龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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四十七の甲 究極で最強で無敵の覇王

 

 

 虞子期(ぐしき)は、夜に日を継いで(せい)国へ走った。

 項羽の妻虞姫(ぐき)と、項羽の一族を連れての逃避行(とうひこう)である。

 

 虞子期(ぐしき)は、どうにか(せい)にたどりつくと、すぐに項羽に報告した。

「主将の彭越(ほうえつ)心変(こころが)わりして劉邦に降伏し、彭城(ほうじょう)は漢軍の手に落ちました。

 

 後宮の美人も財宝も、ことごとく劉邦に奪われましたが……

 臣が、ひそかに覇王様ご一族と虞姫(ぐき)を守護して、夜陰(やいん)にまぎれて城を脱出し、ここまで逃げて参りました」

 

 覇王項羽は、すさまじい怒声を発した。

「な……なんだとォーッ!?

 劉邦! あの野郎ッ!

 好き勝手に武力を振るって俺の国を侵略しやがって! すぐに叩き潰してやる!

 

 おい、龍且(りゅうしょ)! 鍾離昧(しょうりまい)!」

 

「はっ」

 

(せい)討伐(とうばつ)は、お前たちに任せる。このまま兵を(ひき)いて攻撃を続けろ!

 俺は、みずから彭城(ほうじょう)に戻って、劉邦を()()る!」

 

「承知いたしました。

 して、兵の数は、いかほど?」

 

 項羽は吐き捨てるように答える。

「3万だ」

 

 龍且(りゅうしょ)鍾離昧(しょうりまい)は、不安げに顔を見合わせた。

「は……しかし覇王様、(せい)と戦うのに、3万では、いささか心もとなく思います。

 もう少し多めに残していただければ……」

 

「逆だ、逆」

 項羽は、うるさい羽虫を追い払おうとするかのように、パタパタ手を振った。

「俺が3万だけ連れていく。

 残りは全部お前らで使え」

 

「な、なんですと!?」

 その場の全員、飛び上がって驚いた。

 

 

   *

 

 

 漢軍は、諸侯の兵力を吸収して(ふく)れに(ふく)れ、いまや総勢56万。

 このすさまじい大軍へ挑むのに、たった3万の兵しか()らぬとは!

 

 戦力比は、実に20倍近い。

 常識的には、まるで勝負にならぬ差である。

 

 だが項羽は、数の不利などまるで気にしていない様子で、風のように彭城(ほうじょう)へ接近していった。

 そして彭城(ほうじょう)から30里(12km)離れたところに陣を置くと、劉邦へ向けて戦書(せんしょ)を送った。

 戦書(せんしょ)、つまり挑戦状である。

 

 

   *

 

 

 戦書(せんしょ)は、すぐに劉邦に届いた。

 劉邦が開いてみると、その書に(いわ)く……

 

西楚(せいそ)の覇王、書を劉邦に送る。

 (ちん)は、汝を漢王に(ほう)じた。

 そのため、汝は西方の土地を得て、10万の兵を()び、安心して天からの俸禄(ほうろく)享受(きょうじゅ)できるようになったはずだ。

 

 それなのに、汝は限度というものをわきまえず、わがまま放題に非常識なふるまいをやり狂って、関中を侵略した。

 

 だが、いい気になるなよ。

 お前が降伏させた諸侯は、どいつもこいつも才能のない凡人ぞろい。

 自分の国を守ることもできないような雑魚(ざこ)どもだ。

 お前がここまで勝ち続けられたのは、弱い敵ばかりと戦っていたからにすぎない!

 

 次は、この覇王が直々(じきじき)に相手してやろう。

 その首を差し出して、(ちん)の剣の切れ味を試してみるがいい。

 1人たりとも生きて帰さん。

 汝らは、(かま)の中で煮られるのを待つ魚のようなものだ!

 

 さあ、早く出てきて(ちん)と戦え!

 いまさら後悔して逃げることなど許さんぞ!』

 

 読み終えた劉邦は、顔をしかめた。

 すさまじいというか、恐ろしいというか……項羽の憤怒(ふんぬ)形相(ぎょうそう)が目の前に見えるかのような、迫力満点の戦書(せんしょ)である。

 

 しかし、おびえてはいられない。

 劉邦は、すぐに返書(へんしょ)(したた)めて、挑戦を受ける(むね)を項羽に伝えた。

 そして、総大将魏豹(ぎひょう)を呼び、決戦準備を(めい)じた。

 

 魏豹(ぎひょう)の指示によって、諸侯の軍勢の配置が決まった。

 まず第1隊には(いん)司馬卬(しばごう)

 第2隊には河南(かなん)申陽(しんよう)

 第3隊、常山(じょうざん)張耳(ちょうじ)

 第4隊には、漢王劉邦みずからが、その他もろもろの大将を(ひき)いて進む。

 最後の第五隊は、総大将魏豹(ぎひょう)が大軍を統率し、後陣として備える。

 

 司馬(しば)(きん)董翳(とうえい)劉沢(りゅうたく)の3将は、彭城(ほうじょう)に留まって、劉邦の父太公、妻呂后、2人の御子(みこ)を守護するよう(めい)じられた。

 

 

   *

 

 

 翌日……

 漢軍は、早朝に彭城(ほうじょう)を出陣。10里(4km)進んだところに陣を置き、()軍と対峙(たいじ)した。

 

 両軍、真正面から(にら)み合い、天地を震わせんばかりに太鼓や銅鑼(どら)を打ち鳴らす。

 

 ()軍の陣前には龍鳳日月の旗が立ちつらなっていたが、それが(さっ)と左右に開けたかと思うと、その奥から堂々たる大将が馬を出してきた。

 誰あろう、覇王項羽、その人である。

 

