龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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四十四の中 河内攻略戦

 

 

 一方そのころ。

 (いん)から派遣された使者王儒(おうじゅ)は、()()()いで旅を急ぎ、彭城(ほうじょう)へ到着した。

 

 だが、なんという不運であろう。

 覇王項羽は彭城(ほうじょう)にいなかった。北の(せい)討伐(とうばつ)軍に合流していたのである。

 

 王儒(おうじゅ)は、大慌てで彭城(ほうじょう)を出て、(せい)へ向かった。

 (せい)討伐(とうばつ)軍の陣中に飛び込み、やっとの思いで書簡(しょかん)を届けると、項羽はすぐにそれを開き見た。

 

(いん)王臣司馬(しば)(ごう)頓首(とんしゅ)して上言(じょうげん)いたします。

 漢王劉邦は、(おのれ)の職分を守ろうともせず、関中に侵略をしかけました。

 すでに三秦(さんしん)王は(やぶ)れ、咸陽(かんよう)(みやこ)も奪われてしまいました。

 この情勢を受け、西魏(せいぎ)河南(かなん)の二国も()から離反しました。

 

 今、漢軍が我が河内(かだい)を取り囲み、極めて危険な状況にあります。

 河内(かだい)は中国中央部の要害であり、西楚(せいそ)襟喉(きんこう)(えり)(のど)のような重要地点)であります。

 この地を失えば、黄河南岸全域に激震が走り、覇王陛下の領土は、その半分を漢に奪われてしまうことになります。

 

 このことを、臣は魂が震えるほどに強く懸念(けねん)しております。

 伏してお願い申し上げます。どうか、お早く救援の兵を送り、対策を(こう)じてくださいませ。

 

 (せい)の対策は遅れても問題ないでしょうが、漢の侵略は喫緊(きっきん)の脅威です。朝廷の議論は、まずこちらの対策を主眼に置くべきでございます。

 

 侵略の火が迫ってきて、我らは眉が焦げるほどに追いつめられた状況です。心より救援を望みます。

 もし様子見をなさって救援が遅れたなら、覇王陛下の(きも)を冷やすような大問題を残したまま、臣らは国を失ってしまうでしょう。

 この表を(しる)しながら、臣は流れる涙を止められずにおります。どうか、どうかよろしくお願いいたします』

 

 項羽は、これを読んで、もってのほかに仰天(ぎょうてん)した。

河内(かだい)は味方の第一の要害だ。

 もしあそこを失ったら、彭城(ほうじょう)も持ちこたえられなくなるぞ!」

 

 項羽は、大急ぎで軍師范増(はんぞう)()し寄せた。

 司馬(しば)(ごう)からの書簡(しょかん)を見せて計略を問うと、范増(はんぞう)が答える。

 

「たしかに、これは容易ならざる事態ですな。覇王陛下が、みずから征伐(せいばつ)に向かわなければ、漢の侵攻は止まるまい。

 

 しかし、今は(せい)討伐(とうばつ)最中(さいちゅう)

 こちらを平定し終わるまでは、(せい)を離れることも難しかろう。

 

 ここは、まず項荘(こうそう)季布(きふ)の2将に(めい)じて河内(かだい)の救援に向かわせ、時間を稼ぎましょう。

 その間に(せい)を平定し、それから覇王陛下が大軍を(ひき)いて河内(かだい)に向かう。

 これが最上の計だ」

 

「よしっ! じゃあ、さっそく」

 項羽は、すぐさま項荘(こうそう)季布(きふ)を呼び、3万の精兵を(さず)けた。

「お前たちは王儒(おうじゅ)と一緒に河内(かだい)に行き、敵を防げ!」

 

 項荘(こうそう)季布(きふ)は、(めい)を受けるなり、慌ただしく出発した。

 

 

   *

 

 

 同じころ。

 大元帥韓信は、河内(かだい)の城を包囲(ほうい)して、昼夜を分かたず攻め続けていた。

 

 しかし、(いん)司馬(しば)(ごう)は、ひたすら固く守るばかりで、1兵たりとも出陣させようとしない。

 完全に持久戦の構えである。こうなると、短期間で攻略するのは難しい。

 

