龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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巻八 彭城の戦い
四十三の上 太公救出作戦


 

 

 三秦(さんしん)を攻略し、(しん)(みやこ)咸陽(かんよう)をも手に入れて、ますます勢い(さか)んなる漢王劉邦。

 西魏(せいぎ)魏豹(ぎひょう)河南(かなん)申陽(しんよう)をはじめ、周辺諸侯も続々と帰服の意志を表明してきた。

 

 となれば、次はいよいよ()の覇王項羽に決戦を(いど)みたいところなのだが……

 

 ある日、大元帥韓信は、大将たちを招集した。

「我が漢軍の勢力は、日に日に(さか)んになっている。

 漢王様も『東方へ侵攻して覇王項羽を討伐(とうばつ)せよ』と(おお)せだ。

 

 だが、ひとつ大きな懸念(けねん)がある。

 漢王様の太公(父親)をはじめとして、御一族は、みんな(ほう)(はい)に住んでおられる。

 (みな)も知っての通り、(ほう)(はい)は、()(みやこ)彭城(ほうじょう)から目と鼻の先。項羽の勢力圏の中心部にある。

 

 項羽が、太公を人質として拘束することは、十分に考えられる。

 そうなる前に、太公やご家族を、ひそかに咸陽(かんよう)へ迎え入れたい。

 諸君。この問題について、なにかよい考えはないか?」

 

 そこへ、1人の大将が進み出た。

 彼の名は王陵。漢軍の中でも指折りの豪傑として知られる男である。

 

 王陵が言う。

「太公をお迎えするために、軍勢を直接(ほう)(はい)に向かわせるのは、よくありません。

 項羽が必ずこちらの動きを察知し、軍を差し向けてくるでしょう。

 

 そこで……

 それがしが、旅の商人を(よそお)って(ほう)(はい)潜入(せんにゅう)し、太公御一家を救出してきましょう。

 

 この作戦を遂行(すいこう)するにあたり、味方につけたい男が2人おります。

 

 かつて、それがしは南陽の地で軍勢を(ひき)いていたのですが……

 そのころ親しく交際していた、周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)という兄弟。

 彼らに協力を頼もうと思うのです。

 

 周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)剛胆(ごうたん)なる豪傑。

 当時すでに2千あまりの精兵を手下に(よう)しておりました。

 

 山林の奥深くに隠れ住み、普段は兵士たちに田畑を開墾(かいこん)させて耕作し、(こと)が起きれば、その兵を駆り立てて敵を破る。

 向かうところ勝たざること無し、というほどの強さです。

 

 しかも、民衆には危害を加えず、人里を乱すこともありませんので、ここ数年でますます勢力が拡大し、今では兵力2万人にも及んでいると聞きます。

 

 固く義を守る者たちですから、人から頼られれば『嫌』ということがありません。

 もし()軍が追ってきたら、この周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)に防がせます。

 

 大元帥は、迎えの兵を、道の途中で待たせておいてください。

 この方法であれば、敵に知られることなく無事に咸陽(かんよう)まで太公をお連れできるでしょう」

 

 韓信は、大きくうなずいた。

「極めて良い計略だ。

 王陵よ、この作戦を成功させれば、御辺(ごへん)は開国第一の功となるぞ」

 

 韓信は、この計画を、さっそく漢王劉邦に奏上(そうじょう)した。

 劉邦は、大いに喜んだ。

「そうか!

 俺が軍を旗挙(はたあ)げしてから、もう3年……親父のことを思って、悲しく思わない日はなかった。

 

 王陵が親父を救出してくれれば、もう(なん)の心配もない! 安心して()討伐(とうばつ)できるようになるな!」

 

 かくして、劉邦の許しを得た王陵は、商人風に変装して、(ほう)(はい)へと出発したのだった。

 

 

   *

 

 

 一方そのころ、覇王項羽の本拠地、彭城(ほうじょう)――

 

 このところ、項羽は(せい)国の反乱鎮圧(ちんあつ)に、かかりきりであった。

 部下の大将に(せい)討伐(とうばつ)軍の指揮を任せ、自分は彭城(ほうじょう)に留まって、後方から戦局を注視していたのである。

 

 そこへ、思いもよらぬ方向から、いきなり早馬が飛び込んできた。

西魏(せいぎ)魏豹(ぎひょう)河南(かなん)申陽(しんよう)の両名が、漢に降伏しました!

 それを見て、付近の諸侯も先を争うように漢に服従する意思を表明しはじめています!」

 

 事態急変である。

 項羽は驚き、あわてて亜父(あふ)范増(はんぞう)を呼び寄せた。

 

「大変だ、亜父(あふ)

 (せい)を攻略するために軍勢を送ったところだというのに、西魏(せいぎ)河南(かなん)まで漢に降伏してしまったぞ!

 

 韓信の野郎が、俺の国を7千里以上にもわたって侵略しやがった!

 こうなったら、俺自身が直接行って韓信を誅殺(ちゅうさつ)し、それから西魏(せいぎ)河南(かなん)を順番に討伐(とうばつ)するしかない!

