龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
しかし、兵は残り
こんな状態では、とても戦いにならない。
*
翌日……
韓信は、漢の大軍を前進させて、
そして廃丘城の各正面に仮設の要塞を構え、それを拠点として息も継がずに攻撃をしかけた。
だが、廃丘城は天下無双の要害である。
城の東西南北どの方向にも大きな山がそびえ立っているうえ、山の
ことごとく大軍の展開を邪魔する地形……
そう簡単には落とせそうもない。
韓信が、戦況を見ながら考えこんでいると……
文官
「韓信大元帥」
「どうした?」
「廃丘の守りは
もしここへ
大元帥、どうか、よい計略を
韓信は、うなずいた。
「ああ。ちょうど今、私もそのことを考えていたところだ。
すでに計略は、まとまった。
見ているがいい。3日以内に必ずあの城を
*
その夜。
韓信は、
「見よ、
山の
西北の山から流れてきて、廃丘城のまわりをぐるりと巡り、東南へ流れ出ている。
そして、川の中に
今は8月の
私の方は、川の東南に
そうすれば、行き場をなくした水は、たちまち廃丘城内に流れこむ。
城内の
*
翌朝。
廃丘城の
「漢軍が、陣を高所に移し始めています」
「なんだと?」
怪しく思った
確かに報告通り、漢の大軍が陣をたたみ、山の上へ移動している。
「どういうことだ?
城を攻めるなら、あのまま包囲しておいた方が良いだろうに……
なぜあんな不便なところへ、わざわざ陣を動かしたのだ……?」
と、
そのときだった。
不気味な重低音が足元から突き上げるように響いたかと思うと、突如、四方から
誰もが必死になって逃げようとしたが、まにあわず……
無数の兵が、激流に飲まれて
城内の地獄絵図を見おろしながら、
「まさか……これが韓信の計略!? 水攻めだというのか!?」
後世には広く活用された「水攻め」も、この当時は、まだ非常に珍しい戦術だったのだ。
もはや、城内の
ここから劣勢を
そう判断した
「この城は、もうダメだ!
生き残っている者は、北の門から泳いで逃げろ!
かくして
ほうほうのていで
*
この一部始終を、韓信は山の上から見物していた。
廃丘城から
「東南の
もともとこの洪水は、人為的に下流を
出口をあけたとたんに勢いよく水が引きはじめ、ほんの半日ほどで、すっかり城は元通りになってしまった。
こうして廃丘を落とした韓信は、城中に入って、まずは洪水で被害を受けた住民たちを救済した。
その後で、勝利を報告し、劉邦を城へ迎え入れた。
廃丘の住民たちは、
「漢王劉邦が
と、大喜びで劉邦を歓迎した。
さらに、「劉邦、来たる!」の
*
一方、同じ頃。
もちろん、廃丘城へ救援の軍勢を送るためである。
ところが、まだその作戦会議も済んでいないというのに、耳を疑うような報告が
「韓信が
漢の大軍が、廃丘城を占領してしまいました!」
「バカな!? もう廃丘が落ちたというのか!?」
先述の通り、廃丘は自然の地形を活かした
それが援軍の到着さえ待たずに
「
韓信は、早くも廃丘を
こちらも相当な数の人馬を用意せねば、勝つことはできまい。
お前は、まず
それから
と、こう指示を飛ばした矢先に、さらなる凶報が舞い込んでくる。
「漢の大軍が、
この城から100里(40km)ほどの距離です!」
「速すぎる! もうそんなところまで……!
大将
「はっ」
「お前に副将
私は1万騎で30里のところに出て、後陣として備える!」
(つづく)
●注釈
この部分、「通俗漢楚軍談」では『まづ
同様の誤りは、他にも多数存在する。というより、次の第四十回冒頭に至るまで、全ての場所で
第二十回の十八王の分封の場面では史実通り正しく書かれているから、単純に
「西漢通俗演義」でもこの部分は同様に誤っているため、「軍談」はその誤りに気付かずそのまま翻訳してしまったのだろう。本作では訂正しておいた。