龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】 作:外清内ダク
漢王劉邦は、ほうほうの
戦場を遠く離れ、ようやく一息ついて、味方の兵を点検してみると……漢軍は、ほとんど壊滅状態。一体どれほどの兵が
劉邦がガックリとうなだれていると、そこへ、
この
「
太公、呂后はじめ、漢王様の御一族も、みんな敵に捕らわれてしまいました」
韓信の
劉邦は、大声をあげて
「俺は間違っていた!
韓信も張良も、『今は戦うべきときじゃない』と
その言葉を聞かず戦いを
こんな……こんなことになるなんて……!」
と、そのときである。
突然、劉邦の四方から
劉邦は、震え上がった。
大慌てで馬に飛び乗り、その場から逃げ出した。
だが
どちらへ向かっても
日も、すでに西の地平に沈みかかっている。
劉邦は叫んだ。
「もうダメだあーっ! たとえ翼があっても、この包囲からは逃げられない! 俺はここで死ぬんだあー!」
が、そのとき。
突然、東南の方角から、猛烈な強風が吹き寄せてきた。
風が砂を巻き上げ、石を飛ばし、人を
さらに、急に黒い霧が空を
砂や石は、
ひとまず難を逃れた劉邦が、
「不思議だ……まるで天が俺を助けてくれたかのようだ」
と、
白光が道を照らしだす。その
「俺を、案内してくれてるのか……?」
劉邦は、光に吸い込まれるように馬を進めた。
光の指す方へ駆けること20里。
ようやく風も収まり、霧も晴れはじめた。
視界がひらけたところで周囲を見回すと、もはやあたりに味方の姿はなく、劉邦はたった1人で道に取り残されていたのだった。
*
一方そのころ。
項羽は兵を集合させ、戦果の確認を行っていた。
劉邦を取り逃がしたと報告を受けると、項羽は歯を食いしばって
「劉邦を
そこへ、老軍師
「劉邦が逃げたと言っても、時刻はすでに夜。さほど遠くまでは行っておりますまい。
すぐに兵を出して追撃させなされ。
こんな好機は二度と来ない。今ここで決着をつけておかねば、後でまた大いなる
項羽は、うなずいた。
「うん、
おい、丁公!
「はっ」
「お前たち、3千の兵を
*
劉邦は、ただ1騎で道を行きながら、今日の奇跡に思いを
「あの強風が無かったら、俺は今ごろ死んでいただろうなあ……」
と、そのとき。
劉邦の背後から、一手の軍勢が
劉邦は青ざめた。
あれは
劉邦には、もう味方の兵もいない。
逃げ切ることは不可能である。
そう覚悟した瞬間、劉邦の顔つきが変わった。
「どうせ逃げられないなら……
イチかバチか、やってみるか!」
劉邦は、なんと、自分から丁公の軍に馬を寄せていった。
そして、敵将丁公の目の前までやってくると、気さくに笑いながら話しかけた。
「いやー、参った参った!
漢王劉邦、ここに
ところで丁公殿、こんな言葉を知ってるか?
『賢者はお互い苦しめ合わない。むしろお互い愛し合う』と。
まあ、孤立して弱りきったこの俺を、どうしても殺そうと言うのなら……
もう抵抗はしない。君の好きなようにしてくれ」
思いもよらぬ劉邦の行動に、丁公は
このまま項羽の下で働いていても、いま以上の出世は望めまい。
しかし、ここで劉邦を見逃し、後日ほんとうに劉邦が天下を取ったとしたら……?
迷った末、丁公は劉邦に、ささやいた。
「劉邦殿。貴公に王の
命令に
だが……
弱りきった貴公を捕らえるのは
南へ馬を走らせなさい。
私は何本か矢を
劉邦は、にこり、と
その背へ、丁公が、わざとらしく
「あっ! 逃げるな! 待て、劉邦!」
丁公は、劉邦の方へ矢を
もちろん、わざと狙いは外してある。
全ての矢が
そこへ、後から
「どうだ、丁公。劉邦を見つけたか?」
丁公は、しれっと適当な嘘をつく。
「さっき劉邦に追いついたので、たくさん矢を放ったのだが、残念ながら命中せず、ついに見失ってしまったよ」
「何を
まだ劉邦は遠くには逃げ去っていまい。さあ、追いかけよう!」
(つづく)