龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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四十三の中 太公救出作戦

 

 

 王陵は、

追手(おって)は必ず来る。急がねば……」

 と考え、夜も休まずに逃走を続けた。

 

 しかし、今回の旅は、鍛えられた兵士たちの行軍とは勝手が違う。

 (いくさ)とは無縁の民衆。それも老若男女まぜこぜの旅慣れない集団である。

 頻繁(ひんぱん)に休息を取らねば体力が持たないし、歩き続ければ足裏に血豆ができもする。歩みは遅々(ちち)として進まない。

 

 そんなとき、ついに恐れていたものがやってきた。

 王陵たちの後方に、馬煙(うまけむり)を立てながら接近してくる軍勢の姿が見えたのである。

 

 王陵は、周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)を呼んだ。

「どうやら追手(おって)が、すぐ近くにまで迫ってきたようだ。

 俺は太公を守って先を急ぐ。

 周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)、お前たちはこの場に留まって、一戦(ひといくさ)、たのむ」

 

 周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)は、頼まれるまでもない、とばかりに快諾(かいだく)した。

「おう! 俺たちが敵を足止めしてやるさ!」

 

 周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)は、手下に陣形を取らせて、敵を待ち受けた。

 ほどなく、()の軍勢が、渦巻くようにやってきた。

 

 両軍対峙(たいじ)したところで、()将英布が声を張り上げる。

「逆賊め! はやく太公を引き渡せ! そうすれば汝らの一命は助けてやるぞ!」

 

 対して、周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)が進み出る。

「俺たちは漢王劉邦様の(めい)を受けて、太公をお迎えに参ったのだ!

 その太公を『引き渡せ』などと言う権利が、汝らにあるのか!

 無理に奪い取ろうというなら、お前らの首を()ねてやるぞ!」

 

 英布は怒った。

「面白い……この九江(きゅうこう)王英布の首、取れるものなら取ってみよ!」

 

 英布は斧を()()げ突撃した。

 周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)が、それを正面から迎えうつ。

 馬を合わせて一駆(ひとか)けする()に、嵐の如く刃を叩き合わせ、戦うこと50()合。

 

 さすがに英布は強い。項羽の下について以来、あらゆる(いくさ)で第一の武功を成してきた名将である。

 周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)も良い腕前だったが、英布が相手では、2対1でも食い止めるのがやっと……というところ。

 

 しかしその時、突然、後方の()軍が退却の(かね)を打ち鳴らした。

 

 英布は驚き、馬を引いた。

 周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)から離れ、いったん軍勢を後退させて、後軍の鍾離昧(しょうりまい)と合流した。

 

鍾離昧(しょうりまい)! なぜ(かね)を鳴らした? 何かあったのか」

 

 鍾離昧(しょうりまい)が、周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)らの軍勢のいる方角を指さした。

「あれをご(らん)なさい。

 遠く敵の後方に、馬煙(うまけむり)が上がっておりましょう。おそらく漢の伏兵です。

 しかも敵の将は、なかなかに勇猛だ。ここは一度彭城(ほうじょう)に帰還し、覇王様に報告したうえで、しっかりと対策を練ったほうがよい」

 

 英布は首を横に振った。

「バカな! せっかく敵の目の前まで来たものを、ろくに戦いもせず帰れるものか。

 たとえ敵に援軍があったとしても、恐れるような俺ではない。

 俺は、もう一度、斬りこむぞ! 鍾離昧(しょうりまい)、お前は後軍を前進させて、俺が切り崩した敵を()み潰してくれ」

 

 英布は、早口に言い切ると、鍾離昧(しょうりまい)の返事も聞かず、太鼓を鳴らして突撃していった。

 周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)が再び前に出て迎えうつ。

 

 両軍の殺気が天を()き、黒煙を立てて、ぶつかりあう。

 そこへ、鍾離昧(しょうりまい)も後軍を()りたてて参戦した。

 

 周吉(しゅうきつ)が、顔をくもらせる。

「くっ……いかん、支えきれん」

 と、その一瞬の動揺(どうよう)()き、英布が斧を走らせた。

 たちまち馬から切り落とされる周吉(しゅうきつ)