 そこで、韓信は諸将を呼び集めた。

「我々が城を囲んで、すでに数十日が経過した。

 敵は、ひたすら城に引きこもっていて、一度も戦いを挑んでこない。

 

 そのうえ、あの城は堅固(けんご)な要害だ。早期に打ち破るのは、なかなか難しい。

 あまり時間をかけていると、項羽の救援部隊が到着するかもしれん。

 もし救援部隊と城内の敵が、内外から我らを挟撃(きょうげき)したら、味方は1人も生き残れまい。

 

 そこで……

 私に考えがある。みんな、ちょっと耳を貸せ」

 

 韓信は、大将たちを近くに寄せて、その耳元でヒソヒソと、ささやいた。

「よいか。汝らは、このように……このように……このように動くのだ。

 そうすれば必ず勝利を得られるだろう」

 

 諸将は、首をそろえて、うなずくと、それぞれの部隊に戻って行った。

 

 その翌日から、漢軍は妙な動きを見せはじめた。

 軍旗を伏せ、太鼓を止め、城の四方の囲みを解いて、翌日から、少しずつ全軍を撤退させていったのである。

 

 

   *

 

 

 河内(かだい)の城兵は、漢軍の異変を見ると、急いで司馬(しば)(ごう)に報告した。

「漢軍が撤退しはじめました!」

 

 司馬(しば)(ごう)が城壁に登って見ると、なるほど、たしかに漢兵の姿がすっかり消えうせている。

 

 司馬(しば)(ごう)は、腕を組んで考えこんだ。

「なぜ急に撤退したのだ?

 ふーむ……ひょっとして、()からの援軍が近づいてきたのではないか?

 それを察知した韓信が、覇王様との交戦を恐れて引き上げていった……

 そう考えれば、つじつまが合う。そうに違いない!」

 

 となれば、この好機を()かさない手はない。

 司馬(しば)(ごう)は、大将たちへ号令した。

「出陣だ! 漢軍を追いかけ、ことごとく()ち取れ!」

 

 すると、謀士(ぼうし)()萬達(ばんたつ)が、司馬(しば)(ごう)を押し留めた。

 

「それは、いけません!

 韓信は、人を(だま)す計略を極めて多く用いる男です。

 これも、撤退したように見せかけ、こちらが城を出て追撃したところを、伏兵によって()ちとろうとする計略に違いありません。

 

 まずは、ひそかに細作(さいさく)(間者)を出して敵の様子をうかがいましょう。

 撤退が(いつわ)りではないと、ハッキリしてから追撃に出ても、決して遅すぎるということはないはずです」

 

「むむ……たしかに、そうかもしれん」

 司馬(しば)(ごう)は、数十人の兵卒を呼んだ。

「お前たち、城外に出て、敵の様子を詳しく調べてこい」

 

 兵卒たちは、(めい)を受けと、すぐに城を出て漢軍の行方(ゆくえ)を追った。

 

 

   *

 

 

 さて、(いん)軍の兵卒たちが、城を出て10里あまり進むと……

 道ぞいにあった村の茶店で、漢の兵士たちが何人も休息しているではないか。

 足元に置いた荷物を見ると、兵糧(ひょうろう)を入れた容器だの武具だのを運ぶ途中のようである。

 

 (いん)兵は、ただの旅人のふりをして、漢兵に声をかけた。

「やあ、あなたがたは漢の方々ですね。

 漢軍は、どうして城を攻めるのをやめて、急に撤退してしまったんです?」

 

 漢兵は、溜め息まじりに答えた。

「それがなあ。覇王項羽が、みずから大軍を(ひき)いて、もうすぐ咸陽(かんよう)へ攻めてくるという報告が入ったんだ。

 咸陽(かんよう)に残ってる兵は、わずかだ。とても項羽なんて防ぎきれない。

 そこで、漢王様が早馬を送ってきて、すぐに帰国するようにと(めい)じなさったんだ。

 

