Ave Mujica そのタスケビトは仮面をつける   作:お薬二錠

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もしかしたらあったかもしれないifストーリー
千明希視点のお話。おそらく2〜3話くらいで終わると思います。

CRYCHICの初ライブに姿を見せなかった千明希
彼の身に何が起こっていたのか、少しずつ明らかになっていきますので、
よろしくお願いします

更新遅れてすみません。GWを避けた帰省でなかなか執筆時間取れずでした。更新まちまちですが、今後もよろしくお願いします。


幸せを知る咎人

幸せって何だろう。

考えても答えは出てこない。

 

だけど……床に広がる酒瓶。酔い潰れて昼間から寝ている父親。この、目の前に広がる世界は、今の自分が幸せから遠くかけ離れていることを、嫌というほど思い知らせてくる。

 

「……クソ親父」

 

左腕を押さえながら、聞かれないように小さな言葉で呟く。寝ている姿を見てもイライラするが、起きてるこいつはめんどくさい。

 

触らぬ神に祟りなし

 

これ以上怪我を増やされないよう、俺は静かに家の玄関を開け外へ出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

家の近くの公園。いつものベンチに座り何も考えず空を見上げる。今日はとても天気が良い日で、陽の光を浴びている間は嫌なことを全部忘れることができた。

 

しばらくして、公園の外は制服を着た同い年くらいの子達が姿を見せるようになった。そんな彼等を見ないよう、首元に顔を埋め世界を狭める。

 

(何で俺だけ……)

 

そう考えると無関係な赤の他人にまで苛立ちを覚える。良くない。完全に世界を閉ざすため、一眠りするために目を閉じようとした時、それは俺の世界に侵入してきた。淡いブルーのロングヘアー。風に攫われる一枚の紙を必死に追いかけるそいつは、周りも見ずに横断歩道の方へ走っていく。

 

「あの馬鹿!」

 

遠くからトラックが迫ってきてる。あのスピードじゃ気付いても咄嗟に避けることなんてできない。

 

「頼む、間に合え!」

 

俺は急いでそいつの元へ走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ない!」

 

間一髪のところで彼女の手を掴んで引っ張り、最悪の状況を回避することができた。せっかくのお気に入りの場所が、交通事故現場になるなんてごめんだ。

無我夢中だったから加減なんてできなくて、かなり強い力で引っ張ってしまったが大丈夫だろうか。そう考えていると、少し遅れて自分の身体を痛みが襲ってきた。自分自身もうまく受け身を取れず、彼女を庇う形となって地面に叩きつけられた。

 

「……悪いんだけど、動けるなら早く降りてくれる?」

 

「ごごご、ごめんなさいですわ!」

 

どうやら彼女に怪我はなかったようでとりあえず安心した。語尾のですわが気になったけど、言及はせず服についた埃を払い、目の前の少女をまじまじと見る。

 

(あれ? こいつ、俺と同い年くらい?)

 

淡いブルーのロングヘアー少女は、俺と同い年くらいの子だった。濃い紺色の学生服。どこの学校かは分からないが、黄色がかった淡い緑色の瞳からは優しさと芯の強さが感じられ、とても清楚で綺麗な子だと思った。

 

「あ、あの…なにか?」

 

いけないいけない。初対面の相手なのに思わず見惚れてしまった。

 

「いやー、小さい子が横断歩道に飛び出すのが見えて、急いで駆けつけたら自分と同じくらいの年齢だったから驚いたよ。ダメだよ?横断歩道渡るときは右左見なきゃ」

 

慌てて本心を隠し、皮肉混じりな発言をする。

 

「わ…わかってますわ!確かにわたくしの不注意でしたけれども……こ、子ども扱いしないでくださいまし!わたくし歴としたレディなんですのよ?」

 

「いやーごめんごめん」

 

「気持ちがこもっていませんわー!」

 

第一印象の清楚な綺麗な子は遠くへ消え、目の前にいる女の子は怒りを露わに頬を膨らませる。ぷんすこという擬音が鳴っているようで、おかしくて思わず笑ってしまうと彼女は更に頬を膨らませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは?」

