消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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眩しい貴女と

 

「──ふぅ」

 

 少し日の強い朝、洗面台に備え付けられた鏡を見ながらピアスをホールに通していれば、鏡越しに少し驚いた様な顔を見せたのは本日出勤予定の保護者。

 

「左にも穴開けたんだ? ......というか、行くには早くない?」

「遅れるよりはいいでしょー」

 

 キャッチをしっかり止め、LEDから降り注ぐ無機質な光に照らされるのは少し古めかしいデザイン。お母さんのコレクションから盗んだものだからセンス云々はともかくとして、思い出のある大事なもの。

 本来は金の縁取りに蛇の目の様な模様が入った物だったが、やはり時間が経てば塗装も剥げて銀色に変貌を遂げる。

 双葉に返却されたものは丁寧に扱われていたのか、未だに金色がしっかりと残っているが、これはこれで嫌いじゃない。

 

 その色の違いはまるで僕と彼女が少しだけ違う道を選んだ、という事を示している様で...... なんか、いい。

 繋がりには色々な形があるけれど、こうやって痛みを伴うのが自分の在り方なのかもな、なんて。

 

「そろそろ出る? それなら私が鍵閉めっから早くしなよ」

「はいはい、ありがとう。

 ......よし」

 

 お言葉に甘え、身だしなみのチェックを終えて靴を履きながら手荷物に忘れが無いか確かめる。

 財布、楽器屋の住所を書いたメモ、ティッシュハンカチ。

 そして手に持ったスマホで現在時刻を確認し、家と外の境界線を跨いだ。

 

 空は清々しいほどの晴れ。

 こんな日に海でも見に行けたら綺麗なんだろうな、と考えが過ぎるが、それはすぐさま鍵を閉めた碧さんの言葉でかき消される。

 

「それじゃあデートに行ってらっしゃい」

「......デートじゃない。

 いい加減にしないと怒るからね」

「冗談だよ。

 それとさ、()()()()()()()ってアンタの知り合いにいた?」

 

 『どうしたの急に』と言いたくなってしまうが、それを許さないのは一瞬だけ碧さんが見せた本当に真面目な目の色。

 となればすぐさま頭の中を探って見るが、赤い髪と言われてもピンとくる人はいない。

 強いて言えば桃井さんがそうかもしれないが、アレは赤というよりもピンクだろう。

 もしくは最近会っていない玲央さんもそうかもしれないが、碧さんは女性らしい服装の玲央さんにあったことがある訳でも無いだろうし。

 

「いや......」

「そ。

 それなら別にいいけど、あまり1人で出歩かない様にしなよ」

 

 それだけ言って歩いていくその背中を見ながら、そういえば玲央さんはどうしているのだろうと思いを馳せる。

 キチンと休養をとってくれていればいいが。

 

 なんだかんだバンドにとってドラムの存在、というのは大きい。

 早く帰ってきてくれるのを祈るばかり。

 すっかり痛みのひいた手のひらを見ながら、僕も最寄駅へとその足を動かした。

 

「──やっぱり早かったかな」

 

 人間の雪崩れ込む改札を抜けて階段を過ぎれば、その眼前に広がるのは圧巻のビル群。

 すっかり見慣れたその光景からすぐさま目を離してハチ公前にくれば、工事中の裏側を隠すために立てられているパーテーションの様な壁の上に話題のアニメの広告が貼り付けられている。

 その写真を撮る人々の後ろを通りながら周りを見渡すが、当然ながらこの場にみのりちゃんが居る様子はない。

 

 それもそのはず、本来の集合時間よりもずっと早くに来たのだから。

 いや、何も1時間前から待機しようというのではないのだ。

 スマホの時計で確認すれば現在は予定時刻の20分前。特別変って訳じゃないはず。

 

 さして長くもない待ち時間、適当に時間を潰そうとイヤホンをスマホと接続しようとすれば── 何やらこちらを見つめる視線を感じてその手を止める。

 その方向を見てみれば、ちょっと驚いた様子の見慣れた茶髪、そして花のヘアピン。

 驚きはこちらも、である。

 

「おはよー」

「おはよう! 少し遅くなっちゃったかな?」

「ううん、全然。本当に今来たところだったから」

 

 思わずかしこまったお辞儀をして、それを見てみのりちゃんも同じ動きをして、2人同時に顔を上げるとおかしくって笑い合う。

 別にそんなかしこまる様な関係でもない様な気はするけど、多分お互いに中尾さんが考えたあのお誘い文章に引っ張られてしまったんだろう。

 

 それがちょうどいいアイスブレイクみたいになって、多分彼の意図していないところで僕の中の好感度が上昇する。

 『やめてくれよ』なんて言う嫌そうな顔を考えながらどちらともなく歩き始めて、楽器屋の開店時間には少し早い現在時刻の過ごし方を考えてみた。

 

 適当にその辺りの洋服屋でも見ていくか、それともゆっくり歩きながら世間話でもしようか。

 しかし、こういう時のために溜め込んでいる話題の弾丸なんてものは僕にはない。故に後者の選択を取るのは少し避けたいもの。

 となれば、迎える場所というのはそう多くはない。

 

「まだ時間あるし、ゲームセンターでも行こうか?」

「うん! ちょうど可愛いぬいぐるみが増えたってこはねちゃんに教えてもらって、見てみたかったんだ!」

 

