──水曜日の話をしよう。
記憶の上ではなんでもない1日だったはずだが、掘り返してみるとなかなか多くの事があった。
「あれ、この前セカイに来てた......!」
「えっ、神高生だったんだ!」
まずピンク髪の人── セカイに来た時に名前を聞きそびれた四人組の1人、暁山さんに会った。
まさか同じ高校だと思わなかったから驚いたし、結構ふつうに歩いていたのに今まで気づかなかった事を不思議に思いながら少しの会話。
それから教室に戻れば、彰人くんから先日noisEがビビッドストリートで行ったライブが動画サイトにあがっていた、と。
確かにライブ後、帰り際に動画を載せていいか聞かれたので別に驚きこそしなかったが、納得いかなかったのは再生数。
僕はともかくとして、他の3人にもっと注目して欲しいものだが...... まあ仕方がない。最初なんてこんなもんだろう。
でも有名になろうと思うなら、やっぱり動画は大切なのかもな、とは思う。
昨今は特にネットから有名になる人が多い、もし知名度がもっと欲しくなる様な状況になればこんなふうに自分たちで動画を投稿する事になるだろうか?
今のところその予定はぜんぜん無いけれど。
ただ── もしかしたら、お父さんの目に入ってくれたりしないだろうかって、ほんの少しだけ思った。
僕が元気にやっているんだって知ってくれたら、それはそれで嬉しいから。
「──父親?
『土曜日までに覚えておけ』と渡されたCDを受け取り、質問に対する返答を放った碧さんの顔を見ればなんとも言えない、愛憎入り混じった様な表情。
本当は弟のことを悪く言ってやりたいが、
血縁者に対して非情になりきれない気持ち、というのは自分にも理解できる。
人は常々なにかを覚悟して生きているわけだけど、その中でも家族の様な存在を否定するというのは、なかなか生半可なものでは出来やしない。
じゃなきゃ自分を引き取りに来なかった、遠回しに『お前はもう他人』と言われた人に対して、ここまで感謝や愛を想うことはないだろう?
いつかもう一度、あの頃みたいにキャンプをして...... なんて。
そんなふうに考える。もう近くに居ない人の事を。
「そういえば、何人か友達いたでしょ?
......そいつらに話したわけ?
水曜、飛んで土曜日。
私服じゃダサすぎるから、なんてなかなか傷つく物言いで詰められながらマネキンの様にコーディネートされる昼過ぎに、シブヤのアパレルで碧さんが小さく問う。
言葉ひとつひとつを取ればぶっきらぼうな様にも感じるが、その声色や決して詳細を題して聞き出そうとしないあたり、珍しく恐る恐る聞こうとしているんだな、と。
そうやって彼女が僕のことを聞こうとする時、大体は昔に起こした事件のこと。
......そこ関連に対しては本当に優しい人なのだ。
バイトをする時に防犯ブザーを付けさせようとした事も、引き取ってから数ヶ月は大人の男性に近づかさせない様にしていたのも、そんな優しさから来ている。
じんわりと暖かいものを感じて、受け取った服をこんなもんかと見つめながら、心配かけまいと何でもないふうを装って、視線を移さず言葉をこぼす。
「うん、話したよ」
「そうか。 ......なら、いいよ」
ふ、と。
ただ息を吐いたのか、それとも安堵の笑みなのか。
その詳細を確認しようと顔をそちらに向けようとすれば、彼女はこちらに渡していた服を奪い取り、ポケットから財布を取り出してレジへ向かう。
僕の目には背中しか映らず、真意は計りかねる。
しかしその足取りは雄弁に語った。
いくらか上機嫌な彼女の心を。
──夜のライブハウス。
この後行われる予定のイベントには少し早い時間、予定を合わせたわけでもなく集まった4人がいた。
お互いがお互いの知り合いから聞かされた情報を受けてこの場に集合したことは単なる偶然とは思えず、ある種運命じみたものを感じさせる。
「......お前らも来てたのか」
「あれ、彰人? 奇遇じゃん!」
VividBADSQUADの面々。
vividsとBAD DOGSの2グループによる混合チームであるが、今回このライブハウスに導かれたのはそれぞれあるツテから情報を手に入れたからである。
BAD DOGSの2人は知り合いのミュージシャン、三田洸太郎から。