 

彼女が必死に追いかけていた紙を見ると、それは楽譜だった。タイトルには春日影と書かれていたが聞いたことのない曲だった。音は無いが歌詞を見ただけで、心の中に温かい何かが、すうっと流れ込んでくるような気がした。

 

(なんだろこれ…知らない曲なのに、温かさと優しさを感じる…)

 

目の奥が熱くなるのを感じ、俺は慌ててその楽譜から視線を逸らした。

 

「……春日影。いいね。特に歌詞がいい。これに音が乗ればもっと最高なんだろうね」

 

「そ、そうなんですのよ!わたくしのバンドの作詞担当は天才で!歌詞の言葉一つ一つが心に直接語りかけてきて響き渡るんですの!」

 

彼女は興奮気味に語りはじめる。そんな姿を見るだけで、この曲やバンドをどれほど大切に思っているのか理解できた。楽しそうにバンドメンバーのことを話す彼女。そんな彼女の笑顔が明るすぎて、俺の心に影ができる。

 

(……これが普通か。嫌だな、ほんと……)

 

自分には無いものを持っている。自分では掴めない幸福を彼女は知っている。どうしてここまで違うのかと、考えれば考えるほど自分の醜さが際立って、嫌気がさした。

 

「楽しそうだね……お嬢はキーボード?」

 

「ええ、わたくしはキーボードを担当して……お嬢?」

 

「うん、ですわ口調とかお嬢様っぽいからお嬢。嫌だった?」

 

本当と嘘が混ざった言葉。自分とは真反対の光輝く世界にいるこいつが憎たらしくて、皮肉混じりにお嬢と呼んでやった。自分とは住んでいる世界が違うと明確にするために。

 

「……いえ、そんなことありませんわ」

 

皮肉混じりとも知らずに、彼女は笑顔で返す。

 

「あなた、お名前は?」

 

「双海千明希」

 

「双海…千明希。良い名前ですわね」

 

そう名付けられた由来も、今では知る由もない。

そんな名前を聞いた彼女は、どこか嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべていた。

 

「お嬢の名前は?」

 

「わたくしは豊川祥子。豊川祥子ですわ」

 

聞き覚えのある名前だったが、どこで聞いたか思い出せない。頭の中の引き出しを次から次へと開け、ようやくテレビで流れていたとあるCMが思い浮かんだ。

 

「CMでやってる豊川グループって、お嬢と関係ある?」

 

「関係おおありですわ〜。わたくしが豊川グループのご令嬢ですもの」

 

「うへ〜、本当にお嬢様だったんだ」

 

豊川グループと言えば誰もが知る超大手企業。彼女のお嬢様口調や立ち振る舞いも、あの豊川家の人間と分かれば納得できた。

 

 

 

彼女との縁を作れば、俺の世界も変わるかもしれない。

 

 

 

彼女のキラキラとした綺麗な瞳とは相反する濁った思惑が俺の中に芽生える。手始めに彼女が所属するバンドのことを聞いたところ、想像以上に食い気味に彼女は自分の大切なバンドと、大切なバンドメンバーのことを話し始めた。

 

それからだった。俺が、彼女自身に、ほんの少し興味を抱くようになったのは……

 

 

 

 

 

彼女の話は尽きることなく、気づけば辺りは薄暗くなっていた。豊川家ご令嬢以前に、女の子を一人で帰すのは良くないだろう。

 

「さて、そろそろ帰らないとね。お嬢はここから家近いの?」

 

「え、えぇ…もうすぐそこですわ」

 

この辺に豪邸なんてあっただろうか。近くに大きな森みたいな、山みたいな場所があったのは覚えているが…なんて考えていると、お嬢はなにやらもじもじしており、しばらくすると意を決したように口を開いた。

 

「あ、あの!千明希、またわたくしと」

 

「ん?」

 

「……いえ、何でも…ありませんわ」

 

