Ave Mujica そのタスケビトは仮面をつける 作:お薬二錠
毎週のドキドキがなくなってしまった。喪失感が大きすぎます。
今は天球のMujica聴きながら毎朝通勤してます。
私には役割がある。
『むつみちゃん誕生日おめでとう!!』
目の前にはとても美味しそうな大きなイチゴのケーキ。この日のために用意された壁いっぱいの装飾。高く積み上げられたキラキラしたたくさんのプレゼント。私が火を消すと共に笑顔で祝ってくれる大人達。
いつもの睦ちゃんでは上手く喜べないから、代わりに私が表に出て満面の笑みを浮かべる。
『えへへ、ありがとう!』
私が祝われてるわけでもないのに
睦ちゃんは睦ちゃんであって睦ちゃんではない。
いつもの睦ちゃんは、あの家で生きるのにちょうど良い、静かでおとなしいお人形さんの様な子の役。
私はみんなが気にいる様に振る舞う、明るくて社交的な芸能人の娘の役。
睦ちゃんが出来ないこと、嫌がることは全部私が引き受けてきた。
他にもいろんな性格の睦ちゃんがいたけど、ギターに出会って睦ちゃんという人格が意思を持った時にみんな消えてしまった。私は睦ちゃんを助ける役を見つけることができたおかげで、消えずに生き延びることができた。
(何で私ばかりこんな目に……)
睦ちゃんのために生きてきた私だけど、いつしか睦ちゃんのことを恨む様になっていた。実体のない、いつ消えるか分からないふわふわした存在の自分。そんな自分の役割は、自由に動ける身体と仲の良い友達に囲まれたもう一人の私の盾になること。
それじゃ私の盾は? 私のことは誰が見てくれるの? 誰が好きになってくれるの!?
ふと、脳裏に一人の男の子の姿が思い浮かぶ。
有名人の娘ではなく、若葉睦として私達を見てくれた双海千明希。彼なら私のことも見てくれるのではないだろうか。
彼はぐちゃぐちゃだった。もう一人の幼馴染、豊川祥子に相反する感情を抱いているにも関わらず、壊れることなく今を保っている。みてくれだけで、中身はとっくに壊れているかもしれないが、最終的に私を見てくれる様になればどうでもよかった。豊川祥子が壊れれば、障壁なく双海千明希を自分のものに出来るかもしれない。でも千明希と睦ちゃんはそれを絶対に許さないだろう。いい方法はないかと考えたが、良い案が一つも思い浮かばない。考えることを諦め、今は彼を見届けること、今自分の足で地に立って歩けることを素直に喜ぼうと決めた。
「目が覚めるたびに生き返る。目覚めないのは永遠の死。あなたのために揺籠を編むよ。
周りを気にせず、雨の中も走り回って。お話ししよう?陽が落ちた後も、君の思いを全部聞かせて。だから、おやすみなさい。どうか良い夢を見れますように」
ステージの真ん中で弾けないギターを優しくそっと置き、綺麗なカーテシーで観客に応えて見せる。
好都合なことに睦ちゃんはあの雨の日から眠ったままだ。スポットライトの光、身体を覆い尽くすたくさんの歓声と拍手。これらが全て、今自分に向けられているものだと理解した私は、生まれて初めて生きているということを実感した。
先日の生放送で見せた睦ちゃんのパフォーマンスを機に、世間のAve Mujicaを見る目は変わった。
バンド全体の雰囲気も良くなり、前回までの険悪な雰囲気はすっかり消えてなくなっていた。
「マカロン何色にする?」
「赤か黒……でもダイエット中だからな〜」
「私は食べても太らないので。それではお先にいただきます」
「あ!抜け駆けずるい!」
睦ちゃんを中心に、みんな前よりも仲良くなっている。でも祥ちゃんは、そんな睦ちゃんを、私達を疑惑の目で見ていた。
「どうしたっていうんですの?」
「祥ちゃん?」
「少し前まで皆さんあんなに……」
「いいじゃん別に〜。せっかく今一番いい感じなんだからさ〜」
祥ちゃんの疑う気持ちもすごく分かる。前までの私達は、お互いの意見が食い違って、ぶつかり合って、このまま解散しちゃうんじゃないかって不安だった。
「そ、そうだよね。いい雰囲気になったっていうか…あのまま解散しちゃうんじゃないかってちょっと不安だったから……睦ちゃんのおかげだね」
改めて睦ちゃんにお礼をいう。前まで見ることのなかった、愛らしい笑顔を浮かべた睦ちゃんは立ち上がり、手を胸の前で組んでみせた。
