龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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四十五の丙 はだかの陳平

 

 

 劉邦は、陳平(ちんぺい)を呼び出した。

 とにかく本人に問いただしてみよう、と考えたのである。

 

陳平(ちんぺい)先生。

 あんたは昔、()(つか)えていたそうだな。

 しかし()に最後まで忠義を尽くすことなく()に行き、また()からも立ち去って、俺のところへ流れてきた。

 これが信義と忠義を持った正直者のやることと言えるか?」

 

 陳平(ちんぺい)は、流れるように答えた。

「臣は、誰でも使える器具のようなものなのです。使うか使わないかは、使う人間が決めること。

 

 ()王は臣を用いようとしませんでした。ゆえに臣は()を去って()に行きました。

 ()は臣を用いることができませんでした。ゆえに臣はまた去って、漢王様の元へ来たのです。

 このように、人が器具を愛して用いるかどうか、全てはそれ次第です。

 

 項羽は、自分の強さに(おご)って他人を(あなど)る男です。

 しかし項羽と違って、漢王様は人材を用いることができるお方だ、と耳にしておりました。

 それゆえ、千里の道さえ()さずに、漢王様の元へ参りました。

 

 先日、臣が漢へ来たとき、黄河を渡る途中で水賊に出くわし、衣服まで奪われて全裸になりました。

 賄賂(わいろ)を受け取らなければ、生活の資金さえ足りないありさまだったのです。

 

 諸将から指摘されたことは事実。確かにそれは、臣の汚点です。

 しかし、漢王様が、この小さな汚点を受け入れて、臣の立てた計略を採用なされば、莫大な実利を得られましょう。

 

 一方、もし漢王様が人々の風評に耳を貸し、臣の計略を捨ててしまわれるなら……

 臣が金銭を得たのは、ただ私服を肥やすためだった、ということになってしまう。

 その時は、得た金品を一銭のこらず返上し、骸骨(がいこつ)()うて故郷に帰らせていただきます」

 

 中国において、官に仕えることは、自分の全身全霊を主君に捧げることを意味する。

 それゆえ、「捧げたあとの残骸(ざんがい)だけでも返してほしい」という意味で、辞職することを「骸骨(がいこつ)()う」と表現するのだ。

 

 劉邦は、陳平(ちんぺい)の言うことを、ただ黙って聞いていた。

 すべて聞き終えると、劉邦は、深く陳平(ちんぺい)に謝罪した。

「俺が間違(まちが)っていたみたいだ。

 うっかり賢人を失ってしまうところだった。

 陳平(ちんぺい)先生、存分(ぞんぶん)に働いてくれ。他の連中には、もう、とやかく言わせねえ」

 

 そして陳平(ちんぺい)に、さらに(あつ)褒美(ほうび)を与え、護軍(ごぐん)中尉(ちゅうい)に昇進させ、諸将を監督させた。

 劉邦のこの態度を見た諸将は、それ以後、まったく陳平(ちんぺい)の悪口を言えなくなってしまったのである。

 

 

   *

 

 

 さて、そんな(ひと)悶着(もんちゃく)も落ち着いた頃。

 大元帥韓信から、劉邦の元へ使者が送られてきた。

(いん)司馬(しば)(ごう)を降参させた後、我が軍は各郡県に手を広げておりましたが、ついに、河内(かだい)全域(ぜんいき)の平定を完了いたしました」

 

 劉邦は手を叩いて喜んだ。

 河内(かだい)まで勢力圏に加わったことで、仕官を求めて劉邦の下へ集まってくる奇謀(きぼう)・勇敢の士は、ますます多くなった。

 

 そういう人材の中には、とてつもない大物も混ざっていた。

 ある日、夏侯嬰(かこうえい)が、こんな報告をもたらしたのである。

 

「漢王様。

 臣のところへ、常山(じょうざん)張耳(ちょうじ)(たず)ねて参りました。

 漢王様への謁見(えっけん)を希望しております」

 

 常山(じょうざん)張耳(ちょうじ)……

 ここまでに何度か登場した人物である。

 

 もともと(ちょう)国に仕えていた張耳(ちょうじ)は、鉅鹿(きょろく)の戦いの(おり)、圧倒的な兵力を誇る(しん)軍を相手に、固く城を守り抜いた。

 その後も(しん)討伐(とうばつ)(いくさ)で活躍し、その功績によって、覇王項羽から常山(じょうざん)王に(ほう)ぜられた。

(第九回、第二十回参照)

 

 その張耳(ちょうじ)(たず)ねてきたと聞いて、劉邦は、悲しげに、うなずいた。

「そうか……やっぱり来たか」

 

