消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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きっと、そう

 

「──あっ」

 

 宮益坂女子学園。

 そこから帰路に着くには少し遅い時間帯だが、夕暮れの中を歩く3人はそれぞれの所属している委員会の仕事が立て込んだ結果、珍しい並びで駅までの道のりを歩いている。

 飼育委員2人、美化委員1人。

 そのうちスマホを見て足を止めたのは、飼育委員の花里みのり。

 

 どうかしたか、と振り返った2人に見せたのは非常に珍しい天里優樹からのメッセージ。

 同行者である岡野双葉、小豆沢こはねにとってもそれは珍しいモノだったが、それも今日に至るまで。

 

「やっぱりそっちにも誘いが来たかー」

「どうしたんだろうね? あんまり自分から、っていうイメージは無いけれど......」

 

 すでに断りの連絡を入れた双葉はあちゃー、とでも言わんばかりに目頭を押さえ、こはねは首を傾げて普段とは違う行動に疑問符。

 対してメッセージを受け取った本人であるみのりは、普段通りの慌ただしさに輪をかけて驚き、慌てふためきながら目を丸くしている。

 そのリアクションの大きさは誰かにとっては大げさで癪に触るものかも知れないが、少なくとも同じ帰り道を行く2人にとっては人懐こい犬の様な可愛らしさを感じられる、ある種彼女のアイデンティティ。

 アイドルとして、はともかく、友人としては微笑ましいもの。

 

「ど、どうしたらいいかな?!」

 

 しかし、その質問には思わず鳩が豆鉄砲を食ったような顔になる。

 それこそ、もし志歩がこの場に居たのならスッパリと言ってしまうだろうという様な風。

 

「どうしたらいいっていうか、好きな様にしたら?

 嫌じゃなければ行けばいいし嫌ならごめんなさいで決着でしょ。

 ──色々、()()()()()付き合いがあるわけだし」

「あ── うん、そうだよね......!」

 

 その志歩がいない以上、キッパリスッパリ物事を伝えるのは双葉の仕事。

 

 まず、この場の3人は優樹の過去を知っていて、その事実を共有している。

 もちろんそうする様に伝えたのは優樹本人であり、そうやって共有してもらった上で付き合いを止めるというのなら双葉を経由して伝えてほしい、と。

 その上でこはね然り、VividBADSQUADの面々は今も天里優樹という個人と関わり続けている。

 過去は消せなくても、今を必死に生きて自分なりに苦心している姿を見た上での判断だった。

 

 だからこそ、知る人故の権利がある。

 それは()と言うこと。

 

 委ねられた優先権をどう使うかは今、どこの誰の意思でもなくその誘いを受けたみのりにだけあるのだと。ともすれば──

 

「よしっ」

「行くんだ?」

「うんっ!」

 

 拒否の優先権、放棄。

 みのりにその誘いを断る理由は無かった。

 

 配信での失敗。これもできないあれもできない、このままではみんなに迷惑をかけると無理をして、その上で心配させてしまっていた頃。

 そんな時に言葉をかけて前を向かせてくれた事は確かな恩として残っていて、自分の中にあった自分にしかできない事は今も此処にある。

 故に、優樹から昔のことを聞かされた時も強烈な悪感情を抱く事は無かった。

 

 耐え難い悪戯に傷ついて、自分を守るためのエゴで傷つけて、もっと傷ついて。

 その時に見た震える姿と曇った瞳が脳裏に浮かべば、みのりの中に燻るのは感じたことのない気持ちと寄り添う感情。

 

 だから向き合った。

 双葉と話してお互いを許す様にって。

 

 そして誘われたライブを見にいって──

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って思える毎日がある。

 ......そう思わせてくれたみんながいるから、毎日好きなものだらけに今は過ごせてるんだ。

 もちろんみのりちゃんのおかげでもあるよ』

 

 河川敷で会って── そしてまた、シブヤで。

 

「──ちゃん、みのりちゃん?」

「......はひっ!?」

「大丈夫? ぼーっとしてたけど......」

 

 こはねに声をかけられ、少し違う世界へ旅立っていた意識が現実に戻ってくる。

 

 中学、そして高校と宮益坂女子学園で過ごしてきた時間は長い。

 結果としてみのりは男性と深く関わる機会が少なかったわけで、度々セカイに立ち寄ったり現実でも出会ったり、心の深淵を共有したり、という事をしたのは優樹が初めてとなる。