 

 周利(しゅうり)は、

「あっ! 兄者ァ!」

 兄周吉(しゅうきつ)()たれる姿を()のあたりにして、もはや(かな)わぬと見て取った。

 周利(しゅうり)が馬を返し、手下の兵を(ひき)いて逃走を始める。

 

 が、逃げる周利(しゅうり)を、鍾離昧(しょうりまい)の軍勢が取り囲んだ。

 鍾離昧(しょうりまい)軍から放たれる矢の雨。

 周利(しゅうり)は背中を何本もの矢に射貫(いぬ)かれて、たまらず馬から転げおちた。

 

 そこへ、英布が鬼神の如く迫りくる。

 英布が振り下ろした斧によって、周利(しゅうり)は一撃で首を落とされてしまった。

 

 こうなれば、あとは一方的である。

 英布・鍾離昧(しょうりまい)()軍は、周吉(しゅうきつ)周利(しゅうり)の手下3千人を(なさ)容赦(ようしゃ)なく追い立て追い立て、ついに1人も残さず殺し尽くしてしまった。

 

 

   *

 

 

 残党の掃討(そうとう)が済んだ時には、もう、とっぷりと日が暮れていた。

 英布は、近くの山の(ふもと)に陣をとり、人馬を休めて兵糧(ひょうろう)を使っていた。

 

 そこへ、鍾離昧(しょうりまい)がやってきた。

「英布将軍の武勇は今に始まったことではありませんが、今日の戦いぶりは、古今(ここん)聞いたことが無いほどでしたな。いやはや、お見事でした」

 

 英布が、わずかに笑みを浮かべる。

「なあに、鍾離昧(しょうりまい)殿が後陣で圧力をかけてくれていなければ、ああ簡単には勝てなかったよ」

 

 鍾離昧(しょうりまい)が言う。

「恐縮です。

 しかし、さっきも申し上げた通り、敵の後方には砂埃(すなぼこり)が上がっておりました。

 まだ敵の軍勢は、かなりの数が残っているはず。

 今夜あたり、夜討(よう)ちを仕掛けてくるやもしれません。対策しておいたほうがよいのでは」

 

 英布は、うなずいた。

「確かにな」

 

 このあたり、英布も鍾離昧(しょうりまい)も、さすがに(しん)討伐(とうばつ)(せん)(きた)えられた手練(てだ)れである。一度の勝利で慢心するような甘さはない。

 2人はすばやく部下の配置を決めて陣の守りを固め、慎重に夜襲に備えた……

 

 しかし結局、漢軍の夜襲は無かった。

 英布たちは、無駄に疲れさせられたことにイラだちながら、5(こう)(午前4時ごろ)に軍に食事をとらせ、日が昇るやいなや、飛ぶように王陵たちを追っていった。

 

 

   *

 

 

 英布たちが警戒していた馬煙(うまけむり)……実は、これは王陵による疑兵(ぎへい)の計であった。

 

 王陵は、太公を守って道を急ぐかたわら、山際(やまぎわ)の樹木のよく(しげ)ったところに、兵を少々残していったのである。

 この兵たちが、旗などを立てたり、馬を行き来させて土埃(つちぼこり)を上げたり、いかにも軍勢が待機しているというふうに見せかけていたのだ。

 

 英布・鍾離昧(しょうりまい)は、有能な将であればこそ、この疑兵(ぎへい)を警戒して、無駄に時間と体力を浪費してしまった。

 おかげで、王陵はかなりの距離を稼ぐことができた。

 

 ()軍を大きく引き離したところで、王陵が、疲れ果てた人馬に休息を取らせていると……

 後方から敗残兵が追いついてきた。

 

 敗残兵が、(あえ)ぎながら報告する。

「昨日の合戦で、周吉(しゅうきつ)様と周利(しゅうり)様は()()に……

 3千の兵も、ことごとく殺されてしまいました」

 

 王陵は驚き、焦った。

「あの兄弟が、こうも簡単に()たれるとは……!

