龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

111 / 198
四十二の上 裏切りの陸賈

 

 

 西魏(せいぎ)魏豹(ぎひょう)は、張良の説得によって()から離反し、漢に帰順した。

 となれば次なる標的は、洛陽(らくよう)河南(かなん)申陽(しんよう)である。

 

 洛陽(らくよう)へは、(たい)(ちゅう)大夫(たいふ)陸賈(りくか)が先行している。

 しかし陸賈(りくか)は、それっきり音信不通。

 となると……これは、一筋縄(ひとすじなわ)では行きそうもない。

 

 そこで張良は、ひそかに樊噲(はんかい)灌嬰(かんえい)を呼んで、ささやいた。

「貴公らに、ひとつ仕事をお願いしたい。

 まず、3千騎ほどの兵を(ひき)いて、私と一緒に洛陽(らくよう)へ来てください。

 その後、この如く、この如く……」

 

 と、樊噲(はんかい)たちに計略を伝えると、張良は劉邦に別れを告げ、洛陽(らくよう)へ向けて出発した。

 

 

   *

 

 

 一方そのころ。

 洛陽(らくよう)河南(かなん)申陽(しんよう)は、陸賈(りくか)と政策の相談をしていた。

 

 陸賈(りくか)洛陽(らくよう)に来たのは、元はと言えば、漢王劉邦の味方につくよう申陽(しんよう)を説得するためだった。

 しかし、申陽(しんよう)への友情と恩義にほだされて、本来の役目をすっかり忘れ、今や、申陽(しんよう)の臣と呼ぶしかない立場に収まっていたのである。

 

 さて、そこへ報告が入った。

「漢王の臣、張良がやってきました。河南(かなん)王様に謁見(えっけん)を求めております」

 

 申陽(しんよう)は、警戒して表情をくもらせた。

「張良が来たのは、何のためだと思う?」

 

 陸賈(りくか)が答える。

申陽(しんよう)様を説得して、漢に帰順させるためです。

 もし漢王劉邦につく心がおありなら、張良の言葉に従いなさいませ。

 しかし、もし覇王項羽につくつもりなら、張良を捕らえて、覇王へ献上するのがよいでしょう。

 

 亜父(あふ)范増(はんぞう)は、張良を非常に嫌っております。

 張良を捕らえたとあらば、范増(はんぞう)は必ず喜び、申陽(しんよう)様を重用するよう覇王に(すす)めてくれるでしょう。

 これすなわち、『1人殺して大謀(たいぼう)()す』の計です」

 

 申陽(しんよう)は、うなずいた。

「私は覇王様に仕えているのだ。どうして漢に帰順できようか」

 

 陸賈(りくか)は、うなずいた。

「であれば、私は張良に顔を見せない方がよいでしょう。

 奥に下がっておりますから、申陽(しんよう)様が、みずから張良と対面なさいませ。

 

 そして、彼が口を開く前に、いきなり武士をけしかけて張良を縛らせ、彭城(ほうじょう)へ送って覇王項羽様を喜ばせて差し上げなさい」

 

 申陽(しんよう)(ひたい)に、薄く緊張の汗が浮いた。

「よし……やるか」

 

 

   *

 

 

 申陽(しんよう)陸賈(りくか)が陰謀の相談をしている間、宮殿の門の前では、張良が、ずっと待ちぼうけを食らわされていた。

 

 張良は無言で考える。

「これほど待たせるということは……

 陸賈(りくか)が私を殺そうと(たくら)み、申陽(しんよう)に入れ知恵しているようだな。

 私の読み通りだ」

 

 しばらくして、宮殿内に入る許しが出た。

 張良が、ゆるゆると中へ入っていくと……

 

 宮殿の奥で、河南(かなん)申陽(しんよう)が玉座について待っていた。

 その申陽(しんよう)が、張良の顔を見るなり、大音声(だいおんじょう)を響かせるのである。

 

「張良! 漢のために説客(せっかく)の役目を果たしにきたか!

 覇王項羽様は最近、(みことのり)をお出しになったのだ。『張良の居場所を知っている者は、すぐに張良を捕らえて彭城(ほうじょう)へ送ってこい』とな。

 

 そのお前が、まさか、自分からのこのこ現れるとはな!