RAD WEEKENDを作り出したグループ、RADderが全盛だった時代、鎬を削っていたグループがこのイベントで数年ぶりに顔を出すと。
そしてvividsの2人は──
「......謙さんも」
「まあ、昔の飲み仲間が来るって聞いたからな」
RAD WEEKEND当事者、白石謙から。
いつも通りのラフな格好はそのままに、組んだ腕とその目元は店の営業中よりも凛々しく、そして真剣な眼差しを宿す。
自然と放たれるプレッシャー。
これからステージの上で歌うわけではない4人すら気圧されるようなその雰囲気の中、音も無くぬるりと現れる女性が1人。
ピンクの長い髪を揺らしながら、もし謙と同年代とするならば若すぎる肉体に独特の雰囲気を携えてターコイズの瞳をかつての好敵手に向けた。
気圧される様子はなく、むしろ高揚する気分を抑えるのに必死な様子で。
「久しぶり、謙。元気してた?」
「久しぶりってほどでもないだろ。
前に後輩連れて、ウチで泥酔してった癖にな」
──
当時のストリートシーンにおいてRADderと双璧を成すとまで言われたグループ、
レーベルに所属する事もなく、ただ歌い続けて消えていった彼女がどうしてこの日、何があるでもないこの場所でまた歌おうというのか。
それはこの場にいる本人以外のうち、謙だけがその目から読み取っていた。
久方ぶり、というわけでもない再会はそこそこに、碧は4人の方に振り返ると、一人一人の顔を指さして頭の中にある記憶と擦り合わせる。
「なるほど、優樹の言ってた友達ってアンタら?」
「優樹って、それじゃあ天里くんの......」
「そう、親代わり。
──4人には本当に感謝してるよ。アイツの
それは心からの感謝であり、下げた頭の深さは彼女にできる精一杯の誠意。
親は友達にはなれない。そして親代わりは、心からの信頼を受け取ることはできない。
自分の親の再婚相手にそうであったからこそ、碧の礼は深く重たく口から発せられる。
優樹本人がどうであるかはともかく、自分がそう思って感謝する以上、彼女が頭を下げない理由は無かった。
「
「あの事、っつーのは......?」
「ああ、もう本人から聞いてると思うけど──」
それから少し。
もう1人、控え室から少し申し訳なさそうに出てくる人影。
血のつながりを感じさせるピンクの髪は数刻前に切り落とされ、美容室で揃えられたそのカーテンは隠されていたその奥、モルガナイトの瞳を露出させる。
すっかりストリート風にコーディネートされた天里優樹は、変な絡まり方をしたネックレスを押さえながら碧を探していた。
すると、少し離れたところで話し込むピンクの後ろ姿。
すぐに駆け寄ってこの絡まりを解いてもらおうとすれば、そこに居たのは珍しく冷や汗をかいた保護者と、それぞれ違った何とも言えない表情を見せる友人たち。
何か嫌な予感が過ぎり、恐る恐る、4人に問う。
「......もしかして、
頷き。
「どこまで?」
「全部......」
ごめん、と付け加えようとした杏の口を塞ぎ、言わなくていいと首を振る。
この状況、おそらく悪いのは自分だと優樹はすぐさま飲み込む。まず聞いただけの4人、そして謙に落ち度は何も無い。
そして話してしまった碧だが、そもそも悪かったのは自分の伝え方なのだと。
確かに友達に話したとは言ったものの、その相手がバンドメンバーやみのりにだけとは言っていないのだ。
友達として碧に教えた人間、その全員に話した、話していいと思うのも無理はないし、この状況に於いての悪者は自分一人である。
「あっ、えっと、その、あの......!」
はからずしもアウティングの様な形。
しかし、焦りはありながらも受け入れられないほどのショックがあったわけではない。
別にその事実を知り、自身を拒否するのはこれまで何度も行われてきた事で、優樹にとっては特別珍しいことでも無かったからだ。
どこからか漏れた情報が学校で一人歩きして、知らない相手からも蔑まれた小学校時代に比べれば、こうして誰が教えて誰が悪いのか、それがわかっているだけでも心が幾分楽になる。
焦りと共に口から出ていく空気を一旦抑え、ひとつ深呼吸を挟んでから申し訳なさそうな笑顔を作り、彼は気丈に振る舞ってみせた。
「もし嫌だったら、今後関わらなくてもいいからね、全然!
