Ave Mujica そのタスケビトは仮面をつける 作:お薬二錠
その話にあってるものをつけているつもりですが、自分でも違和感を覚えるものがちらほらあります。なるべくカタカナ5文字で統一はしたいけど、何で序盤でこんな縛りをつけてしまったのか……
ティータイムや番外編、通常回の中でも特別な話ではこの縛りを解除してます。ほんと、何でこんな縛りで始めたんだろう。昔の自分。
その日のバイトは最悪だった。注文されたものと違う料理を作っちゃうし、洗ってる途中でグラスは割るし、普段あまりミスしないこともあって一緒に働いていた先輩スタッフさんにすごい心配された。
「…なんでこんな影響受けてんの私」
休憩室で私は一人項垂れる。不調の原因は何となく気づいてる。今までそこにあったものが突然消えた喪失感。心にぽっかり穴が空いたようで、そればかりに気を取られて他のことに目を向けることができなかった。
CRYCHICがなくなった時と同じ感覚。だけど少しだけ違う。CRYCHICがなくなった原因は、全て祥子のせいだと思っていた。あの時の私は祥子の身に起こった出来事を何一つ知らなかったから全て祥子のせいにした。
だけど今回に関しては理由が一つも分からない。何で双海がああなったのか、何であんなことを言ったのか。他のクラスメイトよりも距離が近い関係だと思ってた。だけど私は双海のことを何も知らなかった。
「……このままじゃダメだ」
このまま何もしなければ昔の私と変わらない。何か必ず理由があるはずだ。双海がああなってしまった理由がきっと。私は知らなきゃいけない。祥子との約束もある。それに私自身が私のためになんとかしたいと思ってる。
「よし!」
「うわ!びっくりした!」
くよくよした自分を戒めるために頬を思いっきり叩くと、丁度休憩室に入ってきた凛々子さんが驚きの声をあげた。
「す、すみません」
「他の子から立希ちゃんが調子悪そうって聞いたけど大丈夫?」
「すみません!ミスしてばっかりで」
「ううん、大丈夫だよ。立希ちゃんくらいの年齢だと悩み事なんてたくさんあるから。お姉さんでよければいつでも力になるからね!」
「…ありがとうございます」
誰かに頼るのはあまり得意ではないけれど、頼らせてくれる相手がいるのは、すごく幸せなことなんだと思った。
「そういえばさっき楽奈ちゃん来てたよ」
「え?野良猫が?」
「うん。いつも通りカフェでギター弾くのかと思ったらスタジオ借りたいって言ってきて」
「あいつ…予約なんてしてませんでしたよね?メンバーが迷惑かけてすみません!」
「大丈夫大丈夫。楽奈ちゃんにはお世話になってるし、何とかしたから平気平気」
「本当に何から何まですみません」
「そういえばその時千明希君もいたんだよ。珍しい組み合わせだなーと思ったら、ドラムもって楽奈ちゃんが言うから一緒に演奏したんだと思うけど」
「双海が!?」
凛々子さんの言う通り珍しい組み合わせだと思った。
確かに同じ学校にいるけど、私が知らないところで面識があったのだろうか。でも楽奈から双海の名前を聞いたことはないし、双海からも楽奈の名前を聞いたことはない。そもそも楽奈はどうやって双海を連れてきたんだろう。教室で見た双海は、自分の事ばかりで他人の言葉に耳を傾けようとは全くしなかった。それなのにいったいどうやって。
「立希ちゃん、楽奈ちゃんが呼んでるんだけど…」
「え、野良猫?」
スタッフさんに呼ばれてカフェに向かうと、カウンターに座る楽奈と目が合った。だけどすぐに視線は逸らされてしまって、私は楽奈と話をするために凛々子さんに許可をもらって休憩の時間を少しだけ伸ばしてもらうことにした。
楽奈の様子は少しおかしかった。普段通り抹茶パフェを食べてるのは変わらないけど、いつもより食いつきが悪いし、私と目が合いそうになるとすぐ逸らされる。そんな時間がしばらく続き、我慢ができなくなった私は問いかけた。
「野良猫が呼んでるって言うから凛々子さんに無理言って時間もらったんだけど?」
「………」
楽奈は何も答えない。
「双海と一緒だったって聞いた」