 韓信大元帥は、もう60里か70里は先に行ってるよ。

 俺たちは病気になってしまったうえ、こんな重い荷物を持たされてるから、走ることができなくて、こんなに遅れてしまったんだ」

 

 漢兵は、めんどくさそうに重い腰を上げた。

「さあさあ、みんな、そろそろ行くかあ。あんまり遅れたら、大元帥に罰せられるぞ。早く追いつかなきゃ」

 

 別の漢兵が、からかうように答える。

「いや、大元帥は、とにかく一刻も早く咸陽(かんよう)に帰って敵を防ごうと、そのことで頭がいっぱいさ。俺たちの罪を調べて処罰する(ひま)なんて、あるもんか」

 

 

   *

 

 

 (いん)兵は、さらに進んで他の漢兵とも接触したが、みな、言うことは同じであった。

 (いん)兵は大急ぎで城に帰り、見聞きしてきたことを、(いん)司馬(しば)(ごう)に報告した。

 

 司馬(しば)(ごう)は、大いに喜んだ。

「私が予想した通りだ! そうと分かれば、追撃をしかけるぞ。(みな)すぐに準備せよ!」

 

 というわけで、(いん)軍は慌ただしく動き出した。

 ()萬達(ばんたつ)には精兵5千を(さず)けて城の守りを任せ、孫寅(そんいん)魏享(ぎきょう)には各1万の軍勢をつけて先鋒とし、司馬(しば)(ごう)自身は2万5千騎あまりを(ひき)いて勢いよく城から飛びだした。

 

 だが……

 先鋒の孫寅(そんいん)は、50里(20km)ほど走ったところで、急に部隊を停止させた。

「おかしい……こんなに走ったというのに、ただ1人の敵にも出会わぬとは。

 ……まさか、韓信の計略ではあるまいか?

 

 これ以上、突出するのは危険だ。もう日も暮れてしまった。敵の伏兵が配置されているかもしれん。

 ここは、味方の後陣が追いついてくるのを待ち、全軍そろってから追撃を再開したほうがいい」

 

 孫寅(そんいん)も一軍を預かる将。その名に恥じぬ慎重な判断であった。

 

 だが惜しいかな、慎重になるのが遅すぎた。

 突如、一声の鉄砲が耳を震わせたかと思うと、前方の林の中から漢の伏兵が(うしお)の湧くように渦巻き出て、漢の大将周勃(しゅうぼつ)陳武(ちんぶ)が馬を(おど)らせ(げき)を舞わせて斬りかかってきたのである。

 

「しまった! やはり計略か!」

 孫寅(そんいん)は、槍を振るって迎えうち、10合あまりも戦った。

 だが敵は豪傑と名高い周勃(しゅうぼつ)陳武(ちんぶ)である。

 孫寅(そんいん)では全く(かな)わず、ついに孫寅(そんいん)は逃走しはじめた。

 

 これを見て、周勃(しゅうぼつ)陳武(ちんぶ)が漢兵たちへ声を張り上げる。

「敵を1人も逃がすな! 続けや、者ども!」

 

 

(つづく)




●注釈
 この四十四回では、項羽が反乱鎮圧のため(せい)に滞在していた。
 四十一回でも、(せい)討伐(とうばつ)のため彭城(ほうじょう)から出発した(むね)が語られている。
 しかし、なぜかその間に挟まれた四十三回では、項羽が彭城(ほうじょう)にいて、(せい)討伐(とうばつ)は手下の大将に任せていることになっている。
 この時期の項羽は(せい)に遠征していたのが史実だから、四十三回での描写の方が食い違っていることになる。四十三回は、英布が彭城(ほうじょう)にいるなど、他にもおかしな点が多い(この時期の英布は領国の九江にいた)。「西漢通俗演義」「通俗漢楚軍談」ともに、物語の都合で人物の所在などをいじったものと思われる。
 まあ、四十三回の時期には何かの理由で項羽が一時帰国していたのだ、と解釈すれば、いちおうのつじつまは合う。可能な限り原典の記述を尊重する方針に従って、本編ではそのまま記した。いささか不自然ではあるが、ご容赦いただきたい。
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