Ave Mujica そのタスケビトは仮面をつける 作:お薬二錠
今更ですが本作は原作と違うオリジナル展開で進みます。
オリジナル展開って考えるの難しくて苦手なんですけど頑張りますので応援よろしくお願いします。
千明希と始めて会ったとき、彼は身体のいたるところに傷を負っていた。幼かった私は、その傷が何だったのか分からなかったが今なら分かる。
あれは虐待の痕だ。
道に倒れる彼の存在を急いで両親に伝え病院へ運んでもらった。お父様曰く、病院に運ばれるまでの間、彼はずっと何かにうなされながらごめんなさいと言葉をこぼしていたらしい。
治療を終え、千明希は豊川家にやってきた。
しかし部屋の中に引きこもっていることが多く、お手伝いさん、お父様やお母様など誰に心を開くこともなく、何かに怯え、何かに怒るような日々を送っていた。
『今日も食べてくれなかったんですの?』
『はい。どうやら警戒されているようで手をつけてもらえず……』
『食事は大事ですわ!わたくしに任せてくださる?』
『お、お嬢様何を?』
『わたくしがご飯を食べさせてあげるんですわ〜』
『お、お嬢様!』
お手伝いさんから食事が乗ったトレイを貰い、千明希の部屋へ向かう。扉をノックしても返事はなく、両手が塞がっていてはどうすることもできないと思ったわたくしは、トレイの上からパンだけを取って隣の部屋に入った。
『ここは…誰も知らない…わたくしだけの秘密の抜け道が……あるんですのよ……』
小さな身体を狭い通路にねじ込み、何とか千明希の部屋に入ることができた。
『やりましたわ!さぁ観念しなさい!わたくしの家のお手伝いさんの料理はとても美味しいんですのよ!』
得意げに、そして高らかに、お手伝いさんがつくったパンの美味しさを知らしめる。しかし千明希の姿はどこにもなく、辺りを見渡すとベッドに小さな膨らみがあった。
『もう、こんな時間なのにまだ寝てるんですの?千明希はお寝坊さんですわね』
いたずらごころが働いたわたくしは、千明希を驚かしてやろうとゆっくり忍び寄る。膨らむシーツを勢いよく剥がそうとしたとき、微かに咽び泣く声が聞こえた。
『え?』
『……ごめんなさい、ごめんなさい、お父さん……っ……僕のせいで……お母さんが……ごめん…なさい……』
『……千明希』
無意識にわたくしは彼の手を掴もうと手を伸ばした。
何故そうしたかは分からないけど、震える彼の手を握りしめなければいけない気がした。
手が触れたところで千明希はハッと意識を取り戻し、慌ててわたくしとの距離を取る。
『だ、だれ!』
『……祥子。豊川祥子ですわ。道に倒れているあなたを見つけたのはわたくしです』
『…何しにきた』
『何も食べてないと聞きました。食事は大事ですわよ?それにお手伝いさんの料理はとても美味しいんですの。あなたもきっと気に入って』
『余計なことすんなよ!』
鬼気迫る表情で千明希は怒りをあらわにした。
『助けてくれなんて頼んでない!余計なことしやがって!』
『そんな……あなた、自分の命がどれだけ危なかったか分かってますの!?』
『どうでもいいんだよそんなこと!生きてたって仕方ないのに……あのまま、終わってもよかったのに……中途半端な優しさなんかいらない!俺に構うなよ!』
理解ができなかった。どうして自分の命をそんな軽く見れるの。どうして生きていたって仕方ないなんて言えるの。どうして拒絶の言葉を並べながら、そんな辛そうな顔をするの。
『……だったらどうしてここにいるんですの』
『そ…それは……』
『嫌ならすぐここを出ていけばいい。それができないのは、あなたが助けてほしいと思っているからではないんですの?』
『……そんなこと……思って……ない……』
『嘘が下手ですわね』
『お、お前に何が出来るんだよ!俺と変わらないただの子どもだろ!何の力も無く、周りの物事を受け入れるしかできない!無力で、無価値で、ただそこにいるだけの』
『わたくしは違いますわ!』
『は?』
『わたくしを誰だと思っていますの!わたくしは豊川祥子!お母様の優しさと、お父様の誠実さを兼ね備えた、豊川の名に恥じない立派なレディですわ!』
大好きで、尊敬しているお母様とお父様。そんな二人の姿を思い浮かべながら、わたくしは名乗りをあげた。そんなわたくしを見て、千明希は何故かぽかんと口を開けていたが、お構いなしに話し続けた。
『わたくしは、あなたのことを見捨てませんわ。たとえあなたがわたくしを拒絶しても、嫌っても、わたくしがあなたを助けたいと思った気持ちは、誰にも壊せません。たとえあなたでも壊せさせませんわ!』
『……僕を……どうするの?』
先ほどまで彼を包み込んでいた怒りは消え、不安に変わっていた。わたくしは安心させたくて、彼の手を今度こそしっかりと握りしめる。
