龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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三十九の丁 三秦平定

 

 

 樊噲(はんかい)は、ただの兵卒に変装して、100人の手下とともに司馬(しば)(きん)の陣へやってきた。

 陣門の前まで来たところで、樊噲(はんかい)が声を張り上げる。

 

「我らは、もともと()軍にいた兵です!

 しかし、董翳(とうえい)が漢に降伏したため、不本意ながら我々まで漢軍に入れられてしまいました。

 

 心の中は故郷を慕う気持ちでいっぱいで、早く()に帰りたいと願っていたところ……

 董翳(とうえい)の長男の董式(とうしき)が、高奴(こうど)城を出て夜回りしているのを見つけたのです。

 

 そこで、手土産がわりに董式(とうしき)を捕らえ、降伏して参りました。

 どうか、我々を司馬(しば)(きん)様の手下に加えてくださいませ!」

 

 これを聞いた司馬(しば)(きん)は、大喜びで樊噲(はんかい)らを陣に入れ、董式(とうしき)を引き出させた。

 董式(とうしき)の顔を見ると、司馬(しば)(きん)はツバを吐きかけるような勢いで(ののし)った。

 

「おのれ董式(とうしき)

 お前の父親は、わしと一緒に覇王項羽様に(つか)えて、王の(くらい)をいただいたのだぞ!

 どうしてその恩を忘れて漢などに降伏したのだ!

 

 お前も李芝(りし)と一緒に(ろう)(とら)えておく。

 董翳(とうえい)()()りにしたら、みんなまとめて彭城(ほうじょう)へ送り、覇王様への献上品としてくれるわ!」

 

 そして、董式(とうしき)を縛ってきた者たち……つまり樊噲(はんかい)らを呼び寄せ、上機嫌でこう言った。

「お前たち、よくやった! 董式(とうしき)ほどの剛の者を捕らえてくるとは、お手柄だぞ。

 望み通り、わしの手下に加えてやろう!」

 

 目の前にいる兵卒が実は漢の豪傑樊噲(はんかい)であるなど、夢にも思わない司馬(しば)(きん)なのであった。

 

 

   *

 

 

 次の日の早朝。

 董翳(とうえい)は、漢の赤旗を(かか)げ、司馬(しば)(きん)の陣へ接近した。

 

 対する司馬(しば)(きん)側は、劉林(りゅうりん)(おう)守道(しゅどう)の2将を前進させて、戦いを挑もうとする。

 

 と、董翳(とうえい)は、みずから軍勢の前へ進み出て叫んだ。

「待て! 私は戦いに来たのではない!

 司馬(しば)(きん)に会って、一言(ひとこと)話したいのだ!」

 

 長年(くつわ)を並べて戦ってきた仲である。司馬(しば)(きん)の方も、

「話くらいは聞いてやろうか」

 と、馬を進めて陣の前に姿を現した。

「話とはなんだ、董翳(とうえい)!」

 

 董翳(とうえい)は、司馬(しば)(きん)に向けて声を張り上げた。

司馬(しば)(きん)よ! お前は、天の時というものが見えていないし、自分が存亡の危機にあることも理解していない!

 

 そもそも、私たちは(しん)の人間だ!

 項羽は(しん)子嬰(しえい)様を殺し、私たちの部下20万人を生き埋めにした男! むしろ項羽こそ我らの仇敵(きゅうてき)ではないのか!?

 だから私は漢に降伏し、よかれと思ってお前にも誘いをかけたのだぞ!

 

 それなのに、どうして私の書簡(しょかん)(やぶ)り、我が部下の李芝(りし)(とら)え、我が嫡男(ちゃくなん)董式(とうしき)まで()()ったのだ!

 

 しかもお前は、『韓信を誅殺(ちゅうさつ)し、樊噲(はんかい)()()りにしてやる』などと大言(たいげん)を放ったそうだな!

 できるものならやってみろ! もしお前が樊噲(はんかい)と、ただの1合でも戦うことができたなら、私はすぐに馬を降りてお前に降伏してやろう!」

 

 司馬(しば)(きん)は、これを聞いて大笑い。

「はーっはっは! それはいい!

 だったら早く樊噲(はんかい)を出せ!

 樊噲(はんかい)はどこだ!?」

 

 ……と、その時。

 

「ここだッ!」

 司馬(しば)(きん)のすぐそばで何者かが叫んだ。

 

「え?」

 と驚く司馬(しば)(きん)を、1人の兵士が馬上から引きずり下ろす。そのまま兵士は司馬(しば)(きん)の腕をひねりあげ、たちまち地面に組み伏せてしまった。

 

 司馬(しば)(きん)が混乱して目を見開く。

「な……なんだお前は!?」

 

 対して兵士は、天地が震えるほどの大音声(だいおんじょう)を響かせた。

「我は漢の大将樊噲(はんかい)なり!!

