた。

 

 ──決して、彼女は親になりたくて優樹を引き取ったわけではない。

 

 そもそも親戚の中で(まこと)しやかに囁かれていた、子供に背負わせるには重すぎる事件やらの話はもちろん碧の耳にも届いていて、周りの人達と同じ様に手を握らないこともできただろう。

 実際、迷いというものもあった。

 

 独身、狭い住居、口下手で笑わない。

 加えて暴力的な一面もある。世間体を気にする親戚の中では()()()()()もあって排斥される側の人間で、そんな自分がただ弟の子供だからと言って手を取るべきなのか。

 優樹の母親の通夜、隣に座らせた彼と焼香をあげる他人を見ながら回す思考はそればかり。

 

 古い友人との別れを周りが次々と終えていく中、不意に掴まれた袖の方を見れば、そこでは子供がぎゅっと何かを堪えながら遺影を見つめて──

 その目に、()()を見る。

 

 小動物が持つ眼球の様な潤いを見せながらも、その瞳の奥には目の荒いヤスリで飾ってそのままにした様な不透明の宝石。

 決して輝いていないのに抉り出しても欲しくなるその目は、きっと同じ波長を持つ人間にしかわからないフェロモンを放ちながらそこに在る。

 父親と同様、深く関わった者を自分ごといつか破滅へと導く緑柱石(モルガナイト)

 ──誰も手を挙げなければ、彼はどこにいくのか?

 

 その目を文字通り抉り出すような扱いを受けるのか、守ってくれる人もいない中でまた同じ様な事件を起こしてしまうのか。

 掴まれた袖を振り払う事はせず、この場に来ることもなかった弟のことを思い出す。

 

『子供がさ、やっぱり可愛いんだよな』

 

 なら、なんで迎えに来ない?

 苦しんで、悲しんで、まだ中学を卒業してもいない子供にばかり全てを押し付ける無責任さと腑抜けた血縁者の行動に怒りを感じながら、ゆっくりと袖を掴んでいた手のひらを剥がし、優しく握ってやる。

 

 これは、姉たる自分の責任として持っていく。

 その目が曇りないものになるまで、そしてきちんと道を示せるまで責任を持ち続けて──

 

「──次の休みの夜、予定空けといて」

「えっ?」

「気に入らないなら交換条件で、ギターの貸し出しを今後無料にしてやる。

 ともかく、予定は空けといて」

 

 遂にその時が来たのだ。

 冷えていたエンジンに燃料をぶちまけ、乱暴にイグニッションキーを回し、立ち上がって食べ終わった食器をシンクに持っていく。

 窓に反射する碧の瞳には炎が燃え上がるほどの焦熱が宿った。

 

 ──握った宝石を手放す時は、今。

 

 

 

 

 

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