漢王劉邦の太公(父親)は、無事に咸陽へ迎え入れられた。
「これでもう気がかりなことは何もねえ!」
と劉邦は喜び、大小文武の大将たちを、一堂に集めた。
「ここしばらく咸陽から秦の地を治めて、民衆の心をつかめた。
近くの国々の諸侯も、こちらに心を寄せてきた者が多い。
今こそ絶好の機会だ! 大軍を動かして、楚の項羽を討ちに行こうぜ!
みんな、これについて何か意見はあるか?」
すぐに大元帥韓信が進み出た。
「味方の勢力は、確かに順調に拡大しております。
しかし、まだもうひとつ、見逃せない壁が存在します。
西魏国・河南国の東に隣接する殷国!
それを治める殷王司馬卬は、今も覇王項羽の側についている。
容易ならぬ敵です。
さらに、臣が天文を見て占ったところ、『今年は楚を討つべきではない』という結果が出ました。
今は各地から豪傑を招き集め、軍兵の調練に集中いたしましょう。
そのうえで、年が明けるのを待ってから軍を動かせば、太鼓の1叩きで天下を平定できるでしょう」
しかし劉邦は、不満げであった。
「うーん……まあ、韓信が言うなら、そうなんだろうけど……
でも今、味方は休養もたっぷり取って元気だし、兵も馬も鍛えあげられてて強い。
そのうえ、兵糧も武具も不足なくそろっているじゃないか。
これほどの軍を遊ばせとくのは、もったいないんじゃないか?
俺は、すぐに一戦したいよ。どうにかならない?」
韓信は、小考してから、答えた。
「そうですね……
どうしても、と仰るなら、まず殷王司馬卬を討伐するのがようございます」
殷――
それは遠い太古に存在した王朝の名である。
殷王朝の都が置かれていたのは、中国中央部河内地方、一般に中原と呼ばれる地域。
広大な平野と黄河の水によって古くから栄えた、中国文明の中心地であった。
殷王朝が滅びて800年あまり経った現在、覇王項羽によって封建された司馬卬が、殷王を称してこの地を支配しているのである。
韓信は、説明を続ける。
「殷は、楚の喉元にあたる土地。
今のうちに殷を取っておけば、楚を救援する国は無くなります。
さすれば、来年、楚を攻撃する時に、ただ1戦で楚を滅ぼすことも可能となりましょう」
劉邦は、手を打って喜んだ。
「よし! それでいこう!」
かくして、次なる目標が決定した。
決まってしまえば、韓信の動きは速い。
諸軍に命令を下し、ほんの数日で戦準備を済ませると、吉日を選んで進発。
風のように殷国に侵入すると、敵城から50里(20km)手前に陣を取ったのだった。
*
漢軍来たる!
その報を聞いた殷王司馬卬は、大いに驚いて応戦準備を始めた。
兵の一部を城に残して守りを固めさせ、自身は城から30里(12km)前進して陣を構えた。
ここで司馬卬は、大将たちを集合させた。
「皆も知っての通り、漢の大軍が間近に攻め寄せてきた。敵の大元帥韓信は、極めて上手く兵を用いる男だ。
諸将、なにか妙計はあるか?」
謀士の都萬達が進み出た。
「韓信は、並大抵の人物ではありません。軽々しく出陣すれば、おそらく韓信の計にハメられるでしょう。
ここは手分けして四方を守り、ひそかに彭城へ使者を走らせて、覇王項羽様に救援を求めなさいませ」
だが、大将孫寅が異議を唱える。
「いや! その計は、よくありません!