そういうものだと思うし......」
その心に触れ、最も顔を曇らせたのは碧である。
道を示さんとこの場所に連れてきたはずが、自身の行動によってもしかすればその道のひとつを閉ざしてしまったのかもしれない。
今すぐには分からない先の話であれど、可能性というものは彼女の心を縛り付ける。しかしその鎖を解くのは、誰でもない優樹自身だった。
「実はさ、借り物のギター...... 壊しちゃった」
「え、どっかしらが外れたとかじゃなく?」
「ペグがバッキリ、どうにもならないねーって」
少し時間が進んでイベントが始まり、舞台袖からステージに上がる他グループを見ながら、すぐ横にいるへこんだ様子の保護者に声をかける。
その視線が横に向けられることはなくて、ずっとステージの上を見続けながらおどけた声色で。
生来、優樹の知る寄り添い方はコレしかない。
落ち込んでいる人、秘密を抱えている人を励ましたいときは
それこそ玲央の秘密を知ったとき、自分の起こした事件を彼女に教えた様に。
今回は悪意のないアウティングをしてしまった碧の隣に落ちるために人の物を壊した、という事実をわざとらしく伝え、1人じゃないと寄り添う。
「......優樹、悪い子、だね」
少し離れた椅子の上、置かれたスマホから少しだけ顔を出すのは、ほんの少しだけサディズムの色を宿す表情を浮かべた白ミク。
彼女から見ればその行動は、ある意味での悪。
同じ場所、もしくは自分より下の存在が居るという事はなんだかんだで安心に伝わり、本来あるはずの、なければならないはずの自罰的な感情と反省の機会を奪う。
人間的な成長を押し留めかねないその行為こそ、優樹の前に白ミクが現れた理由。
しかしその行動こそ、天里優樹という人間でもある。
そして──
「......ま、いいよ。カネの放出が少し早くなっただけだ。
そのうち新しいの、買ってやる」
「え、いいの?!」
「もともと月額で貰ってる分のカネを貯めて買うつもりだったけどね、こうなったら仕方ないでしょ」
それでも自罰を見失わず、軽率な行動を心に貼り付けた上で戒する善を、天里碧は持っていた。
白ミクはその光景に微笑み、これこそが求めていたものであるかの様に満足してセカイへ戻っていく。
善が折れそうになれば悪が甘言で支え、そして悪の困難を善が行動を持って取り除く。
そのループこそ白と黒のミクが導くべき、白き森のセカイに根を下ろす人間へ与えたいもの。
曇った顔は笑みに変わり、その心は更に強く。
道を示す太陽として、燃え盛るアイトーンとして、碧の目には更なる炎が輝いた。
「──最高の歓声、ありがとな!」
今回のイベントは対戦形式。
対戦、と仰々しい単語に驚く事もあるだろうが、その実お互いのリスペクトあってこその形式。煽りもそこまで刺々しいわけではなく、むしろフレンドリーさを感じさせる。
「俺たちに続く奴らもこれぐらい盛り上げてってくれる筈だ、最後まで楽しんで声張ってこうぜ!!」
ステージの前任者が残した煽りは観客のボルテージを一段押し上げ、そこにあるのは優樹がnoisEのライブでまだ見たことのない様な、参加者全員で作り上げられたひとつの世界。
それでも緊張する様子を見せない一度切りの相棒に、碧は彼の前で初めて見せる様な口角を釣り上げる笑顔を見せる。
長く離れた時間は戻ってこなくても、この熱気はいつまでも変わらずここにある。
いつかとは違う、優しい手のひらで優樹の背中を軽く叩き、行くぞと一言。
「──ナメた歌い方したら、ブン殴るからね」
「はは...... まさか、そんな事すると思う?」
ステージに立てば、持ち越された会場の熱気が肌を切り裂く。
「お次は
数年ぶりの復活だ、当時のシーンを駆け抜けた歌を聴き逃すな!」
「──来てくれた皆、まずはありがとう!
