Ave Mujica そのタスケビトは仮面をつける 作:お薬二錠
どんな作品にも救いはあって良いと思うのです。
作者はバッドエンドよりもハッピーエンドが好きです。
あの日から若葉睦、もといモーティスはAve Mujicaにすっかり馴染んでいた。誰もが彼女が若葉睦であることを疑わない。真実を知っている俺以外は。
だからと言って今の俺に出来ることは何もない。モーティスに今の睦のことを聞いても、ずっと眠っていて起きる気配が全くないと、よく分からない答えが返ってくるだけだった。
「何難しい顔してんの?」
呼ばれる声に反応し、顔を上げれば缶コーヒーを持った椎名がいた。
「……別に」
「あっそ」
それだけ言って椎名は缶コーヒーを俺の目の前に置く。
「……何これ」
「最近大変そうだから。海鈴もあまり授業出れてないからノート見せてほしいって言ってきたし、あんたはどうなの?」
「予習復習する時間は確保できてるから問題なし。お気遣いどうも」
「別に、そんなんじゃないから」
自分の席に戻らずその場にとどまる椎名。何か言いたげだが、彼女の真意が分からず他に用があるのか聞こうとした時、それは第三者によって妨げられた。
「千明希君、いま大丈夫?」
「いいけど」
声をかけてきたのは初華。ムジカの話だと思ったのか、椎名は空気を読んで自分の席に戻って行った。
「ごめん、お話し中だった?」
「いや、ちょうど終わったところ。で、どうしたの?」
「うん、祥ちゃんから聞いてると思うけど、今日のsumimiのマネージャー改めてよろしくね」
「は?何それ」
「あれ?祥ちゃんから聞いてない?今sumimiのマネージャーさんが体調不良でお休みもらってるから、復帰するまで千明希君がsumimiのマネージャーやるって」
「…聞いてないんだけど」
頼むクソお嬢様。悩みのタネや面倒ごとをこれ以上増やさないでくれ。
sumimiのマネージャーの件については、祥子に文句のメッセージを送ってやった。どんな激務を任されるのかと思ったが、なんてことはなく二人の付き添いとスケジュールの把握くらいだったので安心した。
「いいね〜初華ちゃん!次ポーズ変えてみようか!」
今はsumimi二人の写真撮影でスタジオに来ている。二人での撮影は既に終わり、初華一人がカメラマンに対応していた。今思うと、祥子以外のメンバーの負担もかなり大きいのではないかと思う。睦はsumimiとしての初華のカバーをするためにムジカの仕事がメンバー内で一番多く、八幡は今でもいくつかのバンドのサポートとして活動している。祐天寺は動画の投稿を少し頻度を落としながらも継続しているし、祥子は作曲や台本の作成など裏方でかなりの仕事量を担っている。
もしかしてムジカで一番暇なのは自分なのでは
そんなことを考えていると、目の前に半分に分けられたドーナツが飛び込んできた。
「はい!千明希さんもドーナツどうぞ」
差し出してきたのは、もう一人のsumimi
肩まで届く黒髪と、天真爛漫という言葉がよく似合いそうな少女だ。一応仕事中であることを彼女に聞いたが、甘いものを食べないとお仕事も頑張れない、とよく分からないことを言われたので、渋々差し出されたドーナツを受け取り口にした。
「千明希さんもお忙しいのに、私達のためにありがとうございます」
「いえ、sumimiに迷惑をかけているのはこちらなので。むしろこれくらいのことしかできないのが申し訳ないです」
急遽メンバーを別のバンドでも活動させたいなんて、いくら所属事務所が同じとはいえ彼女にとってはいい迷惑でしかないはずだ。ムジカのためとは言え、無理な頼みを受け入れてくれたことに対し俺は頭を下げた。
「いやいや!そんな頭を下げなくても!私としては全然問題ないですし、むしろ今の初華ちゃん前よりも楽しそうなんで嬉しいんですよ」
「楽しそう?」
「はい!Ave Mujicaやる前は、たまに何かに怯えてるような顔をしてる時があって……私だけじゃどうしてあげることも出来なかったけど、最近の初華ちゃん前よりも笑顔が増えて私も嬉しいんです」
この人は他人の幸せを自分のことのように心から喜べる人なんだと思った。今の俺には無い感情。羨ましいと同時に、その眩しさに少し苦手意識を持ってしまった。
