消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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まふゆ天井でーす


来たる諦めのアクアマリン

 

「ほら、やるよ」

 

 パサリ、机の上に置かれた封筒。

 上の部分をテープで軽く止められたソレを手に取り、ご飯の準備中なんだけれど、と毒づきながらも醤油を一旦置いてゆっくりと封を剥がす。

 手触りから感じるのはジップロックのような袋の感触で、三つ折りにして封筒に収まるようなサイズにまで小さくなった中身を取り出せば、そこにあったのは驚愕と疑念。

 

「なんで一万円が10枚も入ってるのぉ?!」

「そんな驚くような事......?」

 

 大金も大金、超大金。

 首を傾げて先に食卓に並んでいるきゅうりを食べる碧さんには分からないかもしれないが、学生が諸々の障害を乗り越えてその金額を貯めようと思うと難しいものがあるのだ。

 節約、欲しいものの我慢、そして友達付き合いも少しは切り捨てて出来た多少の余裕を溜め込み、ようやく到達する金額を高校生の前へ容易く差し出さないで欲しいものだ、びっくりするから。

 ......それはそれとして『やる』と言われた以上、そのお金はポケットにねじ込むけど。

 

 しかし、そのお金がなんの意図もなく渡されたボーナス、というわけでは無いのはすでに分かっている。

 本来ならそのうちに行く筈だったギターの新調。

 楽器含めた音楽関係に精通している彼女と本来行く筈だったのだが、どうしようも無い事に碧さんは社会人。

 ともすれば休日出勤の要請もよくある事で、つまりその金を使って自分の足で買ってこい、という事なんだろう。袋の中にはメモ帳が入っており、そこには楽器屋の住所と店名が殴り書きされている。

 

「でもいいのかな? こんなにお金使わなくたって...... 初心者用のとかなら安上がりだって長田さんに聴いたんだけど......」

「......」

「ああすいません、ちゃんとしたの買います!」

 

 信じられないものを見る視線を向けられてすぐさま言葉を訂正する。

 

 ......まあ、その視線が語るところもわからないわけじゃない。

 安いギターでチープな音を奏でて、それで客を満足させられるかって言われたらどうだろう、技術があってもどうにもならない事はある。

 とはいえ、この金額で買えるものを使うのは落としそうで緊張するが、そうなったらその時だ。

 ありがたく使わせてもらおうとフライパンに視線を戻すと、いつのまにか音もなく台所に来ていた彼女の手が火に踊る肉を一切れ掴んで口に運んだ。

 

「あっ、つまみ食いしない!

 なんのためにきゅうり出したと思ってるのさ、もう!」

 「悪い悪い。

 ......しょっぱ!? 味濃すぎるだろ、この肉!」

「そうかな? うーん、そうでも無い気が......」

 

 一口齧った食いかけを彼女の手から受け取り、口に含んでみたものの別に濃い事はない気がする。

 むしろこのくらいがいいと思うのだが、他の人からすればちょっと濃いのかな。

 もっと入れるつもりだった醤油の蓋を閉じ、むせている碧さんを今がチャンスと椅子に押し戻して料理を再開しようとすれば、彼女はそういえばと軽い口調でとあるふざけた条件をつける。

 

「あぁそうだ、その金使うんなら出先に女の子連れて行かなきゃダメだから。

 誘ったメッセージ送るまで楽器屋のオッサンにギター売らせないよう言っとくからねー」

「......はぁ?!」

 

 

 

 

 

「......それで俺、か」

 

 2人で来たのは双葉と再開した時以来のカフェ。

 クラシックの流れるシックな雰囲気に包まれながら、繁忙期が故の疲れ目で手元のコーヒーを見下ろしながらも納得した風のため息を吐いたのは、スーツ姿の中尾さん。

 日にちを跨いでも踏ん切りのつかない自分に向けられる視線を感じながら、珍しくコーラなんてものを飲んでジッと見つめているのは机の上のスマホ。

 開かれたメッセージアプリには友人たちとのトーク履歴が並んでおり、セカイで出来たつながり的には女性の方が多い、が。

 

