君への好きは
「ゔへぇ...... へぇ......」
「はぅう〜......」
夏日の夕焼け、体力づくりの一環として始めたランニング。
既にヘロヘロになりながらも『せっかくだから』と同行させてもらったみのりちゃん達に追い縋ろうとするが、どうにも足に溜まった疲れがそれを許さないのが現状だ。
「ほらみのり、天里くん、さっきまでの勢いはどうしたの!」
足だけでは無く、走るにあたって振られる腕も疲れ始めた頃、少し前を悠々と駆けていくのは桐谷さん。
一体、僕より細いその体のどこにそんな体力があるというのか。
元トップアイドル、そして今もみのりちゃん達と共にステージに立とうと努力し続けている彼女の凄さを体感しながらも負けていられないと顔を手で叩き、疲れ切って限界の近い体を奮起させた。
みのりちゃんも同じ様に気合いを入れ、力強く一歩を踏み出していく。
「が、がんばりますっ!
遥ちゃんについてくーっ!!」
「僕も...... って追い抜いちゃってるよー!?」
......流石に、追い抜いちゃうのは頑張りすぎな気もするが。
またくたびれてヘトヘトになったら顔を合わせる事になるだろうな、と思いながら身体に鞭打って足を動かす中、何故体力作りを始めたのかというところを反芻。
ストリート、そしてバンド。
そのどちらも100%の力と真摯さで向き合う、と決めたものの、そうなればまず最初に壁として立ちはだかるのは自分自身だ。
例えば体力を水、身体を弁が付いたタンクとしよう。
普通なら弁の開け閉め、体力を使う場合には多少の加減をするもの。学校の体育でサッカーをする時は手加減をして、放課後のクラブチームだとかで行う練習には全力を尽くす様に。
でも僕にソレはできない。
リミッター、というか頭のネジ。例えに合わせて言うならタンクの弁が壊れてしまっているから、学校が終わればもうヘトヘトになってしまう。
これではいけない。
となれば、最優先事項はタンク容量の増量── 体力作り。
続けることが最もいい方法であるのはわかっている。
故に最初はいつでも、それこそ家からでもアクセスできる広い空間、セカイでランニングなりなんなりを行なっていたのだが、それを見かねてなのか──
『せっかくだから、これから一緒に走ってみる?』
『いいんですか?!』
偶然訪れていた桐谷さんに誘われて、今走っているわけだ。
「ほらもうちょっと、頑張ろう?」
「はぁ、はぁ...... うぉぉ〜!」
宮女の正門を通り過ぎたあたり、ヘロヘロになって今にも倒れそうなみのりちゃんの背中を押しながら声をかければ、前を行く桐谷さんに追いつこうと疲れ切った足を前に進めようと叫びながら加速する。
疲れたから無理とか、できないとか言わずに自分の限界まで頑張ろうとするその姿は素敵としか言いようがない。
その諦めない姿が配信でみんなに勇気を与え── そして僕にも教えてくれた。
だから、彼女は素敵だと言い切れる。
対して僕はどうか。
夏日、夕焼け、日光を集める焦げたような黒さのアスファルトから立ち昇る、煮えてしまいそうな程の熱気は運動のエネルギーと共に体から汗を滴らせ、その汗が流れる先にある手のひらを── みのりちゃんの背中に触れた手を見下ろした。
「......いや、いやいやいや......」
無地のTシャツ、青色のソレが汗ばんで身体に張り付く感覚なんて全く気にしていなかったのに、手から目を離そうとする意識が故か不快感を多く感じてすぐさま体から剥がす。
少し前から変なんだ。
どこから、と言われれば明確ではないけれど、だいたいで言えば彼女の飼い犬であるサモちゃんに激突されたあの時あたりから、ずっと。
だんだん心が危ない方向に向かって行ってるというか、引っ張られて行ってる、というか。
変に目で追ってしまう。
取り繕うとしても取り繕えない。
......好き、ではある。
じゃなきゃ最初に自分の中身を話したりしないし、そのあとも一緒に出かけたりとか、セカイで焚き火を見たりしないだろう。
でもそれで言ったら他のみんなも好きだ。なのに彼女に対するソレは違う気がしている。
好きの形が違う。
鏡で今、みのりちゃんを見ている僕の目を見てみたい。その目はどんな風に輝いているのか──
「きゃっ!」
「あっ」
立ち止まってそんな事を考え、数秒。
前を走る彼女がそこそこ派手な転び方をしたのが見えて、すぐさま駆け寄る。
見たところ大事は無いようだが、その膝には少し痛そうな擦り傷が現れ、痛々しさを飾るように粘度の高い血が溢れている。
アイドルなのだ、傷が残るような怪我でないのは安心だが、それはそれとしてすぐに自販機で水を買い、声をかけてから傷口に向けて冷水を注いだ。
「少し我慢してね?」
「うん...... んっ......」
目立った汚れを洗い流し、ポケットに入れていた絆創膏で傷口を隠してやればとりあえずはオッケー。
「慣れてるんだ?」
「保健室の先生に教えてもらったんです。
時間がいっぱいある時に、教えられるのはこれくらいだからって」
保健室登校をしていた時からさして時間がたったわけではないけれど、あの頃がもはや懐かしい。
そのうち、元気にしてると言う報告を先生にもしなければならないだろう。あの人の事だ、きっと喜んでくれるはず。
「これでよし、今度は気をつけてね。
もしまた転んだら次はおんぶして切り上げさせるから」
「は、はい! 気をつけますっ!」
ともかく。
僕の中でみのりちゃんに対する気持ちの変化、というものは確かに起きているんだろう。
口に出して仕舞えばソレ自体に対する答え合わせは可能だろうし、きっとスッキリとした気分になれるんだろうけれど、残念な事に僕はこの関係性を崩壊させてでも答えを知ろうという気持ちはない。
「わっ!」
「......気をつけてって言ったのになあ」
彼女にとっての友人Aか、もしくはもっともっと優先度を下げて友人F。
そのくらいでいい。
「──大丈夫? おんぶするって言ったのは僕だけどさ、臭かったりしたらすぐに言ってくれていいからね? 本当に遠慮しないで降りてもらっても構わないんだからね? 罰ゲームみたいになってたら申し訳ないし」
「ぜ、全然大丈夫でしゅ! 臭くなんてないし、その、いい匂いなので......!」
「いい匂いな事は無いんじゃないかな......
ああ、でも最近柔軟剤は変えたかな。碧さんが職場の人に真似られて面倒で、よくわからないし変えとけって言うから。
モテる人は大変だよね」
「......優樹くんは、女の子に声をかけられたりしないの?」
「ないかな。全然ない。」
「──そう、なんだ」
やたら淡白で含みの薄い返事に対してハテナを浮かべていれば、上半身が宙ぶらりんにならない様に僕の首の前で交差している彼女の腕が、ほんの少しだけ固く締まる。
そうすれば自然と体温を感じて、そこに居ることを強く思い知らされてしまう。
──と、同時に。
もっと深く好きになる事に、二の足を踏む自分もそこに居るのだ。
たった1人、血まみれの自分が。