Ave Mujica そのタスケビトは仮面をつける 作:お薬二錠
睦に、私にはムジカしかないと言ったあの日から。初めて睦と衝突したあの日から。私の中の違和感が拭えない。
Ave Mujicaの中で一番付き合いの長い彼女だが、あんな怒った顔を見るのは初めてのことだった。
『私が欲しいもの持ってるのに、それまで無かったことにしないでよ!』
睦は私のためにムジカに入ったと言っていた。取材や撮影。要望されるパフォーマンス。幼い頃から続けてきたギターを嫌いながらも、私のために
Ave Mujicajのモーティスであり続けてくれた。あの時は崩壊していくバンドにいっぱいいっぱいで、睦のことを見ることが出来なかった。睦はずっと無理をしていたのに、私は手を差し伸べることが出来なかった。
私が睦を一番理解しているのに
しかし翌日、睦は何事もなかったかのように、昔のような笑顔を浮かべていた。前回のテレビ番組で見せた睦のパフォーマンスで、解散説を唱えるものはいなくなり何をしたかは分からないが、バンド内の雰囲気も良くなっていた。初華も、八幡さんも、祐天寺さんも、彼女と共に笑顔を浮かべている。睦は前よりも積極的になり千明希と良く話すようにもなった。バンドを見る観衆の目、バンド内の雰囲気は確かに良くなっているのかもしれない。でも、私が思い描くAve Mujicaの世界観とはどんどんかけ離れていく。そして、そんな世界で他のメンバーの中、昔のような愛らしい笑顔を浮かべる睦。私だけが、そんな彼女に違和感を抱いていた。
「ムーコさー。アタシに振っといて潰して自分に持ってくのずるくない?」
「ごめんね、にゃむちゃん。途中でみなみちゃんが博多人形のお店の話してたの思い出しちゃってつい」
生放送の番組撮影を終えた楽屋内は和気藹々としたものだった。流石はお笑い大御所の娘。司会者とのトークもテンポ良く。会場の全てを睦が掴んでいると言っても過言ではなかった。
「それじゃ、私この後sumimiがあるから先に帰るね」
「私もお先に失礼します。明日のライブ、よろしくお願いします」
「お疲れ〜」
「初華ちゃん、海鈴ちゃん、お疲れ様!」
そうだ。思い悩んでいる場合ではない。ここ数日で植え付けてしまった印象から、軌道を元に戻さなくてはならない。Ave Mujicaは劇と演奏で魅せるバンド。パフォーマンス頼りではないことを、世間に知らしめなくてわ。
「さ〜き〜こ〜ちゃん!」
「な、何ですの睦?」
「途中まで一緒に帰ろ?」
私達の曲を鼻歌で上機嫌に歌う睦。私はそんな彼女の数歩後ろを歩く。私達の間に会話は無く、睦が今何を考えているのか全く分からなかった。
(今はとにかく、先日の非礼を謝らないと)
「睦」
「何?祥子ちゃん」
「先日は酷いことを言ってごめんなさい。言い訳でしかないですけども、バンドのことでいっぱいいっぱいになっていて、あなたの気持ちを汲み取ることが出来てませんでしたわ」
「あー、全然気にしてないから謝らないでいいよ」
睦の答えは予想外のものだった。幼い頃から。CRYCHICを始めた時も、私が辞めた時も。
Ave Mujicaを始めた時も、睦はいつも私のそばにいてくれた。そんな睦を、まるで見えていないかのような発言だった。傷つけるには十分すぎる。
「そ、そんな!私は、睦に……あんな酷いことを」
「だから気にしてないって〜。真面目だね〜豊川グループのお嬢様は」
「……そんなんじゃありませんわ」
(あれ?今の会話の流れ、覚えがあるような)
「それより祥子ちゃんに聞きたいことがあるの!」
身に覚えのある会話に思考を働かせていたのに、それを遮断するように睦は勢いのまま言い続けた。
「祥子ちゃんって、今も千明希君のこと好きなの?」
「…………え!」
頭が真っ白になるとはこういうことかと思った。睦の言葉を自分の中で復唱する。
(え?今、千明希のことを聞かれたんですの?千明希のことを好きかどうかと……しかも今もって言いましたわよね?あれ?私千明希のことを好き……
んー!!!頭の中で口にしただけでも心臓が張り裂けそうですわ!いつ?いつから気づかれてましたの?睦とそういった……いわゆる恋バナというのはしてこなかったのに!)
