三秦を攻略し、秦の都咸陽をも手に入れて、ますます勢い盛んなる漢王劉邦。
西魏王魏豹・河南王申陽をはじめ、周辺諸侯も続々と帰服の意志を表明してきた。
となれば、次はいよいよ楚の覇王項羽に決戦を挑みたいところなのだが……
ある日、大元帥韓信は、大将たちを招集した。
「我が漢軍の勢力は、日に日に盛んになっている。
漢王様も『東方へ侵攻して覇王項羽を討伐せよ』と仰せだ。
だが、ひとつ大きな懸念がある。
漢王様の太公(父親)をはじめとして、御一族は、みんな豊沛に住んでおられる。
皆も知っての通り、豊沛は、楚の都彭城から目と鼻の先。項羽の勢力圏の中心部にある。
項羽が、太公を人質として拘束することは、十分に考えられる。
そうなる前に、太公やご家族を、ひそかに咸陽へ迎え入れたい。
諸君。この問題について、なにかよい考えはないか?」
そこへ、1人の大将が進み出た。
彼の名は王陵。漢軍の中でも指折りの豪傑として知られる男である。
王陵が言う。
「太公をお迎えするために、軍勢を直接豊沛に向かわせるのは、よくありません。
項羽が必ずこちらの動きを察知し、軍を差し向けてくるでしょう。
そこで……
それがしが、旅の商人を装って豊沛に潜入し、太公御一家を救出してきましょう。
この作戦を遂行するにあたり、味方につけたい男が2人おります。
かつて、それがしは南陽の地で軍勢を率いていたのですが……
そのころ親しく交際していた、周吉・周利という兄弟。
彼らに協力を頼もうと思うのです。
周吉・周利は剛胆なる豪傑。
当時すでに2千あまりの精兵を手下に擁しておりました。
山林の奥深くに隠れ住み、普段は兵士たちに田畑を開墾させて耕作し、事が起きれば、その兵を駆り立てて敵を破る。
向かうところ勝たざること無し、というほどの強さです。
しかも、民衆には危害を加えず、人里を乱すこともありませんので、ここ数年でますます勢力が拡大し、今では兵力2万人にも及んでいると聞きます。
固く義を守る者たちですから、人から頼られれば『嫌』ということがありません。
もし楚軍が追ってきたら、この周吉・周利に防がせます。
大元帥は、迎えの兵を、道の途中で待たせておいてください。
この方法であれば、敵に知られることなく無事に咸陽まで太公をお連れできるでしょう」
韓信は、大きくうなずいた。
「極めて良い計略だ。
王陵よ、この作戦を成功させれば、御辺は開国第一の功となるぞ」
韓信は、この計画を、さっそく漢王劉邦に奏上した。
劉邦は、大いに喜んだ。
「そうか!
俺が軍を旗挙げしてから、もう3年……親父のことを思って、悲しく思わない日はなかった。
王陵が親父を救出してくれれば、もう何の心配もない! 安心して楚を討伐できるようになるな!」
かくして、劉邦の許しを得た王陵は、商人風に変装して、豊沛へと出発したのだった。
*
一方そのころ、覇王項羽の本拠地、彭城――
このところ、項羽は斉国の反乱鎮圧に、かかりきりであった。
部下の大将に斉討伐軍の指揮を任せ、自分は彭城に留まって、後方から戦局を注視していたのである。
そこへ、思いもよらぬ方向から、いきなり早馬が飛び込んできた。
「西魏王魏豹・河南王申陽の両名が、漢に降伏しました!
それを見て、付近の諸侯も先を争うように漢に服従する意思を表明しはじめています!」
事態急変である。
項羽は驚き、あわてて亜父范増を呼び寄せた。
「大変だ、亜父!
斉を攻略するために軍勢を送ったところだというのに、西魏と河南まで漢に降伏してしまったぞ!
韓信の野郎が、俺の国を7千里以上にもわたって侵略しやがった!
こうなったら、俺自身が直接行って韓信を誅殺し、それから西魏・河南を順番に討伐するしかない!