その瞬間、楽奈は目を大きく見開いて私を見るが、言葉が出てこないのか何かを言おうとしてはしどろもどろしていた。こんな姿は今まで見たことがなかった。いつも自分の思うがままに生きているのに、まるで今は私のことを気遣って言葉を探してるように見える。
「ゆっくりでいいよ。ちゃんと話聞くから」
そう言って私は楽奈の頭を優しく撫でる。落ち着きを取り戻し、彼女が自分のペースで話せるように。
「りっきー、学校で泣いてた」
「はぁ!?」
ようやく口を開いたかと思えばとんでもないことを言い始る楽奈。確かに泣いてないと言えば嘘になるけど、まさかその場面を見られていたとは思わなかった。どんどん顔が熱くなっていくのを誤魔化すように、私はコップに水を入れ勢いよく飲み干す。
「み、見たの?」
「うん。その後千明希を見つけた。だから追いかけた。追いついたけど、どうしたらいいか分からなくて……一緒に演奏した」
「演奏って、双海はドラム?」
「うん」
双海がドラムをやっていることは少し前に海鈴から聞いた。見たことはないけど海鈴が絶賛するくらいだからプロレベルの実力なんだと思ってた。
「演奏してる時は見えてたのに、終わったらまた見えなくなった」
「見えなくなったって何が?」
「千明希が」
その時、そよの家で祥子が話していたことを思い出した。祥子は言っていた。自分のせいで睦を壊してしまったと。いまだに信じられないけど、今の睦は睦じゃなくて、睦の中にいるもう一つの人格が表に出ているらしい。祥子の話を聞いた時、そよは何か心当たりがあるような表情をしていた。
「…あいつも睦と同じ状況ってこと?」
そうだとすれば双海の豹変も説明がつく。今までの双海が消えてしまったわけじゃなくて、もう一つの人格が表に出ているだけなのだとしたら。
「前までのあいつを取り戻せる!」
「違う」
暗闇の中に微かな希望の光を見つけた矢先、楽奈はその光を否定する。
「どういうこと?」
「ずっとそこにいる。でも隠してる。いっぱいの仮面で、本当の顔が見えない」
「何それ……それじゃ今のあいつは……あえてあの姿を演じてるってこと?意味分かんない!何のために!何でわざわざみんなから離れるようなことするわけ!?」
当然、楽奈にその答えが分かるわけでもない。
それでも叫ばずにはいられなかった。どうしてそうしなければいけないのか。どうして一言も相談してくれなかったのか。
「仮面付けて突き放して、自分一人だけ辛い思いして……ふざけるな!お人好しが本来の双海でしょ!?困ってるなら……助けさせてよ」
年季の入った木造の階段。上がってくる者がいれば木の軋む音ですぐに分かる。その音は階段を登りきっても廊下まで続く。足音は丁度部屋の前で止まった。
「……祥子?」
返事はないが、ドンドンドンとドアをノックされる。
帰ってきた。帰ってきてくれたのだ。酷いことを言ってしまった。一緒にいる資格なんてなかった。どんな過酷な環境でも前に進み続ける姿が眩しすぎて、自分という存在がものすごく惨めに感じた。それでも血の繋がる娘が戻ってきてくれたことが、心の底から素直に嬉しかった。
「おかえり!祥子!」
急いでドアを開ける。そこにいたのは愛娘ではなく、見覚えのある高校生くらいの男の子だった。
「すみません、お嬢じゃなくて。清告さん、お久しぶりです。とりあえず何も言わずに一発ぶん殴られてください。話はそれからで」
「え?」
次の瞬間、なぜ彼がここに来たのかという疑問は鋭い衝撃と共に一気に吹き飛ばされ遠く彼方へ消え失せた。
簡単なキャラ紹介
椎名立希…彼女にとって千明希の変わりようは、バイトに影響が出るほどだったがCRYCHICの頃の自分を繰り返さないよう再び前へ進み出す。
要楽奈…本質を見抜く不思議な力を持つ。彼女に目をつけられた者は、猫に睨まれたネズミの様に身動きが取れなくなってしまうらしい。
クソ親父…愛娘が帰ってきてすごい嬉しかったのに、次の瞬間殴り飛ばされた可哀想な人。まぁ、殴られても仕方ないことをしてきたから一発は我慢してください。
今回も読んでいただきありがとうございました
次回も楽しみにしていただければ幸いです