龍虎戦記 項羽vs劉邦【翻案・通俗漢楚軍談】   作:外清内ダク

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四十七の戊 究極で最強で無敵の覇王

 

 

 夏侯嬰(かこうえい)は、すぐに劉邦に気がついて、そばに駆け寄ってきた。

「おおっ、漢王様! ご無事でしたか!」

 

 劉邦は、ようやく味方と合流できた安心感で、涙ぐみながら言う。

「お前こそ、よく生きていてくれた!

 あの戦場から一体どうやって脱出したんだ?」

 

 夏侯嬰(かこうえい)は、(くや)しげに歯噛(はが)みした。

「は……

 司馬(しば)(きん)董翳(とうえい)が、突然心変(こころが)わりして、大公や呂后を捕らえ、敵を城中に引き入れたと耳にしまして……

 

 臣は、ご一族を救出しようと、彭城(ほうじょう)に飛び込み、(いのち)を捨てて戦いましたが、力およばず……

 

 しかたなく、ただ1騎で城の西門から脱出すると……

 敵が漢王様の御子(みこ)お2人を馬に乗せて走っているのに出くわしました。

 臣は、その馬を追いかけ、近づく奴ばらを数しれず斬殺し、どうにか御子(みこ)をお救いしました。

 

 それから周囲の敗軍をかき集めると、千人ほどの数になりましたので、その兵で御子(みこ)を守護して東南の小道から逃走したのです。

 今にして思えば、無事に生きのびられたのも、漢王様に出会えたのも、まったく運が良かったとしか言いようがありませぬ」

 

 劉邦は、話を聞くと、おいおいと泣きだした。

夏侯嬰(かこうえい)よ! お前の勇気のおかげで、俺の子供たちは無事に助け出せた……

 でも、親父や妻が敵に捕らえられて、生きているかどうかも分からない……

 こんなんじゃ、子供だけ助かったって、どうにもならねえよー!」

 

 この泣き(ごと)を、夏侯嬰(かこうえい)はピシャリと、たしなめた。

「漢王様! それは違います!

 跡継(あとつ)ぎこそが、天下の根本なのです。

 

 地位や財産を子々孫々に伝えてこそ、いまを戦う我らの生きざまも価値を持つというもの。

 たとえ漢王様が天下を(つか)みなさっても、それを()がせる子がいなければ、まるで子供の遊びのようなものではありませんか。

 そんな(なげ)(かた)をなさいますな!」

 

 劉邦は涙を(こぶし)で、ぬぐい取った。

「……そうだな。取り乱してすまなかった、夏侯嬰(かこうえい)

 

 そして劉邦は、2人の御子(みこ)を呼び寄せ、こう言った。

「いいか。夏侯嬰(かこうえい)将軍が、乱戦の中から(いのち)()けてお前たちを救ってくれたんだ。

 この恩を、決して忘れるんじゃないぞ」

 

 夏侯嬰(かこうえい)は、この言葉を聞いて、感激のあまり地に拝伏した。

過分(かぶん)なお言葉です!

 漢王様ご自身の福運(ふくうん)が無ければ、とても御子(みこ)を救い出すことはできなかったでしょう。

 これは臣の功績ではございませんよ」

 

 劉邦は、顔をクシャクシャにしながら、夏侯嬰(かこうえい)微笑(ほほえ)んだ。

謙遜(けんそん)するな。本当によくやってくれた……この功績、忘れないよ、夏侯嬰(かこうえい)

 

 

   *

 

 

 その後、劉邦と夏侯嬰(かこうえい)汴河(べんが)彭城(ほうじょう)の西方に当時あった川)の東に陣を取り、兵糧(ひょうろう)を使って休息をとった。

 

 そこへ、兵が駆けてきた。

「ただいま、汴河(べんが)に沿って、軍馬の一団がおびただしく土煙(つちけむり)をあげながら接近しております!」

 

 劉邦は、鷹揚(おうよう)に言った。

「慌てるな! きっと味方が救援に来てくれたんだ」

 

 何を根拠にそう判断したのかは分からないが、結果的に劉邦の言う通りであった。

 近づいてくる軍勢をよく見れば、先頭に(かかげ)た旗の色は、漢の(くれない)

 さらに、「(こう)(りゅう)破楚(はそ)大元帥韓信」と大きく書きつけてある。

 その後ろには、「司徒(しと)張良」と書かれた旗まである。

 