「ふふっ、祥子ちゃん顔真っ赤だよ?初々しいね」
「か、からかわないで!その、千明希が好きかどうかは……今は、その……Ave Mujicaが大切な時ですし……恋愛、色恋などに時間を使う暇なんて」
「それじゃ嫌い?」
「嫌いなわけない!!……ど、どちらかと聞かれれば……その……好きですわ」
「そうだよね。見てて分かるもん」
風邪を引いたと錯覚するほど顔が熱く脳が回らない。
千明希に対する好意を否定したく無くて、でも素直に口にするのはなんだか恥ずかしくて、素っ気ない答えをしてしまった。
「それじゃ何で捨てたの?」
「え?」
いつもの睦からは想像出来ない、別人かと疑ってしまうほど冷たく鋭利な声だった。
「祥子ちゃん、千明希君を一度捨てたでしょ?好きなのに捨てるなんておかしいよ。本当に好きなの?本当は嫌いなんじゃないの?」
「あ、あの時は!お母様を亡くして……大切な人をまた失うことが怖くて……」
「ふーん。信じてあげれなかったんだ」
「……何が言いたいんですの?」
「千明希君も祥子ちゃんのこと好きだよ」
嘘か本当か分からないけれども、その言葉だけでも私は舞い上がってしまうほど嬉しかった。
「だから千明希君は壊れちゃった」
「……どういう……ことですの?」
千明希も私に好意を抱いてくれている。それが本当ならとても喜ばしいことだ。けれども、壊れたとはどういう意味だろう?
「見てるようで見えてないよね。そんなんじゃ私が奪い取っちゃうよ?」
「奪い取るって……もしかして睦」
「うん!私も千明希君が大好きだよ。私は見捨てたり、裏切ったりなんかしない。千明希君を想う気持ちは祥子ちゃん以上だから」
一緒にいれば好きになるのも分かる。千明希は魅力的だし優しい。有名人の娘ではなくて、しっかり若葉睦を見てくれる千明希だから、睦が彼を好きになるのも当然だ。私は千明希が好きだ。そして睦も千明希が好き。でも、私は彼を一度捨てた。裏切った。悲しませた。だから千明希が壊れてしまった?分からない。睦の言葉の真意が、私には何一つ分からない。
「睦……あなた、何を知ってますの?」
「祥子ちゃんが知らないことも、私はいっぱい知ってるよ?大人は子どもより物知りだから。今日は知ってほしかったの。私の千明希に対する気持ちを。私と祥子ちゃんは……仲良しだけど、同じ相手を奪い合う敵だってこと」
またあの声だ。今まで聞いたことのない、睦の声。
「それだけ言いたかったから。それじゃ!明日のライブ頑張ろうね!」
睦はそう言うと、唖然とする私を置いて帰って行った。
『だから千明希君は壊れちゃった』
睦の言葉と共に、母を亡くした時の恐怖心が私を襲う。もうあんな思いはしたくない。恐怖に押し潰されそうになる心を、私は自分で自分の身体を力いっぱい抱きしめて耐え忍ぶ。
「はぁ、はぁ……息が……うまく」
浅く速い呼吸が止まらない。何とか落ち着こうにも、次々迫り来る恐怖にどうすることも出来ない。
(このままでは……早く、なんとかしないと)
「サキコ!」
遠くからこちらへ向かってくる少女の姿が目に入る。必死な形相で何度も私の名前を呼ぶ少女。それが意識を失う前に見た最後の光景だった。
現実じゃないのはすぐに理解できた。
真っ暗な空間に、ポツンとある一つの扉。見覚えのある扉に、自身の嫌な記憶が蘇ってくる。
