龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
一方そのころ。
だが、なんという不運であろう。
覇王項羽は
『
漢王劉邦は、
すでに
この情勢を受け、
今、漢軍が我が
この地を失えば、黄河南岸全域に激震が走り、覇王陛下の領土は、その半分を漢に奪われてしまうことになります。
このことを、臣は魂が震えるほどに強く
伏してお願い申し上げます。どうか、お早く救援の兵を送り、対策を
侵略の火が迫ってきて、我らは眉が焦げるほどに追いつめられた状況です。心より救援を望みます。
もし様子見をなさって救援が遅れたなら、覇王陛下の
この表を
項羽は、これを読んで、もってのほかに
「
もしあそこを失ったら、
項羽は、大急ぎで軍師
「たしかに、これは容易ならざる事態ですな。覇王陛下が、みずから
しかし、今は
こちらを平定し終わるまでは、
ここは、まず
その間に
これが最上の計だ」
「よしっ! じゃあ、さっそく」
項羽は、すぐさま
「お前たちは
*
同じころ。
大元帥韓信は、
しかし、
完全に持久戦の構えである。こうなると、短期間で攻略するのは難しい。
そこで、韓信は諸将を呼び集めた。
「我々が城を囲んで、すでに数十日が経過した。
敵は、ひたすら城に引きこもっていて、一度も戦いを挑んでこない。
そのうえ、あの城は
あまり時間をかけていると、項羽の救援部隊が到着するかもしれん。
もし救援部隊と城内の敵が、内外から我らを
そこで……
私に考えがある。みんな、ちょっと耳を貸せ」
韓信は、大将たちを近くに寄せて、その耳元でヒソヒソと、ささやいた。
「よいか。汝らは、このように……このように……このように動くのだ。
そうすれば必ず勝利を得られるだろう」
諸将は、首をそろえて、うなずくと、それぞれの部隊に戻って行った。
その翌日から、漢軍は妙な動きを見せはじめた。
軍旗を伏せ、太鼓を止め、城の四方の囲みを解いて、翌日から、少しずつ全軍を撤退させていったのである。
*
「漢軍が撤退しはじめました!」
「なぜ急に撤退したのだ?
ふーむ……ひょっとして、
それを察知した韓信が、覇王様との交戦を恐れて引き上げていった……
そう考えれば、つじつまが合う。そうに違いない!」
となれば、この好機を
「出陣だ! 漢軍を追いかけ、ことごとく
すると、
「それは、いけません!
韓信は、人を
これも、撤退したように見せかけ、こちらが城を出て追撃したところを、伏兵によって
まずは、ひそかに
撤退が
「むむ……たしかに、そうかもしれん」
「お前たち、城外に出て、敵の様子を詳しく調べてこい」
兵卒たちは、
*
さて、
道ぞいにあった村の茶店で、漢の兵士たちが何人も休息しているではないか。
足元に置いた荷物を見ると、
「やあ、あなたがたは漢の方々ですね。
漢軍は、どうして城を攻めるのをやめて、急に撤退してしまったんです?」
漢兵は、溜め息まじりに答えた。
「それがなあ。覇王項羽が、みずから大軍を
そこで、漢王様が早馬を送ってきて、すぐに帰国するようにと
韓信大元帥は、もう60里か70里は先に行ってるよ。
俺たちは病気になってしまったうえ、こんな重い荷物を持たされてるから、走ることができなくて、こんなに遅れてしまったんだ」
漢兵は、めんどくさそうに重い腰を上げた。
「さあさあ、みんな、そろそろ行くかあ。あんまり遅れたら、大元帥に罰せられるぞ。早く追いつかなきゃ」
別の漢兵が、からかうように答える。
「いや、大元帥は、とにかく一刻も早く
*
「私が予想した通りだ! そうと分かれば、追撃をしかけるぞ。
というわけで、
だが……
先鋒の
「おかしい……こんなに走ったというのに、ただ1人の敵にも出会わぬとは。
……まさか、韓信の計略ではあるまいか?
これ以上、突出するのは危険だ。もう日も暮れてしまった。敵の伏兵が配置されているかもしれん。
ここは、味方の後陣が追いついてくるのを待ち、全軍そろってから追撃を再開したほうがいい」
だが惜しいかな、慎重になるのが遅すぎた。
突如、一声の鉄砲が耳を震わせたかと思うと、前方の林の中から漢の伏兵が
「しまった! やはり計略か!」
だが敵は豪傑と名高い
これを見て、
「敵を1人も逃がすな! 続けや、者ども!」
(つづく)
●注釈
この四十四回では、項羽が反乱鎮圧のため
四十一回でも、
しかし、なぜかその間に挟まれた四十三回では、項羽が
この時期の項羽は
まあ、四十三回の時期には何かの理由で項羽が一時帰国していたのだ、と解釈すれば、いちおうのつじつまは合う。可能な限り原典の記述を尊重する方針に従って、本編ではそのまま記した。いささか不自然ではあるが、ご容赦いただきたい。