「あ、みのりちゃーん!」
学校からの帰り道、少し遠回りをして歩いていれば、周りを見渡して待っていた様子の彼女に向けて大きく手を振る。
すると向こうもすぐに気づいた様子で、こちらに向けて大きく手を振り返してくれた。
少し小走りで近づき、追い越してしまわないように短く歩幅を合わせてみれば、にっこりと優しい笑顔。
いつもライブ配信で見るのと変わらない、等身大のそれがあたたかい。
「すっかり復活だね!」
「本当に迷惑かけちゃってごめん......」
『そんなことないよ』と言いかけ、みのりちゃんは少し口籠もってから『うん』と小さく言い直す。
それは本当に珍しく、これまで少ないながらもネガティブな面を見た事があってもショックを受けるほどに意外な行動。
そこまで小さく、そして色々な思考をした上での肯定に思わず背筋が冷え、やってしまったことの申し訳なさで押しつぶされそうになってしまう。
あたふたしながらも考えるのはどう謝ればいいか。
許してもらおうなんて考えていないけれど、それでも謝らない事には何も始まらないだろう。
正直もう泣きそう。
「申し訳...... お詫びになんでもします......」
「な、なんでも?」
「うん」
「ど、どうしたらいいかな......!」
「僕に聞かれても......」
少し影のあった表情がいつも通りになり、少しの安心と『なんでも』は流石に言いすぎたかもしれないと言う不安が胸の内で渦巻く。
流石に彼女はそんな事言わないだろうけど、急に裸で踊れなんて言われようものならそれすら従わなければならない。
戦々恐々、慄きながらも下される指令を待ち受け、上目遣いで言い渡されたのは少し拍子抜けしてしまうような、罰にもならないようなお願い。
「それじゃあ、また一緒に遊びに行って欲しいな。
今度は最後まで...... それがわたしのお願い」
「それで、いいの?」
少し呆気にとられて、ちょっとの間口を押さえてから言葉を返す。
なんでもするって言ったのは僕。
しかしそうやって差し出した優先権を使い、自分に言い渡されたのは
もちろんダメではないと言う意思表示。
行き場を失った右手の親指を立て、そのお願いを受け入れた。
「喜んで行かせていただきます、みのりちゃん」
「はいっ、こちらこそ!」
「......ふふ、別に畏まらなくてもいいのに」
もう少しで夏が来る。
今まで経験してきた熱いだけのそれとは違う、夢の色と花の香りを含んだ突風を伴って。
「やっぱりさ」
「うん?」
「......なんでもない」
「えーっ、気になっちゃうよー!」
危な。
「──そう言うわけでさ、昔お母さんに女の子が好きそうな場所とか聞いておけばよかったなって。
考えてみれば、おしゃれな場所とか可愛い何かとか、僕は全然知らないから」
夕暮れ時。
少し前までだったらもう暗くなり始める時間、みのりちゃんと駅で別れて電車に乗り込み、降りた駅から少し歩いた霊園でいつものように語りかける。
もちろん墓石は返答をくれないけど、それでも優しかった母親を忘れない為にこうして話しかけては思い出す行為を、僕は無駄じゃないと思う。
ぼやけて霞んでどんな声だったかはもう思い出せないけれど、その人がどんなふうに生きていたかまでは忘れたくない。
水をかけて軽く掃除を済ませ、熱気に引っ張り出されて肌を伝う汗を拭えば、頃合いを見計らっていたのであろう声が少し後ろから鼓膜を震わせる。
「優樹」
聞き馴染みのある声に振り返れば、そこに居たのは中性的な見た目の、少し背の小さな人。
髪は短めに切り揃えられて羽を模したピアスを両耳に通し、腰の細さと声の高さ的に女性であることは分かったが、その雰囲気を持つ知り合いはいなかったはず。
誰だろうと少し考え── 髪の色から、もしやと言う答えを恐る恐る口から漏らす。
「......玲於奈?」
「──ああよかった、イメチェンしたら分からなくなるかと思って怖かったんだぁ」
どうやら僕のもしやは的中していたらしく、その凛々しい姿から出力されたのは少し後ろ向きで、なのにいい事があれば調子に乗りやすいあの玲於奈そのもの。
何はどうあれ、その姿が示すのは彼女が立ち直った事であり、目の前にある事実がただ嬉しい。
しかし彼女は申し訳なさそうな表情を見せてから、すぐに深々と頭を下げた。
「まずは、前のイベントすっぽかしてごめんなさい。
辛くて逃げ出した事は謝って許される事じゃないけど、今は謝らせて欲しいの」
「......うん。でも、今日はきっとそれ以外に言いたい事があってきたんでしょ?
