苦しいほどに立ち込める熱気、つんざくような音。
それはライブハウスの一番後ろ側で縮こまっていてもわかる、まるでこの空間だけが現実とは隔絶されたような感覚。
言うなれば小さなセカイ。そんな中で歌っている彰人くんや小豆沢さんたち『VividBADSQUAD』の表情や動きからは、音楽に対する真摯な姿勢がビリビリと伝わってきた。
自分の中にあるモノ全てを解放して、それを歌に乗せ、作り出した空気の中でそこにある物と一体になっていく──
最後まで成し遂げた時、解放して空っぽになった体には満足と心地よさが詰め込まれて、また成長する。
それはバンドにしても、チームにしても、アイドルにしても、音を届ける以上変わらない
「──♪!」
小豆沢さんの声が耳から脳髄の奥まで響き、その衝撃にぶるりと身震い。
空間と一体化していく感覚に口角が上がって── すぐに下がり、平静を装いながら強く奥歯を食いしばる。
ブレーキのようなものが心の中で引かれて、あの熱狂の中に飛び込みたい自分を背後から現れた数多の手が引っ張り戻すような感覚。
『それを楽しむ権利がお前にあるのか』と、深いところから呼びかけてくる自分に屈して── 前に進めない自分への苛立ちを抑えながら、イベントを終えた4人に笑顔で手を振った。
「優樹くん、聞いてくれたんだ」
「うん、凄かった!」
ステージ上とは違ういつも通りの小豆沢さん。
迫力も繊細さも兼ね備えた歌声はスルッと心の壁をすり抜けて深くを鷲掴みにして、しかし今は小動物感の溢れる小さな彼女だ。
RAD WEEKEND。
ビビッドストリートで行われたイベントで、彼らが越えるべき目標。
僕はそれを直接見たわけじゃないし、話されるまでそのイベントを聞いたことはなかったが、4人ならきっと越えられるだろうとライブ終わりの顔を見ていると思う。
......口には出さないが。
「というか、急にどうしたんだよ。
急に『ライブの予定ってある?』なんて聞いてきて」
「あー、色々あって......」
目を泳がせながら誤魔化そうとするが、彰人くんの追及する視線に冷や汗と申し訳なさが溢れてきて、一息置いてから辿々しく言葉を紡ぐ。
「......誘われたんだ、バンドに」
それは数日前、泥酔した保護者を連れてきてくれた長田さんに言われたことである。
「いやー、まさか何年振りかに会えるなんてねぇ!
どう? 元気してる?」
「あ、はい」
長田周平。
お父さん、
正直に言って、僕は彼の顔自体を深く覚えているわけではない。
覚えてるのはライブで歌っていた声と、低く響いていたベースの音くらいなもので、まるで昔からの知り合いが如く心を開いた様子の彼には少し困惑しながらも水を差し出す。
お酒に強いのだろうか?
確かに彼自身からも酒の匂いがするのに酔った様子は無く、耳も頬も全然紅潮している感じはしない。
それならばさっさと帰って欲しいのだが、と思う一方で、流石に保護者が世話になった手前追い返してしまうのも失礼かな、と思う自分がせめぎ合い、結局椅子に座る彼の対面へ腰を下ろした。
「そうか、あの頃の子供がねえ、こんな大っきくなってねぇ......
おおよそ、話は碧先輩から聞いてるよ。
まあなんとも大変だね、としか言えないけれど、さ」
その気遣いに不快感はない。
彼女がどれだけのことを話したのかはわからないけれど、必要以上に踏み込もうとしてこないということは
それならば僕もある程度はこの人を信用しても、きっと悪いようにはならないと背筋に入っていた力を抜く。
......しかし。
「んー? んー......」
じろじろと隠す様子もなく、唸りながら僕の指に向けられる視線。
これはどういう...... アレなのだろうか。
数秒してこちらからの怪訝な視線に気付いたか、彼はよし、と水を一杯飲み込んで気合いを入れると、こちらに対して真っ直ぐな視線を携えて口を開いた。
「ギターやってるね?」
「え、まあ、そうですけど......」
「よっしゃ!
じゃあこれは提案なんだけど、ウチのバンドで演奏してみないか!?」
「は?」
あんまり出さないタイプの声が漏れるが、長田さんはそれを気にする様子も無く、うんうんと頷きながらバチっと下手くそなウインクをこちらへ送る。
「いやぁちょうどギターやれる人が抜けちゃってさあ! ああ心配しなくていいよ、イジメとかないアットホームなバンドだからね!」
「いやいやいや、ちょっと待ってください」
いや、おかしいだろう。
言葉を遮れば悲しげな子犬みたいな表情で彼はこちらを見るが、そもそも、そもそもである。
バンドに人を招き入れる時っていうのは演奏を聞いたり、パフォーマンスを見たり、そういう段階を踏んでから『ウチにピッタリだ』と思えた時に勧誘するものではないのか。
あまりにも段階を飛ばしすぎていると主張すれば、彼は逆にキョトンとした表情を見せてから笑い、硬い手のひらでこちらの指を掴む。
その表情の奥にはどろっとした物が渦巻く。
「ひっ」
「おかしい事はないよ。
この指はどうあがいても努力してきた指だ、何年もやってりゃそれくらいはわかるし、どれくらい弾けるかなんて否応なしで想像つく。
それに優樹くん、
そりゃ好きだ。
好きじゃなかったらギターなんて弾かないし、歌ったりもしないし、イヤホンつけて聞いたりもしない。
急に手を掴まれて怖くて上下に振り払おうとしながら首を縦に振ると、彼は満足そうに手を離してまた笑った。
「音楽が好きである事、ギターを弾けること、やり続ける......