「千明希さんのお陰でもあるんですよ。初華ちゃんからお話しよく聞くし、お兄ちゃんもあいつは思いやりのある人だっていつも言ってます」
「お兄ちゃん?」
「はい!千明希さんと同じ花咲川に通っていて……あれ?兄から何も聞いてませんか?黒鉄って苗字なんですけど」
「はぁ!?」
衝撃の事実に、俺は撮影中であることも忘れ大声を出してしまった。ふと、我に帰り周りを見渡すと撮影中だった初華もこちらを見て驚いており、スタッフさんからは鋭い視線を一斉に浴びている。急いで頭を下げ、驚きを何とか抑えながら俺は目の前でクスクス笑う純田さんに問いかけた。
「どう言うこと?黒鉄とは確かにクラスメイトだけど、妹が純田まななんて聞いたことないし、そもそも苗字が違うし、てか年齢も同じぐらいじゃないの?」
「あ〜、どこから話せばいいのやら。お兄ちゃんとは双子の兄妹で、両親が離婚してるから苗字が違うんです」
「へぇ〜」
どんどん押し寄せるクラスメイトの意外な真実に、俺は腑抜けた声で答えることしかできなかった。黒鉄は整った顔立ちをしているし、確かに言われてみれば二人の顔は何処となく似ている。二人並んでいるところを見れば違和感なく双子と納得できるだろう。
「私がアイドルになったって伝えた時は誰よりも喜んでくれて、イベントには必ず顔を出してくれるんですよ。正直甘やかしすぎじゃ……なんて思う時もあるんですけどね」
「いいお兄さんなんだね」
「はい!だからそんな兄が千明希さんのことを思いやりがある人って言ってたので間違いないです!」
「……今日初対面なのに本当にそう思う?」
俺はあえて声のトーンを落として問いかけた。よそ行きではない声質。理由は何故か分からないが、昔のお嬢とよく似た明るい笑顔を浮かべる純田に聞きたかった。
「……思いますよ。千明希さんは優しい人だって。芸能界の荒波に揉まれて色んな人を見てきましたから、人を見る目はあるつもりです!」
そう言って純田は満面の笑みを浮かべながら、俺に向かってピースサインをした。
「そっか……ありがとう」
少し救われた気がした。あの日、モーティスに双海千明希の本質を見抜かれ、今まで付けていた仮面を全て砕かれた。復讐のために生きていたことを、改めて思い出した。でも心の何処かではそんな自分を否定したくて、抱いてはいけない感情も受け入れてもらいたい願望があった。
どっちが本当の自分なのかもう分からないけど……偽善の仮面を付けた自分も双海千明希だって言ってもらえたような気がして安心した。
「撮影終わったよ。急に千明希君大声出すからびっくりしちゃった。何かあったの?」
「初華知ってた?うちのクラスの黒鉄、純田さんの双子のお兄さんらしい」
「……え〜!?」
その日、二度目の絶叫がスタジオ内に響き渡った。
sumimiのマネージャーとしての業務を終え、俺が次に向かったのは都内のスタジオ。受付で人と待ち合わせしていることを伝えると、既にスタジオ入りしていると言われ感心しながらスタジオへ向かった。
「おー、やってんね」
「時間あったからね。アンタもウイコのマネージャーお疲れ」
「あれ?何でお前知ってんの?」
「サキコが言ってたよ。今日アンタがsumimiのマネージャーやるって」
「俺今日初めて聞いたんだけど」
「え?……なんか微妙に抜けてるとこあるよね。うちのお嬢様は」
「言えてる」
祐天寺と共にAve Mujicaの発起人に悪態をつきながら俺はドラムの準備を進めた。祐天寺は普段、自宅で練習するとき電子ドラムを使っているが、普通のドラムとでは音が鳴るまで若干のズレがあったりと多少の違いがある。少しでもライブ本番と同じ状況にするために、時間があるときはスタジオを借りてドラムで練習するようにしていた。
「どれくらい前からスタジオ入ってた?」
「ん〜四時間くらい?」
「四時間?そんなに前から」
言われてみれば祐天寺の汗の量はかなりのものだった。着てるウェアも汗で張りつき、彼女の女性らしいラインがくっきり……いやいやいや
「急に頭振ってどうしたの?怖いんだけど」
「少し待ってろ」
俺は急いで頭を冷やすため、ついでに水分補給のために急いでスタジオを飛び出した。