そうじゃなきゃ、こんなところで会ったりしないはずだから」
それを聞いて彼女は頭を上げて背筋を伸ばすと、小さく頷いた。
前にもここで彼女を見た。
きっと弟さんの墓参りに来ていたのだろう。
それならばこの近くにそのお墓があるはずで、その場所でこうやって頭を下げに来る、と言うことは──
なにか、覚悟を持って違えない誓いを伝えに来たと考えるべきだ。
そうして玲於奈が伸ばしたのは、緩く開かれた手。
差し伸べる様に、真っ直ぐと。
「──私、碧さんに聞いた。
彼女の想いを継いで、優樹がRAD WEEKENDを超えてみせるって言ったこと。
......前までの私だったらそんな夢にはついていけないって言って、また諦めて、逃げていたかもしれない。でも、今は違う」
その手のように真っ直ぐ。
こちらを見る瞳の向こう側、そこには決意が見えて来る。
有無を言わせぬ、何か。
これまでの彼女とは違う力のようなものが、身体全体だけでなく声からも感じ取れた。
その覚悟を半端ではない。きっと玲於奈はもう、自らを傷つける事も心が折れたままでいる事も無いだろう。
「私の夢は並ぶこと。これは誰にも否定させない誇りを持って言える夢。そしてnoisEで過ごした日々も、これから過ごしていく日々も玲央や誰かのものじゃない、私が歩んできたひとつだけの道。
あなたのおかげで諦められなくなったから── どうかこの手を取って。
それは決意表明であり、同時に
最後まで。たとえ破滅が待ち構えている道に進んでしまったとしても、もしその先にあるのが希望や絶望、もしくはそれよりも激しい感情の螺旋だったとしても着いてこいと。
その目はまるで宝石に狂ってしまったカラスの様に黒く、しかして激しく輝く。
その向こう側に映る僕は── ただ、笑っていた。
ピンク色の
死者に口はない。
耳も、目も、意思すらも。
故に玲央は玲於奈を縛る事はできない。
彼女が自分の代わりに目となり耳となり、自己満足でしかない下手な演劇を見せられる事も、かと思えばその長い長い演劇の果てに『この物語はあなたではなく、わたしのもの』と言われる事も。
すべてそこに死人である弟の意思は存在しない。
だから── 断ち切ってしまえばこんなものだ。
誰かの夢に便乗する事に迷いはなく、そして、自分の夢に他人を使う事に疑いは無い。
自己都合の嵐。それは世間一般に悪と捉えられる真髄であろうが、そんな事は僕と彼女にとってはさしたる問題ではなかった。
何故か?
──分かっているから。
自分の道を、自分の意思で──
「よっ、と」
片手で彼女のピアスを外し、今日は偶然付けておらず空いていたホールに通して、羽を分け合う。
これで僕らは比翼の関係。
青の羽に銀の縁取りが示す痛み、希望を抱き締めて、緩く握っていた手をさらに緩めて触れているだけの様にすれば、自ずと力無くすり抜けるだろう。
すると玲於奈は落とさない様に固く握って── その姿に向け、僕は優しく笑んだ。
「
これから何があったとて。
たとえば仕事を始めたとしても、もしくは誰か大切な人を優先したくなったとしても、貴方はもう手を取ったのだから、
逃がさない。
「ふふふ」
「はは」
笑い合う。
恋愛感情では無い。
ましてや家族愛のように尊いものでも無い。
混ざり合って離れられない相棒。
夢を共にする友人として、落陽に照らされる。
「──今日はよろしくね」
ライブハウスの袖、だんだんと迫って来る自分たちの出番を耳で感じながら、服をコーディネートしてくれた彰人くんに握手を求める。
意外そうな顔をしながら応じてくれた事に軽い会釈をすれば、何かを感じたのか面白そうに彼も笑みを見せる。
「ああ、負けねぇからな」
今日のイベントにはVividBADSQUADも参加し、優勝候補筆頭というところだ。
もちろん、彼らに驕りはない。
油断も隙もない強者が一番崩しにくいのだ。
しかし── 今は違う。
「いつか彰人くん、言ってくれたよね。
『お前の考えることだろ。
お前が考えて答えを出せよ』って」
「......バンドの話の時か?」
「そう。だから僕は答えを出した。
碧さんがRAD WEEKENDに出れなかったのは僕のせいだ。きっと凄かったんだろうさ、誰もが魅了されるイベント、超えるのは無理だっていうイベント!