 というのは、張耳(ちょうじ)の置かれた苦境を、劉邦も耳にしていたからである。

 

 張耳(ちょうじ)には、幼い頃からの親友がいた。

 親友の名は陳余(ちんよ)

 2人は、『お互いのためなら、たとえ(くび)()ねられても後悔しない』という、『刎頸(ふんけい)の交わり』を結ぶ誓いを立てた。

 それほどの仲だったのである。

 

 だが……

 覇王項羽による十八王の分封(ぶんぽう)が、2人の友情にヒビを入れてしまった。

 項羽の(しん)討伐(とうばつ)に従わなかった陳余(ちんよ)は、大きな功績があるにも関わらず、王として封建(ほうけん)されなかった。

 項羽の家臣たちも、「張耳(ちょうじ)陳余(ちんよ)は平等に扱うべきだ」と諌言(かんげん)したが、項羽は聞き入れなかったのだ。

 

 陳余(ちんよ)は、このことを深く(うら)み、ついに行動を起こした。

 項羽に敵対する(せい)田栄(でんえい)に兵を借り、(ちょう)に攻撃をしかけて、張耳(ちょうじ)から国を奪い取ってしまったのである。

 

 この(いくさ)で、張耳(ちょうじ)の家族は皆殺しにされた。

 張耳(ちょうじ)自身も散々に追い回され、どうにか逃げのびたときには、わずか5騎の味方しか残っていなかったという。

 

 劉邦は、深く、ため息をついた。

張耳(ちょうじ)が俺のところに来たのは、まるで、孤立した鳥が林に逃げ込んで、今なお弓で狙われ続けてるみたいなもんだ……

 よし、会おう。すぐ連れてきてくれ」

 

 

(つづく)




●注釈
(1)
 『刎頸の交わり』は、戦国時代の(ちょう)の人物、廉頗(れんぱ)藺相如(りんそうじょ)の故事に由来する。「史記・廉頗(れんぱ)藺相如(りんそうじょ)列伝」に詳しい。
 藺相如(りんそうじょ)は、第十七回の注釈でも紹介した、『完璧』の故事などで知られる人物である。
 『完璧』の事件などで多大な功績をあげた藺相如(りんそうじょ)は、上卿(じょうけい)の地位を(たまわ)った。臣下としては最高の、宰相(さいしょう)クラスの人物に与えられる地位である。
 これに反発したのが、(ちょう)の名将廉頗(れんぱ)だった。
「俺は実戦で多大な功績をあげてきた。だが藺相如(りんそうじょ)口舌(こうぜつ)だけで俺より上の地位に登りおった! あんな奴の下につくなど我慢ならん! 今度相如(そうじょ)を見たら(はずかし)めてやる!」
 この話を聞いた藺相如(りんそうじょ)は、廉頗(れんぱ)を避けるようになった。仮病を使ってまで朝廷での席次争いから徹底して逃げた。外出中に廉頗(れんぱ)を見かけると、わざわざ車を迂回(うかい)させて身を隠すほどだった。
 藺相如(りんそうじょ)の側近たちは(あるじ)の情けない姿に失望し、大勢でこう申し出た。
「私たちがあなた様にお仕えしてきたのは、あなた様の高潔な義を慕っていたからです。それなのに、あなた様はビクビクと廉頗(れんぱ)(おび)えておられる。凡人でさえ、こんな態度は恥じますよ。もうあなた様の下では働けません。辞めさせてください」
 すると藺相如(りんそうじょ)は、側近たちにこう尋ねた。
「君たち、廉頗(れんぱ)将軍と、敵国(しん)の王とでは、どちらが恐ろしいと思うか?」
「それは、(しん)王の方が恐ろしゅうございます」
「私はその(しん)王を(しん)の朝廷で(はずかし)め、(しん)の家臣団にも恥をかかせた男だ。(『完璧』の逸話のこと)
 その私が廉頗(れんぱ)将軍など恐れるはずがあろうか?
 よく考えてみよ。強国の(しん)が、我が(ちょう)に手を出せずにいるのは、私と廉頗(れんぱ)将軍がいるからだ。2頭の虎が争えば、どちらも生き残ることはできない。私たちが争い倒れたら、たちまち(しん)が侵略してくるだろう。だから私は個人の感情を後回しにしているのだ」
 この話は、廉頗(れんぱ)の耳にも伝わった。
 廉頗(れんぱ)は衝撃を受けた。自分が己の地位と名誉感情のことばかり考えていた時に、藺相如(りんそうじょ)は深く国の未来を思っていたのだ…
 廉頗(れんぱ)は上半身裸になり、(いばら)の鞭を背負って、藺相如(りんそうじょ)の屋敷へ謝罪に(おとず)れた。「この鞭で俺を罰してくれ」という意思表示である。
 こうして和解した藺相如(りんそうじょ)廉頗(れんぱ)は、一転して互いを認め合い、「お互いのためなら(くび)()ねられても構わない」という刎頸(ふんけい)の交わりを結んだのだった。