「今宵は仮面を失った私達にとって初めてのマスカレード。向けられる好奇の眼差しや、解散報道を蹴散らし、観客をAve Mujicaの世界に引き摺り込まなければなりません」
それはいつしか祥ちゃんが私達に向けて口にした言葉。まるで祥ちゃん本人が言っているのではないかと錯覚するほどに、睦ちゃんは完璧に演じてみせた。
「やめろ。同じ人間が二人いるみたいで気持ち悪い」
「千明希君!」
そこで遅れた千明希君がやってきた。変わったといえばもう一つ。睦ちゃんと千明希君は前より増して仲良くなっていた。睦ちゃんから一方的な気もするけど、千明希君も嫌がってる素振りはないし、今の二人は本当の兄妹の様に見える。
「私の話はまだ終わっていませんわ!やっと集まれたのにこの腑抜けた空気。千明希も事情があるとはいえ遅れてやってくることを許した覚えはありません」
「先生からの頼まれごとで断れなかったんだよ」
「祥子ちゃんダメだよ!千明希君をいじめちゃ!」
千明希君を庇う睦ちゃんに、祥ちゃんはばつが悪い表情を浮かべていた。
「てか新曲はいつできんの〜?アタシだって早く練習したいんだけど〜」
「披露はツアー最終日ですが、早いうちから練習できるに越したことはないですからね」
「そ、それはまだ……作成途中で……」
「祥ちゃん最近バタバタして忙しかったし、私も手伝うから。ね?」
少し違和感を覚えて、私は千明希君をチラッと見た。
いつもの彼なら祥ちゃんを庇うはずだ。彼の祥ちゃんに対する想いは嫌というほど分かっている。
(……何でそんな顔してるの?)
でも私が見た千明希君は、まるで興味がないと言わんばかりに祥ちゃんを見てすらいなかった。
あの後、それぞれが次の仕事に向かう中、私は睦ちゃんは雑誌の表紙撮影のため一緒にタクシーに乗っていた。
「祥ちゃん、疲れてるのかな…前はそういうの絶対見せなかったのに」
「……ライブ演出とか台本とか、見えないところの仕事全部やってくれてるから」
「少しでも負担減らしてあげたいんだけど、家でもずっと作曲してて……昨日も徹夜してたみたいだから」
「ケンコウによくない!」
「え?」
睦ちゃんはそう言いながら両手の人差し指でバッテンを作っていた。
「ちゃんと寝なきゃダメって言ってあげて?やること多すぎると自分のことに気づけなくて色々おかしくなっちゃうから」
天真爛漫な睦ちゃんの笑顔が、一緒にsumimiとして活動するまなちゃんと重なった。
「睦ちゃん、初めて会った時はあまり喋ってくれなかったから分からなかったけど、一緒にいると気が楽だし、みんなを繋ぎ止めてくれるし、まなちゃんに似てるね」
「まなちゃんって…sumimiの?」
「うん!すごく打ち解けやすいっていうか……千明希君とも前より仲良くなった様に見えるもん」
「この前、千明希君と小さい頃の話で盛り上がったんだ。祥子ちゃんと三人で遊んだ話とか……その時祥子ちゃんはいなかったんだけどね」
睦ちゃんの言葉に胸がチクリと痛む。祥ちゃん、千明希君、睦ちゃんの三人は小さい頃からの幼馴染だ。本土から離れた島に住んでいた私は、二人よりも祥ちゃんとの小さい頃の思い出が少ない。
「…でも今、祥子ちゃんの一番側にいるのは初華ちゃんだから。祥子ちゃんのことよろしくね」
見せたくない感情を必死に押し殺した私に、睦ちゃんは一番欲しかった言葉をくれた。きっとそれは偶然だろうけど、祥ちゃんの幼馴染である睦ちゃんに祥ちゃんのことを任されたことが、私はすごく嬉しかった。
「うん!私に任せて!」
「今の話。祥子ちゃんには内緒だよ?」
浮かれていたんだろう。祥ちゃんに興味を示さなかった千明希君に対する違和感は、この時すでに、綺麗さっぱり消えていた。
キャラ紹介
モーティス(強)…主人格すら食い潰そうとする野心の強いモーティス。睦ちゃんが眠っている間に、動ける生身で人生を謳歌しています。
三角初華…睦ちゃん(モーティス)に祥ちゃんを任され、天にも昇る気持ちに。抱いていた違和感は綺麗さっぱり無くなってしまいました。祥ちゃんが心配だけど、みんな仲良し、ほんわかした雰囲気のムジカを気に入っている様子。
今回も読んでいただきありがとうございます
次回も楽しみにしていただければ幸いです