龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
「敵は大勢、味方は小勢。しかも敗戦直後で士気も下がっておりますから、戦うのは得策ではありませんな。
今夜は月が明るい。この光を頼りにして、夜のうちに
英布も、
「それしかあるまいな……
だが、敵に追撃されると危険だぞ」
「私に考えがあります。
このあたりに
こうして人馬がいるように見せかければ、敵は罠を警戒して、追撃をためらうはず。
この方法なら、無事に帰還できます」
英布は立ち上がった。
「よし、それでいこう。となれば、善は急げだ」
英布・
たちまち手配を整え、その夜のうちに、音もなく撤退してしまった。
*
次の日。
「英布らの軍勢は、どうやら撤退してしまったように思われます」
王陵は、うなずいた。
「英布は、昨日大打撃を受けたから、再戦を
いま追撃すれば、さらなる勝利を得られよう」
そこへ
「韓信大元帥は、我々に強く
伏兵があるかもしれん。追撃すべきではあるまい。
なあに、我々は太公や漢王御一族を無事に連れ帰れれば、それでよいのだ。
漢王様は、御一族のことを思って夜も眠れぬほど不安に思っておいでだ。それが、なんの被害もなく
さあ、少しでも早く帰還して、太公と漢王様に、3年ぶりの対面をなさせて差し上げよう」
王陵たちは、
その途中、
そして、
なんと漢王劉邦本人が、文武百官を引き連れて出迎えに現れたのだった。
3年ぶりの親子対面。
太公の記憶の中では、
感無量であった。
劉邦と太公は、ともに涙を流し、再会を喜び合った。
劉邦が言う。
「俺ァ、親不孝ものだ……
項羽の悪だくみで漢中に
それが今、やっと親父の顔を見れて……俺ァ、うれしくって、涙が止まらねえよ……!」
そして劉邦は、妻の
劉邦と
劉邦は、
「さあお前ら、親父の車を
景気よくいこうぜ!
劉一族は、お祭り騒ぎに包まれながら、
太公も、
そびえたつ城壁は
まさに
亭長時代の劉邦しか知らない太公は、喜びのあまり
「ああ……! 想像もしなかった。わしの息子が、こんな身分に成り上がろうとは!」
劉邦は、太公を玄徳宮という清浄な宮殿に迎え入れ、
さらには妻
*
一方、
英布と
彼らからの報告を受けて、項羽は激怒した。
「負けたァ!? 名前も聞いたことないようなザコ相手にか!?
英布、お前の強さも
グッ……
と、英布は奥歯を噛みしめた。
負けたことは事実。何も言い返せない。
何も言い返せないが……こんな言い方は、あんまりだ。
だが、そういう英布の内心に、項羽は気づきもしないのである。
「で、その敵将、王陵といったか? そいつは何者だ?」
「王陵は、
以前、南陽で兵を集めて盗賊稼業をしておりましたが、武勇が並外れているので、劉邦に将として採用された人物です。
しぶとく
その
英布将軍、何はともあれ、ご苦労であった」
「は……」
項羽が、不機嫌そうに口をはさんだ。
「そんなことより、王陵のことが許せんぞ」
「さよう。しかし、殺してしまうよりも、こちらの味方につけるのはどうかな?
王陵は親孝行で有名な人物で、
今は王陵の弟の
この母親を捕まえて人質とし、王陵へ
さすれば、王陵は必ず、こちらに寝返るでしょう」
「なるほど! いい考えだ」
項羽は喜び、部下に
「
兵士たちは、あっというまに王陵の実家を取り囲み、老母を
項羽は、王陵の母と対面すると、みずからの手で縄をほどき、
言われるままに座った王陵の母に、項羽は、優しげに笑いかける。
「なあ、
汝の息子の王陵は、この覇王項羽に仕えるようとせず、
これは天の道に
汝は、賢く貞淑な女性らしいな。
ちょっと王陵へ
そうすれば、王陵を
1
しかし……
これほどの好条件にもかかわらず、王陵の母は、ただ首を低く
「覇王様。大事なことですから、
しばらく、王陵殿の
もろもろのお世話は、この
項羽は、
「うーん……そうか。じゃあ
というわけで、項羽は、王陵の母を
(つづく)
■次回予告■
着々と進む決戦準備。次なる狙いは
覇王項羽の手足を奪い、本拠
次回「龍虎戦記」第四十四回
『
●注釈
今回登場した劉邦の息子は、「通俗漢楚軍談」「西漢通俗演義」ともに姓名の表記がない。史実ではこの時点で劉邦に3人の男子がいるが、正妻
「漢書・恵帝紀」によれば、
なお、他の男子2人とは、まず