「まあ長田の女性経験が少なそうなのは分かる。

 ()()()()()にある程度理解がありそうな大学生の玲央はアレだから俺に回ってくるのも分かるけど、まあ、なぁ......」

「......なんですか」

「こんだけ連絡先あるんだったら()()()()()()()()だろ?」

 

 その言葉に対する返答は言葉ではなく、ストローからコーラに送り込まれる息が何よりの感情。

 言うと思った。できる人はすぐに普通って言葉を使ってくるから困る。

 

 その反応が思ってたよりも激しかったのか、彼はすぐに両掌を前に出して悪い悪い、と形式的な軽い謝罪を口にした。

 ......しかし、少し冷静になれば中尾さんの言った事、というのは痛いほどの正論である。

 

「わかってますよ、わかってても出来ることじゃないんです」

「そういうものかな......」

「そういうもの、なんです!」

 

 なんか子供っぽい声の出し方になってきた自分に疑問を抱きながらも、実際無理なものは無理だという事はしっかりと意思表示しておく。

 昨今の世界、何も知らない、右も左も分からない男が女性を遊びに誘うのなんて難しいを超えてあり得ないほどの高難易度なのだ。

 テレビやネットを見ればすぐに目に付くのは蛙化だのなんだの、それって問題ありなの? って言うことが数多くダメ行動として羅列されてしまっているものだから、踏み込むのに覚悟が必要。

 

 それに、何だかんだと言っても自分が真面目に人と関われるようになったのは今年から。

 それまでの女性と遊んだ経験なんて双葉とくらいしかないし、こんなことを彼女に相談なんてしたらどんだけ揶揄われるか......

 

「だから中尾さんに助けて欲しいってことで」

「まあ、んー...... わかったよ。

 休みって言ってもやる事ないし、話くらいなら。

 それで? 誘ったら来てくれそうな子とかは?」

「......正直、あんまり......」

 

 中尾さんの協力を取り付けて明るくなった表情。それがすぐさま落ち込むのを見てか、彼は軽くお願いを受けたことに後悔したような目線の動きを見せた。

 いや、決して学校での関係性が悪いと言うわけじゃない。

 司さん達先輩とはなんだかんだで一緒にいる事もあるし、師匠...... じゃなくて、寧々さんとはゲームのリプレイを見てもらって指導してもらったりもしている。

 VividBADSQUADの面々とは言わずもがな、だ。

 

 しかし、である。

 女性のみとなれば話は変わってきて、まず言えば付いてきてくれそうな彰人くん、冬弥くんとは一緒に行けない。

 そしたら寧々さん、もしくは白石さんとになる訳だけれど、そもそも寧々さんは休日フェニックスワンダーランドのショー。

 そして白石さんもその日は小豆沢さんとのライブがあったはず。

 つまるところ、神高生を誘う事は不可能。

 

「じゃあ他の学校、宮女の方の子と関係あるならそっちを誘えば......」

「そんなに関係深い訳じゃないのに誘われたらイヤじゃないですか!」

「他人本意過ぎてめんどくさいな君......」

 

 もう泣きそう。

 何にしても、条件が今の自分には厳しすぎる。

 その日志歩さんはバイト、そも他のLeo/needメンバーとはそんなに関わりがある訳じゃない。MORE MORE JUMP! の配信はその日無いけれど...... 流石にアイドルをこちらの事情だけで引っ張り出させてリスクを背負わせるわけにもいかず。

 

「四方八方手塞がりか。それじゃ、一回最終手段で前に会った幼馴染に連絡するしか無いんじゃないか?」

「したんですけど......」

「したのかよ?! それじゃあそれでいいだろ?」

「いま返事が返ってきて......」

「どれ...... あー、いよいよヤバいな、嫌われては無いと思うけど......」

 

 送って数秒で帰って来たのは端的な三つの単語。

 『ライブある』『無理』『ごめん』と。

 

 もはやここまでくると中尾さんの視線も微笑ましい子供を見る視線から可愛そうなものを見るソレに変わってきて、もはや心臓が捻じ切れそうな勢いで締め付けられてくる。

 嫌われてはない、というフォローが無ければ泣いてるかもしれない。

 

 ともかくこのままではマズイのは自分だけではなく中尾さんもで、こんなくだらない事...... いや、くだらなくはないのだが、こんな事でギターを新調できないとそれだけバンドでの活動に支障をきたす。