目の前でしゅんと落ち込むお嬢。何に落ち込んでるかはさっぱりだが、この子のそんな顔は見たくないと思い俺は手を差し出す。

 

「さて、送ってくよお嬢。家、ここから近いんでしょ?」

 

俺の手と、俺の顔を交互に見るお嬢は少し困っているようだったが、温かく、優しさ溢れる笑顔を浮かべ俺の手を取った。

 

「…ありがとうございます。しっかりエスコートしてくださいまし」

 

 

 

 

 

 

 

お嬢と手を握ったまま、森を囲む塀の隣を歩く。

かなり長いこと歩いたが、お嬢の家はまだ見えてこない。俺達二人の間には会話はない。早まる鼓動。原因不明の緊張。それらが繋がるお嬢の手を通じて彼女に伝わらないか不安に思っていた。

 

「着きましたわ」

 

お嬢の言葉にようやく救われると安堵し、顔を上げる。

 

「……なに……ここ……」

 

目の前にあるのは大きな門。いや、大きすぎ。

その先は木々が森を作っており、さらにその先へ目を向けると立派な洋風の建物の屋根が少しだけ見えた。

まさかずっと歩いていた塀の中の森が、全て豊川の土地とは思いもしなかった。

 

「でか……流石豊川グループ」

 

「ふふん、どうですか千明希。ここがわたくしの家ですわよ!」

 

「日本にあるんだね。こんな家…」

 

「千明希。あなたさえよろしければ命を助けていただいた礼がしたいのですが、よろしければ一緒に食事を」

 

俺に言わせれば危ないところを助けるのは当然。当たり前のことをしたにすぎないのだが、こういう真面目でしっかりした部分もお嬢らしいと思った。

 

でも俺はそんなお嬢の誘いを断る。とてもありがたい誘いだったが、そろそろ家に帰らないとアイツが帰ってくる。

 

「ごめんねお嬢。俺そろそろ門限だから帰らないと父さんに怒られるんだわ」

 

楽しかった時間もここまで。そろそろ、現実に戻らなくてはいけない。

 

「そう…ですの……それでは、仕方ありませんわね」

 

ついさっきまで見せていた自信ありげな表情とは相反し、落ち込んでいるのがあからさまになっているお嬢。そのころころと変わる表情や、感情豊かな部分に俺は好感を持った。

 

「そんな寂しそうな顔しないでよ」

 

「だ、誰も寂しがっておりませんわ!」

 

「そう?俺は少し寂しいよ…」

 

「え?」

 

「あの公園にはよく行くから。また来てくれたらまた会えるかも」

 

「ほ、本当ですの!?あっ」

 

目を輝かせたかと思えば、顔を赤くし慌てて視線を逸らすお嬢。何だろう。ものすごく可愛く見えてしまうからやめてほしい。照れてることがバレないよう、俺はニヤニヤと面白いものを見るようにお嬢のことを見る。

 

「ほら〜、なんだかんだ言って、また会えるの嬉しいんじゃん」

 

「そ、そうですわよ!な、何か問題でも!?」

 

お嬢の言葉が嬉しくて、熱を帯びる顔が見えないよう街灯が届かない夜道の方へ駆け出した。

 

「いや〜、俺も嬉しいよ。それじゃあねお嬢!今度はちゃんと左右確認しろよ〜」

 

光が届かなくなったところで振り返り、お嬢に向かって手を振る。

 

「余計なお世話ですわー!」

 

手を振り返してくれるお嬢。不思議な時間だったが、確かにこの時、俺は幸せだったと、心の底から思うことができた。

 

 




キャラ紹介

双海千明希…幸せを知らない。周りとは違う自分に嫌気がさし、不公平な世界を憎んでいるが、どうすることもできないと諦めている。学校に行くことは少ない。

豊川祥子…幸せを知っている。大好きな家族。大切な友人。運命共同体を誓い合ったバンド。全てを持っていると言っても過言ではない彼女は、何も持たない彼に惹かれた。

今回も読んでいただきありがとうございます
次回も楽しみにしていただければ幸いです
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