ギターを入れたケースから伸びるベルトを肩に掛け直し、ライブハウスの階段を降りれば、テーブルを囲んで何か談笑している男性達の輪。
その中には長田さんの顔もあって、やっぱり言葉から勇気をもらった後だとしても今から退散という逃げがちらつき、顔が軋む。
「だから手札誘発を制限にされちゃうと──
っと、きたきたきた! ここだよ優樹くん!」
話を切り上げて彼が手を振れば、周りの人間も席を立って目の前に立つ。
メガネの特徴的な美形、こちらを値踏みするようにジロリと切れ長の目を向ける青年、感情的には歓迎半分疑い半分と言ったところだろうか。
すでに緊張が心を支配しようとしているが、構わず長田さんは仰々しく腕を広げて見せた。
「というわけで、お誘い受けていただきありがとう!
紹介するよ、こっちが最年長、キーボードの
「よろしく。
困った事があったらおじさんに言ってくれ」
「おじさんっていう見た目じゃないんじゃ......」
「そしてこっちの彼が大学生、ドラムの
素直じゃないけどいい子だから!」
「......よろしく」
「──そしてベース、俺!
この3人に優樹くんが加わって、バンド名は『
怒涛の自己紹介と同時にポーズを決めた3人に呆気に取られながらも拍手を送り、これ本当に僕が入る余地があるのだろうかと不安がどっさりのしかかる。
なんというかこう、クセが強い。平均年齢も中尾さん筆頭に高く、会話が通じるかどうかもわからない。
唯一年代が近そうな福田さんはこっちを見る目が怖いし、早くも帰りたくなってきた。
「......それでその、何を弾けばいいんですか?」
「おおっ、やる気満点?」
「若いっていいねぇ」
しかしまあ、オーケーを出してここにきたのは僕だ。
ならば求められた事をしようと肩にかけていたギターを胸の前に持ってくれば、好意的に見てくるおじさん2人に対して、福田さんはどこか気に入らない様子。
「俺は、今んとこ認めてないっすよ」
「えー、なぁんでよぉ゛〜」
「いや当然だと思いますけど......」
「本人までそんな事言うの?!」
そこに異論はない。
だって自分たちが作り上げたところに急に他から人が来れば、どんな人であっても疑いを持ったり、忌避感を持つのはおかしい事ではないのだ。
例えるなら、碧さんと僕の2人しかいなかった食卓に急に小学生が増えたら『ん?』ってなる感じ。
だから、今認められないことは受け入れている。
「だから、
「──!」
これから認められる為に── その為に、今日は顔合わせだけのつもりだけれど、一応ギターを持ってきたのだ。
『クソガキめ』と小さく呟き、彼はその辺に放り投げてあった自分のカバンから楽譜を取り出すと、それを少々乱暴に手渡してきた。
時折演奏したりする、見覚えのある譜面。
彼は練習スタジオを指差し、そこにあるドラムセットを見る。
「セッションだ。
何回かやって、ソッチが合わせられなきゃ今後どうやっても上手くいかないだろ」
「わかりました」
果たしてこれがアットホームなバンドなのだろうか、なんて視線をアワアワしている長田さんに送りながら、練習スタジオに入って説明を受けながら機材をあれこれ弄り、準備を済ませる。
いや、まあ、その。
売り言葉に買い言葉、そんな感じでこの室内に入ってしまったし、別にそれ自体はなんとも思ってないのだけれど── ふと思う。
やっちゃったなぁ!?
「んじゃ、俺からだから」
小さく頷くが、正直なところ背中から何から緊張で汗びしゃびしゃ。
そもこんな急にセッションやらされるとは思ってなかったし、普通ソロで少しやらせてセッションに慣らしていく感じじゃないのか。
それに何で中尾さんはウキウキでこっちを見て、さっきまでワタついてた長田さんも後方親面で腕組んで聞こうとしてる体制に入ってるんだ、止めてもらえる?
ああスティックがドラムにぶつかる、音が鳴る、始まっちゃう。
とはいえ1人と同じテンション、セカイで弾くときの感じで行けば悪くなることは無いはず。
そんな気持ちで1発目の音を鳴らそうとすれば──
「あっ」
「は?」
「あららぁ」
「うははははは!」
......どっか飛んで行った、音が。
唖然とした様子の福田さんを尻目に天を仰ぎ、すーっと冷たくなっていく頭の中でいっぱいの感情を整理していく。
啖呵切ったあとなのに失敗してしまったが、まあ、死んでしまうわけではない。
「も、もう一回お願いします!」
「......おお、ああ、これだけじゃ判断つかないもんな、うん......」
ドン引きさせながらももう一度のチャンスを掴み、今度こそと左手、右手と視線を動かす。
何だか恐れるものも無くなってしまった。
「──へえ、長田、いい子連れてきたね」
「中尾さんもそう思うっしょ?」
2回目。
今度は最初に音をトバしてしまう事なく、かつ、音の巨大なドラムに負けないように鋭く届く音を奏でる。
時折ペースが速くなったり、遅くなったりはおそらく彼の僕を試そうとしている行為だろう。
確かに焦りこそすれ、その程度ならば対してミスをする程の難しさではない。
しかしやはり、セッションという行為そのものに感じる難しさというものはある。
他人に合わせる、他人に合わさせる。
それらの事に集中すればするほど、そっちに思考がいってしまって自分らしい演奏にまで手が回らない。
考えるな感じろ、と誰かが言っていたが、これに関してはその言葉を常に頭の片隅に入れておかなければ上手くやることはできないだろう。
「まだ......!」
クセを、流れを、手に覚えさせる。
意識の中── 深いところに刻み込む。
終わり際には、彼と僕の音が重なる快感が心の中に溢れ出していた。
「......」
解放感、そして名残惜しさ。
たった2人なのに使う体力は莫大で、これが4人になったらどうなってしまうのだろうなんて思いつつも、今はこの陶酔に近い快感を味わいながら、同じように息を吐く福田さんの横に近づいた。
「その、
彼はその言葉にちょっと驚いたかと思えば、軽く息を吐き、くしゃっと髪をかき上げた。
「楽しくなるようにやった訳じゃねえけどさ......
まあいいや、これなら多分、2人にも迷惑かけなさそうだしな」
「それは認めてくれたって事ですか?」
「......あー迷惑かけなさそうで安心だなー、よかったよかったー」
「認めてくれたって事ですか?」
「ちゃんと言わなきゃわかんねぇの......?」
「はい!」
それがコミュニケーションでは?
謝るとか、怒るとか、そういうのってちゃんと言葉に出さなきゃ伝わらないだろう。
何かが面白かったようで、爆笑しながら現れた長田さんに背後から撫でられるが、別に僕はそこまで子供じゃない。
ともかく── 僕は、ここにいてもいいのだろう。
「まあほら、許してあげてよ。
思ってたより君が
「福田さんも凄かったですよ?
速くなったり遅くなったり、試されてる感じがちゃんとしましたし」
「えっ?」
「──オメェクソガキ、そういうのは言わんでいいんだッ!」
「いたたたたたっ!?」
「はは、要練習だなぁ」