……と思うんだが、どうかな?」
范増は、首を横に振った。
「今、楚の主だった大将たちは、斉の攻略に手間取っている。
さらに、各地の諸侯も楚に背き、漢に心を寄せはじめた。
この状況で覇王様が軽々しく咸陽へ向かえば、本拠地彭城が空になってしまう。
そこを敵に狙われたら、とても守り切れますまい。
ここは、まず沛県に人を派遣することですな」
項羽は目を丸くした。
「沛県? あんなところへ、なんのために?」
「沛県は劉邦の故郷。劉邦の一族は、みんな沛県に住んでおります。
この劉一族を彭城へ迎え入れて人質とし、同時に各方面の守りを固めて、しばらく斉平定の完了を待つのです。
その後で漢王劉邦を討つ。これがよかろう」
項羽は、
「なるほど」
と手を打った。
項羽は、すぐに大将の劉信を呼んだ。
「劉信よ。お前に歩兵千人を授ける。
沛県に行き、漢王劉邦の一族を捕らえてこい」
「はっ!」
劉信は、命じられるまま、急いで沛県へ向かった。
*
沛県は、もともと項羽の勢力下である。
そこに項羽の命を受けた軍勢がやってきたのだから、抵抗する者など、いるはずもない。
劉信の手勢は、漢王劉邦の実家を取り囲み、たちまち太公はじめ一族120人を捕らえてしまった。
ところが、その帰り道で事件は起きた。
太公を檻車に乗せて、豊沛から30里(12km)ばかり進んだ時のことである。
突如、道のそばの林で鉄砲が炸裂し、軍馬の一団が飛び出してきた。
盗賊のような風体の軍勢……その大将らしき男3人が、劉信の行く手を塞いで声を上げた。
「漢王の一族を、こちらへ渡せ!
さもなくば皆殺しにしてやる!」
劉信は怒った。
「俺は覇王項羽様の命を受け、太公を捕らえて帰還するところなのだぞ!
汝らは何者だ!? なぜ道を遮って無礼なマネをする!?」
これに対して、3人の大将は、あざ笑う。
「なるほど。無益な戦いで首を失いたいようだな」
大将たちは、劉信に挑みかかった。
馬を交えて戦うこと10合あまり。
だが、3人の大将は強かった。劉信では相手にもならない。
劉信は、あっさりと敵将の槍で刺し殺された。
将が討たれてしまえば、あとは脆いもの。劉信配下の部隊は、たちまち盗賊に蹴散らされた。
3人の将は、すぐに太公を檻車から助け出した。
太公の前に、3人の将が拝伏する。
「急いで来た甲斐がありました。
あと半日遅ければ、太公は彭城に収容され、どうしようもなくなっていたでしょう。
これはまさに、漢王様の持つ天運というものですね」
太公は、恐る恐る問いかけた。
「君たちは、ただの盗賊ではないな?
いったい何者か? どうして、この老人の危機を救ってくれたのだね?」
将の1人が答える。
「臣は、沛県の王陵。
これなる2人は、南陽の周吉・周利と申す者です。
我ら3名、漢王劉邦様の命を受け、ひそかに太公をお迎えに参りました。
今日、この道で太公様に出会えたことは、天の助けというほかありません。
さ、急ぎましょう。項羽は、すぐに追手を差し向けてくるはず。立ち止まってはいられません」
王陵たちは、太公と劉家一同をつれ、夜に日を継いで西へと急いだ。
*
さて。
敗れた劉信の手勢は、彭城へ逃げ帰り、ことのありさまを、つぶさに報告した。
「豊西の沢のあたりで盗賊に出くわし、劉信様は討たれました。そして、漢王の一族120人は、みんな盗賊に奪い取られてしまいました」
覇王項羽は、大いに怒った。
「この俺が治める彭城の近くに、そんな盗賊がいるわけないだろ! そいつらは、きっと漢軍だ!
目的は……劉邦の家族を奪い取ることか? ならば咸陽を目指して逃げるに違いない。
英布! 鍾離昧!
お前たち、急いで後を追って、漢兵どもを捕まえてこいっ!」
英布、鍾離昧。
いずれも項羽の旗挙げ初期のころからの功臣で、覇王の政権を支える重要な地位にある男たちだ。
鍾離昧は、軍を統括する右司馬の立場。
項羽の右腕たる豪傑英布に至っては、今や十八諸侯が1人、九江王である。
その英布と鍾離昧、楚軍きっての名将2人が、3千騎あまりを連れて、飛ぶように漢の兵を追い始めた……
(つづく)