最初の扉は取手のついた白い扉でスライドタイプの物だった。お嬢や恩人の目を盗み、何度も扉の前まで足を運んだ。しかし取手を掴むことは出来ても、開けることは決して出来なかった。扉を開けた先にある光景を受け入れたくない。自分がしでかした罪から目を背けたい。そんな理由で、俺は扉の前から先に進めず立ち尽くすことしかできなかった。
次の扉は豪華な装飾が施された今まで見たことのない立派な扉。たまにされるノックに怯えながらその部屋の中で過ごしていた。いつ来るか分からない恐怖。裏切られる恐怖。ここに来てから初めのうちはそんな恐怖に怯えながら生きていた。
『ちあき?』
だけど、彼女の声だけは安心して聴くことが出来た。こんな俺に優しい笑顔を見せてくれる彼女の声だけは…。慣れるまで時間はかかったが、いつしかこの部屋でも安心できるようになっていた。
木製の扉。建て付けが悪く、開け閉めのたびにギィギィと耳障りな音がする。
『開けろ!今すぐ開けなさい!』
今は扉を叩く音と、開けるよう催促する怒号が鳴り続く。
ーあけないで
そんな願いも虚しく、扉の向こうでは無理矢理こじ開けようとする会話が聞こえてくる。
『チ…アキ』
扉の向こうに待つ恐怖。この部屋に転がり、自分の名を呼ぶ異物から逃げ出すように俺は勢いよく部屋の窓から逃げ出した。
ボロボロで古めかしい扉。俺はその前に立っていた。向こうからは嗚咽、発狂、後悔、懺悔、憎悪の声が鳴り続けている。手を差し伸べることは出来ない。俺以上の悲しみに沈むあの人を、何の力もないちっぽけな手じゃ救い上げることなんて出来やしない。
一人。扉の前で待つ。とてもとても長い時の中。暗闇の中。たった一人で待ち続けた。
『チアキ…』
どれだけ待っただろうか。開けた扉から顔を覗かせるそいつは俺に問いかけた。
『チアキ……お母さんは?』
『……ごめん、なさい。お母さん……は…もう』
『何で!どうして!お前が!』
足が地を離れ、首を絞めながら持ち上げられる。
同じだ。俺がにゃむにしたことと全く同じ。あいつにはどれだけ頭を下げても許してもらえないことをした。分かっているのに、止めれなかった自分が心底嫌になる。どれだけ嫌っても、どれだけ殺意を抱いても、自分の中にこの人と同じ血が流れていることを痛感し、心底嫌になる。
『何でお前が生きてあいつが死んだ!ふざけるな…ふざけるな!お前があいつを殺したんだ!お前がいなければ死なずに済んだ!お前が代わりに死ねばよかった!』
『ご……めん……なさ』
『あやまるな。謝っても帰ってこない。あいつはもう帰ってこないんだよ!』
『……お母……さん』
『だから、お母さんは帰ってこないんだよ!お前が殺したんだからな!』
ぶつけられる言葉をその身に受けることしかできなかった。何を言っても届かない。結果的に自分のせいで大切な人を失ったのは事実だ。どうすれば良い?どうすれば良かった?自分がいなくなるのが正解か、目の前のこいつを消すのが正解か分からない。それとも別の誰かに押し付けてそいつに憎悪をぶつければいいのか?
目の前では今もまだ、小さい頃の自分が父親に首を絞められている。我ながら悲惨な幼少期を過ごしてきたなと蔑み、俺は俺を守るため首を絞める父親の首を絞め返した。
キャラ紹介
モーティス(強)…言っちゃった!バラしちゃった!自分のために彼女は動きます。睦ちゃんのために頑張るモーティスは本作には不在です。
千明希…少しずつ明らかとなる彼の過去。絶望の淵から救ってくれたからこそ、彼に取って祥子は恩人であり、復讐の対象です。
今回も読んでいただきありがとうございます
次回も楽しみにしていただければ幸いです