湧く会場。
その光景を後ろの方から見ているのは、神妙な面持ちのVividBADSQUADと白石謙。
彼らの頭には先ほど碧に教えられた、教えられてしまった優樹の過去が残っていたものの、そうは思えない彼が見せたこれまでが腑に落ちないでいる。
と、同時に── 彰人や杏の中では、当時でも上澄みと言われていた
それは丁度イベントと、優樹を碧が引き取る時期が被っていたからだが、その事を彼らが知る由はない。
「喉はあったまってるみたいだ、ならどんどん声出して行くよー!!」
「......アイツ、MC出来たのか?」
慣れた様子で客を盛り上げる優樹に、思わず彰人の声が溢れる。
その疑問は長田というMCを高確率で滑らせる反面教師がいる、という事実が答えになっている。つまるところ、こうすると滑る、という事だけを理解した上で他のグループの真似事をしているのだ。
そして曲が流れ始め、観客が待つのはこのボルテージを下げるどころか更に上げていく最高の歌い出し。
お手並み拝見と耳を澄ませた4人の鼓膜に、そして古いライバルに届いたのは──
「「──♪!!!」」
昔から知るファンだけではなく、このイベントでファーストコンタクトをする純粋な観客の心臓すら鷲掴みにする様な歌声。
4人にとって驚愕だったのはRADderと鎬を削ったとされる碧の歌声ではなく、高レベルなその歌、そして火に油を注ぐ様な盛り上げの上手さに苦しそうな様子もなくついていくもう1人の姿。
「まだまだでしょ、喉が張り裂けるまでやろうぜ!!」
ひとつ、またひとつと上がっていくギアに破綻は無い。
──
「──♪!!」
「すげぇ、あの頃のまんまだ!」
「新しいメンバーもあの碧に付いてってるぞ、どっから連れてきたんだ!?」
才能があるのは、WEEKEND GARAGEで弾き語りを聴いた時から分かっていた。
ギターを手放し、目を観客に向け、全身で表現しながら歌に全力を割り振った瞬間に起きる優樹の爆発力。
それは4人の想像を超えながらも、隣で歌う碧にとっては想像の範疇。
才能は武器。
剣で例えるならば刃渡りが長いほど才能がある、という事になり、短いほど無いという事。
碧が自身で思う才能は普通、言ってしまえばよくある剣程度の刃渡りでしか無いが、才能は努力で磨けば磨くほど鋭く、心の奥にまで突き刺さる立派なモノへと変化する。
それはあるなしに関係なく、平等に与えられたモノだ。
短ければ大多数には認められなくても、努力で磨けば刃渡りが届く範囲の心ぐらいは射止められる。
それに対して優樹の刃渡りは、まずギターに関しては碧の歌と同じ様に普通程度。
しかし歌となれば話は別。
鋭さは無いものの、適当に振り回せばどこかの誰かに当たって撲殺出来てしまうくらいの長さ。
そしてそこに努力が加われば── 言葉はいらない。
「......すごいな」
そして、その刃は身近な人間の前では姿を変える。
激しく鋭くそしてしなやかに届くその歌は、まるで首と心臓を同時に握る様なモノに成り、そこにあるのはモルガナイトに乱反射する才能の輝き。
冬弥の口から放たれた言葉がいつもより昂揚したようなものに聞こえるのは決して気のせいでは無い。
その歌声に盛り上げられるのは、決して観客だけでは無いのだ。
そして、前を向く。
『自分達もまだまだやれる』とエンジンに火をつけて、夢へ向かわせる力こそ、天里優樹の歌に込められた力。
「──♪!!!」
クライマックスを終え、楽しみきって満足した表情に流れる汗。
それをぐい、と拭い、碧は小さく胸の前に手のひらを出した。
つまりはそういう事。
すぐさま優樹もマイクを持ち替え、思い切り手と手を合わせてパチンと軽快な音を響かせる。
そして舞台袖、水を一本軽々しく飲み干し、まだペットボトルに口をつけたままの優樹に対して碧は一方的に言葉を紡ぐ。
「ま、これがストリートだよ。
盛り上げる事、客の反応や目を見る事、歌一本に集中する事。バンドとはまた別の経験が積める。
......私に教えられる事はこれぐらい。
今後、私がアンタの音楽活動に口出しする事は無いよ。
でももし頼りたいんなら...... バンドでもストリートでも、アイドルでもいいから選びたい道が見えたなら、その時は言いな。
できる限りで助けてやるから、さ」
そうして、彼女は宝石を手放した。
夢を託したりはしない。RAD WEEKENDのようなイベントで輝いてる姿が見たいと思わないわけでは無いが、それで縛るわけにもいかないと。
子供は、子供らしく自由に夢を追うべきなのだから。