『千明希が望むならずっとここにいていいですわ。あなたから不安や恐怖が消えるまで、わたくしがそばにいます。だから安心して千明希』
『……祥子……ちゃん……』
恥ずかしさからか千明希の顔はどんどん赤くなっていった。そんな時、彼のお腹からきゅるる〜と音が鳴り、その赤はさらに色を濃くする。
『ふふ…これ、美味しいですのよ。よかったらどうぞ』
しばらくの沈黙の後、千明希は視線を逸らしながらパンを手に取り口にした。
『…おいしい』
よほど気に入ったのか食べる勢いは増し、わたくしが持ってきたパンを千明希はペロリと食べ終えた。
『まだお腹空いてまして?』
『……まだ少し、食べれるかも……』
『では他の食事も持ってきますわね』
千明希の部屋の鍵を開け扉から出ようとした時、彼がわたくしを呼び止めた。
『祥子ちゃん!』
『どうかしまして?』
『あ…あり……ありがとう!』
大きな声で、今までは見せなかった満面の笑みで彼はそう言った。
『……おやすいごようですわ!』
だからわたくしも返した。千明希に負けない、満面の笑顔で。
「私、知りたいんですの。千明希の過去に何があったのか。私は千明希のことを理解してると思っていました。ですがそれは勝手な思い込みでしたわ……」
「祥子?いったい何が」
「私のことはどうでもいいんですの。今は千明希の力になりたい。だからどうかお願いします。彼のためにも、お父様が知ってることを教えてください」
詳細は省き、彼のために行動しているよう演じる。
本心を嘘で隠すのも、今ではすっかり得意になってしまった。身内を騙して痛む心は、すでに持ち合わせていなかった。
「……いつかは祥子に話すべきだと、母さんとも話していたんだ。でもこれは祥子にとって、とても辛い話かもしれない……」
「……覚悟はできてますわ。お願いします、お父様」
「……千明希君は幼い頃、父親から虐待を受けていた。奥さんを亡くし、精神的に病んでしまった実の父親から……奥さんは交通事故で亡くなった……その場には千明希君もいて、彼を庇って、彼の母親は亡くなった……轢き逃げだった……」
彼の母親を奪っただけでなく、その罪を受け入れることなく逃げ出した轢き逃げ犯に怒りが込み上がる。千明希に虐待したことは許せないが、心を病んだ彼の父親にも少し同情した。
「………犯人はお義父さんだった」
「…………え?」
何故そこでお祖父様が?私はお父様の言葉が、すぐには理解できなかった。
「お義父さんは体調を崩した祥子を病院へ連れて行くところだった。幼い頃の祥子は身体もあまり強くなく、母さんが病を患っていたこともあってお義父さんも最悪のケースを考えてしまい周りを見れていなかったそうだ」
「………待って」
「千明希君と、彼のお母さんを轢いてしまったとき、お義父さんは祥子の命を優先した」
「……そんな」
「そしてその事実を、豊川の力で無かったことにしたんだ」
言葉が出てこない。お祖父様に対する怒りはもちろんある。ただ、それ以上に、自分の存在が、彼を、彼の母親を、彼の父親を、彼等の人生を、壊し、奪い、狂わせた事実に、どうにかなりそうだった。
『全部祥子ちゃんのせい。まるで死神みたいだね』
(モーティスの言う通りですわね……)
「祥子?……大丈夫か?」
「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございますお父様」
私はゆっくりと立ち上がり、玄関に向かいドアノブに手を伸ばした。
「どこへ行くんだ祥子」
陽はすっかり沈み夜になっており、外は雨が降っていた。
「少し散歩に。外に出たい気分ですの」
「雨じゃないか……散歩ならまた明日に」
「……明日なんていりませんわ」
「祥子!」
お父様の呼び止める声を無視して、私は家を飛び出した。
「フフッ……アハッ……アハハハッ!」
助けたい。支えたい。笑いあいたい。共に生きたい。一緒にいたい。好きでいたい。愛してもらいたい。
全部、千明希に対して私が思い、願ったこと。
彼から全てを奪った私が!?
「アハハハッ!笑っちゃいますわ!どこまでも滑稽で無様で!あなたは何なんですの豊川祥子!多くの人を不幸にし、多くの人から奪うあなたはいったい何!」
感情に身を任せ走り続けたが、体力の限界を迎え動く脚を止め息を切らす。目の前には雨で流れが強くなった川が見えた。
「はぁ、はあ、……このまま、どこまでもいけそうですわね」
ここにいては行けない。誰かが赦してくれても、私が自分自身を赦せなかった。
キャラ紹介
豊川祥子…千明希の過去を、自分が犯した罪を全て知った。彼女はもうどうすることもできない。償おうにも、全ては過去のことなのだから……
今回も読んでいただきありがとう
次回も楽しみにしていただければ幸いです