 劉邦は大喜びで、夏侯嬰(かこうえい)と一緒に味方の軍勢を出迎(でむか)えた。

 その軍勢の中からは、張良と陳平(ちんぺい)の2人が現れて、劉邦の前に拝伏した。

 

 劉邦は、嬉しさに声を(はず)ませながら(たず)ねる。

「張良先生! 陳平(ちんぺい)! 会えてホッとしたよ! それに韓信も助けに来てくれたんだな?」

 

 張良は、静かに首を横に振った。

「いいえ、韓信はおりません。

 臣は、漢王様が大敗して行方(ゆくえ)知れずになったと報告を受け、兵を動かすために韓信大元帥の旗を借りて、救援に参ったのです。

 道の途中で、同じく救援に向かっていた陳平(ちんぺい)と出会い、一緒にこちらへ駆けつけた次第(しだい)

 

 劉邦は、フッと表情を(くも)らせた。

「ありがとう、張良先生……

 でも俺は、先生に合わせる顔が無い。

 

 張良先生は、何度も俺を(いさ)めてくれた。なのに俺というバカ野郎は、先生が言ってることを理解できず、無駄に兵馬を失ったうえ、一族まで敵に捕らえられてしまった……

 

 本当に俺はバカだった!

 魏豹(ぎひょう)を総大将に任命したことも、そうだ。

 魏豹(ぎひょう)は、知恵も無いし才能も(とぼ)しいし、軍を(おさ)めるにも全然紀律(きりつ)を保てていなかった。

 

 あいつに大役を任せたせいで、56万の兵が、たった1日で半分も殺されてしまったんだ!

 どうして俺は、あんな判断をしてしまったのか……()やんでも()やみきれない!」

 

 張良は(おだ)やかに微笑(びしょう)した。

「ご心配なさいますな、漢王様。臣に深く計略がございます。必ずや、ここから挽回(ばんかい)してみせましょう。

 

 さしあたり、この場所に陣を置くのは良くありません。

 背後に大河がありますから、もし敵の軍勢が追って来たら、逃げ場が無くなってしまいます。

 

 まずは、すみやかに移動して、滎陽(けいよう)城にお入りなさいませ。

 そこで再び諸方(しょほう)の軍勢を呼び集め、韓信に統率(とうそつ)させるのです。

 さすれば、睢水(すいすい)(うら)みを(そそ)ぐことができましょう」

 

「分かった。そうしよう」

 劉邦は、張良の(すす)めに従って、滎陽(けいよう)城へ向かった。

 

 滎陽(けいよう)は、彭城(ほうじょう)からは(はる)か西。洛陽(らくよう)から見ると、やや東に位置する。

 ()と漢の勢力圏の、ちょうど境目(さかいめ)あたりに位置する城である。

 

 劉邦が滎陽(けいよう)にたどりつくと、城の守将の韓日休(かんじつきゅう)は、城を出て劉邦を迎えた。

 劉邦は、喜んで城に入り、味方の敗残兵が合流してくるのを待った。

 

 それから数日の間に、樊噲(はんかい)周勃(しゅうぼつ)王陵(おうりょう)ら、(おも)だった大将たちが、無事に滎陽(けいよう)へ落ち延びてきた。

 それぞれが5千、3千といった兵を引き連れていたから、徐々に兵力も増してきた。

 

 そうした中、ひとり青ざめていたのが、総大将の魏豹(ぎひょう)であった。

 魏豹(ぎひょう)もまた、どうにか生きて滎陽(けいよう)へ逃げ込むことができたのだが、そこで魏豹(ぎひょう)を待っていたのは、劉邦からの(だい)叱責(しっせき)であった。

 

魏豹(ぎひょう)ッ!

 汝は、全軍をまとめる総大将の重役にありながら、みだりに酒を過ごし、楽しみに(ふけ)って軍務を(おこた)り、その結果、こんな(わざわ)いを引き起こしたんだッ!

 

 俺はもう首を()ねてやろうかと思ったが、他の大将たちが命乞(いのちご)いをするから、首だけは(あず)けておいてやる!

 だが、総大将は解任(かいにん)だ! さっさと()国へ帰っちまえ!」

 

 魏豹(ぎひょう)は恐れおののき、すぐさま元帥の印章(いんしょう)を返還し、()(みやこ)平陽(へいよう)へと逃げ去っていったのだった。

 

 

(つづく)

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