 司馬(しば)(きん)は俺が捕らえた! ()兵どもよ、降伏しろ! 降伏すれば(いのち)は助けてやる!」

 

 周囲にいた司馬(しば)(きん)配下の兵卒たちは、驚き騒いで地に平伏(ひれふ)した。

「降伏します! 漢に降伏します! (いのち)だけはお助けを!」

 

 この様子を見ていた()将の劉林(りゅうりん)(おう)守道(しゅどう)は、司馬(しば)(きん)を救出しようと兵を動かした。

 

 だが、そうはさせじと董翳(とうえい)が前から攻めかかる。

 さらに、降伏を装って司馬(しば)(きん)の陣にいた樊噲(はんかい)陳武(ちんぶ)の手下たちも、背後から攻撃をしかけた。

 

 総大将を失ったうえに、前後から挟撃(きょうげき)されては、もうどうにもならない。

 ()軍は、あっというまに撃破され、あえなく敗走しはじめた。

 

 だが、いかに逃げようとも、風の如く素早い漢軍の手から逃げ切ることはできなかった。

 劉林(りゅうりん)は追ってきた樊噲(はんかい)に斬られ、(おう)守道(しゅどう)のほうも陳武(ちんぶ)の手勢に囲まれて()()りにされ、()軍は壊滅してしまったのだった。

 

 

   *

 

 

 樊噲(はんかい)董翳(とうえい)らは、司馬(しば)(きん)を縛って高奴(こうど)城に帰還した。

 

 引きずられてきた司馬(しば)(きん)を見ると、韓信は、バカにしたように鼻息を吹いた。

司馬(しば)(きん)よ。お前は(しん)の大将だった男だろう。

 項羽は(しん)にとって憎むべき男。

 ならば、漢王劉邦様に従って()()つのが当然の(ことわり)というものではないか?

 

 だからこそ、董翳(とうえい)書簡(しょかん)を送って説得してくれたというのに……

 書簡(しょかん)を引き()くばかりか、大口(おおぐち)を叩いて無礼なマネをしでかすとは。

 一体どういうつもりなのだ?」

 

 司馬(しば)(きん)は、答えなかった。

 ただ首を低く垂れ、黙っているだけだった。

 

 韓信に対する反発心や敵愾(てきがい)心が、ありありと見て取れる態度。

命乞(いのちご)いをするつもりはない。殺すなら殺せ」

 と、無言の意思表示をしているのである。

 

 そのとき。

 董翳(とうえい)が、韓信の前に飛び出して、地面に(ひたい)をこすりつけるように平伏した。

 

「韓信大元帥ッ!

 司馬(しば)(きん)は、まちがって()に仕えてしまったのです。決して本心で忠誠を誓ったわけではないのです。

 

 どうか司馬(しば)(きん)の罪をお許しください! 彼を今と同じ身分に(ほう)じてやってください!

 そうすれば、司馬(しば)(きん)は必ずや、漢のために忠義を尽くすでしょう。お願いでございます!」

 

 戦友の司馬(しば)(きん)を救いたい一心での、悲痛な(うった)えであった。

 これには司馬(しば)(きん)(ほだ)されて、

董翳(とうえい)……」

 と、かすかに瞳を(うる)ませた。

 

 そこへ、樊噲(はんかい)も進み出た。

「韓信大元帥。俺からも、お願いします。

 たしかに司馬(しば)(きん)は降伏を(こば)みましたが、()の将が()のために戦いぬこうとするのは、むしろ立派なことだし……

 それに董翳(とうえい)は、今回の戦いの功労者だ。その功績に(むく)いるってことで、願いをかなえてやっちゃもらえませんか」

 

 どうやら樊噲(はんかい)、一度ともに戦っただけの董翳(とうえい)に、早くも親近感を覚え始めたようである。

 

 韓信は静かに微笑(びしょう)すると、兵に(めい)じて、司馬(しば)(きん)の縄を(ほど)かせた。

司馬(しば)(きん)よ。これまでの間違った行いを改めて、今後は天の示す正しい道に従え」

 

 司馬(しば)(きん)は、深く再拝し、(いのち)を助けられた恩に感謝を述べたのだった。

 

 

   *

 

 

 こうして、三秦(さんしん)は全て韓信の手に落ちた。

 

 韓信は、まず櫟陽(れきよう)城に入って、そこの住民を安心させることに(つと)めた。

 同時に、廃丘にいる劉邦にも早馬を送る。

三秦(さんしん)攻略は完了いたしました。

 次は、いよいよ(しん)(みやこ)咸陽(かんよう)へ攻め入ります」

 

 知らせを受けた漢王劉邦は、大喜びで廃丘を出発。

 途中、高奴(こうど)に3日逗留(とうりゅう)し、お祭り騒ぎをして人民の気持ちを(にぎ)わせた。

 それから櫟陽(れきよう)城に入り、韓信と合流したのである。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

■次回予告■

 

 電光石火の快進撃で(しん)を平定した韓信。次は項羽の勢力を()ぎ落とすべく、周辺諸国を味方へ取り込む策に出る。

 しかし人の心は(うつ)ろう雲水。理屈通りにいかぬもの。思いもよらぬ裏切りで韓信の戦略が破綻(はたん)しかかったその時、懐かしい人物が姿を見せた。いとも頼もしき天下の賢者、帝王の師の再訪である。

 

 次回「龍虎戦記」第四十回

 『張良再び』

 

 ()う、ご期待!




■お知らせ■
 本作はここまで毎日更新して参りましたが、この回をもちまして、先行連載していたカクヨムでの最新話に追いつきました。
 そのため、次回以降はカクヨムと更新ペースをそろえようと思います。

 次回からは、
 毎週火曜・土曜の週2回、18:17更新
 といたします。

 いよいよ本格化する楚漢戦争。今後も本作をお楽しみいただけますと幸いです。
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