それらがあれば俺は誘うよ。
でも、そうだな...... ライブって何回か行ったことある?」
掴まれていた方の手を庇いながら横に首を振れば、彼はまた考えて、一度寝室で寝ている保護者を見てからこちらに視線を戻した。
そしてささっとスマホを操作すると、こちらのスマホにエアドロップで動画が送られてくる。
「それならどんなモノでもいいからライブに行ってみてよ。
それで心が揺れたらその動画を見て、やりたくなったら連絡してほしい。
自分の本能に正直になって、ね」
「「怖っ」」
「怖かったよ......」
そんな事があり、急遽彼らのライブを見にきた、というわけだ。
ドン引きした様子の白石さんを横目に、冬弥くんは寄り添うような声を放つ。
「確かに普通じゃないが...... 言われるがままに来たという事は、天里もバンド自体に興味はあるのか?」
「──あるにはある、かな。
1人でできる事は大体やったから」
もちろん、バンドというものに興味を抱いた事がないわけじゃない。人並みにそういうところでギターを弾けたら楽しいかな、なんて考えたこともあるが、やっぱりネックなのは既存のグループにそのまま加入すること。
その輪の中に入れる気がしないのだ。
それで足を引っ張ったらと思うと寒気がする。
それでも、何故長田さんの言葉に従ってライブを見に来てしまったのかと言えば── 多分、それに対する恐怖と進み出したい自分が、大体同じくらいの力でせめぎ合っているからなんだと思う。
家族を壊した自分への刑罰を終わらせて、自分自身のまま前へ進みたいと。
......今は、その場にとどまろうとするマイナスな気持ちの方が強いけれど。
「......まあ、お前の考えることだろ。
お前が考えて答えを出せよ」
「うん。
そのつもりでは...... いるよ」
「ただいまー」
「おかえり」
家に帰り、たとえ返って来なくても習慣づいた言葉を吐けば、聞き慣れた声で返ってきて思わず背筋が伸びる。
玄関を上がって廊下の方を見れば、少し怒った様子......というよりも、二日酔いがまだ残る様子の保護者、碧さんが立っていた。
彼女がスマホを取り出してこちらに見せると、時間はすでに深夜を刺そうかというところ。
ごめんなさい、というよりも前にゲンコツが落ちたのはいうまでも無く、痛がる僕を引きずってリビングの椅子へ座らせて冷えたご飯の前で手を合わせる。
「──悪い仲間でもできた?」
「で、できてない! ......いや、悪い仲間はできないけど、友達はできた......」
「......そ、良かったじゃんね」
喜ぶ様子も無く、それだけ。
引き取り手のいなかった僕を引き取ってくれた唯一の人だ、悪い人じゃないとわかっていても、こうやって一言二言で終わってしまう会話というのにはどうにも気落ちする。
提供できる話題もなく、おかずとご飯がだんだんと無くなっていく中、珍しく碧さんから会話の口火が切られた。
「周平に誘われたでしょ、バンド」
「うん。 ......なんか、変な人だったけど」
「悪い奴じゃないよ、変なのはそうだけどね。
──必死なんだよアレでも。アンタの父親が始めたバンドに誘われて入って、他のメンバーが出たり抜けたりの中で1人だけずっと留まってたんだ」
「お父さんが?」
「そ、私も手伝ってたけどね。
だから話だけでも聞いてやんな、アイツアンタを誘うかどうか、誘ってもいいかどうかをずっと聞いてきてたんだ。
クソ酔っ払ってるのに平静装いやがって、ムカつくから今から殴ってきてやろうか......」
ビールを飲もうとする手とその激情を諌めながら食事を終え、風呂に入って動画サイトを開く。
そう言えば、と思い出して花里さんの活動してるアイドルグループ、MOREMOREJUMP! で調べてみれば、ななみんのチャンネルが関連に現れた。
確認するとすでにライブは終わってしまって、残っているのはアーカイブのみ。
「失敗した......」
すっかり忘れてしまっていた。
リアルタイムで見る事が出来なかったことを心の中で謝罪しながら動画を開くと、さすがは元アイドル、というふうのライブ。やっぱりメインはコラボ先のななみんなのだろう、流石のパフォーマンス力を感じていれば、次にステージへ上がったのはMOREMOREJUMP!
ロゴの描かれたTシャツに身を包んだ花里さんが現れると、どうしても先日のやらかしを思い出して悶絶しそうになるが、今見るべきなのはライブだ。
驚いたのは、花里さん以外の3人はどこかで見たことのある人たちである、ということ。
桐谷遥、日野森雫......
桃井さん含め、多分どっかしらでアイドルか、それとも他の事をやっていたのだろう。
......こんな中で失敗をたくさんすれば、それはあんなふうにへこみもするか。
自分の言った言葉の軽さに辟易としながらもリズムに乗って左右に揺れながら見ていれば、頑張って追いつこうとパフォーマンスする花里さんに視線が釘付けになって、そのままライブは終わりを迎える。
......いいものだった。
そう思いながら動画を閉じようとした時、画面の中から『待った』の声がかかり、思わず手を止めた。
カメラの前で心からの笑顔を見せ、花里さんが言う。
「──わたし、アイドルとしてはまだまだで、これからも遥ちゃん達の足を引っ張っちゃうかもしれないし、心配かけちゃうかもしれない......
でも!」
「......」
「こんなわたしでもちゃんと踊りきれたよ!
みんなと一緒に、前に進めたよ!
だから大丈夫──
風呂から上がり、自室へ戻ってエアドロップで送られていた動画を開く。
たった2分と少し。
でも、魂のこもった2分と少し。
弾けて飛び跳ねるような音を受け、楽しそうに弦を弾くその姿を見て、ひとつだけつぶやく。
「──出来る」
そうして僕は──
「よし...... 行こう!」
ギターを持って、扉を開いた。