消えぬ恐れの白き森   作:チクワ

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優先するもの

 

「──つまり、犯人とあなたは兄弟だったんだ!」

 

 休みの日。

 朝っぱらから昼過ぎまでぶっ通しのギター練習を終え、セカイから戻って来てはリビングでぼけーっと再放送のドラマを見る。

 そんなに面白いわけじゃないけど、この時間帯なんて軒並みニュースか変な番組しかやってない。スマホで動画でもみてればいいんだろうが、今回はカイトがホログラムの様に画面から出て来ているので、そういうわけにもいかないのだ。

 

 今はそのクライマックス、犯人を崖まで追い詰めた刑事が動機や理由を突きつけ、情に訴え、最後っ屁の殺人を止めようとしているシーン。

 お互い死んだと思っていた兄弟が再会する、というところは本来盛り上がる場所なのだろう。

 

 しかし、僕の思い浮かべるのは身内の事である。

 

 兄がいた。

 守ってくれる、頼れる兄だった。

 わさびが苦手でみかんが好きで、デザートで出たソレを譲ったら頭を撫でて喜んでくれる様な、けっして仲の悪くない関係性だったと思う。

 でも、関係性なんて一瞬で壊れるものだと知ったのは、彼が高校を卒業した夜に部屋の扉越しに言われた言葉があったからだ。

 

『──父さんがいなくなったのも、母さんが辛くて泣いてるのも、全部お前のせいだよ。

 だからお前は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 机に突っ伏し、深くため息を吐く。

 その次の日に彼はどこかへ行って、その数日後にお母さんは亡くなった。

 葬儀にも来なかったし、今どこにいるのかはわからない。

 ......別に会いたいわけじゃない。

 出て行ったってことは僕に会いたくないってことで、それならば僕も無理して会う理由は無いし、どこかで自由に、元気に、幸せに生きていてくれたらそれでいいのだ。

 だけど、そう。

 あの期間はほんの少しだけ、さみしかった。

 

「──どうかしたのかい?」

 

 ドラマが終わり、カイトがこちらに心配そうな視線を向ける。

 そんなに不安げな顔をしていただろうか。

 小さく横に首を振り、確かに存在する空腹感を感じながらスマホを持って立ち上がる。玄関から家を出て、見上げればそこには、地を這う僕らには到底届かない空が広がっていた。

 

 

 

 

「──♪」

 

 少し電車に乗り、原宿。

 オシャレな人たち、なんだか僕にはわからない服屋、あと増えすぎて外国なんじゃないかと勘違いしてしまうほどのインバウンド。

 前までなら絶対に降りない様な場所だったが、ある程度他者との考え方を切り替えた今なら、そこまでビビることなく鼻歌すらも歌える。

 さて、今日ここに来たのは服を買いに来た、というわけじゃあない。 

 

「嬉しそうだね?」

「そりゃあもう! 楽しみだったから!」

 

 手首に引っ掛けた紙袋を顔の前まで持っていけば、香ってくるのはエスニックの強烈な刺激。

 パクチー、サルサ...... それを持ったまま電車に乗るのが少し申し訳なくなるくらい、美味しそうな匂いを漂わせている。

 何を隠そう、僕はタコスを買いに来たのだ。

 

 言わずと知れたメキシコ料理であり、好物の中ではめんつゆに次いで3番の指に入るヤツ。

 たまたま動画で見つけた店が東京の山手線で行ける場所にあったのだ、買わない選択肢はなかった。これでドリトスのタコス味を食べて欲を中途半端に発散する時は終わる。

 保護者の分も買って来て、もう完璧だ。

 

 最寄りの駅で降りれば、見慣れた街も輝いて見える。

 正直もう我慢ができない。

 今日、この日だけは自分がタガのない獣になる事を許し、袋の中から細長いソレを取り出して袋を丁寧に破り、歩きながらかぶりつく。

 溢れてくる鶏肉の旨み、ライムの酸味とサルサ特有の辛味がマッチし、気分はさらに上々だ。

 

「美味しそうに食べるね。

 俺も食べてみたくなったよ」

「んー? じゃあ今度行った時に買ってくるよ、2人の分も!」

 

 カイトにはなんだか申し訳ない事をしたなあ、と思いつつも、食べる手は止まらない。

 半分くらい食べ終わってもまだ残っていることすら幸せだ。

 

 路地に入れば、向こう側から走ってくる2人組。

 ぶつからない様に歩道の片側に寄って避けてあげれば、ピンク髪のどこかで見たような女性が小さく会釈をして、こちらもそれを返した。

 