 ……と思うんだが、どうかな?」

 

 范増(はんぞう)は、首を横に振った。

「今、()(おも)だった大将たちは、(せい)の攻略に手間取っている。

 さらに、各地の諸侯も()(そむ)き、漢に心を寄せはじめた。

 

 この状況で覇王様が軽々しく咸陽(かんよう)へ向かえば、本拠地彭城(ほうじょう)(から)になってしまう。

 そこを敵に狙われたら、とても守り切れますまい。

 

 ここは、まず(はい)県に人を派遣(はけん)することですな」

 

 項羽は目を丸くした。

(はい)県? あんなところへ、なんのために?」

 

(はい)県は劉邦の故郷。劉邦の一族は、みんな(はい)県に住んでおります。

 この劉一族を彭城(ほうじょう)へ迎え入れて人質とし、同時に各方面の守りを固めて、しばらく(せい)平定の完了を待つのです。

 その後で漢王劉邦を()つ。これがよかろう」

 

 項羽は、

「なるほど」

 と手を打った。

 

 項羽は、すぐに大将の劉信を呼んだ。

「劉信よ。お前に歩兵千人を(さず)ける。

 (はい)県に行き、漢王劉邦の一族を捕らえてこい」

 

「はっ!」

 劉信は、(めい)じられるまま、急いで(はい)県へ向かった。

 

 

   *

 

 

 (はい)県は、もともと項羽の勢力下である。

 そこに項羽の(めい)を受けた軍勢がやってきたのだから、抵抗する者など、いるはずもない。

 劉信の手勢は、漢王劉邦の実家を取り囲み、たちまち太公はじめ一族120人を捕らえてしまった。

 

 ところが、その帰り道で事件は起きた。

 

 太公を檻車(かんしゃ)に乗せて、(ほう)(はい)から30里(12km)ばかり進んだ時のことである。

 突如、道のそばの林で鉄砲が炸裂し、軍馬の一団が飛び出してきた。

 

 盗賊のような風体(ふうてい)の軍勢……その大将らしき男3人が、劉信の()く手を(ふさ)いで声を上げた。

「漢王の一族を、こちらへ渡せ!

 さもなくば皆殺しにしてやる!」

 

 劉信は怒った。

「俺は覇王項羽様の(めい)を受け、太公を捕らえて帰還するところなのだぞ!

 汝らは何者だ!? なぜ道を(さえぎ)って無礼なマネをする!?」

 

 これに対して、3人の大将は、あざ笑う。

「なるほど。無益な戦いで首を失いたいようだな」

 

 大将たちは、劉信に(いど)みかかった。

 馬を(まじ)えて戦うこと10合あまり。

 だが、3人の大将は強かった。劉信では相手にもならない。

 劉信は、あっさりと敵将の槍で()し殺された。

 

 将が()たれてしまえば、あとは(もろ)いもの。劉信配下の部隊は、たちまち盗賊に蹴散(けち)らされた。

 

 3人の将は、すぐに太公を檻車(かんしゃ)から助け出した。

 太公の前に、3人の将が拝伏する。

「急いで来た甲斐(かい)がありました。

 あと半日遅ければ、太公は彭城(ほうじょう)に収容され、どうしようもなくなっていたでしょう。

 これはまさに、漢王様の持つ天運というものですね」

 

 太公は、(おそ)(おそ)る問いかけた。

「君たちは、ただの盗賊ではないな?

 いったい何者か? どうして、この老人の危機を救ってくれたのだね?」

 

 将の1人が答える。

「臣は、(はい)県の王陵。

 これなる2人は、南陽の周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)と申す者です。

 我ら3名、漢王劉邦様の(めい)を受け、ひそかに太公をお迎えに参りました。

 

 今日、この道で太公様に出会えたことは、天の助けというほかありません。

 さ、急ぎましょう。項羽は、すぐに追手(おって)を差し向けてくるはず。立ち止まってはいられません」

 

 王陵たちは、太公と劉家一同をつれ、()に日を継いで西へと急いだ。

 

 

   *

 

 

 さて。

 敗れた劉信の手勢は、彭城(ほうじょう)へ逃げ帰り、ことのありさまを、つぶさに報告した。

豊西(ほうせい)(さわ)のあたりで盗賊に出くわし、劉信様は()たれました。そして、漢王の一族120人は、みんな盗賊に奪い取られてしまいました」

 

 覇王項羽は、大いに怒った。

「この俺が治める彭城(ほうじょう)の近くに、そんな盗賊がいるわけないだろ! そいつらは、きっと漢軍だ!

 

 目的は……劉邦の家族を奪い取ることか? ならば咸陽(かんよう)を目指して逃げるに違いない。

 英布! 鍾離昧(しょうりまい)

 お前たち、急いで後を追って、漢兵どもを捕まえてこいっ!」

 

 英布、鍾離昧(しょうりまい)

 いずれも項羽の旗挙(はたあ)げ初期のころからの功臣で、覇王の政権を支える重要な地位にある男たちだ。

 鍾離昧(しょうりまい)は、軍を統括する()司馬(しば)の立場。

 項羽の右腕たる豪傑英布に至っては、今や十八諸侯が1人、九江(きゅうこう)王である。

 

 その英布と鍾離昧(しょうりまい)()軍きっての名将2人が、3千騎あまりを連れて、飛ぶように漢の兵を追い始めた……

 

 

(つづく)




●注釈
 劉邦のセリフに『俺が軍を旗挙(はたあ)げしてから、もう3年』とある。この部分は、「通俗漢楚軍談」では『(ちん)褒中(ほうちゅう)(漢中のこと)にあること(すで)に三年』となっている。劉邦が漢中に移ったのは、作中現在よりわずか半年前のことだから、これは誤り。(しん)討伐(とうばつ)のために旅立ってからがおよそ3年間であり、故郷の家族に会えていない期間としてもこちらを数えるのが順当と思われるため、本文のように修正した。
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