......だから、超えた先の景色を見たいし、彼女に見せてやるんだ」
「──そんなに、甘い世界じゃねえぞ。
覚悟はあるんだろうな?」
「当然だろ、これは僕の人生を賭けた証明だよ。
あの時僕を選んで良かったって、僕に
──そのために、みんなの近くまで追いついて見せるから...... 待っててよ、
時間が来てステージに上がり、胸に手を当てて呼吸を整えてから観客を見れば、すでに盛り上がりはかなりなもの。
しかしこれまでの不甲斐なさからか、怪訝な表情をこちらに見せる客もチラホラ。
隣に立つ玲於奈に少しの心配を含んだ視線を送れば、その先には高揚感が抑えきれない横顔。杞憂をフンと鼻で笑い飛ばし、数日前に2人で話した内容を思い返した。
『......いいね、この曲。
作ったの?』
『もちろん! ただ曲名が決まってない。
付けてもらってもいい?』
『えっ? 急に言われても......
じゃあ、
『いいね。
それとチームの名前なんだけど──』
「さあ、次の参加者は
大トリも直前、盛り下がらずにキメてこうぜ!」
イントロが流れ始め、大きく息を吸い込んで喉を激しく震えさせる。
音がその震えで削り出されて歌となり、2人のユニゾンがぴったりと重なり合ってスピーカーから出力された。
「「──♪!!」」
歌い出しは上々。
いや、それどころかこれまでで1番、最高とも言っていい。
もとよりお互いの声量が大きい事もあり、ライブハウス全体を包む事は容易だ。
そして── 想像以上に、玲於奈との合わせがやりやすくなっているのが1番の驚き。
理由は明白、これまでの彼女の歌はどこか遠慮がちなところがあり、こちらが合わせる形になると少し加減の必要があった。
そのせいで歌の最大出力が下がって盛り下がってしまう事が多かったが、今の彼女は持ち前の声量と碧さんから教えられた歌を存分に活かしている。
これまでのどこか特徴の無い歌はそこには無く、まさに教えと自我のハイブリッドで構成された福田玲於奈の歌がそこにあった。
目を向け、アイコンタクトを図る。
──あなたは今、歌を楽しんでいるか?
その答えはウインクで返され、サビへ突入。
もう一度観客席の方へ意識を集中させて見てみれば、そこに怪訝な顔をした人間はどこにもいない。
そうだ、僕の歌を聞いてくれ。
僕たちの歌を──
「はあっ、はあ......!」
「......どうだった?」
一曲を終え、全て出し切って清々しい様子の玲於奈に声をかければ、彼女は観客を見て笑ってから腕を大きく広げて天を仰ぐ。
「こうやって見下ろすの、気持ちいい......!
鳥になったみたい......!」
奇形の鳥。
既に死んだ半身とくっついて離れられなくて、飛ぶことも歩く事も、ましてや夢を見る事もままならない。
その体を裂いて、彼女はよろめかず、その体と自分の歩いてきた道にひとつの筋を通した。
彼女もまた──
「今回の優勝者は── VividBADSQUAD!!」
「「負けたー!」」
「ふふ、でも...... 負けたって事は、また挑戦できるって事だもんね!」
「まあそうだね。
次は──」
「うん、負けない!
だからずっとよろしくね、相棒!」
負けず嫌いの、獣なのだ。
「というわけで、玲央改め......」
「玲於奈です。
これからもnoisEでお世話になります」
「おお...... おおっ...... なるほどなぁ......」
「中尾さんの語彙無くなっちゃったよ。
まあこれまで通りよろしくねっ! ......はー、辞めるとか言われなくて良かったぁ......」
「そういえば優樹、ギターは?」
「あっ」
評価等よろしくお願いします