 項羽は馬上から漢軍を一睨(ひとにら)みし、声を張り上げた。

「劉邦! 出てこい! 俺と勝負しろッ!」

 

 対して、

「漢王様に出ていただくまでもないわ!」

 と漢軍の隊列から飛び出てきたのは、(いん)司馬卬(しばごう)

 司馬卬《しばごう》は馬を走らせて項羽に駆け寄るや、鋭く(げき)を繰り出した。

 

 が、項羽は槍を一振りし、子供をあやすように司馬卬(しばごう)の攻撃を払いのける。

「ふん、司馬卬(しばごう)か。

 俺はお前を(いん)王に(ほう)じてやったじゃないか! どうしてその恩を忘れて謀反した!?」

 

 司馬卬(しばごう)は笑って言い返す。

「私は義帝のために無道の男を誅殺(ちゅうさつ)し、天下の人々の(うら)みを(そそ)ごうとしているのだ!

 謀反だと? ちゃんちゃらおかしいわ!」

 

「なんだとォッ!?」

 項羽、怒りの大喝(たいかつ)一声(いっせい)

 そのすさまじい声量に、司馬卬(しばごう)の馬が驚き、おびえて後退する。

 

 この(すき)を狙って項羽が槍を繰り出した。

 司馬卬(しばごう)は慌てて刀を振るい応戦したが、項羽と司馬卬(しばごう)では技量も膂力(りょりょく)も違いすぎる。

 たちまち劣勢(れっせい)(おちい)った司馬卬(しばごう)は、馬を返して逃げ出した。

 

 だが覇王項羽がまたがっているのは千里の俊足、龍馬(りゅうめ)烏騅(うすい)

 風のように駆けて司馬卬(しばごう)に追いついた、かと思った時には、すでに覇王の槍先が司馬卬(しばごう)の背に食い込んでいた。

 

 司馬卬(しばごう)が、うめき、馬から転げ落ちる。

 その死骸を踏みつけながら項羽は前進し、()兵たちに号令を飛ばした。

「敵将は()った! さあ、漢兵を襲い殺せッ!」

 

 大将司馬卬(しばごう)()たれた漢軍第1隊は、たちまち大混乱に(おちい)った。

 たった3万の()軍が、数の上では遥かにまさる漢軍を、いきなり圧倒し始めたのである。

 

 項羽(ひき)いる()軍の猛攻に、みるみる切り崩されていく漢軍第1隊。

 あわや壊滅、というところで、漢軍の第2隊が救援に駆け付けた。

 その先頭に立つのは、河南(かなん)申陽(しんよう)である。

 

 項羽は、鬼神の如き目で申陽(しんよう)(にら)みつけた。

「お前もか、申陽(しんよう)! なぜ()を裏切ったッ!」

 

 申陽(しんよう)は、(ひたい)に緊張の汗を浮かべて答える。

「漢についたのは私だけではない! 漢王様には仁徳がある。行く先々の諸侯が(みな)帰順して、膝を屈さぬ者なし、というほどなのです。

 項羽殿! 貴公も降伏なされよ! 今ならまだ間に合う。漢王様は、きっと()王の(くらい)を保障してくださる!」

 

 項羽の(ひたい)に、青筋が太く浮かび上がった。あまりに激しい怒りの形相(ぎょうそう)に、顔面の筋肉がビシビシと音を立てるかのようだ。

「きっ……さ、ま……! 言うに事欠(ことか)いて、この俺に『降伏しろ』だとォッ!? ふざけるなァッ!」

 

 項羽は激怒し、怒りのままに槍を突き出した。

 その猛烈な刃の雨を、申陽(しんよう)は右へ左へ必死にいなしながら、じりじりと後退していく。

「項羽殿! 私は貴公のためを思って降参を勧めているのだ! なのに、感謝するどころか逆に私を殺そうとするとは……どうしてそんなにバカなのだ、貴公は!」

 

 と、そこへ漢軍のさらなる増援が駆けつけた。

 常山(じょうざん)張耳(ちょうじ)(ひき)いる第3隊である。

 

申陽(しんよう)殿、助太刀(すけだち)するぞ!」

「おう、張耳(ちょうじ)殿! ありがたいっ」

 

 申陽(しんよう)張耳(ちょうじ)は項羽を左右から挟み込み、全身全霊を込めて猛然(もうぜん)と攻め立てた。

 だが、一体どういうわけだろう。それほど激しく攻撃しても、刃は項羽に、かすりもしない。

 

 項羽の身のこなしが、あまりにも(するど)すぎるのだ。

 右かと思えば左にあり、前に見えたと思えば後ろにいる。駿馬(しゅんめ)烏騅(うすい)(たく)みに操り申陽(しんよう)張耳(ちょうじ)翻弄(ほんろう)する、その動きはまさに神出鬼没。

 しかも、項羽が繰り出す反撃の槍は、わずかの乱れさえ無く正確無比に申陽(しんよう)らの急所を狙ってくるのである。

 

 申陽(しんよう)張耳(ちょうじ)も、項羽を()ち取るどころか、猛攻(もうこう)(しの)ぐので精一杯。

 やがて2人は焦り始めた。

 

「なんという技量だ……

 項羽の強さは知っていたつもりだったが、実際に敵として戦うと、これほどのものだったとは……

 2対1ですら手も足もでないじゃないか。これでは……勝てぬ!」

 

 と、申陽(しんよう)脳裏(のうり)に絶望がよぎった、その時。

 項羽が虎の如く飛びかかり、稲妻の如く槍を繰り出す。

 

 槍先が申陽(しんよう)の胸を貫通!

 その衝撃で申陽(しんよう)は馬から突き落とされ、地面に転げ落ちて息絶えてしまった。

 

 

(つづく)

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