龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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四十五の丁 はだかの陳平

 

 

 夏侯嬰(かこうえい)は、すぐに張耳(ちょうじ)を連れてきた。

 張耳(ちょうじ)に対面するなり、劉邦は、気さくな笑顔を見せた。

 

「おお、常山(じょうざん)王殿!

 貴公が賢王であるという(うわさ)を聞いて、前々からお会いしたいと思ってたんですよ! いやあ、長年の思いがかないました!

 それにしても、陳余(ちんよ)の件は……災難でしたなあ……」

 

 張耳(ちょうじ)は、泣きながら語った。

「漢王様もご存知(ぞんじ)でしょうが、臣と陳余(ちんよ)は、幼い頃からの親友で、刎頸(ふんけい)の交わりを結んだ仲でした。

 しかし陳余(ちんよ)は、私的な(うら)みによって、臣の家族を殺してしまったのです。

 

 陳余(ちんよ)は、今や臣の仇敵(きゅうてき)! 奴と同じ天を(いただ)くことは、がまんならない!

 陳余(ちんよ)か、臣か、どちらかが死ぬまで戦い抜く所存(しょぞん)であります!

 

 臣が耳にしたところでは、漢王陛下は心が広く、仁愛を大切にし、(うつわ)の大きなお方であるとか。

 陛下が大蛇を斬った夜には神の母が号泣(ごうきゅう)し、陛下が(しん)に攻め込んだ夜には五星が一ヶ所に(あつ)まって、ことごとく天が呼応したと聞きます。

 

 陛下は、()と真逆の道を進んでおられる。

 すなわち、寛容と仁愛によって世を治めておられる。

 これぞ(まこと)の天下の(あるじ)。民衆の父母となるべきお方です。

 

 この張耳(ちょうじ)、漢王様に首を差し出して降伏いたします。

 もしも臣を登用してくださるならば、いつの日にか、必ずや陳余(ちんよ)を倒し、家族の仇討(あだう)ちを果たして生涯の(うらみ)(そそ)ぎたいと思います。

 そのためならば、この肝臓や脳が地に(まみ)れようとも、何の後悔も、ございません!」

 

 この申し出を、劉邦は(なな)めならず喜んで、張耳(ちょうじ)を重用した。

 そして、これまで通り張耳(ちょうじ)常山(じょうざん)王と呼んで、地位を保証したのである。

 

 

   *

 

 

 さて……

 ここまでの戦いで、中国の勢力図は大きく塗り替えられた。

 

 まず西方の漢・(しん)が劉邦の支配下に入り、中央部の西魏(せいぎ)河南(かなん)(いん)の王たちも劉邦に帰順した。

 北部の(だい)国・常山(じょうざん)国は、項羽に(うら)みを持つ陳余(ちんよ)が実権を握っている。

 北東の(せい)田栄(でんえい)が力で奪い取り、項羽に封建(ほうけん)された王たちを排除してしまった。

 

 今や覇王項羽の勢力圏と言えるのは、南東に位置する本国()の他、中国南部の数ヶ国くらいのもの。

 それに対して、劉邦(ひき)いる漢軍の勢力は、日に日に勢いを増して雲霞(うんか)の如き大軍になった。

 

 劉邦は、この状況に気を良くして、ある日、群臣を集めて言った。

「俺が漢中を出発してから、あちこちの諸侯が先を争って服従してきた。

 兵の総数は、ついに40万を突破した!

 

 覇王項羽は、長いあいだ暴力的な政治を行ってきた。天下の人々は、みんな歯ぎしりしている。

 そこで……俺みずから大軍を(ひき)い、韓信と合流して、逆賊(ぎゃくぞく)項羽を誅殺(ちゅうさつ)し、万民を塗炭(とたん)の苦しみから救おうと思うんだけど、どうかな?」

 

 群臣は口をそろえて答えた。

「漢王陛下の神の如き知恵、聖なる武力、向かうところ敵なしでございます。

 さらに、これまで長期に渡って鋭気(えいき)を養ってきた軍は、兵力も多く、兵糧(ひょうろう)も十分に(たくわ)えられております。

 

 すぐに東へ向かって無道の()を滅ぼしましょう!

 さすれば、私たちも故郷へ帰ることができます!」

 

 劉邦の出身地は、()の真ん中にある(はい)県である。

 それゆえ、旗挙(はたあ)げ当初から従ってきた将兵にも、()の出身者が多いのだ。

 念願の帰郷を前に、諸将が舞い上がるのも無理はない。

 

 だが……

 そこへ軍師張良が進み出て、冷静かつ冷徹(れいてつ)異議(いぎ)(とな)えた。

 

「臣は反対です。

 味方の軍は、確かに勢力を増しました。

 しかし、臣が天文を見て占ったところでは、いま(いくさ)を仕掛けても利はありません。

 しばらくの間、しかるべき時が来るのを待って、それから東征(とうせい)なさいませ」

 

 この諌言(かんげん)に、劉邦は従わなかった。露骨(ろこつ)に嫌な顔をして反発した。

「俺は毎日、故郷のことを思い慕っていて、夢にま出見るほどなんだ。

 これ以上、咸陽(かんよう)に留まるのは、嫌だ!」

 

 これまで劉邦は、張良のことを「先生、先生」と(した)い、張良の言うこと全てに従ってきた。

 その劉邦が、ここへきて張良の意見を却下(きゃっか)してしまったのだ。

 

 漢軍が急拡大したことで、気が大きくなったのか……

 何年も押さえつけていた望郷の念が、ついに爆発したのか……

 いずれにせよ、これまで見せたことのない(かたく)なさ、であった。

 

 劉邦は、諸将に(めい)じた。

「さあ、急いで(いくさ)の用意をしろっ!」

 

 漢の諸将は大いに喜び、

「早く故郷に帰って、懐かしい家族に対面するんだ!」

 と(いさ)(おど)って、わずか数日の間に全ての用意を成し遂げてしまった。

 

 かくして。

 漢王劉邦は、父の太公、妻の呂后、2人の息子を連れ、大将200人余り、兵力43万騎以上を(ひき)いて、東へと進発した。

 

 まず目指すは、洛陽(らくよう)(みやこ)

 そこで韓信と合流し、ともに()雪崩(なだ)れ込もうと考えたのである……

 

 

(つづく)

 

 

 

 

 

■次回予告■

 

 咸陽(かんよう)を出発した劉邦の手勢、帰順してきた諸侯の兵、そこに韓信(ひき)いる遠征部隊も合流し、総勢実に60万。前代未聞の大軍に膨れ上がった漢軍は、項羽不在の彭城(ほうじょう)(うしお)の如く攻め寄せる。

 だが飽くまでも攻撃を止める大元帥韓信。是が非でも決着をつけたい劉邦。2人の間に今、小さな不協和音が響き始める……

 

 次回「龍虎戦記」第四十六回

 『大元帥、解任』

 

 ()う、ご期待!

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