 いよいよ2人で頭を抱え始めた頃、彼のポケットから聞こえてきたのはスマホにデフォルトで設定されている着信音。

 悪い、と一言置いて店の外に出て電話に出た中尾さんの表情を見れば、その顔はいつもの何倍も柔らかくて、笑みもずうっと優しい。

 簡単な話だったのだろうか、通話を切って帰ってきた彼に少しだけの悪戯心で揶揄ってみる。

 

「彼女さんですか?」

「ああ、そうだよ。取引先の社長の娘さん」

 

 横転。

 

「かかっかかか、彼女いるんですか?!」

「あっぶないな、聞いてきたのはそっちだろう?

 そこそこ歳だからね、そりゃ1人くらいは...... というか、俺はいいだろ?

 今は優樹の話なんだから。......まあ、もう最終手段パート2(ツー)しかないな」

「ぱ、パート2(ツー)......?」

「──予定が空いてるアイドルの子に片っ端から声掛けるんだよ」

 

 なんて事を提案するんだこの人。

 しかし、いや、確かにもう手段はこれしか無い。

 リスクとリターンを天秤にかけるまでもなく、僕が取れる行動はこれしか無いのだ。

 

「......じ、じゃあ、一緒に文章考えてください」

「いいよぉ、まずは自分で書いてみな」

 

 それから数分。

 ちょっと砕けた文章を送り出す指を送信ボタンに乗せ、息を呑んで飛び出していった言葉を見守る。

 コーラの氷が少し溶けてきたところだろうか、帰ってきた返事の通知を受け、飛び上がるように席を立って画面を彼に見せた。

 

「......O(オー)?」

K(ケー)です!」

 

 話を聞いていたのであろうカフェのマスターが微笑みかけ、ソレに向けて軽い会釈をしてから2人で胸を撫で下ろした。

 やっぱりちゃんとした社会人の文章は響くところがあったんだろう、中尾さんに手伝いを頼んで本当に良かった!

 

「そんなにお礼を言われるような事してないって」

「いやいや、すごく助かりましたよ?

 ......頼れる大人って、中尾さんみたいな人なんでしょうね。憧れます」

「──そんなこと、ねぇよ」 

 

 そんな中、不意に見せたぶっきらぼうな言葉遣い。

 目を逸らすその顔は苦いもので、僕にはその意図が察せられなかった。

 ともかく── これで、練習復帰の目処は立ったのだ。

 これを喜ばずにはいられず、今日の足取りはずうっと軽いままだろう。

 

 

 

 

 

「......」

「──どうぞ」

 

 優樹が帰った後、1人残った机の上にもう一杯のコーヒーが乗せられる。

 中尾が頼んだわけではないソレはマスターからのサービスであり、一転してその表情を曇らせていた彼に対するマスターからの心配を表していた。

 

 『頼んでないですよ』なんて風情のない言葉を吐くか一瞬迷いながらもカップを手に取り、苦味を流し込んだ中尾の脳裏に蘇るのは先ほどの電話。

 

「──雄一さん、次のお休みは一緒にお出かけしよう!」

 

 彼女からの提案。

 断るのは容易だ、それこそ『その日はバンドの練習に行きたいから』って言ってしまえば、彼に惚れている電話の向こうの令嬢様は悲しげに手を引くはずだ。

 ......それでも、そうはいかない立場にいる自分を考えてため息を吐く。

 

「......もちろん」

 

 両親は孫が見たいと言う。

 上司は大口の取引先だから粗相のない様にしろ、と。

 彼女の父親からは娘と仲良くな、なんて。

 ──全て、自分でもう嫌だと言えば吹き飛ばせる関係性だ。

 しかし。

 

()()()()()()()()()()()()()()、俺。

 憧れられる様な大人じゃねぇって......」

 

 自分を構成する情報がだんだんと他人になっていく。

 いつかバンドという最後の砦すら陥落するだろう未来を見ながら諦めを抱き、天を仰ぐ中尾の瞳はアクアマリンの様に煌めいている。

 

 

 

 

 

 






 次話は明日夜10時までに書ける様にしておきます。
 
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