龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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四十の丁 張良再び

 

 

 咸陽(かんよう)では、劉邦はじめ漢の首脳陣が、陸賈(りくか)の帰りを今か今かと待ち続けていた。

 説得が成功すれば一番よいが、仮に失敗だったとしても、申陽(しんよう)と魏豹《ぎひょう》の内情は陸賈(りくか)から聞けるだろう。

 その(あたい)千金(せんきん)の情報を期待しながら、今後の方針を熱心に議論していたのだった。

 

 しかし……肝心(かんじん)陸賈(りくか)が、いつまでたっても戻ってこない。

「いったい何をやってるんだ、あいつは?」

 と、漢王劉邦が怪しみはじめた。

 

 そのとき、思いもよらない報告が舞い込んできた。

「ただいま、張良子房先生より使者が参りました。

 藍田(らんでん)咸陽(かんよう)南東の土地)に住んでいた張子房が、こちらへ向かっていて、すでに新豊(しんほう)まで出て来ているそうです」

 

 劉邦は玉座から飛び上がり、手を打って喜んだ。

「張良先生! 帰って来てくれたのか!

 先生がいれば、もうなんにも心配ねえぞ!

 

 灌嬰(かんえい)曹参(そうさん)! すぐに張良先生を迎えに行けっ!

 おいおい、みんな何をボケッとしてんのよ! 歓迎会の準備をするんだよ、ほら早くっ!」

 

 ちょうど同じ時、韓信の方も「張良来たる」の報告を受けて薛欧(せつおう)陳沛(ちんはい)を出迎えに行かせたものだから、張良はなんと、4人もの大将に囲まれるハメになってしまった。

 

 4人の将とその手下。ちょっとした城ひとつ落とせそうなくらいの軍勢に、手厚すぎるほど手厚く守られながら、張良は咸陽(かんよう)に入城した。

 

「張良先生が、朝廷の門までお越しになりました」

 と報告を受けると、劉邦は宮殿を飛び出した。

 転げるように門まで行って、張良が入ってくるのを見ると、劉邦は輝くような笑顔をはじけさせる。

 

「張良先生ェーっ!!

 久しぶりだなあ! 昼も夜もずーっと会いたかったよ、先生!」

 劉邦は、バタバタと張良に駆け寄り、みずから手を握って宴席(えんせき)に案内しようとする。

 

 張良は苦笑して、臣下の礼を取るべく拝伏した。

「お久しゅうございます。

 長いあいだ離れ離れでいましたが、臣の心は、いつも漢王様の御前(ごぜん)におりましたよ。

 

 かつて漢中に向かう桟道(さんどう)でお別れした時、臣は3つの大事を為すとお約束しましたね。

 項羽を彭城(ほうじょう)遷都(せんと)させること。

 六国に()いて()から離反させること。

 そして漢を(おこ)()(やぶ)る大元帥を探し出すこと……

 

 そして、漢王様が兵を起こしたときには、咸陽(かんよう)で再び落ち合いましょう、と申しました。

 はたして今、この通りでございます」

 

 劉邦は、首がちぎれそうなほどに、うなずきまくった。

「うんうんうんうん! 俺ァ、先生のおかげで、咸陽(かんよう)に帰ってくることができたよ!

 この功績は、石碑(せきひ)に刻んで千年先まで伝えるぜ!」

 

 それから、張良は文武の大将たちにも対面した。

 大元帥韓信が、張良のそばに寄り、最上級の礼を行った。

「お久しぶりです、張良先生。

 私がこうして願いを(かな)え、大元帥の職につくことができたのも、ひとえに先生が推薦してくださったおかげ……

 この御恩(ごおん)は、生涯(しょうがい)忘れません」

 

 張良が微笑(ほほえ)む。

「韓信大元帥のご活躍は、(うわさ)に聞いておりましたよ。

 早くも大功を立て、その威勢(いせい)で天下を震わせておられる。

 私が推薦した通り、いや、それ以上の見事なお働きです。貴公に出会えたことは、漢王様にとって最大の幸福でしたね」

 

 それから、漢王劉邦は群臣をみんな呼び集め、盛大な歓迎の酒宴(しゅえん)を行った。

 劉邦は、みずから(さかずき)を持って張良に酒を勧め、歌声と(しょう)()(みやび)やかに響かせて、再開を喜び合ったのだった。

 

 

   *

 

 

 その翌日。

 軍議の場で、劉邦は、かねてからの懸案(けんあん)を張良に問うた。

 

「張良先生、じつは先日、西魏(せいぎ)魏豹(ぎひょう)河南(かなん)申陽(しんよう)を服従させるため、陸賈(りくか)を派遣したんだ。

 しかし、いつまでたっても陸賈(りくか)が帰ってこない。

 こんな状況で()軍が攻めてきたら、大変なことになる……

 どうすればいいだろう?」

 

 張良は、静かに首を横に振った。

陸賈(りくか)洛陽(らくよう)へ行ったのは、ただ家族に会いたかっただけのことです。

 申陽(しんよう)に降参を()くはずがありません。

 

 まして魏豹(ぎひょう)は、実力も無いまま王となり、その称号に胡坐(あぐら)をかいている尊大な男。

 陸賈(りくか)では、とても説得しきれないでしょうね」

 

 韓信も、そこへ進み出た。

魏豹(ぎひょう)申陽(しんよう)を降伏させられる人物は、この世でただ一人、張良先生のみであろうと考えますが」

 

 張良が、うなずく。

「そうでしょうね。

 それでは、私が魏豹(ぎひょう)申陽(しんよう)と話してきましょう。

 機に(したが)い変に応じ、彼らの心を鼓動させて、必ず漢に帰服させます。

 その後で、韓信大元帥が兵を(ひき)いて東に向かえば、天下はついに定まるでしょう」

 

 劉邦が、顔をクシャクシャにする。

「でも先生、昨日やっと再会できたばかりなのに、また離れ離れになるのは、俺、寂しいよ……」

 

 張良は、静かに微笑した。

「天下いまだ定まらず、各地の軍が紛乱(ふんらん)を続けている時に、のんびり座って無駄飯(むだめし)を食らっていられましょうか。

 

 臣に計がございます。

 いま、旧六国の勢力が次々に()(そむ)きはじめていて、特に(せい)の国は勢い(さか)んです。

 そこで、臣が表文(ひょうぶん)を書き送って覇王項羽を(あざむ)き、(せい)討伐(とうばつ)に向かうよう仕向けましょう。

 

 その間に、臣が平陽と洛陽(らくよう)に行って利害を()けば、弓に(げん)を張ることも、矢を放つこともなしに、申陽(しんよう)魏豹(ぎひょう)を帰順させられるでしょう」

 

 張良は、こう、あっさりと()け合って、すぐさま行動に移った。

 まずは表文(ひょうぶん)を作って項羽へ使者を送り、その後、従者10人ほどを連れて、ひそかに平陽へと出発した。

 

 

(つづく)

 

 

 

 

■次回予告■

 

 西魏(せいぎ)を味方につけるべく平陽を訪れた軍師張良。しかし魏豹(ぎひょう)の腹心周叔が、そうはさせじと議論を挑む。

 項羽と劉邦、いずれが強く、いずれが弱い? 互いの主君の命運を賭け言葉をぶつけあう2人の賢者。弓矢によらぬ争いの決着や、いかに?

 

 次回「龍虎戦記」第四十一回

 『舌戦』

 

 ()う、ご期待!

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