 ()の英布と鍾離昧(しょうりまい)、さすがに恐ろしい敵だ。

 ……こうしてはいられない。グズグズしていたら、すぐに追いつかれるぞ!」

 

 王陵は、休憩中の一行を立ち上がらせ、取るものも取りあえず出発した。

 歩き始めて2日。いよいよ目指す洛陽(らくよう)も近づいてきた。

 

「よし……! 洛陽(らくよう)に逃げ込めば、河南(かなん)申陽(しんよう)の助けが得られる。あと少しだ!」

 

 と、安心しかけた矢先。

 後方から、(なか)ば悲鳴のような報告が飛び込んできた。

()軍が来ました! おびただしい数で追跡してきています!」

 

 その報告が終わらぬうちに、早くも()軍の(とき)の声が、地を揺るがして響いてきた。

 

 敵の先頭に立っているのは、言わずと知れた猛将、英布!

 こちらは兵の数も、ごくわずか。そのうえ、守らねばならない太公ら劉一族を抱えている。

 とても太刀打(たちう)ちできる状況ではない。

 

 窮地に(おちい)った王陵は、

「どうする!? どうすればいい!?」

 と慌て騒いだ。

 

 そうこうする間にも、英布の軍勢は、怒涛(どとう)の勢いで攻め寄せてくる……!

 

 と。

 そのときである。

 

 突然、横手の山の後方から、人馬の一団が殺出(さっしゅつ)(一気に飛び出ること)した。

 その一団を(ひき)いるのは、2人の大将。

 謎の2将は、武器の()(さき)を並べ、()軍の横っ腹に斬り込んだ。

 

 思わぬ攻撃を浴びて、混乱する英布の軍勢。

 王陵も驚き、その一団の軍旗に目を()らした。

 旗の色は、漢の赤。

 なんとそれは、漢の大将周勃(しゅうぼつ)陳武(ちんぶ)の軍勢だったのである。

 

「おお! 味方が来てくれたのか!」

 そうと分かればこっちのもの。

 王陵は、ここぞとばかりに部下に(めい)じ、(とき)の声を上げさせ、太鼓を打ち鳴らし、

「我々も参戦するぞ! 敵を残すな! ()ちもらすな!」

 と威勢(いせい)よく攻め立てた。

 

 一方の英布軍はといえば、ここまで数日に渡って遠い道のりを追ってきて、ろくに夜も眠れていない。上は将から下は兵まで、ことごとく疲労している。

 これでは、さすがの英布も3方向からの同時攻撃を防ぎきることができず、さんざんに乱れて逃げ始めた。

 

 と、そこへさらなる漢の援軍が駆けつけた。

 洛陽(らくよう)河南(かなん)申陽(しんよう)の大軍である。

 それが本道から押し寄せてきて、英布軍を包み込み、十重(とえ)二十重(はたえ)に取り巻いて、

「1人も逃さぬ!」

 とばかりに()みくちゃにする。

 

 いかに英布が強くとも、これほど不利な状況では、どうしようもない。

 左に仕掛けても、右を()いても、まったく包囲から抜け出せず、英布は疲れ果ててしまった。

 

 そこへ、包囲の外から、新たな軍勢が飛び込んできた。

 鍾離昧(しょうりまい)(ひき)いる()の後軍である。

 

 鍾離昧(しょうりまい)は、前軍の英布の危機を見ると、急いで兵を二手に分け、2点同時攻撃を仕掛けて包囲を切り崩したのだ。

 

「英布将軍、ご無事で!?」

「おお、鍾離昧(しょうりまい)! 助かった! だが……ここはいったん退()くしかないな」

「はい。とにかく態勢を立て直しましょう!」

 

 英布・鍾離昧(しょうりまい)は、生き残った兵を(ひき)いて、無念の内に撤退していった。

 

 それを見ると、王陵ら漢の大将たちも、

「深追いは危険だ」

 と、鐘を鳴らして軍を引いたのだった。

 

 

(つづく)

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