 (もの)ども、出会え! 張良を縛り上げろ!」

 

 殺到(さっとう)する幾多(いくた)の武士に、なすすべもなく縛られる張良。

 しかしこのとき張良は、抗議の声ひとつあげないばかりか、薄く余裕の笑みを浮かべてさえいたのだった。

 

 

   *

 

 

 申陽(しんよう)は、張良を彭城(ほうじょう)へ送っていくよう、大将の郭縻(かくび)(めい)じた。

 

 陸賈(りくか)が言う。

郭縻(かくび)殿は、交渉(こうしょう)(ごと)には不向きでしょう。

 それがしも彭城(ほうじょう)へ同行いたしましょう。

 まず覇王の(せい)討伐(とうばつ)進捗(しんちょく)(さぐ)り、そのうえで范増(はんぞう)(よしみ)を結んでまいります」

 

 申陽(しんよう)は、この申し出を喜んだ。

「そうか、お前が行ってくれるなら安心だ。

 范増(はんぞう)殿への礼物(れいもつ)を用意しよう。くれぐれも、よろしく頼むぞ」

 

 こうして、陸賈(りくか)郭縻(かくび)は、護衛の兵士100人ばかりとともに、彭城(ほうじょう)へ向けて出発した。

 張良を乗せた檻車(かんしゃ)(囚人移送用の車)を引いて、洛陽(らくよう)から道を東へ。

 

 かなり旅を急いで、50里(20km)ほど進んだところ……

 突然、異変がおきた。

 

 道の左右の林で銅鑼(どら)の音が鳴り響き、陸賈(りくか)一行の前に、一彪(いっぴょう)(ひとかたまり)の軍勢が飛び出してきたのである。

 

「なんだ!?」

 と慌てる陸賈(りくか)たち。

 

 謎の軍勢を(ひき)いる大将が、陸賈(りくか)郭縻(かくび)怒鳴(どな)りつける。

「おう、お前ら! 馬や武具を、こっちへよこせ!

 渡さぬなら、一人も生きて通れぬと思え!」

 

 なるほど、つまりこの軍勢は山賊の一団らしい。

 

 郭縻(かくび)は怒り、山賊に負けじと声を張り上げた。

「薄汚い物欲ばかりを火のように燃やした山賊どもめ!

 この俺、洛陽(らくよう)の大将郭縻(かくび)を知らないのか!

 

 俺たちは、漢の張良を縛って彭城(ほうじょう)へ連れていくところだ。

 貴様に耳や目があるなら、()国の強大さも、我が(あるじ)河南(かなん)申陽(しんよう)様の武勇も知っているだろう!

 逃げ遅れて首を失わないよう、気を付けたほうがよいぞ!」

 

 山賊の大将は、これを聞いて大笑い。

「うわっははは!

 ネズミみたいに弱そうなお前が、言うに(こと)()いて『()国は強い、申陽(しんよう)には武勇がある』だと?

 世間知らずにもほどがある。俺はまた、子供が冗談でも言っているのかと思ったぜ!

 よし、じゃあ、まずはお前の首を取ってやろう!」

 

 山賊大将は、(げき)()わせて斬りかかった。

 それを郭縻(かくび)が、鼻息も荒く迎えうつ。

 

 が。

 刃を交わしたそのとたん、郭縻(かくび)は顔色を変えた。

「ぬうっ!? つ、強い!

 なんと重い一撃か! この山賊、一体なにものだ!?」

 

 一方、陸賈(りくか)はこの戦いを後方でハラハラと見守っていた。

 なにか妙だ。相手の山賊大将は、鎧だの衣服だのを土で汚して、いかにもそれらしく見せかけているが、どうも、ただの山賊ではないように思える。

 

 というよりも、あの山賊大将の顔に、見覚えがあるような……

 

 そこで陸賈(りくか)は、ハッ! と目を見開いた。

「……あっ!? あれは、まさか樊噲(はんかい)!?」

 

 そう。この山賊大将、実は変装した樊噲(はんかい)その人だったのである。

 もちろん、その手下の山賊たちも、本当は漢軍の一部隊。

 

 しかし、気づいたところで、もう遅い。

 漢軍随一(ずいいち)の豪傑樊噲(はんかい)が相手では、郭縻(かくび)など相手にもならない。

 わずか2、3合ばかり戦ったところで、樊噲(はんかい)の刃が郭縻(かくび)の肩口に食い込んだ。

 

 肩から胸まで一刀のもとに切り裂かれ、馬から転げ落ちる郭縻(かくび)

 これを見ると、郭縻(かくび)の手下の警護兵たちは慌て、騒ぎ、檻車(かんしゃ)の張良をほったらかしにしたまま我先(われさき)にと逃げ出した。

 

 そこへ樊噲(はんかい)が、天地を震わすほどの大声をあげる。

「コラッ、逃げるなァ!

 おとなしくすれば(いのち)は助けてやるが、逃げる奴は1人残らず斬り捨てるぞ!」

 

 こう(おど)されては、一介(いっかい)の兵卒など、(いのち)()しさに、たちまち凍り付いてしまう。

 こうして警護の兵さえ失った陸賈(りくか)は、樊噲(はんかい)の手下に囲まれ、あっさりと捕縛されてしまったのだった。

 

 

(つづく)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。