数々の豪傑たちを味方に引き入れ、范増という頭脳も得た。
彼らとともに本格的に動き出すにあたって、気になるのは各地の情勢の変化である。
特に、まっさきに蜂起した陳渉の軍がどうなっているかは、最大の関心事だった。(第四回参照)
そこで、調査のために人を派遣したのだが。
その結果もたらされた報告は、予想だにしないものだった……
*
はじめのうち、陳渉は兵を率いて陳の国を攻め取り、順調に勢力を拡大していたという。
すると、こんなことを吹き込む輩が現れた。
「陳渉将軍、いまこそ陳王の位におつきなさい。天下の大事業をなすために、王位は必要ですぞ」
しかし、張耳、陳余という二人の大将がこれを諌めた。
「いけません。陳渉将軍、あなたは今まで命がけで働いて、天下のために暴悪を取りのぞこうとしてきたではありませんか。
それなのに、陳の国を取ったとたん王位についたら、民衆は『ああ、やはり私利私欲で動く男だったのだ』と、あなたを見限るでしょう。
今はただ、すみやかに兵を率いて西に進出し、滅びた六国の後継者を擁立して、秦の敵を増やしなさいませ。
敵が多くなれば、秦は勢力を分散させざるを得ない。陳渉将軍がその隙を突いたならば、王業は自然と成し遂げられるでしょう」
だが陳渉は、この理路整然とした諌言に耳を貸さなかった。
ついにみずから王位につき、陳王を名乗って軍を動かしはじめた。
これに対して、秦の二世皇帝は、名将章邯を大将とし、司馬欣、董翳を副将として、急いで陳渉の討伐に向かわせた。
この一戦に、陳渉は敗れた。
そして、ほうほうのていで逃げる途中、自分の手下の荘賈という者に裏切られ、あっけなく殺されてしまったのである。
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項梁は愕然とした。
「なんたることだ!
わしは諸侯を糾合し、皆で陳渉を助け、力を合わせて秦を討とうと思っていたのに、頼みの綱の陳渉がこうもあっさりと滅びてしまうとは……
こうなったからには、もう軽々しく軍を進めることはできんな……」
だが范増は、落ち着き払って薄く笑うのみだった。
「心配ご無用。陳渉なぞは利を貪る小人だ。ともに天下の大事を論ずるに値せぬ。
陳渉が滅びたのは、六国の王族を立てようとせず、自分自身が王位について富貴を享受することばかり考えて、遠大な計画を持たなかったからです。
一方、項梁将軍が義兵を起こしなさったときには、四方の民がやってきて服従した。これはなぜか?
『項梁将軍は代々楚の大将であるから、きっと楚王の子孫を取り立てて主君とし、秦の無道を誅してくれるだろう』と人々が期待しているのですよ。
ゆえに、我らの取るべき道は一つ。早期に楚王の子孫を探して主君とし、人々の望みに従うことだ。
さすれば天下はみな喜んで、『項将軍は自分のためにやっているのではない。楚の後継者を立てて秦を滅ぼし、六国の仇を討つためにやっているのだ』と讃える。人々は喜んで服従し、諸侯は先を争ってあなたの傘下に加わりましょうぞ。
こういうやり方こそ、天下の大義というものよ」
項梁は、この意見に大きくうなずいた。
そして范増を尊んで軍師とし、四方へ人を送って楚王の子孫を探させた。
*
しかし、捜索は困難を極めた。
楚国が秦の始皇帝に滅ぼされた後、王の子孫は徹底的に殺し尽くされ、もはや手掛かりらしきものさえ残されていなかったのだ。
アテもなく探索に向かった者たちは、みな何の成果もないまま帰還し、その旨を報告するばかり。
いらだった項梁は鍾離昧を呼び、
「もっと詳しく探すのだ」
と重ねて命じた。
鍾離昧は考えた。
「楚国はすでに滅ぼされたのだ。たまたま生き残っている子孫がいたとしても、城や街の中には住んでいないだろう。農民や野人に姿を変え、本名も隠して、僻地でひそやかに暮らしているに違いない」
そこで、山林などの民家を、しらみつぶしに探し歩くことにした。
虚しく国中を巡り巡って、しばらく時が経ったある日。
鍾離昧は、淮水(現在の淮河)南岸の浦で、妙な場面に出くわした。
川岸に、羊飼いの子供たちが集まっていたのだが……
見れば、大勢で一人の少年を追い回し、散々に殴りまくっているではないか。
殴られている少年は清らかで整った顔立ちをしていて、どこか並の人物ではないように思える。そしてこれほど手ひどく殴り続けられても、じっと耐え忍ぶばかりで、怒る気配さえ見せないのだ。
「いかさま怪しい」
鍾離昧は子供たちの中に割って入ると、少年をその場から助け出し、安全なところまで連れて行ってやった。
「君、どうしてあんなに殴られていたのだね?」
少年は答えた。
「彼らはみんな、この土地に父や母がいる子供たちです。僕だけ父親がいなくて、お社の長の家で奴隷をしているから、いつも彼らに侮られるのです。
それでつい、『お前たちは父母がいるが、みんな農民の子だ。僕は父なしで他人に使われている奴隷だけど、もとは王侯の子孫なんだ!』と言い返したら……やつらを怒らせてしまって」
鍾離昧が平静を装って言う。
「ほう、王侯の子孫か。祖先の苗字はなんというのだね?」
少年の目に、サッと警戒の色が浮かんだ。
「僕は幼い頃からここに住んでいるだけだから。王侯の子孫と聞いたことはあるけど、先祖の名前は知りません」
鍾離昧は、何度も何度も少年を問いつめた。
すると、少年が急に逃げ出そうとする。
鍾離昧はその腕をつかみ、小声でささやいた。
「君の顔立ちは、並の人物のものではない。貴相といって、のちのち必ず高貴の位に登る人相なのだ。本当のことを教えてくれ。そうすれば、私が君を君主にしてやる」
少年はやむを得ず、うちあけた。
「僕は今年で13歳。この土地へ来てもう8年になります。
以前に老母が言っていました。『お前は楚の懐王の孫なのよ』と……それで自分が王侯の子孫だと知っていたのです」
鍾離昧は限りなく喜び、少年を持ち上げて馬に乗せてやった。
そのまま社の長の家に行き、ぴしゃりと命じた。
「この子の母親を出せ」
社の長は、わけも分からず、驚き恐れて弁明した。
「わたくしは単なる山村の農夫です。一体なんの国法に背いた罪を問うておられるのでしょうか? 大人、どうかお許しくださいませ」
鍾離昧は言った。
「お前の罪を問うているのではない。とにかく、この子の母を出せばいいのだ」
社の長は震えあがり、少年の老母を良い衣服に着替えさせ、連れてきた。
鍾離昧は老母に近寄って少年の来歴を尋ねた。
老母ははじめのうちこそ隠そうとしていたが、再三にわたる問いかけに根負けし、古い肌着を取りだした。
「これをご覧ください」
鍾離昧がよくよく見てみると、肌着の襟の上に文字が書いてある。
かすれてひどく読みづらいので、日陰に行ってじっくり見てみると、そこに書かれていたのは……
『楚の懐王の嫡孫米心。
楚の太子の夫人衛氏』
という文言であった。
さらに、国宝の記録とおぼしき書き付けも添えてある。
「これは間違いない!」
鍾離昧はすぐさま少年の前にひれ伏し、君臣の礼(君主に臣従する心を示す儀礼)を行った。
そして社の長とともに、少年を連れて淮水の西へ帰還した。
(つづく)