「……ほい。脱水症状で倒れられても困るから」
「ありがと」
「あと、着替えとかないの?そんな汗張り付いた服で」
「アタシもここまでやるつもりじゃなかったんだけど、気づいたら時間たっててぶっ通しだったからさ〜」
そこまで言って祐天寺は俺の言葉の意味を理解したらしい。自分の身体を隠すように身を屈ませキッと俺を睨みつける。
「こっち見らんで!いやらしか目で見たらぶっ飛ばすけん!」
「悪いのは俺か?少しはお前も考えろ!」
「はぁ?先に意識したんなそっちやろ?」
「健全な男子高校生には目の毒なんだよ!」
「目ん毒?自慢じゃなかけどスタイルには自信あるけん!むしろ感謝してほしかくらいなんやけど?」
「見られたいのか見られたくないのかどっちだよ!」
「アンタに見られっとが嫌!好きな相手ならいくら見られたっちゃ構わんばい!」
お互い罵詈雑言をぶつけ合ったが、このままでは拉致が開かず無駄に体力を使うだけと悟り、自然と収拾がつきドラムの準備を再開した。
「ありがたいことだけど、何で急にそんなドラムに打ち込んでんの?」
「……この前サキコに言われたことが悔しかったから」
「あー、この前の」
ツアー二日目が終わったあの日、祐天寺は祥子にドラムがまだ未熟であることを指摘されていた。楽器の歴はメンバー内で一番短いが、それを感じさせないほど祐天寺のドラマーとしての技術は高いと思っている。
「八幡も言ってたけどお前が練習不足とは思わない。あの日はまぁ、色々あってお嬢もつい言っちゃっただけだと思うからそんな気にすんな」
「……アンタに迷惑かけっとが嫌たい」
ぼそっと呟いた祐天寺の言葉は俺の元まで届かなかった。
「ごめん、なんて?」
「……何でもない。ほんっとに似てるよねアンタとサキコ。初めてアンタに会った時にされたこと、まるで自分がやったことのようにサキコ謝ってきたからさ」
「……あれは、その……本当にごめん」
「……いいよもう。私も今になってほんの少しだけ後悔してる。ムーコのこととか……でも間違った選択はしてないって思ってるからアタシは」
祥子とは違う視点でAve Mujicaを祐天寺は見ている。それは成功者として高みへ登り続けるために。睦のパフォーマンスだって、観客やファンのことを考えてのことだろう。
「なかなか上手くいかないな」
「何が?」
「何でもない。次の福岡ライブも頑張らないとなって思っただけ」
「アタシも家族が見に来てくれるから、カッコ悪か姿は見せられん。アンタは?見に来てくれる家族とかいないの?」
「いないよ。俺に家族は。今はもういない」
瞬間、スタジオ内が静寂に包まれる。包み隠さず言葉をぶつけることができる祐天寺だからこそ、つい口にしてしまった言葉を後悔してももう遅い。
「……そっか。ならサキコのためにも頑張らないとね」
「え?」
祐天寺の答えは予想外のものだった。
「だってサキコの専属執事だったんでしょ?それはもう家族も同然じゃん。はい、そうとなればさっさと練習始めよう。時間が勿体無いからさ」
「……そうだな」
何も聞かず普段通りでいてくれることがありがたかった。祥子が家族同然と言ってくれたことも嬉しかった。直接言うのは何だか恥ずかしく、心の中でありがとうと言って俺達は練習に取り組んだ。
『チアキ』
ボロボロでところどころ錆びている古めかしい扉は、いつでも俺の目の前に現れる。中に何がいるかは分かっている。そいつは……俺が憎くて憎くて堪らないそいつは、昔からずっと扉が開かれるのを待っているのだから
キャラ紹介
純田まな…もう一人のsumimi。本作ではオリジナルキャラであり、千明希のクラスメイト 黒鉄の双子の妹という設定。物語開始時点から決めていました。第一話のキャラ紹介でサラッと書いたのでようやく回収できて満足。
祐天寺にゃむ…頼れる姉御!ムジカの常識人!まさかこの子がこんな頼れる存在になるなんて。原作では何てことをしてくれたんだと思いましたが、物語が進むにつれ頼れるキャラに。祥子に怒り、初華を導き、海鈴を支え、睦とぶつかり合う。ほんとそよとは違ったみんなの頼れるお姉さんです。
今回も読んでいただきありがとうございます
次回も楽しみにしていただければ幸いです