(2)
 張耳(ちょうじ)陳余(ちんよ)の決別について、本文中では項羽が全て悪いような書き方になっているが、実のところ、2人の友情が壊れたのは項羽だけのせいではない。
 鉅鹿(きょろく)の戦いのとき、本編では張耳(ちょうじ)陳余(ちんよ)が一緒に籠城していたが、史実では別行動を取っていた。まず、(しん)軍の攻撃で追い詰められた張耳(ちょうじ)鉅鹿(きょろく)城に逃げ込み、孤立。陳余(ちんよ)張耳(ちょうじ)を救出するため、数万の兵をかき集めて鉅鹿(きょろく)の北方まで駆けつけた。
 しかし、そこで陳余(ちんよ)が目にしたものは、名将章邯(しょうかん)(ひき)いる(しん)の大軍に完全包囲された鉅鹿(きょろく)城の姿だった。陳余(ちんよ)の兵力だけではとても太刀打ちできない。そのため陳余(ちんよ)は、張耳(ちょうじ)救出を諦めてしまった。断腸の思いではあったろうが、見捨てたことに違いはない。
 陳余(ちんよ)の軍が動かないのを見た張耳(ちょうじ)は、決死の使者に(しん)軍の包囲網を強行突破させ、陳余(ちんよ)に救援を求めた。使者が伝えた張耳(ちょうじ)の悲痛な叫びは以下のようなものである。
陳余(ちんよ)よ、私たちは刎頸(ふんけい)の交わりを誓った仲ではないか。なぜ助けに来てくれないんだ……なぜ私と一緒に死んでくれないんだ! 死ぬ気でかかれば、1割か2割くらいは勝つ見込みがあるかもしれないじゃないか!」
 しかし陳余(ちんよ)(がん)として聞き入れない。ここで突っ込んでも無駄死にするだけ。それよりは、復讐を果たすために生き延びたいのだ、と……
 なお、このとき使者として送られてきた張耳(ちょうじ)の家臣は、「私たちだけでも張耳(ちょうじ)様を助けに行きたい」と考えたのだろう。陳余(ちんよ)から少数の兵を借り、(しん)軍に戦いを挑んで玉砕している。
 その後、本編と同様に項羽(ひき)いる()軍が駆けつけ、(しん)軍を撃退して張耳(ちょうじ)を救出した。
 こうして再会を果たした張耳(ちょうじ)陳余(ちんよ)だが、2人の関係は、当然、こじれた。
陳余(ちんよ)よ、どうして来てくれなかったんだ……それに、私が送った使者はどこに行った?」
「彼らは君を救出するために(しん)軍に挑み、死んでしまった」
「信じられるものか! お前が殺したんだろう! 自分の地位を守るためには、彼らを生かしておくと都合が悪かったんだな!?」
「そこまで言うか!? この私が将軍の地位などにこだわっていると思うのか!? だったら……こんなもの、お前にくれてやるっ!」
 陳余(ちんよ)は、将軍の(あかし)たる印綬(いんじゅ)張耳(ちょうじ)に押し付け、自分はトイレに籠もってしまった。
 張耳(ちょうじ)印綬(いんじゅ)を受け取ろうとはせず、ただ戸惑(とまど)うばかりだった。しかし、そこにいた客人が「天が与えたものを受け取らないのは、天に(そむ)くことになり、不吉です」と進言すると、ついに張耳(ちょうじ)印綬(いんじゅ)を受け取って陳余(ちんよ)の地位を引き継ぎ、軍勢も接収してしまった。
 陳余(ちんよ)がトイレから戻ってきたのは、この時だった。陳余(ちんよ)は激怒した。
「ほ……本気にする奴があるか! どうして印綬(いんじゅ)を辞退して俺に謝りにこないんだ!」
 ……と、言ったかどうかは分からない。最後の台詞は筆者の創作だが、とにかく陳余(ちんよ)張耳(ちょうじ)の元を去り、黄河の上流で漁師として暮らし始めたそうである。
 2人の友情は、この時点で壊れてしまっていた。項羽による不公平な封建は、最後の一押しをしたに過ぎない、と言ってよいだろう。
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