「みのりーっ、置いてくわよー?」

「が、頑張りますっ!」

 

 可愛らしいTシャツだな、と思いながら部活か何かのトレーニングをする2人を避け、次の一口を入れようとした時──

 

「きゃっ!?」

 

 置いて行かれていた女性が、かなりの勢いでつまづく。

 倒れようとするその先はザラザラとしたアスファルトの地面だ、たとえ手で庇ったとしても顔が激突して、もしかしたら傷ができるかもしれない。

 ......正直言って、迷った。

 今持っているものを手放してその状況をなんとかするべきなのか、それともただの他人としてみなかったふりをしてこのまま帰るべきなのか。

 考えて行き着いたのは、昔の幼馴染に言われたことである。

 

『なんでもっと早くに助けてくれなかったの?!』

 

 あれはいやだったな。

 そう簡単に思うと自然と体が動き、倒れそうな彼女の両脇腹をそれぞれ両手で掴む。

 無理に持ち上げて倒れさせないのではなく、掴んだ彼女ごと自分の体を捻り、倒れ込んだ彼女と地面の間に滑り込むように僕の体を入れた。

 

「はうっ!?」

「ぐえっ......」

 

 背中と肘に走る痛みを感じながらも、身体の前側で受け止めた女性の体を見れば、どこかに傷がついた様子はない。

 なんとかはなったようだ。

 

「──ご、ごめんなさい?! 大丈夫ですか!?」

「全然大丈夫です、こう見えて頑丈なので......」

 

 本当に申し訳なさそうに頭を下げる彼女にそう言って、手から離れたものを見る。

 保護者の分は不格好になりはしても、袋に入っているから大丈夫だろう。しかし食べかけのソレは...... どうにも、食べようという気にはならない形へと変貌してしまった。

 先へ行っていたピンクの女性も戻って来て頭を下げられるが、別にそんなことはしなくていい。

 僕が()()()()だけだし、()()()()()側はなんの気兼ねもせずにいてくれればいいんだから。

 

「じゃあ、がんばってくださいね」

「ありがとうございました!」

 

 とりあえず適当に話を切り上げ、落ちたものを拾って再度帰路に着く。

 ......まあ、なんというか。

 女性の前だからあんなにカッコつけて『大丈夫』と口に出来ただけで、へこみはしている。

 それにやってしまったなぁ、と思っているのは──

 

『はうっ?!』

 

「......ぅぁぁぁぁあ......」

 

 地面に激突する瞬間、細いとはいえ人1人の重みを受けては掴んだ手も緩む。

 それに体制の変化が合わさって、その、なんというか。

 一瞬だけ、胸の下側を掴んでしまった。

 

 もう顔真っ赤だ。

 どさくさだし、どうしようもなかったしと言い訳しても事実は変わらない。

 名前もわからない人の胸を掴んだという罪悪感に苛まれながら家に着き、冷蔵庫に保護者用のタコスを入れて風呂に入っていると、さっきから出てこなくなっていたカイトが急にまた、スマホから顔を出した。

 手元にはトルティーヤと思しき円形の生地を持っていて、時折その場にはいない人の声が聞こえてくる。

 

「──おっと、入浴中ごめん。

 たしか優樹くんの保護者は今日、遅かったよね?」

「うん、そうだけど......」

「それなら、よければセカイで──」

「カイト、ここで鶏肉はいいかしら」

「少し待ってもらえるかな?

 ......よければセカイでご飯を食べない?」

 

 風呂に入ってる途中はやめて欲しかったが、特にその誘いも断る理由は無い。

 皿洗いがない分むしろ、セカイで食べた方が楽だろう。

 風呂場でスマホを使うための袋からホログラムのように出て来ている彼に頷くと、カイトは安心したように帰って行った。

 

 静かになった浴室。

 ゆっくりと目を閉じて湯船の中に頭のてっぺんまでをつからせ、今日のことを考えていた。

 助けたあの子は大丈夫だっただろうか、僕に胸を触られたり体に触れられたことがトラウマみたいになっていないだろうか?

 

 物事に過敏すぎる考えかもしれない。

 でも、少なくとも1人はソレがダメになった女の子ともう1人を知っているのだ。

 今でも思い出せる。

 公園、茂み、大人の男、そして頬に軽い傷のついた幼馴染。

 そして、僕。

 

『──なんで?』

 

 その疑問と、手に持った血の滴るペグハンマーが忘れられない。

 

 僕らはあの日、()に負けたんだって。

 

 

 

 

 

 

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