漢の軍勢は遠路はるばる殷まで来たばかりです。敵の将兵は、みな疲れ果てているはず。
我らが素早く打って出て、漢軍が防備を整えていないところへ攻撃を仕掛ければ、たちまち微塵にしてしまえるでしょう。
もし仮に勝てなかったとしても、その後で城へ撤退して守りを固めればよい話です。ただ漫然と救援が来るのを待って時間を無駄にすることはありません」
殷王司馬卬は、うなずいた。
「孫寅の意見は、私の心に合っている。では、すみやかに戦の用意をせよ!」
こうして方針を決めた殷軍は、慌ただしく動き出した。
まず、大将の王儒に書簡を持たせて彭城へ派遣し、救援を求めた。
一方、孫寅・魏享の2将には兵を授け、漢軍に戦いを挑むべく前進させたのだった。
*
漢の大元帥韓信は、殷軍が出陣したのを見ると、馬を駆って前進し、殷の軍勢と対峙した。
韓信が、声を大にして りつける。
「我が漢王は、仁義の軍を出し、威風によって遠方・近隣の勢力を動かした。国々の諸侯は、水が低い所へ流れ込むように続々と帰服している!
だが、汝ら殷軍は、天の時も知らず、人を見る目も持たず、逆賊項羽を助けて我ら天兵を拒んでいる!
すみやかに降参せよ! さすれば命は許してやろう!」
殷の大将孫寅は、大いに怒った。
「漢王は、咸陽をかすめ取ってなお満足できず、さらに国境を乱そうというのか!
韓信、貴様は飢えて股をも潜った軟弱者だ! 役にも立たぬ舌を動かして無礼なことを言いおって! 早く撤退せよ! でなければ、わしが1人残らず首を刎ねてやる!」
この罵倒に、韓信本人よりも激しく怒った男がいる。樊噲である。
樊噲は、韓信のすぐ背後で大きな目をギラギラと怒らせ、荒く鼻息を吹いた。
「大元帥っ! 行ってもいいか!?」
韓信は、思わず苦笑した。
「おう。行きたまえ」
「よっしゃあ!」
樊噲は馬を駆り立て飛び出した。
怒涛の勢いで殷の軍勢に突っ込んで、刀を舞わして斬りかかる。
迎えうつは大将孫寅。
両者、一歩も退かずに刃を戦わすこと50余合、いまだ勝負のつく気配はない。
殷将魏享は、はらはらと戦況を見守っていたが、見かねて戟を握り、
「孫寅を救え!」
と駆けだした。
すると漢の陣からも、
「こちらも行くぞ! 樊噲に加勢だ!」
と、薛欧・陳沛の2将が攻めかかる。
両軍入り乱れての混戦が始まった。
殺気は天を衝き、太鼓と角笛の音が地を動かし、両軍はいつ終わるともしれない激闘を繰り広げた。
この戦況を見ていた殷王司馬卬は、
「よし、今が好機だ!」
と立ち上がった。
司馬卬は、みずから新手の兵を率いて出陣。
鬨の声をあげ、銅鑼を打ち鳴らし、漢軍一人も生きて返さぬ、とばかりに混戦の中へ飛び込んだ。
この横槍によって、漢の兵は、おびただしく討ち取られ、樊噲たちも散々に乱れて敗走しはじめた。
韓信は、味方の苦境を睨み、冷静かつ迅速に命を下した。
「周勃、陳武、盧綰、靳歙! 前進して敵を防げ!
一歩も退くな! 退いた者は首を斬る!」
さて、司馬卬率いる殷軍は、目先の勝利に気を良くしてどんどん前進していたのだが、ここへ来て漢の軍勢に四方から包み込まれてしまった。
「しまった! 突っ込みすぎたかっ」
と後悔しても、もう遅い。
司馬卬は応戦を試みたが、とても支えきれず、とうとう敗走しはじめた。
司馬卬は、後ろも見ずに必死に逃げた。
しかし、その動きを、韓信は完全に読んでいた。
韓信みずから軍馬を駆り、風のように司馬卬へ追撃をしかける。
殷軍は大いに乱れ、大打撃を受けながら、我先にと城へ逃げ込んだ。
そして、それ以後はひたすら守りを固め、援軍の到着を待ったのである。
(つづく)