 よかった、と胸を撫で下ろし、スマホに写したその景品を見せられる。

 確かに可愛らしいぬいぐるみだ。

 イメージとしてはアレだろうか、少し前にセンター試験に出てきて話題になった野菜マン。

 アレの目をもっときゅるっと輝かせてみた、といえばわかりやすい。

 

 そうなれば進路を切り替え、向かうはゲームセンター。

 真っ赤な看板のすぐ下にある自動ドアを開けて少し進めば、台を四つ占領しているのは先ほど話題に上がった野菜のぬいぐるみ。

 

 ......画像と実物で差異があるのなんて分かっていた。

 だとしてもディスプレイされている数多の野菜が放つ圧と、それを見て目を輝かせているみのりちゃんのアンバランスさに少しくらりとしてしまう。

 

「みのりちゃんはどれが一番好き?」

「うーん、悩むけど...... この羽根が生えたりんごくんかな!

 優樹くんは?」

「僕は......」

 

 ラインナップとしてはみのりちゃんの言ったりんご、羽根の生えたにんじん、マッスルポーズのブドウとゴーヤ...... きゅうり? まあとにかく緑色の野菜の4種類。

 どれが好きか、と言われると悩むもので、鼻の長いにんじんも中々だがりんごも捨てがたい。

 虚な目をしたきゅうりは論外とすると、やっぱり僕が好きなのは一択。

 

「ブドウかなぁ、鼻と口が犬っぽいし」

「確かにブドウも可愛いよね!」

 

 そんな話をしてからもう一度ぬいぐるみの方を見れば、なんだか少しずつ魅力を増している様な気になってきて、懐から取り出したのは折りたたみの財布。

 ある程度余裕はある、たとえここでぬいぐるみの一つ二つ取ったところで大したダメージにはなるまい。

 

「2人でやってみよっか」

 

 なんだかんだで冬弥くんから受けたクレーンゲームの教え、というのは大きくて、さしたる金額を使わずに今では景品を取れる様になった。

 このぬいぐるみだって自分1人の方が効率的に動かせるだろう、が......

 

「いいの?」

「うん、そっちの方が楽しいよ」

「それじゃあ、頑張ってみるね!」

 

 今は、2人なのだ。

 それなら効率よりも楽しさを優先した方が、何よりもいいことの様に感じる。

 気合の入った彼女の横顔を見ながら筐体に100円を入れれば、すこしぎこちなくアームが動いて、その動きをじっくりと追う灰色の目を見つめた。

 

 綺麗で、透き通って、光ってる。

 眩しい貴女、僕よりずっと綺麗な目。

 

 りんごのぬいぐるみを掴んで持ち上げたアームが頂点に到達すると、するりと力が抜けてしまった様にぬいぐるみが落ち、その衝撃で転がった先は穴のすぐ近く。

 

「「おおー!」」

 

 すぐに取れそうな雰囲気を感じ取って笑みと声を重ね、立ち位置を入れ替えて今度はこちらの番。

 手堅くぬいぐるみを穴へ寄せて、変な落とし方さえ避ければ次で獲得できる状況を作り出す。

 

「それじゃあ締め、お願いします」

「はいっ、頑張ります!」

 

 アームがりんごを掴み、穴へ向けて落とす──

 

 しかし、そこで邪魔をしたのは穴の周りに取り付けられている返し。

 そこにりんごの本体が跳ね、なんとスタート位置に戻るというハプニング。

 こちらに振り返ったみのりちゃんの顔は申し訳なさそうではあるが、気にしなくていいと背中を軽く叩く。

 

「ご、ごめんなさい......」

「全然大丈夫だよ、このくらいよくあることだからね!

 諦めないで頑張れば取れるんだ、心折れずに行ってみよう!」

 

 そこからはちょっと長かった。

 同じ形でスタートラインにまた戻ったり、普通に自分がミスをしたり。

 それでも2人で試行錯誤しながら挑む時間は楽しくて、つい熱中してしまう。

 そこに手に入れる為の最善手は無いし、無駄もたくさんあっただろうけど、何よりもその時間が楽しくてたまらない。

 そして──

 

「「──落ちた!」」

 

 何度もアームに掴まれて心なしか目のパーツに光が無くなったりんごのぬいぐるみを取り出し、満面の笑みで2人の手が重なる。

 

「袋とってくるね!」

 

 そう言ってその場を離れ、店員さんに言って袋をもらって戻ろうとした時、手のひらに残った温もりに少しだけ微笑んだ。

 

 何、というわけじゃない。

 本当に、触れた時の暖かさを感じて笑んだだけ。

 それだけ。

 

 それだけなのに、なんだか凄く満たされる。

 

「ふふ......

 ──あれ......?」

 

 そんな気持ちを感じながら視線を外し、顔を上げればほんの少しだけ視界に映る、赤みがかった髪の女性。

 すぐさま消えてしまったが、思い出したのは今朝の碧さんが言っていた事。

 

 ......誰なのだろうか?

 ともかく、今は待っているみのりちゃんの下へ戻るのが先決。

 ぬいぐるみを袋に入れてゲームセンターを後にすれば、すでに時間は昼になろうかというところ。

 

「それじゃあ、次はどこに行こうか?」

 

 君はどうだろう?

 僕は、楽しいよ。

 

 

 

 

 






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