 ある意味濃密なその関わり。

 ソレは確実に、着実に、みのりの中で()()を形成し始めていた。

 

「それじゃあ、またねー!」

「うん!」

「じゃあねー...... っと、ちょっと待った!」

 

 そうして駅に着き、それぞれがそれぞれの方角へ歩を進めようとしたその時、待ったの声をかけたのは双葉。

 キョトンとした表情で立ち止まったみのりの下へ駆け寄ると、誰か他の人が聞いているわけでもないのに小さな声で耳元に語りかける。

 

「あまり気にしなくていいかもだけど、この前会った優樹の保護者から聞いた話忘れてた。

 ......優樹の周りで変な女の人居るらしいんだわ」

「えっ、それって......!」

「まあ多分ストーカーかなんかだと思う。動画サイトにライブ映像上がって変なファンが付いた、とか。

 何かあったら容赦なくアイツの事頼りなよ、もしもの時は頼りになるからさ」

 

 併せて聞けば、小学生の頃から割とモテていた、と少し嫌そうな顔で双葉は言う。

 そのくせ好意に気づかないから強引な女子にキスされそうになったり、告白がもはや脅迫みたいになったり。

 だからストーカーが現れたとしても不思議ではない、と。

 

『みんな()()()()って言ってたけど、私はわかんない。

 綺麗だとは思うけど...... むしろ怖いよ』

 

 家に帰り部屋着に着替え、サモエドのサモちゃんに覆い被さる様にしながら、みのりはやけに畏まった遊びの誘いを見る。

 

 ......確かに綺麗な目、だとは思う。

 薄いピンクがかった色で、透明感があって、それこそ心を見透かされている様に思えるのに不快感は無くて、むしろもっと見てほしいと言いたくなる様な。

 双葉が『怖い』と言うのもわからないわけではない。

 魅了する力が確かにそこにはある。

 

 でも。

 でも、本当の魅力はそこにあるのだろうか?

 

「うーん......?」

 

 みのりが首を傾げながら思い出すのは、MORE MORE JUMP! として共に活動する先輩の日野森 雫のこと。

 雫も同様に、その美しさと完璧ぶりをテレビで見せて見るものを魅了していた、が。

 その姿は偽りで、本当は努力家で少し抜けているところのある性格。そして作られた姿よりもずっとずっと魅力的な本当の姿を今は見せている。

 優樹の目も、同じなのではないか?

  

 ただ魅力的なだけで無く、その奥にあるものこそが現れた時に本領を発揮する何かを持つのではないか。

 そう考え始めた時、急にスマホがバイブレーションを始めて放り投げそうになるのを受け止めれば、画面には優樹の名前。

 何事だろうと通話を押せば、向こう側から聞こえてくるのは優しい声。

 

『もしもし、忙しかった?』

「ううん、大丈夫だよ!」

『そっか。 ......まず、ごめんね』

 

 二言目に現れた謝罪。

 誘ったのはそうする様に保護者に言われたからだと聞き、みのりの心に触れたのは── 少しだけの残念な感情。

 ──なぜ? 答えに辿り着くまでも無く、優樹は別に手当たり次第って訳ではないと焦りの伝わる声で話した。

 

『その、みのりちゃんってアイドルでしょ?

 なのに僕が遊びに誘ったりして、スキャンダルみたいになるのもなって......

 ──でも、もしそうじゃなかったら最初に誘ってたと思う。

 きっと楽しいだろうから』

 

 今度は安堵。

 だんだんと自分が分からなくなってきて、彼にだけ話させているのが申し訳なくなってきて、つい心に浮かんだ言葉を紡ぐ。

 

「......わたしも、優樹くんとなら楽しいと思う!」

 

 根拠がある訳ではない。

 それでもきっとそうなんじゃないかなって思って、スマホの向こうにいる彼もそう思ってくれているんだと思うと、不思議と笑みが溢れていた。

 

「酷いんだよ、女の子と行くっていうスクショ撮って送らないとギター売ってくれないって言われてさー」

「す、すごい大変......!」

 

 普通に話したり、ビデオ通話にしてみたり。

 心を通じ合わせて始めて、2人の笑みが重なり合う。 それは瞼が降りるまで続いて、心地よい微睡の中でみのりの心に想いが流れていった。

 

「──それで、ストリートのステージに上がるのもいいなって思って...... みのりちゃん?」

「すぅ...... すぅ......」

「寝ちゃったか。 ......おやすみなさい」

 

 ──もっともっともーっと、君と話していたい。

 

 

 





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